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Phase3 真の力の目覚め的な何か!
喫茶店へようこそ!
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成果を上げられないまま都へ帰還。
大衆の目に晒されぬよう、狭い路地裏へ入り込む。手綱を巧みに操り、ぶつからぬよう歩いていく。グラナを探す追加任務の真っ最中だった。
捕まえたとして、血の闘争団に入団させるのか……あくまで保護だと言っていたが、前線まで連れていくつもりなのは確実だ。15歳とはいえ、強大な力を持っているのだから。
15、という数字にひっかかった。確かオニキスも15歳。どちらも幼い、あまりにも幼い。自分とはさして変わらないであろうに、何故、こんなにも揺らぐのだろう。
かぶりを振って思考を排除し、ただ任務を遂行する。
「こんな所にいるとは思えないけどな」
「根無し草だとは私も思わん。どこか別の団体、組織に潜り込んでいるのだろう……だが調べないワケにもいかんのだ。いないなら、いないということが分かる」
視界に映るのは、薄汚く不衛生なスラム。目を合わせないよう、足早に歩を進めた。
光があれば影がある──豊かな都の裏の顔。物乞いするでもなく、縋りつくでもなく。ホームレスたちは皆、無気力な表情を浮かべていた。
血の闘争団には彼らを救う術がない。専門の機関に報告すると由梨花が言っていたが、その顔には諦めの色が滲んでいた。
「他の団員が調べた筈ですが、西まで進みましょう。ウィーザ、道は把握していますね?」
「お任せ下さいであります」
「ヴァルター、遅れないように」
「は!」
先行する馬に遅れぬよう、速度を上げる。落ちないよう力を込め、腰の痛みに耐える中、少女が口にした言葉を思い返した。
徴兵するくらいしか道はありません──軍隊へ入ることが彼らへの救済になると、彼女は言った。命を懸けて敵と戦うことでしか価値を見出せないと。
この都の経済市場は決して不況ではない。貧富の格差は確かにあるが、教育レベルの水準は高い。無償で勉強できる場を設けており、高所得者と低所得者の階層固定化を防いでいる。資本主義がどうしてこの王国に発生したかは疑問に思ったが、博識な少女に長々と説明されるかもしれないので聞くのは止めた。公民は苦手だ。
スリに注意しろと念を押されたこともあるし、社会から弾かれたものは少なからず存在する。どうやっても発生してしまう、不適合者。
「少年、聞きたいことがあるのだが」
「何ですか?」
空に茜が増してきた頃、不意に大男が訪ねた。静かに、俺だけに聞こえる声で。
「君やユリカ様の国では、戦争など起きないと聞いている。それは疑ってなどいないが……国民は豊かだったか?」
「本人からは聞いてないんですか?」
「無粋な詮索など出来ぬだろう」
「俺なら詮索しても構わないんですか」
「信頼してるからだ、少年」
やけに安く聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
まあいい、上司に聞くのは躊躇われた、ということにしておこう。
「多分、豊かだったと思いますよ。少なくとも……」
俺たち以外は──言う必要はない。
「少なくとも、日本は。他の国では戦争とか起きてましたけど、対岸の火事でしたし。皆が学校に行って勉強して、社会に出る準備をしていました」
「そうか。十分だ、すまなかったな」
平和で羨ましいとは口にしない。それはそうだ、言えるワケないじゃないか。俺も由梨花も、除者なのだから。
「俺からもいいですか?」
「何だ?」
「皆が平等に、幸せに生きられたらいいなって思ったことはありますか? 共産主義は正しいと思いますか?」
いじめ云々は空気が悪くなると判断し、別の言葉で濁す。
精神異常者の戯言だと受け流さず、少しばかり考えてから返した。
「平等で幸せか……願ってもいないことだ。貧富の差がなく、皆が豊であるのならば何も言うことは無い。戦争が終われば、そのような世界に生まれ変わるのだろうか」
心底嬉しそうな声音で、騎士は返す。
数多の犠牲を積み上げて追い続けた、ただの理想だと知らないまま。
「だが綺麗事は一筋縄では叶わない、多くの困難が立ちはだかるだろう。それらを解決するのも我々……この国、いやこの世界に生きる者の使命だ。力を合わせれば、いつかきっと」
