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番外編:結婚式編【Wedding Invitation To...】
新郎 山田隼斗 後
しおりを挟む「ここ、どこ? 隼斗」
「日本」
「え? 日本?」
僕は今、湯気の立ち上る湖のふちに立っているところだった。いつの間に夜になってしまったのか、辺りは暗く、満天の星空が広がっていた。
大きな湖の中を突っきるように橋がまっすぐ伸びていて、遠くに赤い御殿がぼんやりと見える。
朱色の和風の欄干は、平安時代にでも来てしまったかのような美しさで、僕はぱちぱちと目を瞬かせた。
隼斗が僕の手を引いてゆっくりと歩き出した。
きょろきょろしている僕とは違って、隼斗はあくまでも落ち着いた様子でまっすぐに歩く。ときおり、橋を横切る湯気のようなもやは、赤い橋の上を通っているせいか薄いピンク色に見える。
「これ、もしかしてこの湖、温泉なの? なんかアイスランドみたいだね」
「さあ。入ったことないから、熱さはわからないけど」
隼斗が日本だと言ったのだから、ここは日本なんだろう。それでも日本にこんな観光名所があると聞いたことはないので、日本の……どこか変な場所なんだろうと僕は推測をした。
(地底とか……あ、いや、星はあるか。日本の中にも……異世界みたいな場所があるのかな)
僕たちが一歩進むたびに、橋はゆらゆらと揺れ、きし軋んだ音を立てた。
こんなおかしな場所に連れてこられても、まったく怖がっていない自分を感じて、ふっと笑ってしまう。でも同時に、隼斗がいるというだけで、こんなにも安心してしまうのはどうなのかなと思う。
ぴたっと歩くのをやめた隼斗が、振り返りながら僕に言った。
「乃有、結婚しよう」
「え?」
「俺が、形式にこだわってるのはわかる。でも……お前のことを自分のものだと示す呪縛がこの世に存在する限り、それはすベて抑えておきたい」
世界で一番愛している人にプロポーズするような、真剣な顔で――……呪縛を強要された。
僕は思った。
(あれ……結婚って……なんだっけ? あれ? 呪いだったっけ?)
僕はてっきり、もっと穏やかな気持ちでヒューと幸せな結婚ができると思っていたので、非常に驚いていた。でも、正直に言うと、ヒューの家族に対する憧れは理解していても、〝結婚式〟という形式にこだわっていることは不思議に思っていたから、ちょっと納得してしまった。
それが呪縛なのかどうかはわからないけど、少しだけ照れ隠しでもある気がした。
きっと、ヒューがあの日ユクレシアで僕に伝えてくれた「お前となら、家族もいいかもな」という言葉を、正しい手順をもって実現しようとしてるのだ。あのころから、そう。百三十五年もの月日が流れてもなお、ヒューの『家族』に対する想いは深い。
きっと山田家では愛情をたくさん与えてもらって、楽しく過ごしてきたはずだ。それでも、僕と再会してすぐに「結婚した」と羽里に宣言するくらいだ。やっぱり本人にとって大事なことなんだろうなと思う。
僕は隼斗の手をぎゅっと握りしめて、ゆっくりとひとつ頷いて言った。
「はい、よろしくお願いします」
たとえそれが呪縛だろうと、なんだろうと、僕はヒューが幸せならいいと思った。
そう言った僕を見て、隼斗は明らかにほっとした表情で息をついた。僕が断るわけなんてないのに、本当によくわからない人だなと思う。
隼斗に手を引かれて、僕たちはそのまま朱色の御殿へと足を踏み入れた。
「お嫁さまは、こちらでお支度です」
巫女の格好をした二足歩行で歩く狐たちが出てきて、足もとで僕を見上げながら言った。「よ、嫁?」と僕は隼斗のほうへ視線をやったけど、隼斗は隼斗で「お婿さまは、こちらでお支度です」と言われていて、違う方向へと歩き出すところだった。
「あれ……あッえ? もしかして、結婚って……もう?」
「大丈夫。六回あるから」
