【完結】淑女の顔も二度目まで

凛蓮月

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一回目

2.終わりの始まり

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「……あら、離れに何かあるの?」

 リリミアは慌ただしく動く使用人を捕まえて聞いた。
 使用人は驚いた顔をし、目を泳がせた。
 ちょうど通りかかった執事に縋るような目線を送ると、執事は目を見開き表情を強張らせた。

「旦那様から……話を聞いておりませんか……?」
「なにも、って……何を?」

 怪訝な顔で聞き返すが、執事の顔色は悪い。

「わぁ! すごいや! 今までのお家と全然違う!」

 そこへ入って来た、夫に似た男の子。
 二人の視線は男の子に注がれた。

「エクス、あまりはしゃがないのよ。
 それにしても凄いわね、想像以上だわ」
「ああ……」

 そして、男の子の後ろから夫にエスコートされてやって来たのは、学園を卒業し二度と見る事は無いと思っていた存在だった。

「ねえ、お父様、マキナは? 僕またマキナと遊びたいな!」
「まあ待ちなさいエクス……」

 慣れたように夫をお父様と呼び、自然にエクスに微笑みかける夫を呆然と見ていたリリミアに気付いたマクルドは、一瞬目を見張った。
 リリミアは、夫によく似た子が、自分の娘であるマキナを知っているのにも訳が分からなかった。

 時が止まったかのような時間は、階下の声を聞いた娘が打ち破った。

「おにいさま! どうしてここに?」

 嬉しそうな声は公爵邸のエントランスに響き渡る。

「マキナ! これからはここで暮らすんだよ。
 そしたら毎日一緒に遊べるよ!」

 夫が何も言わずとも、無邪気な子どもたちが次々とリリミアに情報を教えてくれた。

「本当? 嬉しいわ! 今までは週一回くらいだったけど、毎日会えるのね」

 まるで、愛しい恋人に出会ったかのようなセリフは、週一でリリミアに休息を、とマキナを連れ出してくれた先で見た劇の影響なのかもしれないが。
 必ず晩餐とセットだったのでそのときにでも会っていたのかもしれない、とリリミアはぼんやりしながら思っていた。

「……旦那様、そちらの方は」
「あ、あぁ、……その」
「……こんなに大きなお子様がいらっしゃるなら、言って下されば良かったのに」

 未だメイの手を持ったままだったマクルドは、リリミアを見た。
 今まで見た事も無い様な、無表情だった。

「――っ……ぁ……」

 ドクン、と一際大きく心臓が動いた。
 ゆっくりと、踵を返し遠ざかるリリミアを追い掛けて「違うんだ」と言わなければ、と思うが足が動かない。
 だがマクルドは心配したメイに服を引っ張られ、優しげな笑みを浮かべた。

「ああ、ごめん、部屋に案内するよ」

 そして何事も無かったかのようにメイと共に歩き出し、エクスとマキナを連れて離れへと向かったのだった。
 その様子を執事はただ呆然として見ていた。


 晩餐の席にリリミアの姿は無かった。

「奥様に何の説明もしていなかったのですか?」

 執事からの言葉にマクルドの鼓動が嫌な音を立てた。
 エクスのことも、メイの事も、今まで一切リリミアに話してはいなかった。
 それは二人の事を良くは思わないだろうと予想したから。
 マキナにのみ会わせていたのは彼女が兄がほしいと言っていたから。

 先に娘が懐けば、リリミアも拒否しないだろうという下心もあった。

 だが、実際はどうだ。
 リリミアは夫に会いたくないと自室に引き籠もった。
 話をしなければ、だが何から話せば。
 エクスの事、メイの事。
 最初から話すには自身の不貞の事を話さねばならなかった。

(せっかくリリミアと以前のように仲良くなれたのに……)