「…………」
何も、答えられなかった。
息を呑んだ俺を気にしない素振りで、ヴァルターは淡々と続ける。
「国王の統治は正しいものだとは思っている。が、強者が弱者を食らう現実は見るに耐えない。蹴落とされた者たちに救いの手を差し伸べるのは、戦場への死神たちだ。それが正しいと君は思うか? 表面上は平和だが……」
そこで区切り、真正面を向いていた顔を動かす。視線の先にはスラム街……腹を空かせた少年少女も混じっている。
「誰もが幸せになる世界……。権利はある筈なのだ、神から授かったこの命に……」
☆
「そろそろ晩課の鐘が鳴りそうですね、ここまでにしましょう」
「疲れたでありますぅ~」
由梨花は捜索を打ち切る宣言をし、馬を操って反転する。
得た成果は、スラムにはおそらくいない、ということのみ。転移者もグラナも発見できなかった俺たちは、手持ち無沙汰に本部への帰り道を進む。
「すっかり黙り込んでいるが、大丈夫か、少年?」
「だ、大丈夫で……ダメっぽいです」
主に腰が。
「また痛めたのですか? 重心移動がまだまだですね。あと筋肉も鍛えなければなりません、帰ったらみっちりと教育します」
「乗りっぱなしだったんだ、仕方ないだろ……」
痛みを堪えて返すが、言葉を発する度に衝撃が発生した。
午後はずっと馬上にいた気がする。降りたのはバンディット村で聞き込みに回った時と、洞窟へ踏み入れた時くらいしかない。どちらも短い時間で終わった為、十分なストレッチが出来なかった。
「帰ったらカレーであります、みんな大好きカレーであります! それまでの我慢であります、ミズキ殿!」
疲れたと言っておきながら、ウィーザは満面の笑顔。そんなにカレーが好きなのか、なんとも子供っぽいというか。
「頑張ります……」
「しかし本部までは時間がかかります、この辺りで少し休憩しましょうか」
「3時のおやつには遅すぎるだろ。さっさと帰ってカレー食おうぜ」
疲れた体に香辛料の香りと酸味はたまらない。空腹であれば尚更だ、いますぐ帰って暖かい食事にありつきたかった。
提案すると、由梨花はジロリと一瞥して、
「では馬を飛ばしましょう。最大速度で駆け抜けますよ、腰への負担など些細な事です」
ニッコリ笑った。
「この子たちも休憩させたいのですが、瑞希がそこまで言うのなら仕方ないですね。最大戦速です、ヒヒーンとどれだけ泣こうが聞きません、飛ばしなさい」
「俺が悪かった、休憩しよう。一度みんな休もう、それが良い」
この少女も疲れているようだ。
それからは団のマントを脱いで広い表通りを馬を引いて歩き、休憩所を探した。この地域に詳しいのか、ウィーザが我先にと案内し、目的に会った店を発見。軒先に馬を繋いで、購入した水と牧草を与えてから店内へ入店する。
「カフェっぽいな」
「えぇと、ヴァ―ル喫茶店ですね。ここで一息ついてから帰還しましょう、報告は間に合います」
夕食時には少しばかり早いが、店内には人が溢れていた。暖かな光と騒音と感じない程の喧騒が、疲れた体をほぐしていく。
成果は何一つ無いが、任務は無事に終了した。緊張感が薄れたのか、由梨花の声は緩いものになっている。
「ヴァ―ル? 妙に既視感を感じずにはいられない……戦争が終わったら、私も喫茶店を開くべきか」
自身の名に似ているからと考え込む騎士を置き去りに、店員に促されるままに通路を進む。一団の姿を見て様々な反応をする客たちだが、場を弁えて騒ぎ出しはしない。ひそひそ声を無視しつつ、四人分の椅子があるテーブルへ腰かけた。
「さて、私はコーヒーでも頼みましょうか」
壁に書き出されているメニューを確認した後、由梨花は俺の左隣の椅子に座る。
「カフェインは脳疲労を減少させる働きがあります、それくらいはあなたでも知っているでしょうが。中枢神経を刺激し、体を強制的に覚醒させるのです。どういうことかと言いますと、アデノシン受容体がカフェインと結びつくことで拮抗作用が働くからです。ですがそれは疲労の先延ばしに過ぎず、後でしっかりと休息──」
「難しい話はいいから。そうだ、当然ブラックだよな?」
余計な蘊蓄をべらべら語る少女をいなし、ヴァルターとウィーザが席に着くのを待つ。ヴァルターはやはりというか、由梨花の隣……つまり俺の対面に座った。真正面にこの人がくると威圧感がスゴイ。
少女は不貞腐れた声で、口を曲げた仏頂面で返した。
