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第7話 悪役聖女と絶望の騎士
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絶望の騎士が、玉座からゆっくりと立ち上がる。その巨体から放たれる圧力が、洞窟全体の空気を震わせた。
ゴウ、と地を裂くような音を立てて、巨大な両手剣が振り下ろされる。
「危ないっ!」
私は咄嗟に横へ跳んで回避する。直前まで私が立っていた石畳が、轟音と共に砕け散った。巻き上げられた風圧と砂埃が、頬を鋭く打つ。
(当たったら一撃でアウトだ、これ……!)
冷や汗がこめかみを伝う。心臓は警鐘のように鳴り響いているが、リディアの身体は恐怖に竦むことなく、次の動きに備えていた。
私は騎士の足元へ滑り込むように駆け寄り、がら空きの胴体へ向けて杖を振るった。
「《聖光撃》!」
至近距離から放たれた光の弾丸が漆黒の鎧に直撃する。しかし、甲高い金属音を響かせただけで、鎧には傷一つついていない。
『無駄だ』
地響きのような声と共に、巨腕が薙ぎ払われる。私は慌てて後方へ飛びのき、距離を取った。
硬い。あまりにも、硬すぎる。ただ闇雲に攻撃しても、じり貧になるだけだ。
(落ち着け、私。ゲームでの攻略法を思い出すんだ……!)
絶望の騎士は、エリーゼ自身の「絶望」を力に変えている。だから、彼女が絶望している限り、この騎士は無敵に近い。
そうだ。このボスには、ギミックがあった。
その思考を読んだかのように、騎士が両手剣を高く掲げた。兜の奥の赤い光が、不気味に輝く。
『オオオオオオッ!』
騎士が咆哮すると、その身体から紫黒の波動が同心円状に広がった。直接的なダメージはないが、肌に触れると心が凍るような、嫌な波動だ。
そして、波動が通り過ぎた後の地面に、黒く、氷のようにきらめく小さな結晶がいくつも出現していた。
(出た! 「悲しみの結晶」!)
あれが、騎士の力の源。あれを放置すれば、騎士は自己再生してしまう。先に、結晶を全て破壊しなくては。
「させるもんですか!」
私は騎士の次の攻撃を予測し、その動きを掻い潜りながら、最も近くにあった結晶へと走った。
『苦シイ……』
騎士の口から、エリーゼ本人のものと思われる、か細い声が漏れた。
「《聖光撃》!」
私の放った光が、一つ目の結晶を砕く。パリン、とガラスが割れるような音がして、結晶は光の粒子となって消えた。
『イタイ……助ケテ……』
「今、助けてあげるから!」
二つ目、三つ目と、私は洞窟内を駆け巡り、次々と結晶を破壊していく。騎士はそれを阻止しようと巨大な剣を振り回すが、動きが先ほどよりも明らかに鈍くなっていた。
『モウ、ソッとしてオイて……』
その声は、治らない病に苦しみ、希望を失い、心を閉ざしてしまった少女の悲痛な叫びだった。誰にも助けてもらえない、という絶望。
その孤独は、痛いほどわかる。悪役聖女として、誰からも理解されず、たった一人で断罪の道を歩んだリディアの孤独と、どこか似ているから。
「違う!」
私は叫んだ。それは、エリーゼに、そして、この身体の持ち主であるリディア自身に言い聞かせるための言葉だった。
「あなたは一人じゃない!」
最後の結晶を、光の魔法で撃ち砕く。
その瞬間、絶望の騎士の動きが、ぴたりと止まった。
好機! 結晶という力の供給源を全て失い、騎士の身体から紫黒のオーラが薄れている。そして、その分厚い胸当ての中心に、亀裂が走り、内側から心臓の鼓動のような、禍々しい赤い光が漏れ出していた。
呪いの核。あれが、本体だ。
(ここしかない……!)
私は立ち止まり、両手で杖を握りしめた。全身の聖なる力を、杖の先端にある水晶へと注ぎ込む。これまでの《聖光撃》とは比べ物にならない、膨大なエネルギーが渦を巻いていく。
空気がビリビリと震え、杖がまばゆい光を放ち始めた。
「邪悪なる絶望よ、その呪われた座より堕ちなさい!」
詠唱と共に、光は極限まで収束されていく。
「わが聖光は、夜明けを告げる一撃なり! 《暁光穿滅》!」
放たれたのは、光の槍。夜の闇を切り裂く、夜明けの光そのもののような一撃が、一直線に騎士の胸のコアへと突き進む。
騎士は抵抗しようと剣を構えるが、間に合わない。光の槍が、寸分の狂いもなく、呪いの核を貫いた。
『ア……アアアアアアアアアアッ!』
騎士の身体から、断末魔の絶叫が響き渡る。だが、その叫びは次第に苦痛から解放されたような、安らかな響きを帯びていき……やがて、少女の泣き声のように変わっていった。
漆黒の鎧に亀裂が走り、そこから温かい光の粒子が溢れ出す。騎士の巨体が、ゆっくりと崩れていく。
それと同時に、ダンジョン全体が激しく揺れ始めた。天井から岩が崩れ落ち、足元の石畳が光となって消えていく。
世界が、崩壊する。
安堵と、極度の疲労感。私の意識は、急速に現実へと引き戻されていく。視界が、再び真っ白な光に包まれて、遠のいていった。
ゴウ、と地を裂くような音を立てて、巨大な両手剣が振り下ろされる。
「危ないっ!」
私は咄嗟に横へ跳んで回避する。直前まで私が立っていた石畳が、轟音と共に砕け散った。巻き上げられた風圧と砂埃が、頬を鋭く打つ。
(当たったら一撃でアウトだ、これ……!)
