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「……あ、あの……」
「ハッ…!すみません!パク・ドハです!よろしくおねがいします!」
俺が声を掛けるとやっと我に返ったのか、改まって自己紹介をしてくれたパクさん。
差し出された手をそっと握り、握手を交わす。
日本語で、挨拶してくれたんだもんな……
『この店の店主をしている佐倉です。よろしくおねがいします。』
「……!」
驚いた顔をするパクさんを見て、反射的に下を向く。
上手く、伝わっただろうか。
少し震えた声で久々に話した韓国語は、多分たどたどしかった。
けれど、韓国人の彼が一生懸命日本語を覚えて話してる事を考えると、自分もなるべく知っている韓国語で話すのが礼儀だと思ったのだ。
凄く緊張したし、恥ずかしくてたまらない。
握手を交わしているパクさんの手にグッと力が入るのが分かり、思わず彼を見上げる。
「かんこくご、とてもじょうずです…!」
それはそれは満面の笑みで韓国語を褒めてくれる彼に、不覚にも照れてしまう。
『少しだけ、です。パクさんこそ、日本語、お上手です。』
「ほんとですかぁ…!ありがとうございます!」
日本語を褒めてあげると、目をキラキラさせて嬉しそうにはにかむ。
キュン……
少し胸の奥が音を立てたけど、気付かない振りをした。
韓国語が伝わった事にほっとしていたのも束の間。
彼は、何故だか握手の手を解放してくれない。
ずっと目合ってる気がするし。
「……っ?」
振りほどくのも、失礼だよな。
こういう時、俺ってほんとコミュ障だなとつくづく思う。
どうしよう。
あぁ、パクさんの手大きいな。
すらっとしてるけど、意外と肩幅しっかりしてるし。
ドキ…ドキ…
なんだろう、これ
何か、胸が…………
緊張、してるのかな。
やっぱり人見知りはどこまで行っても人見知りなんだな。
そう自分に言い聞かせていると
「僕は、ここの店員の市ノ瀬悠翔です。よろしくお願いします!」
「っあ!はい、」
ようやく悠翔の助け舟が出て、俺の手は無事に解放された。本当に助かった。
「よろしくおねがいします!」
悠翔とも挨拶を交わしたパクさんは、その直後にスタッフさんに呼ばれて、俺たちに会釈をしてこの場を後にした。
「…はぁ~…」
ほっとして、思わず溜め息が出てしまう。
「ずーっと握られてたね。」
ニヤニヤしながら言ってくる悠翔
「ほんとだよぉ~…」
「てかめっちゃ見られてたよね!?」
「まじで、もっと早く助けて欲しかったよ…」
「いや~面白くてつい。」
「もー……。ほら、準備するよ。」
楽しそうに笑う悠翔を軽く叩き、差し入れの飲み物を準備するため厨房に入った。
「晴~、今日はどの豆使う?」
「ブルーマウンテンかな……あ、田島監督は、」
「キリマンジャロでしょ?」
前の作品で店を使ってもらった時、キリマンジャロを出したら凄く気に入ってくれたのだ。
悠翔もそれを分かってたみたいで、俺が言う前に得意げな顔をして答えた。
「うん。紅茶も用意しよっか、ミルクティーも作れるように。」
「了解!」
返事をしてすぐに取り掛かる悠翔。
俺もお湯を沸かす準備をし、客席側に移動してお盆をカウンターに数枚並べ、その上に紙コップをひたすら置いていく。
「♪~~♪~~♪~」
「ふふっ」
カウンターの客席側に立つ俺と、作業場側に立つ悠翔は、向かい合わせのような形になる。
鼻歌を歌いながら豆を挽く悠翔を見て、思わず笑ってしまう。
「あ、今笑ったろ!」
「ごめんって」
「いいけどさ~」
いいんかい。
何だかんだ許してくれるから、悠翔は優しい。
電動ミルを修理に出してから、幾らか不便になるかとも思ったが、悠翔は手動のミルで挽くのが楽しいとの事なので、任せっきりだ。
「そういえばさ、さっきパクさんになんて言われたの?ほら、最初なんか晴に呟いてなかった?」
あれ韓国語だよね?と、豆を挽きながら聞いてくる悠翔。
紙コップを並べる手が止まり、パクさんの先程の言葉が脳内で再生される。
"『……ノム…イェップダ……』"
あれ、綺麗って意味だよな。
俺に、言ったの……か?