「あ、当たり前ですとも。大人なので」
「よろしいのですかユリカ様、以前は砂糖とミルクをこれでもかと投──」
「黙りなさい」
「は……」
子供だな──喋れば鉄拳が飛んでくるので言いはしない。
「なんと、チョコレートがあるであります! 私は注文するであります!」
「ハシャイではならんぞ、ここは社交の場でもあるのだから」
「あう、申し訳ないでありますヴァルター殿ぉ」
「チョコレート?」
高ぶった様子のウィーザが放った単語を繰り返す。
この世界にもそんなものがあるのか。
「固形のアレではありません、あくまで飲料です。確か……1600年代だったような? その頃にはヨーロッパの喫茶店で出されていた筈です。コーヒーハウスのロンドン開店が……えぇっと……」
「分かった、蘊蓄はもういいから。由梨花が頭良いことは十分に、これでもかってくらい分かったから」
「ここまで出掛かっているのです……えぇと、ええっと……」
頭が良い人間の相手は疲れる。いや、良いというよりも知識量が凄いと言うべきか。病気、脳、歴史……あらゆる知識が詰め込まれている。
小さな頭のどこに押し込んだのだろう。
──人間の記憶容量は14.26テラバイト
誰かが囁く。
そうだ、1k=1024換算でそれくらいだな、と自然に思考した。
「そうです、1652年です! ふぅ、すっきりしました」
正解の引き出しを開けられたようで、満面の笑みを浮かべる。合っているかどうかなど判断できないが、由梨花が言うならそうなのだろう。
落ち着いてから店員を呼び、それぞれが品を注文。この店では紅茶がおススメらしいのでそれを頼むと、コーヒーを頼もうとしていた由梨花も紅茶に変更した。さっきの蘊蓄は何だったんだ、見せびらかしたかっただけなのか。ヴァルターは大人らしくコーヒーを、ウィーザは宣言通りチョコレートを注文した。
「失礼、しばし良いかな?」
待っていると、掠れた声が聞こえた。
「血の闘争団の方々とお見受けする。更には……おやおや、そんなに警戒しないでくれたまえ、“焦熱のユリカ”姫」
皺の目立つ貫禄ある顔……一人の老人が、微笑みを浮かべてテーブルへ近づいていた。
「な……!? 何故……いや、畏れながら閣下、面談ならば事前に──」
「構いません。それで、こんな場所で貴方ほどの方が、我々に何の御用ですか?」
「いやなに、感謝を述べねばならぬと思ってね。団長殿には伝えているが、やはり文書でのやり取りというのは性に合わない。直に口にするのが一番だと、貴殿も思わないか?」
「同感です。ですが我々だけが享受するわけにもいきません、仲間たち皆の力によって達成されたのです」
相手の素性を知っているのか、名も聞かずに会話する。
事情が分からぬ俺は、ひっそりとウィーザに聞いてみた。
「あの人誰ですか? 知り合い?」
「グランツ・スクラーヴェ少将であります。この国の軍隊、それの教育軍総監であります」
「少将って、凄いお偉いさんじゃないですか……!?」
「凄い方であります、だからこそ分からないであります。何故このような所で、何故我々に接触したのか……護衛もつけずに」
ウィーザもヴァルターも眉間に皺を寄せ、警戒をあらわにしている。対話している由梨花も同様、いやそれ以上に顔が引き攣っていた。天炎者とはいえ一介の戦士に過ぎない俺たちに、どれだけ偉いか分からないが、この国のお偉いさんが声を掛けたのだ。少将という階級、教育軍という組織、それらの役割は理解できないが、只者ではないことは明白。
──天炎者を良く思っていない人間もいる
団長の言葉を思い出した。
「謙虚なことだ。もっと胸を張りたまえ、貴殿は幾度も敵の侵攻を食い止めた勇者なのだぞ? 誇りに思ってくれて良い」
「もったいないお言葉……」
口では言うが、その真意を測りかねている様子で返す。
「うむ、やはり貴殿たちが羨ましい。国を守るために剣を取る、血の闘争団が……。いかんな、年を取り過ぎたようだ」
「ご冗談を。この国が独立を保てているのは、閣下による教育部隊、教育学校があればこそです。真に称えられるのは閣下であるべきなのです。平和を当たり前のものと認識している民衆はそれに気付きませんが」
「これはまた嬉しいことを言ってくれる。だが現在はこんな状況だ、貴殿たちにばかり負荷をかけてしまう。自分が申し訳なく思うよ……生き延びてしまった自分が不甲斐ない。全てを守れると自負していた時代が懐かしい」
