使用人、最強精霊と契約して成り上がる。

もるひね

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学校編

第十話

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 忙しい毎日。
 日中は学校で、勉強・演奏・たまに戦闘。
 夜は自室で、ハルモニアから貰った紙、そこに記された文字の書き写し。
 輝く毎日。
 満たされる毎日。
 でも、悠長にしていられない。

「やっぱ開いてんじゃん」
「ま、当然ッスかね。何せ敷地の端も端、こんな離れたところ来たかないだろうッスし」

 木々が生い茂る小道は閑散としていた。
 僕たち特別クラス組は放課後、シュトアプラッツ魔法学校の広大な敷地──その端も端にある、第9野外演習場へとやってきた。ここ数日はいつも入り浸っている場所である。

 勿論屋内演習場もあるのだけれど、それらは200名程在籍している他の生徒によっていつも埋まっているのだとか。風だったり雨だったりの影響を受けないでいられるのも利点だろう。

 まあ、エアリィが屋内で戦闘しては机だったりの備品があっという間に燃え尽きてしまうし。校舎自体は煉瓦造りなので影響はそれほど無いにしても、やはり「汚してしまう」という嫌悪感は拭いきれない。

「ぼっちゃんは足が弱いのかしら」
「ナイルに比べればそりゃあ」
「どういう意味」
「踏み込みで地面を割る女の子なんてそうそういない──」
「波ァ!」
「──スっふぁ!?」

 正拳付きを食らい、長身のロイバーが軽く吹き飛ばされていく──が、それは衝撃を殺す為のものであり、何事もなかったように着地。長めの髪がわさわさと揺れる。

「ふざけてる暇なんてないんだけど」
「悪かったッスよ、おお怖い怖い」
「アクスト! 早速始めるわよ!」

 こちらを振り向いたナイルの、力強い声と鋭い視線に貫かれ、僕は──力強く答える。

「はい!」

 左手を水平──よりは少し高めに前方へ掲げ、

「おじょ……エアリィ!」

 契約を交わした精霊の名を叫ぶ。
 すぐさま幻世との門が開き、眩い光の亀裂が発生。そこを通って物質化した器は、音もなく地面へと足をつける。

「エアリィ・ドリット・フィオライン! 呼ばれるまで待ってやったぞ、我は出来た精だからな!」

 ふふんと鼻を鳴らし、腕を組み踏ん反り返る赤髪の精霊が、僕の方を向いて現れた。
 その身に纏うは紅いドレス──ではなく、僕たちが来ているものと同じ制服。買い与えたわけでもなく、いつの間にか着ていた。本人によると「汝等と同じものが良い」とのこと。物質化の際にエネルギーをどう、とか説明されたのだけれど分かる筈もなく。

「御立派であられます」
「当然であろう!」

 当然であります。

「来なさい、フロッシュ!」

 対面のナイルも精霊の名を呼び、翳した手の下に大蛙を出現させる。ぎょろぎょろ動くつぶらな瞳は何を捉えているのだろうか。

「俺らもいくッスよ、クロウ!」

 僕から見て右斜め前のロイバーも手を翳し、そこから漆黒の鳥が飛び立ち──頭へと舞い降りた。やはり定位置で間違いない。
 それはさておき。

 これは召喚の特訓。契約者の声にきちんと反応するか、意に従ってくれるかどうかの調教である。名前・愛称を呼ぶことも自己を自己たらしめるものなのだけれど、やはり精霊、常識では測れないようで、操緒でなければならないのだとか。

