【完結】淑女の顔も二度目まで

凛蓮月

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最終章〜縁の糸の結び直し〜

7.未熟な二人

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 ランスロットらの行く末が決まった頃。

 一度目の人生で王太子妃だったヴィアレットは、己のした事を思い出し部屋の中で震えていた。

『カリバー公爵夫人が亡くなった』

 それを聞いた瞬間、自分が殺した、と思い、ヴィアレットは酷く後悔した。

 リリミアとヴィアレットは学園時代からの友人だった。
 婚約者がメイ・クインに侍っている、言わば同士のような関係から始まり、互いに励まし合い友となったのだ。

 だがリリミアが苦しみを訴えた時、ランスロットが戻らないのは愛人関係であるマクルドが引き止めないせいだ、と歪んだ方向に憎悪を向けた。
 それがリリミアを苦しめ、――死に至らせた。

 だから、お茶会の前日にその記憶を思い出した時、ヴィアレットは己のした事に嫌悪と憎悪が湧き、リリミアに会わせる顔が無いとお茶会を欠席し、「修道院に行く」と言って部屋に閉じ込もってしまったのだ。

 そんなヴィアレットを心配した両親は、王太子の婚約者候補として名が上がっていたが辞退を申し入れた。

「待ってください」

 そこに待ったをかけたのは第二王子マリウスだった。

「兄上の王籍剥奪が決定して、次期王太子は私になります。僕は妻にヴィアレット嬢を望みたい」

 マリウスの訴えにヴィアレットの両親――ギネモード公爵夫妻は困惑した。
 王家と繋がるのはやぶさかではないが、一度目と二度目の人生で愛人関係に悩まされたヴィアレットを流石に不憫に思い、今度こそはとヴィアレットの幸せを望んでいた両親は、彼女の望みを叶えたかった。

「マリウス殿下、ですがヴィアレットは修道院に行きたいと望んでおります。
 もうそっとしておいて下さいませんか……」
「ヴィアレット嬢は兄上に悩まされていた。けれど、二度目では僕の手を取ってくれました」
「……それを娘は悔いています」

 マリウスは悲痛に顔を歪ませた。
 二度目の人生で彼はランスロットへの報復がしたいヴィアレットの望みを叶えるべく父に頼み彼女を公妾とした。
 子も二人授かった。
 残念ながら側妃にしか迎えられなかったが、ずっと一緒に暮らせる事を楽しみにしていたのだ。
 けれど、何故か時が巻き戻り、マリウスは子どもに戻ってしまった。
 ようやく手に入れた最愛を、再び失ってしまったのだ。
 だから今度こそは最初から手に入れたかった。

 今回もランスロットが王籍剥奪される為マリウスが立太子する予定となっている。
 だから婚約者にヴィアレットを望んだのに。

「とにかくヴィアレット嬢に会わせて下さい。彼女と話がしたいのです」

 マリウスはギネモード公爵に頼み込んだ。
 公爵夫妻は困惑し、娘が望むなら、と許可を出した。


「何をしに来られたのですか」
「貴女に求婚しに来ました」

 淀み無く言うマリウスを見やり、ヴィアレットは虚ろな瞳を彼に向けた。

「お帰り下さい。私は王太子妃にはなれません」

 きっぱりと断ると、マリウスはぎゅっと拳を握り締めた。

「僕が望むのは貴女です。貴女でなければ僕は結婚しません」
「殿下は立太子なさるとお聞きしました。どうぞ私ではなく他に相応しい御令嬢と婚約なさいませ」
「どうして……! 貴女は僕を受け入れてくれたではありませんか……」

 二回目の人生で、マリウスは幸せだった。
 ずっと、彼女を見てきたのだ。
 一回目の人生ではランスロットの計略で辺境伯の養子となり彼女から遠ざけられた。
 兄と幸せになっているならそれでも良かった。
 だがランスロットは不貞を繰り返し、ヴィアレットと子どもたちを散々傷付けた。
 それが許せず二回目で王太子になった時にヴィアレットを奪った。
 彼女もそれを受け入れた。
 常にやり直したいと願っていた彼にも記憶があったのだ。
 だからマリウスは今度は最初から彼女と共にありたかった。

「貴方が……私を手に入れたかった理由は、ランスロット殿下への復讐でしょう?」

 ヴィアレットの問い掛けにマリウスは思わず唇を噛んだ。

「ランスロット殿下が貴方を……辺境伯家に追いやった。それが許せず、辺境伯家で復讐の期を待っていた。
 貴方以外の王位継承権を剥奪し、貴方が返り咲くはずだったのよね……」

 マリウスの顔が強張っていく。
 その変化にヴィアレットは瞳を震わせた。

「私を望んだのはギネモード公爵家の後ろ盾を得る為かしら……。
 そうでなければ、私なんて誰も選ばないわ」

 一度目の時、マリウスは生きていた。
 辺境伯家で世話になりつつ、兄へ一矢報いる為に機会を伺っていたのだ。
 そこへカリバー公爵夫人リリミアの死をきっかけに明るみになった兄の罪はマリウスを奮い立たせた。
 そして行き場の無いヴィアレットや子どもたちを迎えに行こうとした矢先、ヴィアレットの訃報を聞いた。
 友人の死に罪悪感を持ち続けていた彼女は次第に弱り、子どもたちを置いて衰弱し儚くなった。
 間に合わなかった、と悔恨し、せめて子どもたちだけでも、と引き取るところで時が戻ったのだ。