グランツは深い皺が刻まれた顔を歪ませ、絞り出すように言う。老兵の嘆き。
生み出された戦士の魂は、まだ形を残している。
「ところで、四人で動いているということは任務中だったかな?」
「いえ、終わったばかりです」
「そうか、疲れている時にすまなかった。この場は私が奢ろう、店員に言っておく。注文もおかわりも好きにしたまえ」
「本当でありますか!?」
「よせ!」
「ああいいとも。これくらいの労いしか出来なくてすまないな」
「ありがとうございます、閣下……」
騒ぎ出したウィーザを御しているヴァルターは鬼の形相。浮かれていた顔はすぐに萎み、縮こまるように身を強張らせた。場の空気は最悪だが、グランツと由梨花は気にもしていない様子。
数多もの傷跡を残す手を振って、老兵は踵を返す。
「貴殿たちばかりが気負う必要はない、有事の際は私の一個大隊が動く。安心したまえ、この国は我々が守る」
諧謔を含んだ微笑みを零して出口へ向かう。
足取りはしっかりと、未来を見据えながら。
大衆の目に晒されぬよう、狭い路地裏へ入り込む。手綱を巧みに操り、ぶつからぬよう歩いていく。グラナを探す追加任務の真っ最中だった。
捕まえたとして、血の闘争団に入団させるのか……あくまで保護だと言っていたが、前線まで連れていくつもりなのは確実だ。15歳とはいえ、強大な力を持っているのだから。
15、という数字にひっかかった。確かオニキスも15歳。どちらも幼い、あまりにも幼い。自分とはさして変わらないであろうに、何故、こんなにも揺らぐのだろう。
かぶりを振って思考を排除し、ただ任務を遂行する。
「こんな所にいるとは思えないけどな」
「根無し草だとは私も思わん。どこか別の団体、組織に潜り込んでいるのだろう……だが調べないワケにもいかんのだ。いないなら、いないということが分かる」
視界に映るのは、薄汚く不衛生なスラム。目を合わせないよう、足早に歩を進めた。
光があれば影がある──豊かな都の裏の顔。物乞いするでもなく、縋りつくでもなく。ホームレスたちは皆、無気力な表情を浮かべていた。
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「他の団員が調べた筈ですが、西まで進みましょう。ウィーザ、道は把握していますね?」
「お任せ下さいであります」
「ヴァルター、遅れないように」
「は!」
先行する馬に遅れぬよう、速度を上げる。落ちないよう力を込め、腰の痛みに耐える中、少女が口にした言葉を思い返した。
徴兵するくらいしか道はありません──軍隊へ入ることが彼らへの救済になると、彼女は言った。命を懸けて敵と戦うことでしか価値を見出せないと。
この都の経済市場は決して不況ではない。貧富の格差は確かにあるが、教育レベルの水準は高い。無償で勉強できる場を設けており、高所得者と低所得者の階層固定化を防いでいる。資本主義がどうしてこの王国に発生したかは疑問に思ったが、博識な少女に長々と説明されるかもしれないので聞くのは止めた。公民は苦手だ。
スリに注意しろと念を押されたこともあるし、社会から弾かれたものは少なからず存在する。どうやっても発生してしまう、不適合者。
「少年、聞きたいことがあるのだが」
「何ですか?」
空に茜が増してきた頃、不意に大男が訪ねた。静かに、俺だけに聞こえる声で。
「君やユリカ様の国では、戦争など起きないと聞いている。それは疑ってなどいないが……国民は豊かだったか?」
「本人からは聞いてないんですか?」
「無粋な詮索など出来ぬだろう」
「俺なら詮索しても構わないんですか」
「信頼してるからだ、少年」
やけに安く聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
まあいい、上司に聞くのは躊躇われた、ということにしておこう。
「多分、豊かだったと思いますよ。少なくとも……」
俺たち以外は──言う必要はない。
「少なくとも、日本は。他の国では戦争とか起きてましたけど、対岸の火事でしたし。皆が学校に行って勉強して、社会に出る準備をしていました」
「そうか。十分だ、すまなかったな」
平和で羨ましいとは口にしない。それはそうだ、言えるワケないじゃないか。俺も由梨花も、除者なのだから。
「俺からもいいですか?」
「何だ?」
