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番外編:結婚式編【Wedding Invitation To...】
とある妹は知らない
しおりを挟む「は? 結婚……?」
その日、――そわそわした様子のお兄ちゃんが、私に信じられないことを告げた。
私が召喚された世界である〝ラピスライト〟は今、春である。春、それは出会いと別れの季節。
この宇宙に存在しうる全世界のBLの〝受け〟たちが涙し、そんな震える受けを〝攻め〟たちが抱きしめる力が問われるとき――。
この異世界でもそれはそれはさまざまなBLCPたちが、いろんなドラマを繰り広げていること間違いなしの季節なのである。
私はこの世界に『羽の勇者』として召喚され、お姫さまを助けるために王都とダンジョンを行ったり来たりする生活を送っているわけだが、その中でも特に力を入れて……勇者パーティのメンバーのBLを推進する活動に勤しんでいる。
推しCPは、幼なじみ同士の騎士とヒーラーである。
正直に話すと、実は今まで騎士は攻め……という王道を推進してきたが、私も年を取ったのかもしれない。十六歳でこの世界に来てから早一年弱……騎士はもしかすると受けのほうが燃えるかもしれないという、心境の変化があった。
これは、今まで騎士は攻めだと信じて疑わなかった私からしてみると、信じられない事態である。
新境地に至ってしまった私としては、あのさらっとした薄緑色の髪を靡かせる……妖精かと思しき柔らかな印象で微笑むヒーラーが、どうかドSであれと願わずにはいられない。
ぜひとも、幼なじみの騎士に対する執拗なまでの愛情をこじらせ、すれ違いのすえ、監禁し調教し屈服させて、二度とその目に光を映さないほどの快楽を体に教え込んだあと「僕が君の光でしょ」というセリフを吐いていただきたい。
こんな話を聞けば、「まあ! まだ高校生の清らかな女児でありながら、なんて破廉恥なことを言っているのか」とお思いだろう。私が悪鬼かなにかのように思える方もいるかもしれない。
だが、安心してほしい。
(十七歳は成人なんですー! ここではッ!)
成人は、多少行き過ぎた話をしても許されると思うので、どうか許してください。ここでは。
とまあ、そんな感じに過ごしているわけだ。
正直なところ、救おうとしているお姫さまが実は〝おとこのこ男の娘〟だという情報を知った時点で、むしろなんで私を勇者として召喚したんだと憤り、お兄ちゃんを勇者としてすげ替えようとしたこともあった。
だが、お兄ちゃんの横にくっついている人に拒否されたので、しかたなくヒーラー騎士CPを推すことで……ひとまずの落ち着きを得ている。
今日はその推しCPの二人が街に出かけると言っていたので、双眼鏡を持ってうろついていたのだが――。
(大変だ……それどころではなくなった!)
この街に住む民の、憩いの場である大きな公園に差しかかったところで、声をかけられた。
肩をポンと叩かれ振り返れば、〝流され受け代表〟と言っても過言ではない、私の兄が立っていた。
そよそよと花や木々の葉が、心地のよい風になびいている平和な光景の中、私はなぜか不穏な空気を察知した。
だけど、そのままベンチへ座るようにうながされて、私は推しCPの追跡を断念した。
(でも! それにしたって、報告が重大すぎる! 不穏どころじゃない、地獄だわ!)
私は、ふうむと顎に手を当てて、よく考えてみた。
男同士の恋愛という芸術の結晶に出会ってからというもの、私はつねづね、この流され受けの兄が、いつどんな笑顔の鬼畜に流されるんだろうかということを、とてもとても楽しみに生きてきた。
お兄ちゃんの相手となる攻めは、生徒会長をするような完璧な腹黒優等生→ヤンデレか、あるいは……昔育てた弟子の魔法使いがヤンデレになって成長してくるかの、どちらかだとばかり思っていた。
現代日本に生まれている以上、弟子の魔法使いはちょこっと難しいかなと思っていたら、驚くべきことに……幼なじみの〝魔王〟に選ばれていた。
さすがは想像の上をいく流され受けのお兄ちゃんである。
私はごくっと喉を鳴らし、恥ずかしそうにしている兄をじっと見て、大事なことを言った。
「お兄ちゃん。よく考えて。相手は――魔王よ」
「なに言ってるんだよ、羽里。ヒューは魔王じゃないよ」
なんて恐ろしいことだろう。兄にはあれが魔王に見えていないらしい。見るからに邪悪なオーラを放ち、というか……兄が普通に山田くんのお兄ちゃんのことを『ヒュー』などと、知らない名前で呼んでいること自体がまず問題なのだ。
口には出さないが、私はいつも思っている。
(いや……だから、誰だよ!)
