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喰らう者
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エルドは一歩、前へと踏み出した。
森の守護者は唸り声を上げ、木々をなぎ倒しながら接近してくる。
地響きのような足音。体重の全てを乗せた突進。
だが、エルドの目は揺れない。
彼の足元、倒木の傍らに転がる一本の枝。
もとは単なる折れた木の棒にすぎなかったそれに、ふと手を伸ばす。
ただ、なんとなく、その枝が助けになるような気がした。
「え?」
エルドが枝を握った瞬間、彼の指先に電流のような感触が走った。
同時に枝が淡い光を放ち、姿を変えていく。
気が付けば、エルドが握った枝は細剣のような形になっていた。剣聖が剣聖たる所以を垣間見た瞬間だった。
まるでそれが、最初から剣だったかのように、エルドの中に一つの理解が宿る。
剣聖とは、剣を扱う者に非ず。
何を握ろうと、それを剣に変えてしまえる者。
「……さあ、やろうか」
エルドが細剣を構えると、森の守護者が咆哮しながら腕を振り下ろす。
巨大な拳が一直線に迫る。
しかし、エルドは一歩も退かず、細剣を右手に構えた。
「斬れる、俺なら……!」
静かに、息を吸う。
次の瞬間。
ヒュッ、と風を切る音と共に、エルドの身体が霞のように横へ流れた。
迫り来る拳が地面にめり込むよりも先に、細剣が鋭く振り抜かれていた。
それは迷いのない一閃だった。
巨体を目掛けて放たれ、真っ二つに裂けた。
最後に見た森の守護者のとぼけたような顔つきは、まさに何が起きたかわかっていないようだった。
「…………あっさりだな」
地面に降り立ったエルドは細剣を振るって血を払った。
目の前を見ると、あれほどまでに禍々しかった巨影が、いまはただの肉塊と化していた。
エルドは息一つ乱さず、冷静にその力を俯瞰していた。
「これが、剣聖の力ってやつか。剣ですらない物体を剣に変えてしまうとは末恐ろしいな」
まだまだ考えたいことはあった。きっと他にもたくさんの力を持っているはずだから。
しかし、不意に腹が鳴ることで、エルドの思考は中断された。
情け容赦なく、ぐう、と。
「……あー……そっか。何も食ってなかったな、今日……」
空腹の感覚が一気に押し寄せてきた。
全身が怠く、気力も急速に萎えていく。
エルドはオーガの巨体に近づくと、崩れた肉の一部に手を伸ばした。
蒸気を上げるそれは獣臭く、脂の焦げたような匂いすら漂わせていた。
「こういうのを見ても気持ち悪くならないんだもんな。正直、美味そうには見えないけど……食べられる気がする」
そう呟いてから、ふと立ち止まった。
鬱蒼とした雑木林。湿気と葉の匂いが満ちたこの場所で、火を起こすのは現実的ではない。
焚き火の煙はすぐに木々の間を漂い、他のモンスターを引き寄せるかもしれないし、下手をすれば火事になる。
エルドはそんな状況を、まるで昔から知っていたかのように判断していた。
だから、彼は迷わずオーガの腹に手を突っ込み、比較的柔らかい部位の肉を千切り取った。
まだ温もりの残る生肉。血が滴り、手はべったりと汚れる。
「……食べられる気がする」
エルドの顔に躊躇の色はなかった。
唇を開き、そのまま肉塊を口に押し込む。
生臭さが舌を刺激し、血の味が喉を流れる。
普通の人間なら、吐き気を催していたかもしれない。
だが、今のエルドは違う。
「……懐かしい味だな。ただ、美味くはない」
エルドは、ぼそりと呟いた。
戦場。炎と叫び声が飛び交う中、火を焚く余裕もなく喰らった、モンスターの肉。
現世でもモンスターの肉を食べる文化は残っているし、だからこそモンスターを狩れる冒険者は重宝されている。ただ、さすがに生食をする人間はいない。
生食なんて、飢えをしのぎ、明日を生き延びるためだけの行為だが、それもまた「生」の一部だった。
剣聖レヴァルは、そういう場所で生きてきた。
エルドはその事実をそこはかとなく実感した。
「生でも……喰える。戦って、勝って、生き延びる。それだけだった……あの頃は」