「皆が平等に、幸せに生きられたらいいなって思ったことはありますか? 共産主義は正しいと思いますか?」
いじめ云々は空気が悪くなると判断し、別の言葉で濁す。
精神異常者の戯言だと受け流さず、少しばかり考えてから返した。
「平等で幸せか……願ってもいないことだ。貧富の差がなく、皆が豊であるのならば何も言うことは無い。戦争が終われば、そのような世界に生まれ変わるのだろうか」
心底嬉しそうな声音で、騎士は返す。
数多の犠牲を積み上げて追い続けた、ただの理想だと知らないまま。
「だが綺麗事は一筋縄では叶わない、多くの困難が立ちはだかるだろう。それらを解決するのも我々……この国、いやこの世界に生きる者の使命だ。力を合わせれば、いつかきっと」
「…………」
何も、答えられなかった。
息を呑んだ俺を気にしない素振りで、ヴァルターは淡々と続ける。
「国王の統治は正しいものだとは思っている。が、強者が弱者を食らう現実は見るに耐えない。蹴落とされた者たちに救いの手を差し伸べるのは、戦場への死神たちだ。それが正しいと君は思うか? 表面上は平和だが……」
そこで区切り、真正面を向いていた顔を動かす。視線の先にはスラム街……腹を空かせた少年少女も混じっている。
「誰もが幸せになる世界……。権利はある筈なのだ、神から授かったこの命に……」
☆
「そろそろ晩課の鐘が鳴りそうですね、ここまでにしましょう」
「疲れたでありますぅ~」
由梨花は捜索を打ち切る宣言をし、馬を操って反転する。
得た成果は、スラムにはおそらくいない、ということのみ。転移者もグラナも発見できなかった俺たちは、手持ち無沙汰に本部への帰り道を進む。
「すっかり黙り込んでいるが、大丈夫か、少年?」
「だ、大丈夫で……ダメっぽいです」
主に腰が。
「また痛めたのですか? 重心移動がまだまだですね。あと筋肉も鍛えなければなりません、帰ったらみっちりと教育します」
「乗りっぱなしだったんだ、仕方ないだろ……」
痛みを堪えて返すが、言葉を発する度に衝撃が発生した。
午後はずっと馬上にいた気がする。降りたのはバンディット村で聞き込みに回った時と、洞窟へ踏み入れた時くらいしかない。どちらも短い時間で終わった為、十分なストレッチが出来なかった。
「帰ったらカレーであります、みんな大好きカレーであります! それまでの我慢であります、ミズキ殿!」
疲れたと言っておきながら、ウィーザは満面の笑顔。そんなにカレーが好きなのか、なんとも子供っぽいというか。
「頑張ります……」
「しかし本部までは時間がかかります、この辺りで少し休憩しましょうか」
「3時のおやつには遅すぎるだろ。さっさと帰ってカレー食おうぜ」
疲れた体に香辛料の香りと酸味はたまらない。空腹であれば尚更だ、いますぐ帰って暖かい食事にありつきたかった。
提案すると、由梨花はジロリと一瞥して、
「では馬を飛ばしましょう。最大速度で駆け抜けますよ、腰への負担など些細な事です」
ニッコリ笑った。
「この子たちも休憩させたいのですが、瑞希がそこまで言うのなら仕方ないですね。最大戦速です、ヒヒーンとどれだけ泣こうが聞きません、飛ばしなさい」
「俺が悪かった、休憩しよう。一度みんな休もう、それが良い」
この少女も疲れているようだ。
それからは団のマントを脱いで広い表通りを馬を引いて歩き、休憩所を探した。この地域に詳しいのか、ウィーザが我先にと案内し、目的に会った店を発見。軒先に馬を繋いで、購入した水と牧草を与えてから店内へ入店する。
「カフェっぽいな」
「えぇと、ヴァ―ル喫茶店ですね。ここで一息ついてから帰還しましょう、報告は間に合います」
夕食時には少しばかり早いが、店内には人が溢れていた。暖かな光と騒音と感じない程の喧騒が、疲れた体をほぐしていく。
成果は何一つ無いが、任務は無事に終了した。緊張感が薄れたのか、由梨花の声は緩いものになっている。
「ヴァ―ル? 妙に既視感を感じずにはいられない……戦争が終わったら、私も喫茶店を開くべきか」
自身の名に似ているからと考え込む騎士を置き去りに、店員に促されるままに通路を進む。一団の姿を見て様々な反応をする客たちだが、場を弁えて騒ぎ出しはしない。ひそひそ声を無視しつつ、四人分の椅子があるテーブルへ腰かけた。
「さて、私はコーヒーでも頼みましょうか」
壁に書き出されているメニューを確認した後、由梨花は俺の左隣の椅子に座る。