お兄ちゃんは私がある日突然、「私、キャロリーヌっていうのよ」などとのたま宣いだしたら恐ろしくはないのだろうか。私は兄が突然「僕がカイザーだよ」と言いだしたら、震え上がる自信がある。
お兄ちゃんにはこの重大さがまったく伝わっていなかった。私が青ざめていることにも気がつかず、お兄ちゃんは能天気にも続けた。
「ヒューはたしかに、すごく強いし、賢いし、得体が知れないところもあるけど……ちゃんと魔術師だよ」
すべてを包み込むようなあたたかな笑顔で、兄がそう言うのを聞いて私は思った。
(やばい……我が兄ながら、ヤンデレに好かれること間違いなしな、かわいい笑顔……)
じゃなかった! 私はブンブンと首を左右に振りながら、思考を改めた。
(いや……日本の幼なじみが魔術師はまずいから!)
そう――まずいのだ。
お兄ちゃんが捕まってしまったのは、小学一年生にして信じられないほどの執着をすでにお兄ちゃんに抱いていた、得体のしれないナニカだ。
私は知っている。
山田くんのお兄ちゃんが小学一年生のくせに「愛してる」とお兄ちゃんに伝えたことを。
そもそもお兄ちゃんだって、わかっていないわけではないはずなのだ。現に今「得体がしれないところもあるけど」と前置きをしたではないか。
どうか考えてほしい、兄よ。
(その『得体がしれないところ』をなぜ流すッ! そこ見てーッ!)
でも、幸せそうに笑う兄を見ていると、なんて言っていいかわからなくなってくる。
兄のことは、いつかヤンデレに捕まってしまうだろうと思っていたのだから、ついにその日が来てしまっただけとも言える。だが、実際に目の当たりにすると、そう達観してもいられない。
兄に対してきちんと伝えなくてはいけないと思い、私は口をひらいた。
「お兄ちゃん……私、お兄ちゃんはいつかヤンデレに監禁される運命だと思ってたの。それはね、ほんとなの」
「はあ?」
「でもね、妹としての助言だけど、もし……お兄ちゃんがほんとに幸せになりたくて結婚するなら、絶対に〝包容攻め〟が……いいと思う」
「お前そんなこと考えたの……」
お兄ちゃんはそう言って、死んだ魚のような目になった。
だめだ。なにも伝わっている気がしない。もしかしたら、お兄ちゃんはすでに洗脳かなにかを施されていて、自分では気がつくことができないのかもしれない。
包容攻めはあまりにも優しすぎて、ちょっと物足りないと感じるときがあるかもしれない。でも、人生で本当に困ったときに求められているのは、お兄ちゃんのことを大切にしてくれるあたたかな心と、なんでも受け止めてくれる大きな器だ。
あの魔王にそんな慈愛に満ちた心や大きな器があると思えない。
なんていうか……全力で、それらを兄に求めてくる傲慢さを感じる。そんな相手と結婚して絶対に幸せになれるわけがない。
「だめだよ! お兄ちゃん。目を覚まして!」
「えー……」
「あの魔王は、いつかお兄ちゃんのことを裸のまま氷漬けにして、氷漬けのお兄ちゃんを永遠に愛でようとするタイプだよ」
「えッ……あ、なんかそれ……」
そんなことを前に考えたことがあったかもしれない……と、お兄ちゃんがつぶやくのが聞こえて、あまりの恐怖に、ついに私の視界に涙が滲み始めた。閉じ込められ、光も差さないどこかの地下で氷漬けになってるお兄ちゃんを想像してしまったら、ためていた涙はあっさりと決壊した。
妄想するのも、読むのも大好きなシチュエーションだということは否定しない。でも、実の兄がそうなるとなっては話が違うのだ。
ぽろぽろと涙をこぼす私を見て、お兄ちゃんはギョッとした顔をした。
