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番外編:結婚式編【Wedding Invitation To...】
新郎 エミル カシアフ
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――――――
「え……? 亡くなったことを公表してないんですか?」
「ああ。この世界は、死ぬ数年前にノアに会ったからな」
渇いた風の吹く中、頭から被った白い布を揺らしながら、エミル様が言った。
この世界にいたとき、何度もそうしたようにラクダとウマを足して二で割ったようなラウマという動物に一緒に乗って、広い砂漠を横断しているところだった。
僕と出会った時期が、死んだことを公表しないことと、なんの関係があるんだろうと、僕は目を瞬かせた。エミル様は、僕をうしろから抱きしめたまま続けた。
「この世界では、生涯、人とあんまり関わらなかった。だから、相手に言うほどのことでもないと思った。しばし旅に出ると言ったまま、砂漠の真ん中で死んだ」
「…………ッッ」
「悲しむ必要はないよ、ノア。誰も悲しまなかったと思うから」
懐かない猫のような人だったけど、この世界では、死に際までそんなにもさらりと訪れたのか。
そう思っているのは本人ばかりで、きっと多くの人がエミル様がいなくなったことを悲しんだと思う。グッと唇を噛みしめていたら、綺麗な指先が伸びてきて、唇の力をといていった。涙を浮かべながら見上げると、エミル様がふっと笑いながら言った。
「この世界の結婚式は、贅を尽くしてみようかと思ってるんだ」
「……え?」
「お前は私の奴隷だからな、最高に甘やかしてみたいと思ってたんだ」
どういうことかわからず、目を瞬かせていると、エミル様が顎に手をやりながら続けた。
「それか……この世界では本当にお前に腹が立っていたからな。奴隷らしく牢屋に繋いで鞭で叩いてみたいなとつねづね思ってたし、それを今から実現させてもいい。泣いて謝るまでサンドワームの前に吊るしてみるのもいいかも」
「待って」
「主人と結婚できる奴隷なんていないんだよ、ノア。お前は恵まれているね」
「え、エミル様……」
それは……悦んで鞭打たれろということだろうか。
女神のような美しい微笑みを前にすると、その顔面の圧力に圧倒されて、なんだかいいことを言われているんじゃないかっていう気になる。
だが――違う。
たしかにエミル様がユノさんのあとの世界だとすれば、その怒りはもっともであったけど、それでも……なにも知らない僕にエミル様がしてきた数々のいじわるを、僕は忘れていないのだ。
そんなことを考えて虚ろな気持ちになっていると、それすらもエミル様には筒抜けだったようで、調子に乗らせてしまった。
「ノア、そんな顔をして。そんなにお前が鞭打たれたかっただなんて、知らなかった。ぜひ叶えてあげよう」
「…………」
「サンドワームを部屋の檻に詰め込んで、その前で抱いてあげようか。いい声で鳴いてくれそうで、嬉しいよ」
「…………」
僕は、よく考えてみたら、エミル様に優しくされたことがあまりないことを思い出した。
ふわっと優しかったときなんて、誕生日をお祝いしてもらったときくらいしか思いつかない。でもいじわるなエミル様の中にしっかりと横たわるヒューの意識を感じて、やっぱり……それでも、好きだなと思ってしまっていたんだと思う。
泣き落としは通じないかもしれないけど、とにかく変な方向性から意識を戻さないといけないと思って、口にする。
「エミル様……怖いのは嫌です」
「ほかの俺とは違って、怖がって泣き叫んでるノアのことが好きな時期なんだ。涙目で頼まれると、逆にもっと泣かせたいという方向に作用する」
「今のヒューじゃん。やだ、優しくして」
そんなことを言いながら進んでいると、目的地が近づいてきた。さっきから遠くに見えていたのは、白亜の宮殿かと思うほどの巨大な建物だった。