「カフェインは脳疲労を減少させる働きがあります、それくらいはあなたでも知っているでしょうが。中枢神経を刺激し、体を強制的に覚醒させるのです。どういうことかと言いますと、アデノシン受容体がカフェインと結びつくことで拮抗作用が働くからです。ですがそれは疲労の先延ばしに過ぎず、後でしっかりと休息──」
「難しい話はいいから。そうだ、当然ブラックだよな?」
余計な蘊蓄をべらべら語る少女をいなし、ヴァルターとウィーザが席に着くのを待つ。ヴァルターはやはりというか、由梨花の隣……つまり俺の対面に座った。真正面にこの人がくると威圧感がスゴイ。
少女は不貞腐れた声で、口を曲げた仏頂面で返した。
「あ、当たり前ですとも。大人なので」
「よろしいのですかユリカ様、以前は砂糖とミルクをこれでもかと投──」
「黙りなさい」
「は……」
子供だな──喋れば鉄拳が飛んでくるので言いはしない。
「なんと、チョコレートがあるであります! 私は注文するであります!」
「ハシャイではならんぞ、ここは社交の場でもあるのだから」
「あう、申し訳ないでありますヴァルター殿ぉ」
「チョコレート?」
高ぶった様子のウィーザが放った単語を繰り返す。
この世界にもそんなものがあるのか。
「固形のアレではありません、あくまで飲料です。確か……1600年代だったような? その頃にはヨーロッパの喫茶店で出されていた筈です。コーヒーハウスのロンドン開店が……えぇっと……」
「分かった、蘊蓄はもういいから。由梨花が頭良いことは十分に、これでもかってくらい分かったから」
「ここまで出掛かっているのです……えぇと、ええっと……」
頭が良い人間の相手は疲れる。いや、良いというよりも知識量が凄いと言うべきか。病気、脳、歴史……あらゆる知識が詰め込まれている。
小さな頭のどこに押し込んだのだろう。
──人間の記憶容量は14.26テラバイト
誰かが囁く。
そうだ、1k=1024換算でそれくらいだな、と自然に思考した。
「そうです、1652年です! ふぅ、すっきりしました」
正解の引き出しを開けられたようで、満面の笑みを浮かべる。合っているかどうかなど判断できないが、由梨花が言うならそうなのだろう。
落ち着いてから店員を呼び、それぞれが品を注文。この店では紅茶がおススメらしいのでそれを頼むと、コーヒーを頼もうとしていた由梨花も紅茶に変更した。さっきの蘊蓄は何だったんだ、見せびらかしたかっただけなのか。ヴァルターは大人らしくコーヒーを、ウィーザは宣言通りチョコレートを注文した。
「失礼、しばし良いかな?」
待っていると、掠れた声が聞こえた。
「血の闘争団の方々とお見受けする。更には……おやおや、そんなに警戒しないでくれたまえ、“焦熱のユリカ”姫」
皺の目立つ貫禄ある顔……一人の老人が、微笑みを浮かべてテーブルへ近づいていた。
「な……!? 何故……いや、畏れながら閣下、面談ならば事前に──」
「構いません。それで、こんな場所で貴方ほどの方が、我々に何の御用ですか?」
「いやなに、感謝を述べねばならぬと思ってね。団長殿には伝えているが、やはり文書でのやり取りというのは性に合わない。直に口にするのが一番だと、貴殿も思わないか?」
「同感です。ですが我々だけが享受するわけにもいきません、仲間たち皆の力によって達成されたのです」
相手の素性を知っているのか、名も聞かずに会話する。
事情が分からぬ俺は、ひっそりとウィーザに聞いてみた。
「あの人誰ですか? 知り合い?」
「グランツ・スクラーヴェ少将であります。この国の軍隊、それの教育軍総監であります」
「少将って、凄いお偉いさんじゃないですか……!?」
「凄い方であります、だからこそ分からないであります。何故このような所で、何故我々に接触したのか……護衛もつけずに」
ウィーザもヴァルターも眉間に皺を寄せ、警戒をあらわにしている。対話している由梨花も同様、いやそれ以上に顔が引き攣っていた。天炎者とはいえ一介の戦士に過ぎない俺たちに、どれだけ偉いか分からないが、この国のお偉いさんが声を掛けたのだ。少将という階級、教育軍という組織、それらの役割は理解できないが、只者ではないことは明白。
──天炎者を良く思っていない人間もいる
団長の言葉を思い出した。
「謙虚なことだ。もっと胸を張りたまえ、貴殿は幾度も敵の侵攻を食い止めた勇者なのだぞ? 誇りに思ってくれて良い」