母さんたちと隼斗のご両親には挨拶したけど、それでも羽里はあの調子だ。どうなんだろうと僕が迷っていると、隼斗が「あとでちゃんと話す機会があるから」と言うので、しぶしぶ足を進めた。
いざ結婚をするとなると、本当に僕は六人と結婚するんだろうか……と、いろんなヒューとのめくるめく経験が思い出されて、さすがに少しだけ身構えてしまう。
狐たちが「こちらへこちらへ」と急かしてくるので、隼斗に言葉をかける間もなく、僕は、あっという間に奥の浴室に導かれてしまった。隼斗があれだけ落ち着いているんだから、危険なことはないのだろう。
「御身をお清めいたします」
「えッ」
知らない場所でぽやんとしていた僕は、信じられないことに……気がついたら裸になっていた。
狐たちがいつ僕の服を脱がしたのか気がつかなかったが、着ていたはずのシャツや下着はきちんと畳まれた状態で木の棚に置かれていた。
ぽかんと口を開けている間に、檜で作られた浴室へと押し込まれて、狐たちがせっせと泡を立てて僕のことを洗い出した。お清め……と言うから冷水でも浴びるのかと思ったけど、普通に石けんですみずみまで磨かれた。狐のひとりが、さも当たり前のように尻の中の様子まで窺おうとしたので、僕は全力で拒絶した。
こんなメルヘンな生き物に尻を洗われたら、もう立ち直れないこと間違いなしだった。
結婚式のために身を清めてるのかと思ってたのに、一体僕は今なにをしているんだろう……と虚ろな気持ちにもなったけど。でもどちらにしろ、結局必要なことかもしれないと思いながら、慣れ親しんでしまった浄化の魔法で中まで清めた。清めただけであって、別に準備したわけではないんだと思いたい。
そのあと、狐たちが白磁の平たい器に入った香油を運んできて、僕は文字通り、爪の先までつるつるのピカピカに磨かれたのだった。
ふうっとひと息つきながらタオルで髪の水気を切り、服はどこだっけっと辺りを見回していたら――驚くべきことに、僕は白い袴姿になってしまっていた。
(あれ……狐は魔法を使うんだったかな……?)
そう思った僕が、知りうる限りの日本昔話を思い出したところによると、おそらく狐は人を化かすんじゃなかっただろうかという見解に行き着いた。
となると、僕は今、本当は裸なのに服を着ていると思わされているということだろうか。いや、待って。よく考えてみたら、狐の巫女がしゃべって動いている時点で、だいぶ魔法だった。
「お嫁さまは、白無垢でございます」
白い袴のことを、狐は白無垢だと言いきった。袴の形を取ってはいるが、どうやら僕は白無垢を着ているようだった。袴の形だから精神的な負担はない。だが、――問題点がある。僕はぽかんと口を開けたまま、狐の巫女に尋ねた。
「あ、あの……白無垢って普通、女性が着るのでは……」
「概念ですから。お婿さまに染まるため、清らかな身であなたさまは嫁ぐのです」
「隼斗に染まる……」
「そうです。織りには祈願も込められていますし、ご利益があります」
そう言われると……言い返せなかった。狐がかわいすぎた。
しかたなく、白い袴のまま移動することになり、狐がふすまを両サイドから開けた――のだが。
僕の目の前には、小さな行燈の火に照らされただけの暗い部屋があり、そこには天井から麻縄が垂れ下がっていた。そしてそこには、なにやら見覚えのある、大きな赤い三白眼のついた黒猫が……麻縄でぐるぐる巻きにされて吊るされて――。
僕が「え?」と思わず声をあげたのを聞いて、狐はハッと顔を上げ、一瞬でバタンッとふすまを閉じた。そして、なにごともなかったかのように、反対方向のふすまを再び両サイドから開けた。
僕は呆然としたまま、狐に尋ねた。
「――……え、あれ。今……邪神が……」
「はて、なんのことでしょう。そんな邪悪な存在が、この宮に入り込むことなどございません」
「え、でも今なんか……縄で吊るされて……」
「気のせいでしょう」
かわいい狐に有無を言わさない口調でそう言われて、僕は黙った。