近づくにつれて、宮殿の奥には青々とした椰子の葉が見えてきた。きっとオアシスの上に立っているんだろう。ちらちらと色とりどりの花が咲き乱れているのも見える。
エミル様が言った。
「ここが、この国の中で最高級のホテルなんだよ。国王も神子と訪れてたはずだ」
「あ……ゲームで見たことあるかもしれない」
どんなところだったかなと思い出そうとして、そういえばそれぞれの部屋にプールのような場所があって、裸で入って……というスチルを思い出して、僕は真っ赤になってしまった。
羽里がやっていたのは全年齢版のゲームだったから、そこまで直接的なことはなかったけど、それでも、なにが行われたのかは想像がつく。
でも、エミル様がそれを知っているわけではないはずだから、いや……ヒューなら必ずゲームのことを調べているだろうから、知っているかもしれない。でも、あれは国王セドリックルートとアルノルト騎士団長のときであって……と思いかけて、羽里はエミル様ルートを挫折していたことを思い出した。
(まずい……エミル様がこのホテルでどんなことをするかわからない……怖い……)
そう思って、涙目でカタカタ震えていると、エミル様が女神のような笑顔で言った。
「楽しみだね、ノア。ゆっくりしよう」
「……うぅ」
←↑↓→
「結婚式って、もっとなんか……違ッ」
「それは人によるだろう。奴隷の身分で私に嫁ごうというのだから、それなりの奉仕をしてもらわないと困る」
「エミル様……この鎖のたくさんついた踊り子の衣装好きですよねッッ」
「うん、それが白い薄絹の下にあると、もっと卑猥だと思っている」
そうエミル様が口にした通り、僕は今、例の踊り子の衣装を身に纏い……細い金色の鎖でできた下着を身につけている。下着……と言っていいのかは、はなはだ疑問だ。まるでビキニの上下の布の部分だけをぶち抜いたような鎖をつけているだけだからだ。
乳首の周りを囲うように三角形の鎖が巡らされ、そして、同様に性器の周りにも逆三角形に鎖が垂れている。胸の真ん中からはピラミッド状に鎖の装飾が腰まで伸びている。なんの意味もなさないこの鎖の下着は、それでいて、僕の尻の穴に当たる部分にだけ、金の玉飾りがついているのだ。
(助けて。意味がわからない……)
それだけではない。さっきエミル様が言った通り、僕はその上に透けるほど薄い絹のジレを纏っているのだ。そして、僕のすねほどまで水の入った浅いプールに突き落とされた。
太陽の下、僕は――、濡れた薄絹を体に張りつかせ変態的な鎖の下着をつけたまま、尻餅をついている状態にある。
エミル様が一体なにを望んでいるのかはさだかではないが、自分が、どれだけ恥ずかしい状態になっているのかは理解しているつもりだ。
(こ、こんな格好……!)
しかも、僕のペニスは天を仰いでその薄絹を押し上げ、僕の乳首はぷっくりと赤く腫れて果実のようになっている。こんな変態みたいな格好で、僕の体がこんなことになっている理由はひとつ。
(ぜ……ッたい、なんか薬を盛られている!)
僕がギロッと睨んでいると、エミル様がプールの縁まで来てしゃがみこんだ。それから、指先を伸ばして、僕のペニスの先端にぴとっと触れた。
「ふぁッ……」
抵抗もできない僕を冷たい目で見下ろし、ぐりぐりとペニスの先端を人さし指でこねながら、エミル様が言った。
「ノアの体にあった薬の調合は済んでいる。もちろん体に悪いことなんてなにもないよ、思う存分に乱れるといい」
青姦がどうのって言ってたフィリがかわいく思えてきた。エミル様はこじらせたヒューの最終形態で、僕の泣き叫ぶ顔が好きなんだから、一番タチが悪いのは明らかだった。
「濡れてるのか泣いてるのかわからないのもいいな」
うっとりとそう言ったエミル様の視線が、僕の体を舐めるように這い上がる。キッとエミル様を睨んでいたら、エミル様はプールの縁に腰かけ、足だけをプールの中に入れた。それから、ぴくぴくと震えている僕の中心を見てから、ふっと笑った。