「もったいないお言葉……」
口では言うが、その真意を測りかねている様子で返す。
「うむ、やはり貴殿たちが羨ましい。国を守るために剣を取る、血の闘争団が……。いかんな、年を取り過ぎたようだ」
「ご冗談を。この国が独立を保てているのは、閣下による教育部隊、教育学校があればこそです。真に称えられるのは閣下であるべきなのです。平和を当たり前のものと認識している民衆はそれに気付きませんが」
「これはまた嬉しいことを言ってくれる。だが現在はこんな状況だ、貴殿たちにばかり負荷をかけてしまう。自分が申し訳なく思うよ……生き延びてしまった自分が不甲斐ない。全てを守れると自負していた時代が懐かしい」
グランツは深い皺が刻まれた顔を歪ませ、絞り出すように言う。老兵の嘆き。
生み出された戦士の魂は、まだ形を残している。
「ところで、四人で動いているということは任務中だったかな?」
「いえ、終わったばかりです」
「そうか、疲れている時にすまなかった。この場は私が奢ろう、店員に言っておく。注文もおかわりも好きにしたまえ」
「本当でありますか!?」
「よせ!」
「ああいいとも。これくらいの労いしか出来なくてすまないな」
「ありがとうございます、閣下……」
騒ぎ出したウィーザを御しているヴァルターは鬼の形相。浮かれていた顔はすぐに萎み、縮こまるように身を強張らせた。場の空気は最悪だが、グランツと由梨花は気にもしていない様子。
数多もの傷跡を残す手を振って、老兵は踵を返す。
「貴殿たちばかりが気負う必要はない、有事の際は私の一個大隊が動く。安心したまえ、この国は我々が守る」
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スーはペットとして飼われているレベル2のスライムだ。この世界のスライムはレベル2までしか存在しない。それなのにスーは偶然にもワイバーンを食べてレベルアップをしてしまう。スーはこの世界で唯一のレベル2を超えた存在となり、スライムではあり得ない能力を身に付けてしまう。体力や攻撃力は勿論、知能も高くなった。だから自我やプライドも出てきたのだが、自分がペットだということを嫌がるどころか誇りとしている。なんならご主人様LOVEが加速してしまった。そんなスーを飼っているティナは、ひょんなことから王立魔法学園に入学することになってしまう。『違いますっ。私は学園に入学するために来たんじゃありません。下働きとして働くために来たんです!』『はぁ? 俺が従魔だってぇ、馬鹿にするなっ! 俺はご主人様に愛されているペットなんだっ。そこいらの野良と一緒にするんじゃねぇ!』最高レベルのテイマーだと勘違いされてしまうティナと、自分の持てる全ての能力をもって、大好きなご主人様のために頑張る最強スライムスーの物語。他サイトにも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
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女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
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ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
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「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
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異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
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※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
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