冷や汗がこめかみを伝う。心臓は警鐘のように鳴り響いているが、リディアの身体は恐怖に竦むことなく、次の動きに備えていた。
私は騎士の足元へ滑り込むように駆け寄り、がら空きの胴体へ向けて杖を振るった。
「《聖光撃》!」
至近距離から放たれた光の弾丸が漆黒の鎧に直撃する。しかし、甲高い金属音を響かせただけで、鎧には傷一つついていない。
『無駄だ』
地響きのような声と共に、巨腕が薙ぎ払われる。私は慌てて後方へ飛びのき、距離を取った。
硬い。あまりにも、硬すぎる。ただ闇雲に攻撃しても、じり貧になるだけだ。
(落ち着け、私。ゲームでの攻略法を思い出すんだ……!)
絶望の騎士は、エリーゼ自身の「絶望」を力に変えている。だから、彼女が絶望している限り、この騎士は無敵に近い。
そうだ。このボスには、ギミックがあった。
その思考を読んだかのように、騎士が両手剣を高く掲げた。兜の奥の赤い光が、不気味に輝く。
『オオオオオオッ!』
騎士が咆哮すると、その身体から紫黒の波動が同心円状に広がった。直接的なダメージはないが、肌に触れると心が凍るような、嫌な波動だ。
そして、波動が通り過ぎた後の地面に、黒く、氷のようにきらめく小さな結晶がいくつも出現していた。
(出た! 「悲しみの結晶」!)
あれが、騎士の力の源。あれを放置すれば、騎士は自己再生してしまう。先に、結晶を全て破壊しなくては。
「させるもんですか!」
私は騎士の次の攻撃を予測し、その動きを掻い潜りながら、最も近くにあった結晶へと走った。
『苦シイ……』
騎士の口から、エリーゼ本人のものと思われる、か細い声が漏れた。
「《聖光撃》!」
私の放った光が、一つ目の結晶を砕く。パリン、とガラスが割れるような音がして、結晶は光の粒子となって消えた。
『イタイ……助ケテ……』
「今、助けてあげるから!」
二つ目、三つ目と、私は洞窟内を駆け巡り、次々と結晶を破壊していく。騎士はそれを阻止しようと巨大な剣を振り回すが、動きが先ほどよりも明らかに鈍くなっていた。
『モウ、ソッとしてオイて……』
その声は、治らない病に苦しみ、希望を失い、心を閉ざしてしまった少女の悲痛な叫びだった。誰にも助けてもらえない、という絶望。
その孤独は、痛いほどわかる。悪役聖女として、誰からも理解されず、たった一人で断罪の道を歩んだリディアの孤独と、どこか似ているから。
「違う!」
私は叫んだ。それは、エリーゼに、そして、この身体の持ち主であるリディア自身に言い聞かせるための言葉だった。
「あなたは一人じゃない!」
最後の結晶を、光の魔法で撃ち砕く。
その瞬間、絶望の騎士の動きが、ぴたりと止まった。
好機! 結晶という力の供給源を全て失い、騎士の身体から紫黒のオーラが薄れている。そして、その分厚い胸当ての中心に、亀裂が走り、内側から心臓の鼓動のような、禍々しい赤い光が漏れ出していた。
呪いの核。あれが、本体だ。
(ここしかない……!)
私は立ち止まり、両手で杖を握りしめた。全身の聖なる力を、杖の先端にある水晶へと注ぎ込む。これまでの《聖光撃》とは比べ物にならない、膨大なエネルギーが渦を巻いていく。
空気がビリビリと震え、杖がまばゆい光を放ち始めた。
「邪悪なる絶望よ、その呪われた座より堕ちなさい!」
詠唱と共に、光は極限まで収束されていく。
「わが聖光は、夜明けを告げる一撃なり! 《暁光穿滅》!」
放たれたのは、光の槍。夜の闇を切り裂く、夜明けの光そのもののような一撃が、一直線に騎士の胸のコアへと突き進む。
騎士は抵抗しようと剣を構えるが、間に合わない。光の槍が、寸分の狂いもなく、呪いの核を貫いた。
『ア……アアアアアアアアアアッ!』
騎士の身体から、断末魔の絶叫が響き渡る。だが、その叫びは次第に苦痛から解放されたような、安らかな響きを帯びていき……やがて、少女の泣き声のように変わっていった。
漆黒の鎧に亀裂が走り、そこから温かい光の粒子が溢れ出す。騎士の巨体が、ゆっくりと崩れていく。
それと同時に、ダンジョン全体が激しく揺れ始めた。天井から岩が崩れ落ち、足元の石畳が光となって消えていく。
世界が、崩壊する。
安堵と、極度の疲労感。私の意識は、急速に現実へと引き戻されていく。視界が、再び真っ白な光に包まれて、遠のいていった。
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