たしかに、最近邪神の姿を見ないなと思っていたのだ。ラピスライトに飛ばされたときは、邪神もいたのにと思い出した。僕はなんだか怖くなって、今すぐ隼斗に会いたくなり、足早にその場をあとにしたのだった。
「――ここに謹みて、誓詞を奉ります。夫、山田隼斗」
「お、夫、中知乃有」
黒い羽織を着て、髪をうしろに流した隼斗がそう宣言するのを聞いて、慌てて僕も自分の名前を口にした。僕はぽやっと夢見ているような気持ちになった。
隼斗が立っている畳に敷かれた赤い布の上で、僕もぴんと背筋を伸ばしてから一礼した。
神前式は昔、親戚が結婚したときに見たことがあったけど、そのとき見た神殿よりも、ずっと慎ましい場所だった。
前には供物が並べられ、神具とおぼしき剣などが置かれていて、その奥にはみす御簾がかかっていた。
御簾の奥には、きっと神さまがいるということなんだろう。
まさか今日結婚することになるとは思っていなかった僕は、ちらちらと何度も隼斗を見てしまった。
(髪……流してるの、かっこいいぃ……)
神さまの前でそんなことを思ってるのがバレたら、きっと笑われてしまうなと思っていたら、ふふっと笑うような音が御簾の奥から聞こえた。
「え……?」
僕が驚いて隼斗の羽織に掴まると、信じられないことに御簾がひらいて中から長い白髪の……この世の者とは思えないような美しい男が出てきた。
「こんにちは、かわいいお嫁さん」
その男は、銀糸を織り込んだ灰色の羽織に下は白い着物を着ていたが、そう言ってにこっと微笑む姿は、まるで大天使のようだと僕は思った。
隼斗の顔と男の顔を何度も見比べながら「こ、こんにちは」と僕が言うと、男は嬉しそうに言った。
「君たちには感謝しているんだ。幸せに過ごしてくれることを、祈っているよ」
そう言ったまま、男は供物の中からりんごをひとつ摘み、ふわあとあくびをしながらどこかへ行ってしまった。
自分の結婚式どころではなくなってしまって、ぽかんとしたまま、僕は隼斗に尋ねた。
「え……誰」
「あれが地球の神だ。日本は一神教じゃないから、過ごしやすいんだと」
「えッ地球の神さま……?」
どうしても異世界からの転移や転生をなかなか受け入れてくれなかったという神さま……が、今の人だというのだろうか。というか、僕たちはたった今、神前式をしたんだと思ったけれども――。
「え……待って。神前式って、あれ……神、でかいね」
「せっかくだからね」
「……そういう問題? ていうか、隼斗……なんで神さまなんて知ってんの」
「まあ、いろいろあって」
ヒューの魂が転生するとき、地球の人たちは異世界への憧れが強くて……という話を聞いていたけれども、神さまが日本のどこかに住んでいるのならば、その異世界への憧れ奔流はより一層強かっただろうなと僕は思った。
転生したときに関わったという話は聞いたことがなかったので、もしかしたら隼斗が僕と離れている間になにか関わることがあったのかなと思う。それにしても――。
「和装だったね、神さま。西洋の大天使みたいな顔だったけど」
「もとは天使らしい。でも宗教というよりは、概念的な存在だし。多神教のインドと迷ったらしいけど、日本の温泉が好きだからって言ってた」
天使なんて会社員みたいなもんだと話す隼斗を見て、僕はその話題の規模についていけずに、じとっと隼斗を見てしまった。
もはや知り合いが神である。
羽里に魔王と思われてもしかたないような気がする。でも、神のことを考えていたら、僕はふと……さっき目にした光景を思い出した。
「ね、隼斗……なんか邪神がいたような気がしたんだけど」
「乃有、ハレの日にそんな話をしたらだめだよ。縁起が悪いだろ」
「あ……そうだよね」
無表情でそう言う隼斗を見て、きっと隼斗は邪神がここで吊るされてる意味も知っているんだろうなと思ったけど、僕は無理やりその思考を頭から追い出した。僕のことを見て、ふっと笑った隼斗が、手を引いて歩き出す。
髪を流した隼斗の姿にどきどきしてしまって、うつむいたまま隼斗のうしろを歩く。
