【完結】淑女の顔も二度目まで

凛蓮月

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最終章〜縁の糸の結び直し〜

15.いのち

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 リリミアはティンダディルの学園を卒業し、アーサーと共にカメロンへ帰国する事になった。
 16で成人となる彼女は結婚する事が可能だ。
 今度は婚姻後にデウスを授かるべく、以前となるべく同じ状況を作る為、現在はバラム伯爵家の領地でのんびり過ごしていた。

 帰国して真っ先に聞いたのは、兄シヴァルがルフェイ王女と婚姻する為バラム伯爵家は侯爵家に陞爵するという話。
 そして、マクルドたちの末路。

「ランスロット殿下は処刑、マクルドは両親が離縁後父親と共に平民となった。中身がクロスのうちは国王陛下の密偵として動き、いずれはエール・トラムの監視下に置かれるそうだ。
 ガウエン・ソールはメイ・クインと共に心中した」

 父から明かされた自分がいない間の王国の動きにリリミアは驚きを隠せない。
 一度目の人生では辛酸を舐めさせられる原因となった者たちが次々と破滅していくなど予想だにしていなかった。

「これでもう安心だな」
「権力を使って強制的に何か言われる事も無い。本当の意味でリリミアは自由だ」

 父から言われ、リリミアはホッと息を吐いた。
 これからはマクルド関連は気にせず、何の憂いも無く過ごせる事が嬉しかった。

「して、結婚式はいつにするんだ」
「前回デウスを授かった状況をなるべく再現したいのでそれまでには、と考えています」
「ティンダでは15で結婚できますが、リリミアはカメロンが良いと言うので」
「ふむ、カメロンも16から結婚はできるが……後悔は無いか?」

 留学していた娘がようやく帰国したのにすぐに嫁に行ってしまう、とバラム伯爵は複雑な心境だ。

「ええ、お父様。今度こそ幸せになります」

 だが、アーサーと手を取り合い見つめ合うリリミアがようやく心の底から笑えるようになった事に複雑な気持ちを凌駕する勢いで喜び、結局己の心をグッと押さえ、二人を祝福した。


 アーサーはティンダディルとの国交を結ぶ者として動きやすいよう、カメロン王国の伯爵位を与えられた。
 今までのようにバラム伯爵家領地邸でシヴァルと領地を盛り立てながらティンダディルとの中継もする予定だ。

 そして約一年後のあの日、デウスを授かった日の日中、アーサーとリリミアはバラム伯爵家領地で密やかな結婚式を挙げた。

「記憶の中では三回目だから何となく盛大なものはいいかなぁ、と」

 バラム伯爵としては厄落としの為に盛大にどんちゃん騒ぎしたかったが、リリミアの希望に添うことにした。


 その夜、夫婦の寝室ではなく、リリミアの寝室のベッドで二人は結ばれた。
 前回以来の交合はお互いぎこちなく、だがそれでも肌を合わせるだけで満たされた。
 もうあの時の記憶は既に遠くへ追いやられ、今やリリミアはアーサーしか見えていない。
 彼の長い髪が肌に触れくすぐったくなるのが幸せで、リリミアはアーサーの髪にいつも触れていた。

 そうして幸せな時間を過ごし、一月が経過した頃、以前と同じように体調に変化が表れた。

「御懐妊ですね。おめでとうございます」

 医師から告げられ、一同みな呼吸を忘れ、ルフェイが「おめでとう」と言ってようやく呼吸を始めた。

 それからお腹の子は順調に育っていった。
 その間、シヴァルとルフェイの婚姻の準備も進められた。

「リリミアと赤ちゃんにも出席してほしいから、出産後がいいわね。時期は一年半くらい後がいいかしらね」
「殿下、すみません」
「いいのよ。大事な甥か姪になる子ですもの。
 無事に生んでほしいわ」
「ありがとうございます」

 ルフェイはブリトニアからカメロンに移住し、バラム伯爵邸に住んでいる。
 リリミアの母からカメロンの事を学び、習得しているのだ。

「王女から侯爵夫人になるからって気は抜けないわ。シヴァルがのんびりしている分、私がしっかりしなきゃね」

 伯爵夫人と気が合うのか、楽しく暮らし、時折領地に遊びに来る。その度「甥姪に!」と贈り物をするのが彼女の楽しみらしく、引き摺られるようにしてお供をするシヴァルは苦笑いしながらもルフェイに振り回されてまんざらでもないらしい。


 そうして迎えた出産の日。
 誰よりも落ち着かないのはルフェイとアーサー。

「リリミア、がんばって。元気な子を産むのよ! 大丈夫よ、私が付いてるから!」
「リリミア、俺が付いてるからな。ルフェイじゃなくて、俺が!」
「アーサー邪魔よ! ここは女性に任せなさい」
「ルフェイ殿下も邪魔ですよ。義兄上がお待ちでは?」
「何を……」