ドキ……
また、胸の奥が音を立てた。なんなんだ。
いや、眼鏡にマスクでほぼ顔見えなかっただろうし、何かの間違いだろ。
俺の聞き間違いかもしれないし。うん。
「お、俺も、よく……分からない。」
歯切れの悪い返答になり、何となくバツが悪くなって慌てて紙コップを並べる作業を再開する。
それと同時に、目の前で聞こえるコーヒー豆を挽く音が止まった。
何かと思い顔を上げると、客席カウンターを挟んだ作業場に立つ悠翔と目が合う。
「…そっ、か。」
何故か、一瞬悲しそうな表情をした後、
「…さすがに晴も分からなかったか!」
取り繕うように微笑んだ。
まただ。
高校からの親友は、たまにこの表情をする。
ポーカーフェイスという訳では無いけど、基本的にはいつも同じテンションで楽しそうに笑っている。
そんな悠翔がたまに見せるこの表情には、何年経っても慣れないでいた。
10年程一緒にいるけど、俺達は喧嘩をしたことが無い。
それは一概に悠翔が優しいからだ。
俺が拗ねたり怒ったりしてもすぐ謝ってくるし、俺が何を言っても何をしても怒らないで笑って済ませてくれる。
時々、俺がドジをしたり危ない事をすると、お母さんみたいに注意してくるけど。
それ以外は本当に…
本当に……
……いや。
1度だけ……
1度だけ、本気で怒られた事がある。
"ゅぅ、とっ、ゃめて、その人、しんじゃう……!"
"こんな奴しねばいい"
あぁ、あれは……
"…ぉれ、大丈夫だから……おれなんか……"
"っふざけるな!!!"
あまり思い出したくないから、また今度。
「ハッ…!すみません!パク・ドハです!よろしくおねがいします!」
俺が声を掛けるとやっと我に返ったのか、改まって自己紹介をしてくれたパクさん。
差し出された手をそっと握り、握手を交わす。
日本語で、挨拶してくれたんだもんな……
『この店の店主をしている佐倉です。よろしくおねがいします。』
「……!」
驚いた顔をするパクさんを見て、反射的に下を向く。
上手く、伝わっただろうか。
少し震えた声で久々に話した韓国語は、多分たどたどしかった。
けれど、韓国人の彼が一生懸命日本語を覚えて話してる事を考えると、自分もなるべく知っている韓国語で話すのが礼儀だと思ったのだ。
凄く緊張したし、恥ずかしくてたまらない。
握手を交わしているパクさんの手にグッと力が入るのが分かり、思わず彼を見上げる。
「かんこくご、とてもじょうずです…!」
それはそれは満面の笑みで韓国語を褒めてくれる彼に、不覚にも照れてしまう。
『少しだけ、です。パクさんこそ、日本語、お上手です。』
「ほんとですかぁ…!ありがとうございます!」
日本語を褒めてあげると、目をキラキラさせて嬉しそうにはにかむ。
キュン……
少し胸の奥が音を立てたけど、気付かない振りをした。
韓国語が伝わった事にほっとしていたのも束の間。
彼は、何故だか握手の手を解放してくれない。
ずっと目合ってる気がするし。
「……っ?」
振りほどくのも、失礼だよな。
こういう時、俺ってほんとコミュ障だなとつくづく思う。
どうしよう。
あぁ、パクさんの手大きいな。
すらっとしてるけど、意外と肩幅しっかりしてるし。
ドキ…ドキ…
なんだろう、これ
何か、胸が…………
緊張、してるのかな。
やっぱり人見知りはどこまで行っても人見知りなんだな。
そう自分に言い聞かせていると
「僕は、ここの店員の市ノ瀬悠翔です。よろしくお願いします!」
「っあ!はい、」
ようやく悠翔の助け舟が出て、俺の手は無事に解放された。本当に助かった。
「よろしくおねがいします!」