「ほら、触りたいだろう。いいんだよ、見せてくれて」
「嫌……です」
「どうして? お前は私のものなんだから、言うことを聞かないといけないよ」
そう言ったエミル様のつま先が、濡れた布ごしに僕の中心に触れ、ずりずりと撫であげた。恥ずかしくて、悔しくてたまらないのに、エミル様の与えてくれる快感を拒めなかった。
「ぁあッ」
「……もう達したのか。はしたない奴隷だな」
「ゃだ……え、みる……さま……ぁうッ」
ぐりぐりと足で踏み込まれて、僕の体は跳ねる。だんだん、辺りが夕暮れどきになってきたせいで、性器にまとわりつく布が薄桃色に染まって、余計に卑猥に見えた。
ゲームで見たときは、神子は王にも騎士団長にも愛され、この場所で優しい時間を過ごしていたことを思い出す。ゲームでのエミル様が、神子とどんな風に過ごすのかは知らないけど、こんなひどいことはしないはずだった。
ぽろっと涙が溢れる、でもその伝う涙に感じてしまうほど、体は火照っていた。エミル様しか頼る人がいないのに、その人にこんないじわるをされて、僕はどうしていいかわからなかった。
だって――だって。ただでさえ、これは……だってこれは……結婚するっていう話だったのに。
「エミルさまっ……は、け……結婚なんて、ほんとは……ぼくとは……」
こうやって遊びたいだけな気がしてしまった。
たしかに、エミル様のときは、僕にいじわるをしたくてしかたなかったんだと思うけど、それでも……エミル様にこんなことをしてほしいわけじゃなかった。パシャと音がして、腰をついたままの僕の上に、エミル様がのしかかってきた。それから、涙ごと頬を舐められる。
氷のような水色の瞳が、夕日に照らされて薄紫に見えた。
(ヒューみたいな色……)
そう思ったら、とくんと心臓が跳ねた。
どうしたって僕は……どんなにいじわるをされたって、僕はヒューのことが好きだった。いじわるをしてくるエミル様だって、長い年月の中でそういう時期のヒューだった。
(だめだ……くじけたら)
どんなにいじわるを言われても、エミル様は、僕のことが嫌いなわけじゃない。ひねくれすぎて、ねじきれて、よくわからなくなってしまってるときのヒューなんだから。
僕は、ぎゅっと目をつぶってから、僕はエミル様に口づけた。ヒューの中でも、顔の造形で言えばおそらく一番優しい顔立ちのときなのに。エミル様はちっとも優しいところなんてない。
「エミル様……体がおかしく、なっちゃう」
「そういう薬だよ」
「助けて、エミル様。こんなの……やです」
エミル様の腕をきゅっと掴みながら、僕は愛しい人の顔を見上げた。夕日に照らされたエミル様の、はだけた長衣からのぞくしなやかな腹筋にどきっとしてしまう。
この人はこの砂漠に生まれながら、どうやってこの肌の色を保っているんだろう。それでいて、引きこもってばかりだったのに、どうやってこんなに鍛えてるんだろう。
エミル様が下げていた金の首飾りが、しゃらっと僕の肌を撫でる。それだけで、震えてしまう。
「せっかくノアのために調合したのに、嫌だった?」
「だって……これじゃあ、なんだか、わからなくなっちゃうから」
頭の中がとろとろして、なんだか呂律も回っていない気がする。エミル様とくっついていたくて、エミル様のことしか考えられないのに、その全部が性的な欲求でしかなくて悲しかった。
「せっかく、エミル様と結婚できるのに……こんなの」
ぽろっと涙がこぼれてしまう。エミル様が優しくキスをしてぬぐってくれるけど――。
「ちゃんと……えみ、るさまって……わかって……たい」
「こんないじわるなことするのは、私だけだと思うけど」
「わかってるなら……ッ」
そう言った僕の昂ぶりをエミル様が布ごしになぞっていく。長い指が巻きつき、撫でられるたびにざわりと濡れた布がうごめいた。
「ひ、ぁ……まッ……て」