 ルフェイとアーサーが言い争っていると、産室の扉が開いた。

「お二人とも、リリミア様より伝言です。
『集中できないから扉から離れてください。離れないと一週間口をききません』だそうです」

 手伝いのメイドはそれだけ言うと一礼して再び扉を閉めた。
 ルフェイとアーサーはズシャァと扉から離れ、五分と経たないうちにまた扉の近くを今度は黙ったままウロウロした。

 リリミアの辛そうな声が聞こえる度ルフェイはアーサーを睨みつけ、アーサーは固唾を呑んで見守った。
 朝方に始まった出産は、日付を越えて空が白みかけた頃高らかに上がる産声と共に終了した。

 しばらく待って、扉が開くと疲れた表情のアーサーに入室の許可がおりた。
 ルフェイは眠気に勝てず休んでいる。
 まだ元気があったのかリリミアに駆け寄る。

「リリミア、お疲れ様」
「アーサー……」

 リリミアはアーサーに隣で眠る我が子を見せた。

「男の子よ。……デウスよ……」
「ああ。来てくれたんだな……」

 あの時と変わりない我が子が再び誕生し、二人は涙を浮かべた。

「……アーサー、この子の名前なんだけど」
「ああ、デウスだろう?」

 リリミアは目を細め、我が子を見た。

「この子はデウスだけど、二回目のデウスとは違う道を歩むわ。だからデウスだけどデウスとは異なる。……だから、違う名前を付けたいの」
「そうか」
「私が付けても良い?」
「もちろんだよ」
「この子の名前はね『ヘルック』。
『幸福』という意味があるそうよ。デウスとは呼べないけれど……」

 それが少しばかり寂しいのか、リリミアは目を細めた。アーサーは笑顔のままだ。

「リリミア、俺のフルネーム覚えてるか?」
「え? ……確か、アーサー・アルトリエ・アルクトゥルス」
「ああ。この子はヘルック・デウス・アルクトゥルスと名付けよう」

 その言葉にリリミアは目を見開き、唇を震わせた。何度も頷き、再び我が子に目をやる。

「ヘルック……、ヘルック・デウス。
 これからはずっと一緒よ」


 ヘルック・デウスが生まれて一月が経過して、一通の手紙が届いた。
 それはかつての友人ヴィアレットからのものだった。
 二人きりで会うのは二回目の時以来。
 当時は夜会などでは挨拶のみで友人としての付き合いは無かった。
 一回目の事があったから、リリミアも積極的に会いたいとは思わなかった。
 だが手紙には会いたいと書かれてあった。

 予定を調整し会えたのはそれから一月後。

「お久しぶりですね」
「……ええ」

 ぎこちなく始まった二人の邂逅は、しばらく沈黙が流れる。だが、意を決したヴィアレットはリリミアに向き直り頭を下げた。

「リリミア・アルクトゥルス伯爵夫人、私は貴女に謝罪しに来ました。
 時を戻る前の私の言動が貴女を深く傷付け死に追いやった事は時戻りをしても無かった事にはできません。
 誠に申し訳ございません」

 リリミアは目を丸くした。
 今が幸せな彼女は、「そんな事もあったわね」と思い出す。

「ヴィアレット様、顔を上げて下さい。
 今の私は貴女に何もされていません。なので、時を戻る前に何かされたとしても、今の私にはその謝罪を受け取る事はできません」

 ヴィアレットは表情を強張らせた。

「ですが、そうですね。貴女に謝罪する意思があるのなら、これから国の為に尽くして頂きたく思います。
 貴女方が治める国を見て判断したいと思います。
 もしも許せないと思ったら、ブリトニア国王へ進言する事もできます事をご承知おき下さい」

 リリミアの言葉にヴィアレットは気を引き締めた。
 彼女の言葉はただ、謝罪する機会を与えられたもの。だが失敗は許されない。

「機会を頂きありがとうございます。これから国の為に尽くす事で判断頂ければと思います」
「……泣き言は言わないでくださいね」

 最大の激励を贈られ、ヴィアレットは瞳を潤ませた。


 その後、国王マリウスと婚姻したヴィアレットは、国の為に王妃としてその身を捧げる事になる。
 婚姻してすぐに懐妊したが、残念ながらすぐに流れてしまった。
 だが国王の献身的な支えもありその後子どもは二人授かった。

 国王と共に国に尽くしたその姿にリリミアも悪感情は持たず、和解後はティンダディルとの交易に積極的になった。


 ――そして、彼女が道半ばで亡くなっても、その志は国王が、彼女の子が受け継いでいくのだった。

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