悠翔とも挨拶を交わしたパクさんは、その直後にスタッフさんに呼ばれて、俺たちに会釈をしてこの場を後にした。
「…はぁ~…」
ほっとして、思わず溜め息が出てしまう。
「ずーっと握られてたね。」
ニヤニヤしながら言ってくる悠翔
「ほんとだよぉ~…」
「てかめっちゃ見られてたよね!?」
「まじで、もっと早く助けて欲しかったよ…」
「いや~面白くてつい。」
「もー……。ほら、準備するよ。」
楽しそうに笑う悠翔を軽く叩き、差し入れの飲み物を準備するため厨房に入った。
「晴~、今日はどの豆使う?」
「ブルーマウンテンかな……あ、田島監督は、」
「キリマンジャロでしょ?」
前の作品で店を使ってもらった時、キリマンジャロを出したら凄く気に入ってくれたのだ。
悠翔もそれを分かってたみたいで、俺が言う前に得意げな顔をして答えた。
「うん。紅茶も用意しよっか、ミルクティーも作れるように。」
「了解!」
返事をしてすぐに取り掛かる悠翔。
俺もお湯を沸かす準備をし、客席側に移動してお盆をカウンターに数枚並べ、その上に紙コップをひたすら置いていく。
「♪~~♪~~♪~」
「ふふっ」
カウンターの客席側に立つ俺と、作業場側に立つ悠翔は、向かい合わせのような形になる。
鼻歌を歌いながら豆を挽く悠翔を見て、思わず笑ってしまう。
「あ、今笑ったろ!」
「ごめんって」
「いいけどさ~」
いいんかい。
何だかんだ許してくれるから、悠翔は優しい。
電動ミルを修理に出してから、幾らか不便になるかとも思ったが、悠翔は手動のミルで挽くのが楽しいとの事なので、任せっきりだ。
「そういえばさ、さっきパクさんになんて言われたの?ほら、最初なんか晴に呟いてなかった?」
あれ韓国語だよね?と、豆を挽きながら聞いてくる悠翔。
紙コップを並べる手が止まり、パクさんの先程の言葉が脳内で再生される。
"『……ノム…イェップダ……』"
あれ、綺麗って意味だよな。
俺に、言ったの……か?
ドキ……
また、胸の奥が音を立てた。なんなんだ。
いや、眼鏡にマスクでほぼ顔見えなかっただろうし、何かの間違いだろ。
俺の聞き間違いかもしれないし。うん。
「お、俺も、よく……分からない。」
歯切れの悪い返答になり、何となくバツが悪くなって慌てて紙コップを並べる作業を再開する。
それと同時に、目の前で聞こえるコーヒー豆を挽く音が止まった。
何かと思い顔を上げると、客席カウンターを挟んだ作業場に立つ悠翔と目が合う。
「…そっ、か。」
何故か、一瞬悲しそうな表情をした後、
「…さすがに晴も分からなかったか!」
取り繕うように微笑んだ。
まただ。
高校からの親友は、たまにこの表情をする。
ポーカーフェイスという訳では無いけど、基本的にはいつも同じテンションで楽しそうに笑っている。
そんな悠翔がたまに見せるこの表情には、何年経っても慣れないでいた。
10年程一緒にいるけど、俺達は喧嘩をしたことが無い。
それは一概に悠翔が優しいからだ。
俺が拗ねたり怒ったりしてもすぐ謝ってくるし、俺が何を言っても何をしても怒らないで笑って済ませてくれる。
時々、俺がドジをしたり危ない事をすると、お母さんみたいに注意してくるけど。
それ以外は本当に…
本当に……
……いや。
1度だけ……
1度だけ、本気で怒られた事がある。
"ゅぅ、とっ、ゃめて、その人、しんじゃう……!"
"こんな奴しねばいい"
あぁ、あれは……
"…ぉれ、大丈夫だから……おれなんか……"
"っふざけるな!!!"
あまり思い出したくないから、また今度。
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