 エアリィの場合は一人で勝手に行ったり来たりしていて、尚且つあちらは肌に合わないだとかでほぼ物質化しているのだけれど。

 まあそれどころじゃない。今僕たちは三角形に陣取ってそれぞれの精霊を召喚し、この場は一触即発の空気が支配しているのだから。

「じゃ、まずアタシから──」
「いやいや俺からッス。水蒸気撒き散らすのは勘弁ッス」
「ぐうっ、確かに」
「纏めてかかってきて良いぞ!」

 そうでも無かった。

「おじょ……お嬢様、わた──」
「エアリィ!」
「申しわ──」
「エアリィ!」
「エアリィ!」
「任せる!」
「は!」

 いけない、つい。
 そうだ、これは精霊同士の戦い、僕たち演奏者は奏でたり指示を出したりするのが務め。それら補助が出来る分、器持ちのほうが戦闘では有利なのだとか。

「じゃあアクストくん、エアリィちゃん、いくッスよ」
「うむ!」
「はい!」

 曲は予め奏でているのだから問題は無い、今は戦い方を学ぶだけ。
 足を踏ん張り、腰は低く、戦闘態勢を取る。

「駆けろ、貧福雷グリュック!」

 僕たちを向いたロイバーが言霊──契約時に齎される加護の呪文──を紡ぐ。
 すると、彼の精霊クロウが翼を慌ただしく羽ばたかせ……開いた嘴から閃光が迸り、雷鳴を轟かせる稲妻を放った。

 そう、クロウの魔法は電。彼と模擬戦闘する前はその風貌から、風の魔法を放つだろうと思っていたのだけれど。

「──!」

 迫る稲妻。
 恐れなど無い。
 むしろ。

「──送狐の想いライデンシャフト!」

 言霊を紡ぎ、右手で方向指示。
 すぐさま神秘の火炎が放たれ、灼熱の渦が、熱が、相手の神秘を捻じ曲げていく。

「もっといけるぞ!」

 すぐ近くから力強い声。
 というか僕に体を預けたエアリィが、質問とも確認とも取れるそれを発したのだ。

 あぁいけませんお嬢様そのようなことをされてはというか、高貴であり気品のある器から良い香りがしますというか、紅い髪がくすぐったくてというか──いやいや何を考えている!

 ああそうだ、今は只!

「咆えろ、送狐の想い!」

 二重の言霊を紡ぎ、放たれるは極太の火柱。
 クロウが放った稲妻を蹂躙し、炎は更に突き進む。

「穿て、川から河へツォルン!」

 そこへ横やり──横水──が入る。大蛙フロッシュが放ったそれは以前のような面ではなく、ただ炎だけを狙った強力な水鉄砲。途端に水蒸気が発生し、場が埋め尽くされる。

「あちゃあ……」
「手加減しなさいよアンタら!」
「むう、すまん!」
「申し訳ありません!」

 怒られてしまった。
 しかし加減といっても……どうすれば良いのだろうか。エアリィが活躍する雄姿をこの目に刻みたいのだけれど。

「よあ肥溜めども!」

 ああ、そうだ。
 もうすぐ刻めるではないか。

「相変わらず汚い面だな……は! 新顔がいるじゃねえか!」

 足音を鳴らして第9演習場へやってきたのは、大きく頑強な体躯を持った男だった。

「ちっ」
「二人とも静かにッス」

 僕とエアリィの前に、ロイバーとナイルが立ち塞がる。
 これは、僕も前に出なければならないのでは?

「汝、それは──」
「ゲエッコ」

 飛び出そうとした僕とエアリィを、先任たちの精霊が塞ぐ。フロッシュは鳴き、クロウは頭にとまり、精霊同士にしか分からない言葉を発したのだろうか、彼女は渋々といった表情で口を閉じた。

「あはは、わざわざ何の用ッスかねえCクラスのシュタルくん」
「うざいんだけど」
「いやぁ? 風の噂で対抗戦に出るって聞いてな? まさかお前らがなあ……くくっ、学も富も何も無いお前らが! 校舎のボロ部屋に縮こまってれば良いんだよ、糞庶民がぁ!」
「庶民出はそっちにもいる筈ッスよ?」
「アンタ商人崩れじゃなかった?」
「黙れ! お前らと一緒にするな肥溜めども。純粋な、清らかな、曇りの無い心があるんだ。だが……お前らにそんなものあるわけがない!」
「えへへぇ」
「よく言うわ」
「何が可笑しい!」

 男は激昂。

「まあいい、対抗戦で屈服させてやる。そうだナイル、お前にだけは手を抜いてやってもいいぞ」
「あはは、ナイルはモテモ──ぐっふ」
「消えろ」
「…………!」

 男は振動。

「ぶっ潰す! 容赦しねえ! 週末を楽しみにしておけ!」

 男は傲慢。

「…………我がここで潰しても構わんだろう?」

 勿論でございます。

「ゲエッコ」
「何故なのだ!?」

 いつの間にやら、精霊たちと仲良くなっているようだ。
 ああ、蛙と烏と踊っているお姿はまさに精霊、妖精といえま──いや微笑ましい光景は後にして。

「潰すって……誰が言った?」

 引き返しかけていた大男シュタルが、低い声で尋ねる。

「はーい」
「俺の裏声ッス」
「嘘つくんじゃねえ! そこの新顔だろ、出てこいコラァ!」

 うん、ここは僕が出よう。

「はい、ただい──」
「波ァ!」
「──ま!?」

 突然の裏拳は予想していなかった!