親指の先でぐりぐりと先端をいじられて、僕は肘をプールの床についたまま、背を反らせた。ガクガクと腰が震えるたびに、水音が響く。胸もとに湿った感触を感じて、バッと顔を向けると、エミル様が口を開けて僕の乳首を舐めているところだった。
「んぁあッ……ゃ、だめ……」
「薬を盛られたくらいで、誰になにをされてるのかもわからなくなるなら、躾けないといけないね」
「……ち、ちがっ……そ、じゃなぁッ」
なんでそんな横暴なことを言うんだろう。もっとエミル様と優しい気持ちで一緒にいたかっただけなのに、伝わってないみたいで涙が出た。でも、体はひくひくと大喜びで震えていて、きっとエミル様には、僕はさぞ淫乱に見えているだろう。
「……エミルさま……やだ、こんなの……やだ」
泣いている僕を見て、エミル様がうっそりと目を細めた。それから、尻に熱いものが擦りつけられるのがわかった。さっきから僕の尻は、そのエミル様の熱いものを挿れてほしくてたまらないのだ。
見上げた先には、白い宮殿と青い空……その前に美しい顔をした僕のご主人さまがいて、穏やかな笑顔を浮かべながら言った。
「ノア、いいんだ。わけのわからなくなったノアが見たいだけ」
「…………みる、さま……」
「泣き叫んで乱れるところ、私にだけ見せて。私たちは、特別な関係なんだよ」
優しい声色でそう言われて、僕はもうすでにわけがわからなくなっていた。エミル様が僕の泣き顔が好きなことは知ってたけど、それを特別だと思ってるだなんて思わなかった。
いろんなヒューがいるから、いろんな想いがあるんだろうけど……でも、こんな形の愛があるのが不思議だった。
それは、泣くほど嫌なことがあるのは怖い。できるなら優しくしてほしい。でも、それが……その相手がエミル様なら――。
「エミルさま……に、だけ?」
「うん。私にだけ、見せて」
「僕が好きなのに……泣かせたい……の?」
「うん、愛してるから。泣かせたい」
エミル様のことは……最初からよくわからなかった。それで、結局……最後までわからなくて、今もわからない。
でも、愛してるからそうしたいんだって言われたら、それは……。エミル様が結婚式としてしたいことが……こんなに卑猥なことなんて信じたくはないけど、僕が泣き叫ぶところが見たいっていうのなら、僕はエミル様に幸せでいてほしかった。
こくっと小さく頷くと、エミル様が穏やかな笑顔のまま言った。
「それにしても私の愛を疑うなんて……しっかりわからせてあげないとね」
「……ぁ……」
エミル様のペニスがずずっと中に入ってくるのがわかる。待ち望んだ刺激に、僕の体はびくびくと震えた。はあッはあッと興奮した犬みたいな息が自分の口から洩れる。
「あああッえ、みるさまぁッ……」
さっき言っていた通り、僕の体にわからせるみたいにエミル様がゆっくりと腰を動かしていく。
それを感じながら、僕はくらくらしてしまう。
エミル様とこんなことをする日が来るだなんて、そもそもそれがおかしい。僕の体の中を圧迫している熱が、氷のようなエミル様からは想像もできないほど熱くて、息もできない。
うっそりと目を細めたエミル様に、奴隷の身分でありながらもはしたなく乱れる僕のことを、見てほしいと思ってしまった。
「エミルさまぁ……ぁッあん」
「ノアは本当に、いい声で鳴く奴隷だね。私と結婚できるなんて、身に余る光栄だろう。お礼は?」
そうだと思う。僕は砂漠の街カラバトリで四年間も過ごしたのだ。エミル様が僕にとって、奴隷である僕にとって、どれだけ手の届かない存在なのかを知っていた。
主人と結婚できる奴隷なんて存在しない。擦り切れるまで酷使され、すべてを奪われて捨てられるのが奴隷という身分だ。
僕は四年間で染みついた自分の身分をちゃんと思い出した。
「あッ……あ、ぅ、ありがとっ……ございます、あぁッ」
大切にしてもらっていたと思う。その上で僕はどれだけエミル様の役に立つことができていたんだろうかということも疑問だ。
(エミル様と僕の関係だって……この関係だって、ひとつの愛の形だよね……)