この御殿の内側の廊下を歩いていると、本当に時代劇の中にでもいるみたいな気持ちになる。つるつるの木でできた廊下をしばらく進み、外廊下に出ると、さっきの湖が広がっていた。水から立ち上る湯気は御殿の灯りに照らされて、相変わらずピンク色に見える。
少しだけ熱気を感じるから、やっぱりこれは温泉なんじゃないかなと思う。湖の向こうには暗い森が続いていて、この場所は世界から隔絶された場所にあるんだと感じた。
なんて幻想的で美しい景色なんだろう。
さっきまで隼斗に見惚れていたことも忘れて、僕はこの不思議な光景を目に焼きつけていた。
(僕は……隼斗と結婚したってことなのかな)
突然のことであまり実感が湧かないし、こんな場所にいるせいか、夢見心地だ。
羽里のことはどうにかすると言ってくれたのだから、隼斗にはなにか考えがあるのかもしれない。
それなら今は、隼斗との時間を……楽しんでいたいなと思った。
ちらっと隼斗をのぞいてみたら、相変わらず世界一綺麗だと思う顔がふわっと笑顔になった。それだけで、僕の胸はぎゅううっと締めつけられてしまうのに、さらに追い打ちをかけられた。
「綺麗だよ、乃有」
はじめて出会ったときから何度も言われた言葉だけど、僕ははじめて会ったときからいつも「鏡見たことあんのかな」と思ってる。だけど、あまりの隼斗のかっこよさに言葉が出てこなくて、普通にお礼を言ってしまった。
「……えッ、あ……ありがと」
「白無垢、着てるとは思わなかったけど」
「あ、でも袴だし……なんか概念だって狐が言ってた。夫に染ま……」
さっき狐に言われたことを伝えようとして、それがとても恥ずかしいことな気がして、僕はビクッと体を震わせた。でも怖かったわけではなかった。隼斗に染められるんだと思ったら、背筋を快感にも似た期待が走ったからだった。
(あ……僕は、結婚して……これから)
ふっと目を細めた隼斗が、僕の手を優しく引いた。それから、外廊下に面しているふすまのひとつに手をかけ、ゆっくりと横に開けた。のぞいた和室は薄暗く、小さな行灯の光がじじっと音を立てていた。
だけど、その奥――その奥にもうひとつ部屋があるのが見えて、僕は「ぁ」と小さく声を洩らした。
背中にまわった隼斗の手が、僕の腰を優しく押す。僕が促されるままにその部屋に入ると、スゥッと音を立て、隼斗がうしろのふすまを閉めたのがわかった。
体に震えが走る。でもやっぱり、怖いわけではなかった。すっと頬に当てられた綺麗な手に、顔を上げられると、信じられないほど整った顔の幼なじみの顔があって――僕はまつ毛を震わせながら、目をそらした。
隼斗の親指が唇を撫でる。どくどくと心臓がすごい音を立ててる。僕が期待してしまってることなんて、きっと隼斗は手に取るようにわかっているだろう。
隼斗の親指が僕の唇をふにっとひらいた。ゆっくりとまつ毛を上げると、隼斗が艶っぽい笑顔で言った。
「ここで契りを結ぶんだよ。おいで、乃有」
「ん……んッ」
敷かれた布団にあぐらをかいて座った隼斗の上で、密着したまま、口を塞がれてしまう。その間にも、隼斗の器用な手が入り込み、着ていた白い着物は、あっという間に肩を滑り落ちていった。すごく格式高い着物だったから、ちゃんと畳んでからと思ったのに……目の前の幼なじみがそんな余裕ごと、全部奪い去っていく。
僕の脇腹を撫でながらキスを続けている隼斗を、つい恨みがましい目で見てしまう。
なんせ僕は、旦那さまに染めてもらうための、清らかな身に仕立てあげられているのだ。完全なる据え膳である自覚があった。
だけど、僕の体を見た隼斗が口に手を当て、笑いをこぼしながら言った。
「ふっ……着物の下に、ふんどしつけてたの?」
「えッ⁉︎」
「卑猥」
そんなものをつけた覚えなんてまったくなかったが、慌てて下をのぞいてみたら、しっかり締められた白い布があって泣きそうになった。
僕は思った。
(魔法なんて滅びればいい……!)
