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第25話 悪役聖女と禁断の書庫
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国王の勅命による許可状、という最強の切り札を手に、私は数日後、王立図書館を訪れていた。
そして、私の隣には、なぜか不機嫌な顔をしたアルフォンス殿下がぴったりと寄り添うように歩いている。
「補佐役の務めだ」
彼はそう言って、当たり前のように私の訪問に同行してきたのだ。
(うわ、来たよ……。面倒くささが服を着て歩いている……)
内心の悪態とは裏腹に、私は完璧な淑女の笑みを浮かべる。
王立図書館は、まさしく知の殿堂だった。ドーム状の高い天井、壁一面を埋め尽くす書架、そして静寂の中にかすかに響く、ページをめくる音。
白髪の館長が自ら私達を出迎え、深々と頭を下げると、一つの重々しい鉄の扉へと案内してくれた。
「こちらが、『禁書庫』にございます」
固く閉ざされたその扉は、この先に、王国の最も深い秘密が眠っていることを物語っていた。
中は、埃と、古い紙の匂いで満ちていた。魔力光のランプが、迷宮のように入り組んだ書架の列をぼんやりと照らし出している。
私は「古代の呪具に関する書物を」という表向きの理由を口実に、本当の目的である「アルカナの天秤」、あるいはそれに類する古代の魔術結社に関する記録を探し始めた。
王太子は、最初こそ腕を組んで壁に寄りかかり、「まだ見つからんのか」などと嫌味を飛ばしていたが、私が本気で書物を読み解いている姿に、何かを感じたらしい。やがて彼は、黙って書庫の静寂に身を任せるようになった。
どれほどの時間が経っただろうか。膨大な書物の山に眩暈を覚え始めた頃、私は、ある一冊の古びた魔術書の前で足を止めた。
黒い革で装丁された、何の変哲もない本。だが、その背表紙の隅に、意匠として、かすかに「天秤」の印が刻み込まれているのを、私は見つけた。
(……あった!)
心臓が、どくんと大きく跳ねる。急いでページをめくると、そこには、やはり「大調停時代」の禁忌の魔術について、びっしりと記述されていた。そして、私は、ある項目に釘付けになる。
『世界の均衡を司る秘術』。
そこには、にわかには信じがたい、恐ろしい術について書かれていた。「二人の聖女」が持つ、対極の聖なる力を触媒とし、世界の魔力バランスそのものを意のままに操る、と。
そして、その記述の隣には、二つの紋章が並べて描かれていた。
一つは、私のクレスメント家の「聖女」の紋章。そして、もう一つは、ヒロインが司る「慈愛の聖女」の紋章。
――間違いない。「アルカナの天秤」の目的は、私と、ヒロイン、二人の聖女の力を手に入れ、この世界の魔力を支配することだ。
私が、その恐ろしい事実に息を呑んでいると、背後から、ふいに影が差した。
「……これは、なんだ?」
いつの間にか、王太子が私のすぐ隣に立ち、同じページを覗き込んでいた。その声には、いつものような刺々しさはなく、純粋な疑問の色が浮かんでいる。
「殿下……」
「お前が調べているのは、ただの呪具ではないな。これは、一体……」
彼が、私に問いかけた、その時だった。
開かれたページの間から、一枚の、古びた羊皮紙が、はらり、と床に落ちた。
私と王太子は、ほとんど同時に、その羊皮紙を拾い上げる。それは、誰かの手による、走り書きのメモだった。インクは掠れ、所々が染みで読みにくい。
『天秤は、器を求む。光の器と、影の器』
『二つの器が揃いし時、大いなる御業は成されん』
『影の器は、既にクレスメントの血筋に顕現せり……』
そこで、文章は途切れていた。
「影の器」。「クレスメントの血筋」。
それは、紛れもなく、私のことだ。血の気が、すっと引いていく。私は、ただの転生者ではなかった。この巨大な陰謀において、物語の最初から、重要な「駒」として、組み込まれていたのだ。
王太子も、その文章を読み、絶句していた。彼は、ゆっくりと顔を上げると、初めて見る、真剣な眼差しで、私を見つめた。
「……リディア」
初めて、彼は私の名を呼んだ。
「どういうことだ。これは、お前のことを言っているのか?」