熱に浮かされた顔でエミル様をのぞき見る。エミル様が腰を打ちつけるたびにパシャッと水が跳ねて、自分が一体どんな場所で痴態を晒しているのかが思い出されて、恥ずかしい。
「水の中でするのはじめてだけど、扇情的で結構いいね。ノアがキラキラして見える」
穏やかな笑顔でそう言われて、恥ずかしさの限界を超えた僕は、肘の力を抜きぶくぶくと水の中に沈んだ。水音に紛れて、くぐもったエミル様の声が聞こえる。
「それは……結構……まずいプレイな気がするな。でもそういうのが好きなら、このまま揺すっててあげよう。本当にえっちだね、ノアは」
エミル様が一気に激しく腰を打ちつけてきたので、僕はうっかり水を飲み込んでしまい、ゴポッガフッと泡を立てた。このままだと溺れるまで腰を止めてくれなさそうだったので、僕は慌てて肘をつき直した。
ゲホッゲホッと咳きこんでいる間も、エミル様はぐりぐりと僕の内壁を刺激して「締まるな」と言ってるくらいで、本当に身分の差を感じた。
僕がじとっとエミル様を睨んでいると、エミル様がふふんと笑いながら言った。
「ノア、まだわかんない?」
「……いじわるすぎる……」
あのあと、僕は、プールで、木陰で、お風呂で、ベッドで、いろんな場所でいろんな体勢で愛されて……最終的には檻を出されそうになったところで、僕は気を失った。
しばらくして目を覚ました僕は、ようやく思い出した。
(――そうだった。エミル様……こんな涼しい顔して、絶倫なんだった……)
僕は、どんなにひどいことをされたにしたって、エミル様の愛を疑うべきではなかったと、心から後悔した。
僕は大きなクッションがいくつも置かれた絨毯の上にぐったりと横になったまま、隣に座って本を読んでいたエミル様に、虚ろな気持ちで目をやった。
それから、「だから、薬盛られておいてよかったでしょう」としれっと言われて、たしかに……頭がおかしくなってなかったら、あんなのは絶対に無理だったと思ってしまった。ベース基盤にしっかり組み込まれている、ヒューの論理的思考に僕は心底嫌な気持ちになった。
「いろんな世界の中でも、一番いじわるなことされたのがエミル様なこと……忘れてません」
「これからも、そうだと思うよ」
そう言いながら、エミル様はこてんと僕の体の上に頭を乗せた。
そういうところがずるいのだ。
僕を好きだと言いながら、奴隷の扱いに手慣れていながら、ひどいことばかりして僕を泣かせるくせに、それでいて恋人みたいに接してくるから、僕はエミル様といると混乱して……翻弄されて、わけがわからなくなってしまうのだった。
砂漠の国に生まれながら、引きこもってばかりいたエミル様の髪は、まったく日焼けなんてしていなくて絹糸のように美しい。僕の体にパサリとかかったその長い髪を、するすると、手櫛ですきながら、僕は言った。
「アルノルト騎士団長だって、セドリック陛下だって、セバスさんだってエンリケだって、きっとみんな……エミル様がいなくて寂しく思ってるのに」
「ん、でもさ……砂漠で死んだから、いつでも帰れるってことでもある」
「挨拶行く気があるんですか?」
「んー……私は、ノアがいればほかは……」
エミル様がだめなことを言ってるのは頭ではわかるけど、きゅうっと胸が締めつけられる。
これだけなんでも持っている人が甘えてくれるのは僕だけなんだって……そう思ったら、愛しくてたまらなかった。
「もう少しゆっくりしたら、ちゃんと挨拶に行きましょう」
「じゃあ、もう少し……しようか。まだ檻に吊るしてないから」
「しません」
出不精のエミル様は、結局挨拶をしたくなかったらしくて……彼らの夢枕に立って報告をすることになった。
「それって結局……死んだと思われるんじゃ?」
「どうかな。ノアが横で幸せそうにしてたから、大丈夫だろう」
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――――――