「…………白けた。精々足掻けよ肥溜めども!」

 ギリギリで受け止め、ここからどうするべきか考えている内に男は去った!

「何だったのよアイツ」
「いつものふっかけッスかねぇ。正当防衛でボコボコにしたかったか、あるいはナイルを──」
「きもい! うざい! 波ァ!」
「──はぁっ!?」

 流れるようにストレート!

「何故止めるのだ!? 汝ら奏者が蔑ろにされたのだぞ、気が済まん!」
「色々あんのよ」
「まぁまぁ落ち着いてエアリィちゃん」

 やはり何事もなかったようにロイバーは復活し、頬を膨らませて抗議するエアリィを優しく宥める。

「対抗戦は観客で溢れかえるわ。そいつらの前でボッコボコにするほうが楽しいと思わない?」
「む……むう?」

 対抗戦、そうだ、これまでの戦闘訓練はそれの為でもある。各クラスから代表を選抜し、4人1班を組ませ、他のクラスと模擬試合を行うのだとか。

「普段馬鹿にしてるヤツらに負けただなんて、アイツらのプライドに傷がつく処じゃない、家の恥晒にまでなるかも」
「お……おぉ? うむ?」
「ま、ま。ナイル、そこまで」
「別にいいじゃない、何か問題ある?」
「いや、まあ、ない、とは思うんッスけど……余計な入れ知恵はお兄さんもアクストくんも許さないッスよ」
「優等生ぶってんじゃないわよ」
「まぁまぁまぁ」

 相変わらず余裕たっぷりのにやけ面に、ナイルは軽く舌打ち。

「じゃあ乙女のお話するから。それならいいでしょ、アクスト?」
「えっ」
「何よ、不純な事は話さないっての。ね、エアリィもいいでしょ?」
「う……うむ?」
「男の口説き方とか」
「お……おぉ!」

 えっ?

「あっはっは。じゃあ俺は女の口説き方でも教えるッスかね」

 えっ?

「アンタ、彼女いたこと無いでしょ」
「決めつけは良くないッスよ」
「事実でしょうが」
「そりゃあまあ」

 若干呆然としていた僕は、されるがままロイバーに連行され行く。といってもさほど離れていない、5歩程の距離で耳打ちされた。

「アクストくんは、使用人だったんッスよね?」
「あれ、口説き方で──はい、そうですが」
「うーんと……ビョードーって知ってるッスか?」
「? いえ、申し訳ありません」
「そッスよねぇ。あ、別に貶してはいないッス。貴族が使用人を殴ることに疑問何てこれっぽっちも無いッスよ」
「仕事ですから」
「いちいち強風だの豪雨だのに怒り狂う人間なんていないのと同じッス、それは君にとって当たり前のことなんッスから。そうだ、殴り返してやろうとかは思わなかったッスか?」
「まさか、そのような……!」
「あはは、そッスよねぇ。自分より主人、同僚より主人、至極当然の優先順位ッス」
「勿論です」
「アクストくんはぁ……もしかして、自己陶酔してるんッスかねぇ?」
「? それはなんでしょうか?」
「いや何でも。ま、悪い意味で言ったんじゃないッス、きっとそれでエアリィちゃんにも出会えたんッス」
「はぁ……」
「度胸があってウジウジしな──うーんどうなんッスかね。見てる分には不愉快ッスけど、卑屈ってわけでもないッスし。それが当然だから酷い自己嫌悪もしないんッスかね。やっぱ酔ってるわけでもなさそうッス」
「はぁ……?」
「ま、ま。しっかりした自分をもってるんッスから安心するッス、エアリィちゃんは君に惹かれたんッスから」
「うーん? ロイバーさんの話は難しいです」
「あはは。そうだ、ついでに聞きたいんッスけど……ひも理論って知ってるッスか?」
「いえ?」
「そッスよね……当たり前ッス。ま、とりあえず夕食にするッスかねえ」
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