だけど、僕はとある可能性に気がついて、ハッとした。
腰の辺りにたまっていた白い着物で前を隠しながら、隼斗の着ている灰色の袴に手をやり、紐をほどいてそれをずり下ろした。僕がそうなんだから、隼斗だって……と思ったのに、――中身は普通に黒のボクサーだった。
「…………」
「積極的だね、乃有」
恥ずかしくてうつむいているうちに、そう言った隼斗に腕を取られ、股の上に向かいあわせに乗せられてしまった。そのままボクサー越しに隼斗の昂りに手を導かれた。「触ってて」と言って僕の腰を抱いた隼斗が、首筋に舌を這わせていく。手のひらに感じる熱に、指先が震えた。
首に隼斗の熱い息がかかる。そのまま隼斗の唇が胸へと下りていったので、僕は体を反らせて震えた。僕の背中を抱いたまま、隼斗の舌が突き出した僕の胸を舐めていく。反対側の乳首も指でこねられて、腰が跳ねる。
「はっ……ぁ、ん、隼斗」
「俺が一番に乃有に告白したのに、乃有の記憶の中では……出会ったのが最後だったから」
僕の様子なんて気にもせず、隼斗がゆっくりとした口調で言った。
ちゃんと覚えてるよって言いたいのに、口をひらくと大きな声が出てしまいそうで、ふるふると力なく首を振る。少しでも伝わってほしくて、震える手を隼斗の頬に伸ばす。眉を寄せたまま、ちゅっと隼斗の薄い唇にキスをした。
嬉しそうに目を細めた隼斗が言った。
「結婚は絶対に一番にしたいって思ってたんだ」
僕の知らないところで、ヒューはいつもいろんなことを考えている。僕が気がつかないことも、僕が気がつくことも。どうしてヒューじゃなくて、隼斗と最初に結婚するんだろうって思ってた。
(そっか……)
きゅうっと胸が締まるような感覚が走る。幼なじみと結婚なんて、そんな恋愛ドラマみたいなハッピーエンドの内訳は、ドラマの尺には収まらないほど……もっと長く、壮絶な物語だった。
日本の時間では、たった二ヶ月ほどの期間でヒューのことを愛して……それから一年近く一緒に過ごした。
隼斗は物心のついた六歳のときから、ちゃんと僕が自覚するまで、十一年も待っていてくれたんだなと思う。じわっと涙を浮かべたまま、もう一度愛しい人の唇をついばんだ。
いじわるそうな顔になった隼斗が、両手で僕の乳首をいじりながら、くすくす笑って言った。
「ね、夫の色に染まるって言われたんだ?」
「ふぅ……んんッ、ゃあ、だめ、そ、れ……」
「やらしいね。俺のためにあんな清らかな格好してたなら、すごく燃える」
首筋をぺろりと食べようとするみたいに舐められて、震える。隼斗の綺麗な指が僕のペニスに伸びていく。布があっても恥ずかしかったけど、布を取り去られて、なにも隠すものがなくなってしまっても恥ずかしくて、僕は顔をそらした。
なんの断りもなく、つぷと指が尻の中に入り込んでくるのがわかる。脚を持ち上げられて、その拍子にうしろに倒れてしまった。ぐちゃぐちゃになった着物に倒れたことなんて気にもせず、隼斗の中指が内壁を撫でていく。くにくにと弱いところを刺激されて、その先を期待した体がおかしいほど跳ねた。
「準備もしたんだ?」
「きッ清めたんだよ……」
「ふふ……あーやばい」
僕を見下ろしながら笑った隼斗の頬が少し赤い気がして、僕は目を瞬かせる。
「なんか……白い着物の上に、俺のために体を清めた乃有が乗ってるんだと思うと……なんか、無理……」
「ぇ……あッんん……む、無理ってなに……んッ」
やっぱり僕が白い着物なのはおかしかったんじゃないかと思って焦る。隼斗の指がすぽっと抜けてしまって、その喪失感に、思わず隼斗をもの欲しげな顔で見てしまう。だけど――。