「え……? 亡くなったことを公表してないんですか?」
「ああ。この世界は、死ぬ数年前にノアに会ったからな」
渇いた風の吹く中、頭から被った白い布を揺らしながら、エミル様が言った。
この世界にいたとき、何度もそうしたようにラクダとウマを足して二で割ったようなラウマという動物に一緒に乗って、広い砂漠を横断しているところだった。
僕と出会った時期が、死んだことを公表しないことと、なんの関係があるんだろうと、僕は目を瞬かせた。エミル様は、僕をうしろから抱きしめたまま続けた。
「この世界では、生涯、人とあんまり関わらなかった。だから、相手に言うほどのことでもないと思った。しばし旅に出ると言ったまま、砂漠の真ん中で死んだ」
「…………ッッ」
「悲しむ必要はないよ、ノア。誰も悲しまなかったと思うから」
懐かない猫のような人だったけど、この世界では、死に際までそんなにもさらりと訪れたのか。
そう思っているのは本人ばかりで、きっと多くの人がエミル様がいなくなったことを悲しんだと思う。グッと唇を噛みしめていたら、綺麗な指先が伸びてきて、唇の力をといていった。涙を浮かべながら見上げると、エミル様がふっと笑いながら言った。
「この世界の結婚式は、贅を尽くしてみようかと思ってるんだ」
「……え?」
「お前は私の奴隷だからな、最高に甘やかしてみたいと思ってたんだ」
どういうことかわからず、目を瞬かせていると、エミル様が顎に手をやりながら続けた。
「それか……この世界では本当にお前に腹が立っていたからな。奴隷らしく牢屋に繋いで鞭で叩いてみたいなとつねづね思ってたし、それを今から実現させてもいい。泣いて謝るまでサンドワームの前に吊るしてみるのもいいかも」
「待って」
「主人と結婚できる奴隷なんていないんだよ、ノア。お前は恵まれているね」
「え、エミル様……」
それは……悦んで鞭打たれろということだろうか。
女神のような美しい微笑みを前にすると、その顔面の圧力に圧倒されて、なんだかいいことを言われているんじゃないかっていう気になる。
だが――違う。
たしかにエミル様がユノさんのあとの世界だとすれば、その怒りはもっともであったけど、それでも……なにも知らない僕にエミル様がしてきた数々のいじわるを、僕は忘れていないのだ。
そんなことを考えて虚ろな気持ちになっていると、それすらもエミル様には筒抜けだったようで、調子に乗らせてしまった。
「ノア、そんな顔をして。そんなにお前が鞭打たれたかっただなんて、知らなかった。ぜひ叶えてあげよう」
「…………」
「サンドワームを部屋の檻に詰め込んで、その前で抱いてあげようか。いい声で鳴いてくれそうで、嬉しいよ」
「…………」
僕は、よく考えてみたら、エミル様に優しくされたことがあまりないことを思い出した。
ふわっと優しかったときなんて、誕生日をお祝いしてもらったときくらいしか思いつかない。でもいじわるなエミル様の中にしっかりと横たわるヒューの意識を感じて、やっぱり……それでも、好きだなと思ってしまっていたんだと思う。
泣き落としは通じないかもしれないけど、とにかく変な方向性から意識を戻さないといけないと思って、口にする。
「エミル様……怖いのは嫌です」
「ほかの俺とは違って、怖がって泣き叫んでるノアのことが好きな時期なんだ。涙目で頼まれると、逆にもっと泣かせたいという方向に作用する」
「今のヒューじゃん。やだ、優しくして」
そんなことを言いながら進んでいると、目的地が近づいてきた。さっきから遠くに見えていたのは、白亜の宮殿かと思うほどの巨大な建物だった。
近づくにつれて、宮殿の奥には青々とした椰子の葉が見えてきた。きっとオアシスの上に立っているんだろう。ちらちらと色とりどりの花が咲き乱れているのも見える。
エミル様が言った。
「ここが、この国の中で最高級のホテルなんだよ。国王も神子と訪れてたはずだ」
「あ……ゲームで見たことあるかもしれない」