「ひっく……あいつ絶対、氷漬けのお兄ちゃんのこと舐めながらうっとりするって……」
「えッ怖……ってこら! 女の子がなんてこと言ってんだよ」
「絶対氷漬けエンドだよー! そんなの、絶対に……絶対に幸せになんてなれないよぉぉー」
「えッあ、おい……羽里」
私がこんなに泣いて訴えたとしても、お兄ちゃんはきっと意見を変えないだろう。
山田くんのお兄ちゃんと一緒に歩いているのを見かけると、二人が愛し合っているということは本当に伝わってくる。
なんと言っても、あの魔王から慈しんでいる気持ちしか溢れてない。
魔王から慈しんでいる気持ち……みたいなのが溢れていたら、もはや世界は崩壊寸前だ。なぜなら、お兄ちゃんが死んだとき、世界は崩壊するからだ。
そう考えると、氷漬けエンドは……お兄ちゃんが身を挺して世界を守っている状態とも言える。
二人の間に流れる、あの異様な信頼感――。それは幼なじみと再会した……というにはとても強く、深い愛に満ちている。
二人の絆は固いのだ。
(なんだそれ。幼なじみとは言っても、ずっと離れてたくせに! 再会BL燃えるけど、どう考えても、やっぱり無理!)
恐慌状態に陥っている私の背中をさすりながら、お兄ちゃんが恥ずかしそうに言った。
こうして頬を染めながら、もじもじと私に報告してくるくらいだ。きっとこのあとには、〝世も末〟みたいな恐ろしい言葉が続くこと、間違いなしだった。
「あの、それでひとつ相談があって」
「はい?」
「結婚式を……その、六回したいと思っていて……実は隼斗は……」
おおっと。想像だにしなかった言葉が飛び出したぞと、私は身構えた。続く兄の言葉に耳を傾けなくてはいけないと理性では思った――が、だめだった。私は叫んだ。
「――セレブなのッッ⁈」
「へ? ……ああ、違う違う。そうじゃなくて。長い話になるから、どうか落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
怖い。結婚式を六回しようとする人の長い話……怖い。
落ち着けない。どうしよう。でも待って羽里、と自分に語りかける。
(相手はお兄ちゃんよ。お兄ちゃんは、言ってもかなりの常識人だから……)
きっとそこまで恐ろしいことにはならないはずだと信じ、私はぐっと拳を握りしめて、兄の次の言葉を待った。
お兄ちゃんは覚悟を決めたような顔をしてから口をひらいた。
「その……ヒューは六人いるんだ」
「は?」
兄がついにわけのわからないことを言い出した。それは、結婚式を六回挙げたいという恐ろしい内容よりも、さらに身の毛もよだつ内容だった。
私は思った。
(どうしよう……兄がなにかしらの精神攻撃を受けて、おかしくなっている!)
私の目にじわっと涙が浮かぶ。もう限界だった。
私はぎゅっと唇を噛みしめ、腕で涙を拭った。泣いてなんていられない。私には果たさなければならない使命があった。
私はおかしくなってしまったお兄ちゃんに叫んだ。
「私が、私がお兄ちゃんを助けてくれる包容攻めを、絶対に探してくるから! お願い! 早まらないで待ってて!」
私が走り去るうしろから、兄が引き止める声が聞こえたけど、私は全速力で疾走していたので振り返らなかった。だから、兄がぽつりと小さくつぶやいた言葉も……もちろん聞こえなかった。
「えッ……だから、ヒューと結婚する話をしてるんだけど……」
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