【R18】貧乏令嬢は金色の夢を見る (改:金の波 子ヤギの夢)

るりあん

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ちょっとしたおねだり

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 その後、カペラは早速、王都のグレン侯爵に文を書いて早馬を立てた。
 翌日届いた返信には、エリックとレオンも呼び寄せる旨と、ルセイヤン伯爵夫人も一緒に王都に戻るよう伝えて欲しいと認められていて、これによりカペラの『エリックとルセイヤン伯爵夫人から離れる』という希望はもろくも潰えた。
 けれど、王都に戻れば侯爵もいるのだし、ルセイヤン伯爵夫人の興味を引くものはエリック以外に沢山あるだろう。
 もうエリックのことは考えないと決めての王都行きなのに、さて皆一緒にとなったら心の隅で期待してしまう自分の優柔油断さに、カペラは我ながら嫌気になる。

 王都にやってきて、予想通りカペラは時間を持て余した。
 伯爵夫人はグリブレイユ公爵の屋敷内にある自室に戻って、カペラには穏やかな日々が訪れたが、エリックは、昼間は時には侯爵と一緒に、またある時には別々に外出し、夜は夜で、二人で執務室にこもり夜遅くまで翌日の仕事の相談をしているためゆっくり話す時間もない。
 さすがにこの状況で構って欲しいと言えるほど彼女は子供でもなく、かといって仕事が終わった頃を見計らって誘いをかけるほどの勇気もなく――カペラは退屈な日々を過ごしていた。
 こういうとき、一般的な貴族の女性は退屈しのぎにサロンや社交界に顔を出すのだろうが、残念ながら田舎育ちのカペラはそういう場所は苦手だ。
 むしろ修道院時代に勤労奉仕の際に目にした平民の暮らしの方が彼女には興味深い。
 見かねたレオンが、街へ誘い出してくれたのは、カペラが王都へきて10日ほどたってからだった。
 彼は馬車で街のあちこちを案内してくれた。長屋の間の細い路地、花屋の屋台が出ている小さな公園、川沿いの石畳――。下流へ向かうと港へ出るという大きな川を上流に向かい、街の外縁部にある森まで来たところで、レオンは馬を馬車から外し、あらかじめ用意してくれていた馬具をつけて乗馬を楽しませてくれた。光がよく入る森での乗馬は、カペラにアルダートンでの生活を思いださせ、寂しさを紛らせてくれる。
 外に出るのがこんなに楽しいのなら、馬車からではなく、平民に交じって街を自分の足で歩いてみたい――そう思うようになるのに、長い時間は必要なかった。

 いつものように一人の夕食を終えた彼女は、ようやく聞こえてきた馬車の音で、玄関ホールに待機し、帰宅したばかりの侯爵を捕まえる。
 寝食を惜しんで飛び回る彼の顔には、疲れの色が見て取れた。
 労いの言葉を掛けたあと彼女は、彼にさらなる負担をかけるような気がして、一瞬言おうか言うまいか迷ったのだが、思い切って口を開く。
「お疲れのところ申し訳ないのですが、欲しいものがあります」
 幅広の美しいカーブを描く階段を登りながら、彼は足を止めることなくカペラに意識を向ける。仕方なくカペラは侯爵の後ろを追いかける形になった。
「お前がねだるなど、珍しいな。この上、もう一つダムをとか言い出されると、さすがの俺も少々困るが――」
 力の無い笑みが、彼の仕事が上手くいっていないことを物語っている。
 しかし、ここで彼女が我慢してストレスをためるよりは、少しの出費でも機嫌良く過ごしている方が、彼にとって精神的負担は少ないだろう。
 それに、これからねだるものは、ダムやドレスほど値は張らない。
「服、です」
 その言葉に、侯爵はようやく足を止め、彼女をまじまじと見つめた。
「服?」
「だめ、ですか?」
「ダメではないが……珍しいな。お前が普通のものを欲しがるなど。……まあ良い。明日にでも仕立屋を手配しておこう」
 明らかに誤解をしている彼に、カペラは慌てて言葉を足す。
「いえ、普通の服ではなく、平民が身につけるようなものをいくつか」
 彼は驚いて一瞬固まった後、にたりと口の端をあげて、満足そうに微笑んだ。



 仕立て上がった服での外出はまた楽しかった。
 時にはタナス公爵邸の小さな門から出て、またある時は、森の外れまで馬車で乗り付けそこで降りて、街に出た。港まで足を延ばしたこともある。アルダートンなど比にならない大きな港で、停泊している船も先日見たものと違ってとても大きい。
 街の中は人が多くごみごみしていたが、活気に溢れていた。商売を営む者、値切る者、荷を運ぶ者、港で威勢良く働く者――。人々の表情も実にいい。
 大きな町だけあって、いろいろな人種が交錯するのも、見ていて興味深いものがある。
 肌にまで伝わってくる彼らの活力は、アルダートンやサーシスも、ここまでは大きくはないが、かつてはこんな風に賑わっていたことを、彼女に思い起こさせた。
 治水工事が完成すれば、数年後にはあの地方も再び賑やかになるだろう。
 そのことを思うだけで、彼女の胸は高鳴った。
 ほんの数時間程度うろうろして邸や馬車に戻るだけの散策ではあったが、それはカペラに挫けかけていた夢を思い出させ、未来への希望を与えてくれる。
 下町や港町の賑わいを求め、彼女はほぼ毎日通った。
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