 マクルドはリリミアに嫌われたくなかった。
 それは彼の本心だった。

「……リリミアとはちゃんと話すよ」

 マクルドはその夜、一人で晩餐を食べた。
 リリミアは自室で、マキナは離れでエクスと食べたがったからそちらに行った。

 昨日までは三人だったのが、たった一人。
 カトラリーの音だけが無機質に響き、砂を噛むような晩餐は美味しいはずなのに味がしなかった。


 その後リリミアの部屋へと向かった。

「リリミア、その……話があるのだが」

 中へ入ると、晩餐は殆ど手付かずで残っていた。
 リリミアはソファに座ったまま俯いて動かなかった。

「……急に、二人を連れて来てすまない」

 ぴくりと、リリミアの指だけが反応した。

「……終わっていなかったのですね」

 その一言に、マクルドは表情を変えた。
 唇がわなわなと震え、足が竦む。

「知っ……ていた、のか……」
「知らない方がおかしいでしょう?
 同じ学園に通っていたのですから」

 ぽつりと呟くような言葉に、マクルドは思わずリリミアの前に跪いた。

「すまない……、きみを裏切るような真似をして……。エクスの事も……」
「婚約、解消して下されば良かったのに」

 リリミアの言葉がマクルドに突き刺さる。
 メイに傾倒し、メイと肉体関係を結んでも、マクルドはリリミアを手放したくなかった。
 エクスができたと分かった時も、自分の子じゃなければ良いと思った程だった。
 メイと肉体関係があったのは、自分だけではないと知っていた。
 学園時代だけの限定になるはずだったのだ。

「それは、できない。俺はきみを愛しているし、妻になるのはきみ以外にいないとずっと思っていた」
「その割には学園にいた頃は疎遠でしたし、貴方は好き勝手に遊ばれていましたし、子どもも……」

 何一つ、信用してもらえる材料は無かった。
 自分の行動に矛盾を感じながら、何かがおかしいと感じながらもマクルドは改めなかった。

「その、エクスなんだが……、とても優秀なんだ。王太子殿下も、しっかりとした教育を受けさせた方が良いと仰って……その……」

 それ以上は止めておけ、と何かが叫ぶがマクルドには届かない。

「きみさえ良ければ、後継にもしたいと思っている」

 その言葉にリリミアはみるみる顔を歪めた。

「庶子を……後継に? 冗談でしょう?
 貴方は名門カリバー公爵家に泥を塗るつもりですか?」
「それは……、エクスをきみの養子にして、届けを出すつもりでいる」

 バシッ。

 リリミアは目の前の夫の頬を叩いた。
 マクルドは一瞬何が起きたか分からず、叩かれた左頬に手をやった。

「私をバカにするのもいい加減にしてください。
 終わったと思っていた不貞相手との間に隠し子がいた事も、未だ会っていた事も、マキナを頻繁に隠し子に会わせていた事も、それを全て私に何も言わなかった事も、一瞬にして貴方に信用が無くなりました」

 ポロポロと、リリミアの頬に涙が伝う。
 マクルドが一番見たくなかった光景が目の前にあり、胸を激しく穿った。

「離縁しましょう。そしてあの方を妻としてお迎えになれば堂々と後継にできますわ」
「それはいやだ! リリミアを愛しているんだ。それにマキナはどうするんだ。母親がいなくなったら寂しがるだろう」
「隠し子を兄と慕っているようですし、あの方を母と呼ばせれば良いではありませんか。
 私は要らないでしょう?」
「――っ、いやだ! 離縁はしない! 絶対しない!」

 その言葉にリリミアは絶望した。

「では何故、裏切ったのですか……。
 何故……」


 なぜ。

 そう、問われても、マクルドには答えられなかった。

 王太子を始めとする男五人はメイと出逢って変わってしまった。
 二人は婚約を解消し、一人は側近候補から外れた。
 婚約者と結婚した二人も、現在進行形で妻を裏切っている。

 あの屋敷で、集まった男たちは来る度メイを抱いていた。
 一対一の時もあれば、複数の時もあった。
 それに忌避感は無く、当たり前のように代わる代わるメイを抱いた。

「こんな事、妃にはできないからな」

 王太子はそう言いながら激しく。

「今までの中で一番メイが良いよ」

 大商会子息は緩やかに。

「何回しても飽きないな」

 騎士団長子息は長時間。

「妻には無い良さがある」

 自分だって、好き勝手に。


 なぜ、なんて理由は無い。
 ただ、メイに心酔しているのだ。

 ――それはまるで、魅了されているかのように。



 そしてその遊興の場所が。

 これからは王都の外れの屋敷から、王都の、王城近くにある公爵邸に移った。

 それがどれだけリリミアを傷付けるかなど、男たちは気付いていない。
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