耽溺 ~堕ちたのはお前か、それとも俺か?~

寺原しんまる

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ケジメをつけてこい!

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  両思いだということを理解した二人だったが、さっそく性行為となれないのが今の二人の状況だった。もちろん、理由は時貞の容態であり、身体に管が付いた状態では事にも及べないと時貞は嘆く。


「なあ、看護婦も居なくなったし、咥えろ!」

「はあ? 何言ってんだよ! 出来るかよ! ここは病室だぞ! 一昨日に意識が戻って、もう性欲回復かよ……」

「お前の尻を見てたらヤリたくなった!」

「ば、馬鹿! そういう事を今は言うなよ!」


 愛の告白から一夜明けて、ヒロトは病室の窓を開けて空気の入れ換えをしていた。時貞は驚異の快復力で、既に自分で上体を起こせるまでになっている。しかし足はまだピクリとも動かなかった。


「なあ、身体を拭いてくれ……」

「いいよ。ちょっと待ってて」


 ヒロトは看護婦の許可を貰い、時貞の身体をお湯で濡らしたタオルで拭きだす。少し筋肉の落ちた身体を優しく撫でながら、背中の刺青を手でなぞり、身体中の隅々までヒロトは嬉しそうに拭くのだった。


「俺、時貞の世話するの楽しいかも」

「おい。俺を年寄り扱いするな! 直ぐに回復してやるからな。そしたら朝まで犯してやる!」


 時貞の悪態に「ハイハイ」と答えるヒロト。二人の間に優しい空気が流れていた。しかし、時貞がふと口を開き、その瞬間にその空気が一変するのだ。


「なあ、お前の仕事はどうなってるんだ? コンサートとかやってるんじゃねえのか?」


 時貞を拭くヒロトの手が止まる。しかし直ぐに何でも無かった様に手は動き出した。


「あ、うん……。長期の休みを取ってるんだ、曲を作るために。いつもの事だよ……」


 ヒロトのぎこちない返事に疑問を持った時貞だったが、ヒロトが悪戯で時貞の乳首を触りながら「ピアスを付けるチャンス!」と揶揄い出す。それに反応する時貞は「俺はMじゃねえよ!」と笑いながら返すのだった。


****


 その日の午後。山田が時貞と組の件で込み入った話をすると言うので、ヒロトは病室を出て病院内を歩いて売店へと向かう。帽子も深く被り、伊達眼鏡も付けていたヒロトは、安心して廊下を歩いていた。
  

 すると何処からか騒がしい若い女の声がし、ヒロトはその方向を思わず振り返る。するとそこには若い派手な女の集団がいて、目を丸くしてヒロトを見ているのだ。


(し、しまった!)


 ヒロトは慌ててその場を離れようとするが、若い女達はキャーキャーを悲鳴に似た声を上げている。直ぐに別の場所に居た者にも騒ぎが伝わり、大きな人だかりが出来るのだった。
 

「ごめん! 通して……!」


 ヒロトは人だかりをすり抜けてエレベーターへと向かった。スマートフォン片手に無神経に写真を撮りまくる人々は、「やった! SNSに投稿できる!」と声を上げている。ヒロトの後を付けてくる者もおり、ヒロトは急いで物陰に隠れて騒ぎが収まるまでそこにいた。


 ようやくヒロトを探すのを諦めた人々が消えてから、ヒロトはそっと時貞の病室へと戻る。顔面蒼白のヒロトを、山田が心配そうな顔で「何かあったのか?」と小声で声を掛けた。どうやら時貞は眠っているようだ。


「俺がここに居ることがバレた……。直ぐに週刊誌かワイドショーにネタを売られるかも」

「なんだって……! どうすんだよ」


 心配そうな山田の背後から低い声が聞こえる。


「……元いた場所に戻れ、ヒロト」


 寝ていたと思った時貞は目を開いてヒロトに告げる。ヒロトは「いやだ……」と首を左右に振るのだ。


「いやだ……。もう、時貞の側から離れない! 一緒に居たいんだ!」

「馬鹿野郎。お前、全てほったらかして来たんだろう? ちゃんとケジメを付けてこい!」

「でも……」

「ずっと待っといてやるから……、行ってこい!」


 時貞の言葉を聞き、ヒロトの顔色はみるみる良くなっていく。時貞が自分を待っていてくれるのだと思うと、嬉しくてしょうがないのだ。


「本当に、待っててくれるのか? 本当だな?」

「ああ、ずっと待っててやるから……。お前、俺を監禁するんだろう?」


 その言葉を聞いて山田がギョッとするが、時貞もヒロトも笑っている。


「分かったよ。ケジメを付けてくるから待っててくれ……。必ず戻るから!」


 ヒロトは時貞の側に駆け寄り唇にそっとキスをする。離れたくない互いの唇は、何度か戻りながらゆっくりと離れて行く。笑顔を見せるヒロトに時貞が「行ってこい、カナリヤ!」と頭を撫でながら告げるのだった。
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