すぐにもっと熱い塊が入口に当てられて、強く押される。「ぁっ」と小さく声を洩らしていると、上からぴったりと覆い被さってきた隼斗が、目を細めながら言った。
「止まれる自信ないなー」
「ぁ……あッ……ふ、あぁ」
僕のうしろがぐぐっと押し広げられていくのがわかる。つないだ隼斗の両手をギュッと握りしめる。慣れてるはずの隼斗のペニスなのに、はじめて繋がってるみたいに緊張した。目の前にある、幼なじみのえっちな顔を見たら、挿れてもらっただけで……僕は軽く達してしまった。
ビクビク震えていると、鼻先に唇が落ちてきた。
「かわいい」
「はゃ……とが、か……こよくて。僕、も……無理」
「顔?」
「ちがッ……なんか隼斗だと、恥ずかしい」
これは隼斗にだけ感じる、変な感覚――。
ほかの誰としてても、こんなにむず痒い気持ちにはならない。恥ずかしくて、嬉しくて、ちょっといけないことをしてるみたいな、そんな気持ちになる。
なんて説明したらいいのかわからないでいると、隼斗も照れながら言った。
「わかる……幼なじみって、ちょっと恥ずかしいよね」
それを聞いて、「あ、そっか」と、納得した。小さいころ、隼斗と遊んだ記憶もある。学校でも毎日会っていたせいで、恥ずかしい気持ちが大きいんだって気がついた。
(ヒューなのに……隼斗なのが、ほんと……変)
隼斗はヒューなのに……違う人で、一緒に過ごした思い出が違う。だからやっぱり、結婚するなら、六人分の結婚式をというのは……きっと間違ってもいないんだろう。みんなと違う思い出があるし、みんなと違う関係性がある。
隼斗がゆっくりゆっくり僕の中を撫でながら訊いた。
「俺とエロいことすんの、どんな気持ち?」
「ぁあ……んッぁ……え、ろい……気持ち」
「ふふ、俺も」
そう笑った隼斗が「動いていい?」と聞いてきて、僕はこのまま抱きしめていてほしくて、隼斗の首に腕をまわした。体ごと揺すられて、奥まで全部隼斗を感じたかった。
「はゃと……はやと……」
「まずは、ひとりだね――」
「は、ぁ……そんな言い方、しなっ」
いつも抱かれてるのに、結婚したんだと思ったら気持ちが全然違った。今からは、隼斗が僕の家族なんだと思ったら――。
(……嬉しい)
涙がぽろっとこぼれた。
神さまの前では、「隼斗のことを幸せにする」と心に誓っていた。
でもこうして、愛しい人とつながって、愛しい人の熱を体の奥に感じていたら、もうそんな理性的なことはなにひとつ浮かばなかった。
ただ、嬉しくて、幸せで、涙が溢れた。
何度も自分のペニスから白濁が洩れるのを感じ、最奥を貫いた隼斗がようやく達するまで、僕はいろんな液体の垂れ流しになっていた。困ったような顔で笑った隼斗が、僕の目から涙がこぼれるたびに、手の甲で優しく拭ってくれた。
「染まっちゃったね」
いつものいじわるでしかなかったけど、もうなにがなんだかわからないほど幸せにとっぷり浸かってしまっていた僕は、花畑の広がっている頭で隼斗に言った。
「……別に、もっと染めてくれても……いい……けど」
「え、すごいね乃有……」
「だって……なんか、だめ……結婚ってすごいね」
僕はきっと、ぽやっと熱に浮かされたみたいな顔をしているだろう。視界には、隼斗の顔しか見えなかった。目を瞬かせた隼斗が言った。
「ああ、そういうこと? 乃有は――」
「え?」
「俺のものになって嬉しいんだ?」
そう言葉にされて、いろんな気持ちが込みあげる。
「……ん、嬉しい」
隼斗は僕の中に挿れたまま、僕を抱きしめてごろっと横になった。
「いいよ、もっと染めてあげるね。俺の奥さんのこと」
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