その問いは、もう、嫌悪する婚約者へのものではなかった。巨大な陰謀の中心にいると知った一人の人間に対する、切実な問いだった。
私達二人の間に、これまでとは全く違う、重く、そして奇妙な共有の空気が、確かに流れた瞬間だった。
そして、私の隣には、なぜか不機嫌な顔をしたアルフォンス殿下がぴったりと寄り添うように歩いている。
「補佐役の務めだ」
彼はそう言って、当たり前のように私の訪問に同行してきたのだ。
(うわ、来たよ……。面倒くささが服を着て歩いている……)
内心の悪態とは裏腹に、私は完璧な淑女の笑みを浮かべる。
王立図書館は、まさしく知の殿堂だった。ドーム状の高い天井、壁一面を埋め尽くす書架、そして静寂の中にかすかに響く、ページをめくる音。
白髪の館長が自ら私達を出迎え、深々と頭を下げると、一つの重々しい鉄の扉へと案内してくれた。
「こちらが、『禁書庫』にございます」
固く閉ざされたその扉は、この先に、王国の最も深い秘密が眠っていることを物語っていた。
中は、埃と、古い紙の匂いで満ちていた。魔力光のランプが、迷宮のように入り組んだ書架の列をぼんやりと照らし出している。
私は「古代の呪具に関する書物を」という表向きの理由を口実に、本当の目的である「アルカナの天秤」、あるいはそれに類する古代の魔術結社に関する記録を探し始めた。
王太子は、最初こそ腕を組んで壁に寄りかかり、「まだ見つからんのか」などと嫌味を飛ばしていたが、私が本気で書物を読み解いている姿に、何かを感じたらしい。やがて彼は、黙って書庫の静寂に身を任せるようになった。
どれほどの時間が経っただろうか。膨大な書物の山に眩暈を覚え始めた頃、私は、ある一冊の古びた魔術書の前で足を止めた。
黒い革で装丁された、何の変哲もない本。だが、その背表紙の隅に、意匠として、かすかに「天秤」の印が刻み込まれているのを、私は見つけた。
(……あった!)
心臓が、どくんと大きく跳ねる。急いでページをめくると、そこには、やはり「大調停時代」の禁忌の魔術について、びっしりと記述されていた。そして、私は、ある項目に釘付けになる。
『世界の均衡を司る秘術』。
そこには、にわかには信じがたい、恐ろしい術について書かれていた。「二人の聖女」が持つ、対極の聖なる力を触媒とし、世界の魔力バランスそのものを意のままに操る、と。
そして、その記述の隣には、二つの紋章が並べて描かれていた。
一つは、私のクレスメント家の「聖女」の紋章。そして、もう一つは、ヒロインが司る「慈愛の聖女」の紋章。
――間違いない。「アルカナの天秤」の目的は、私と、ヒロイン、二人の聖女の力を手に入れ、この世界の魔力を支配することだ。
私が、その恐ろしい事実に息を呑んでいると、背後から、ふいに影が差した。
「……これは、なんだ?」
いつの間にか、王太子が私のすぐ隣に立ち、同じページを覗き込んでいた。その声には、いつものような刺々しさはなく、純粋な疑問の色が浮かんでいる。
「殿下……」
「お前が調べているのは、ただの呪具ではないな。これは、一体……」
彼が、私に問いかけた、その時だった。
開かれたページの間から、一枚の、古びた羊皮紙が、はらり、と床に落ちた。
私と王太子は、ほとんど同時に、その羊皮紙を拾い上げる。それは、誰かの手による、走り書きのメモだった。インクは掠れ、所々が染みで読みにくい。
『天秤は、器を求む。光の器と、影の器』
『二つの器が揃いし時、大いなる御業は成されん』
『影の器は、既にクレスメントの血筋に顕現せり……』
そこで、文章は途切れていた。
「影の器」。「クレスメントの血筋」。
それは、紛れもなく、私のことだ。血の気が、すっと引いていく。私は、ただの転生者ではなかった。この巨大な陰謀において、物語の最初から、重要な「駒」として、組み込まれていたのだ。
王太子も、その文章を読み、絶句していた。彼は、ゆっくりと顔を上げると、初めて見る、真剣な眼差しで、私を見つめた。
「……リディア」
初めて、彼は私の名を呼んだ。
「どういうことだ。これは、お前のことを言っているのか?」
その問いは、もう、嫌悪する婚約者へのものではなかった。巨大な陰謀の中心にいると知った一人の人間に対する、切実な問いだった。
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