血まみれの手で、もう一切れを口に運ぶ。
咀嚼するたび、エルドの目の奥に過去の戦場の光景が一瞬だけよぎる。
それでも、顔に浮かぶのは静けさだけだった。
森の守護者は唸り声を上げ、木々をなぎ倒しながら接近してくる。
地響きのような足音。体重の全てを乗せた突進。
だが、エルドの目は揺れない。
彼の足元、倒木の傍らに転がる一本の枝。
もとは単なる折れた木の棒にすぎなかったそれに、ふと手を伸ばす。
ただ、なんとなく、その枝が助けになるような気がした。
「え?」
エルドが枝を握った瞬間、彼の指先に電流のような感触が走った。
同時に枝が淡い光を放ち、姿を変えていく。
気が付けば、エルドが握った枝は細剣のような形になっていた。剣聖が剣聖たる所以を垣間見た瞬間だった。
まるでそれが、最初から剣だったかのように、エルドの中に一つの理解が宿る。
剣聖とは、剣を扱う者に非ず。
何を握ろうと、それを剣に変えてしまえる者。
「……さあ、やろうか」
エルドが細剣を構えると、森の守護者が咆哮しながら腕を振り下ろす。
巨大な拳が一直線に迫る。
しかし、エルドは一歩も退かず、細剣を右手に構えた。
「斬れる、俺なら……!」
静かに、息を吸う。
次の瞬間。
ヒュッ、と風を切る音と共に、エルドの身体が霞のように横へ流れた。
迫り来る拳が地面にめり込むよりも先に、細剣が鋭く振り抜かれていた。
それは迷いのない一閃だった。
巨体を目掛けて放たれ、真っ二つに裂けた。
最後に見た森の守護者のとぼけたような顔つきは、まさに何が起きたかわかっていないようだった。
「…………あっさりだな」
地面に降り立ったエルドは細剣を振るって血を払った。
目の前を見ると、あれほどまでに禍々しかった巨影が、いまはただの肉塊と化していた。
エルドは息一つ乱さず、冷静にその力を俯瞰していた。
「これが、剣聖の力ってやつか。剣ですらない物体を剣に変えてしまうとは末恐ろしいな」
まだまだ考えたいことはあった。きっと他にもたくさんの力を持っているはずだから。
しかし、不意に腹が鳴ることで、エルドの思考は中断された。
情け容赦なく、ぐう、と。
「……あー……そっか。何も食ってなかったな、今日……」
空腹の感覚が一気に押し寄せてきた。
全身が怠く、気力も急速に萎えていく。
エルドはオーガの巨体に近づくと、崩れた肉の一部に手を伸ばした。
蒸気を上げるそれは獣臭く、脂の焦げたような匂いすら漂わせていた。
「こういうのを見ても気持ち悪くならないんだもんな。正直、美味そうには見えないけど……食べられる気がする」
そう呟いてから、ふと立ち止まった。
鬱蒼とした雑木林。湿気と葉の匂いが満ちたこの場所で、火を起こすのは現実的ではない。
焚き火の煙はすぐに木々の間を漂い、他のモンスターを引き寄せるかもしれないし、下手をすれば火事になる。
エルドはそんな状況を、まるで昔から知っていたかのように判断していた。
だから、彼は迷わずオーガの腹に手を突っ込み、比較的柔らかい部位の肉を千切り取った。
まだ温もりの残る生肉。血が滴り、手はべったりと汚れる。
「……食べられる気がする」
エルドの顔に躊躇の色はなかった。
唇を開き、そのまま肉塊を口に押し込む。
生臭さが舌を刺激し、血の味が喉を流れる。
普通の人間なら、吐き気を催していたかもしれない。
だが、今のエルドは違う。
「……懐かしい味だな。ただ、美味くはない」
エルドは、ぼそりと呟いた。
戦場。炎と叫び声が飛び交う中、火を焚く余裕もなく喰らった、モンスターの肉。
現世でもモンスターの肉を食べる文化は残っているし、だからこそモンスターを狩れる冒険者は重宝されている。ただ、さすがに生食をする人間はいない。
生食なんて、飢えをしのぎ、明日を生き延びるためだけの行為だが、それもまた「生」の一部だった。
剣聖レヴァルは、そういう場所で生きてきた。
エルドはその事実をそこはかとなく実感した。
「生でも……喰える。戦って、勝って、生き延びる。それだけだった……あの頃は」
血まみれの手で、もう一切れを口に運ぶ。
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