 だから二回目の人生ではヴィアレットに加担し、子どもたちを受け入れた。

「ヴィアレット嬢、……いや、ヴィア。
 僕は貴女を愛しています。貴女に罪があるならば、僕が一緒に背負って償います。
 貴女が間違えた時は一緒に謝ります。
 だから、僕と共に生きてくれませんか?」

 マリウスはヴィアレットを見上げて乞うた。
 そんな彼を見て、目頭を熱くさせるヴィアレットは、ぽたりと雫を落とした。

「私は……自分の事しか考えていなかった人間よ。最後は子どもたちも友人も、見捨てて自分だけが楽になった。こんな私は王太子妃失格だわ」
「今までは失敗してきたかもしれない。けれどそれをそのままにして何もしないよりは反省して失敗を活かして償う方がいい。
 自分を責め続けるならば、これからは他人の為に生きていけばいいと僕は思います」

 ヴィアレットはそれで良いのだろうか、自分にできるだろうか、と葛藤していた。

「僕もまだ未熟者です。お互い未熟者同士、助け合い支え合っていきたい。
 隣りに居てそうしたいのはヴィアなんだ」

 マリウスの言葉にヴィアレットの心が解けていく。
 正直まだ彼女の気持ちは迷いがある。
 けれど、変わらなければならないと殻を破る時でもある。

「わた……私は、これから変わりたい。変わります。他人ひとの為にできる事を考えるわ。間違えた時は教えて下さい。リリミア様にも謝りたい。
 悪いところは直していく。だから側にいてください」

 泣きながらマリウスの手を握ると、マリウスもヴィアレットの手をしっかりと包み込んだ。

「お互い指摘しあいながら成長していけたらと思います。僕も間違えた時は教えて下さいね。
 あと時期を調整してリリミア様に会いに行きましょう。
 その時は僕もそばにいますから」

 ヴィアレットは泣きながらこくこくと頷いた。

 そうしてマリウスはヴィアレットとギネモード公爵の許しを得て彼女と婚約する事になった。


 マリウスが王城に帰るとランスロットに出会った。

「お帰りなさい。その様子だと上手くいったようですね」

 ランスロットはマリウスの兄だ。だが今の彼はマリウスに敬語を使う。

「復讐は果たせましたか、
「……やはりガラハドか」

 ランスロットの姿をしたガラハドは目を細めて不敵に笑った。

「一回目の時、叔父さんを辺境に押しやったのは父上でしょう? だから二回目の時に母上を奪った」

 彼にも見抜かれていたのか、とマリウスは思わず笑いが込み上げ、背中に汗がつうと滑り落ちた。

「母上の事を大事にしてくれますか?」
「ああ。じゃなきゃ口説かないよ」

 ランスロットはじっとその目を見る。
 全てを見透かされていそうで、マリウスはその目を反らせない。

「まあ、いいでしょう。父上よりはマシでしょう。
 母上は裏切られた人でもあるし、裏切った人でもある。今回は是非償わせてあげてくださいね」

 一度目、二度目とガラハドは両親に対してどんな思いだったのか、と思うとマリウスは言葉が見つからない。
 ランスロットとヴィアレットが結ばれない事で彼は生まれない事になるから余計に。

「ガラハド……、すまない。僕がヴィアと結ばれたら……きみは……」
「構いませんよ。私は父上を見限っていますから。王族として恥ずかしい思いでいます。
 この中にいればいる程腐るようで早く出たいのはやまやまなんですがね。弟たちはまだ父と遊びたいようですし、まだやらねばならない事もありますからね」

 ガラハドは次期王太子として教育を修めていた。
 その中で己の立場を理解しずっと律してきたのだ。
 その彼が父親を早々に見限っているのはそうさせた環境のせいだ、とマリウスは唇を噛んだ。

「時を戻し子どもたちを誕生させるという約束を破ったのは父上です。母上にも責はありますが父がアレでは仕方ない。
 生まれるはずだったライネルとエレインがかわいそうです」

 二度目の時に生まれたガラハドの弟妹は、名は同じだが一度目と違う二人になってしまった。
 ガラハドはそれが許せず、魔女に頼み父の中に入り込んだのだ。

「きみは王族の中で誰よりも思いやりのある者だった。……きみのような後継者が生まれないのがこの国にとって痛手だよ」
「お褒め頂きありがとうございます。私は別の場所で生まれ変わります。
 ……だから、母をよろしくお願いします」
「きみさえ良ければいつでも生まれ変わっておいで。……待ってるから」

 マリウスの言葉にガラハドは瞳が揺れた。

「私は父が心底嫌いなので、血が濃いうちは遠慮します」

 ガラハドの言葉にマリウスは眉根を下げた。
 そしてカメロンにとってなくてはならない人物を失ってしまった事に、改めて残念な気持ちを胸の奥に押しやった。
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