どんなところだったかなと思い出そうとして、そういえばそれぞれの部屋にプールのような場所があって、裸で入って……というスチルを思い出して、僕は真っ赤になってしまった。
羽里がやっていたのは全年齢版のゲームだったから、そこまで直接的なことはなかったけど、それでも、なにが行われたのかは想像がつく。
でも、エミル様がそれを知っているわけではないはずだから、いや……ヒューなら必ずゲームのことを調べているだろうから、知っているかもしれない。でも、あれは国王セドリックルートとアルノルト騎士団長のときであって……と思いかけて、羽里はエミル様ルートを挫折していたことを思い出した。
(まずい……エミル様がこのホテルでどんなことをするかわからない……怖い……)
そう思って、涙目でカタカタ震えていると、エミル様が女神のような笑顔で言った。
「楽しみだね、ノア。ゆっくりしよう」
「……うぅ」
←↑↓→
「結婚式って、もっとなんか……違ッ」
「それは人によるだろう。奴隷の身分で私に嫁ごうというのだから、それなりの奉仕をしてもらわないと困る」
「エミル様……この鎖のたくさんついた踊り子の衣装好きですよねッッ」
「うん、それが白い薄絹の下にあると、もっと卑猥だと思っている」
そうエミル様が口にした通り、僕は今、例の踊り子の衣装を身に纏い……細い金色の鎖でできた下着を身につけている。下着……と言っていいのかは、はなはだ疑問だ。まるでビキニの上下の布の部分だけをぶち抜いたような鎖をつけているだけだからだ。
乳首の周りを囲うように三角形の鎖が巡らされ、そして、同様に性器の周りにも逆三角形に鎖が垂れている。胸の真ん中からはピラミッド状に鎖の装飾が腰まで伸びている。なんの意味もなさないこの鎖の下着は、それでいて、僕の尻の穴に当たる部分にだけ、金の玉飾りがついているのだ。
(助けて。意味がわからない……)
それだけではない。さっきエミル様が言った通り、僕はその上に透けるほど薄い絹のジレを纏っているのだ。そして、僕のすねほどまで水の入った浅いプールに突き落とされた。
太陽の下、僕は――、濡れた薄絹を体に張りつかせ変態的な鎖の下着をつけたまま、尻餅をついている状態にある。
エミル様が一体なにを望んでいるのかはさだかではないが、自分が、どれだけ恥ずかしい状態になっているのかは理解しているつもりだ。
(こ、こんな格好……!)
しかも、僕のペニスは天を仰いでその薄絹を押し上げ、僕の乳首はぷっくりと赤く腫れて果実のようになっている。こんな変態みたいな格好で、僕の体がこんなことになっている理由はひとつ。
(ぜ……ッたい、なんか薬を盛られている!)
僕がギロッと睨んでいると、エミル様がプールの縁まで来てしゃがみこんだ。それから、指先を伸ばして、僕のペニスの先端にぴとっと触れた。
「ふぁッ……」
抵抗もできない僕を冷たい目で見下ろし、ぐりぐりとペニスの先端を人さし指でこねながら、エミル様が言った。
「ノアの体にあった薬の調合は済んでいる。もちろん体に悪いことなんてなにもないよ、思う存分に乱れるといい」
青姦がどうのって言ってたフィリがかわいく思えてきた。エミル様はこじらせたヒューの最終形態で、僕の泣き叫ぶ顔が好きなんだから、一番タチが悪いのは明らかだった。
「濡れてるのか泣いてるのかわからないのもいいな」
うっとりとそう言ったエミル様の視線が、僕の体を舐めるように這い上がる。キッとエミル様を睨んでいたら、エミル様はプールの縁に腰かけ、足だけをプールの中に入れた。それから、ぴくぴくと震えている僕の中心を見てから、ふっと笑った。
「ほら、触りたいだろう。いいんだよ、見せてくれて」
「嫌……です」
「どうして? お前は私のものなんだから、言うことを聞かないといけないよ」
そう言ったエミル様のつま先が、濡れた布ごしに僕の中心に触れ、ずりずりと撫であげた。恥ずかしくて、悔しくてたまらないのに、エミル様の与えてくれる快感を拒めなかった。
「ぁあッ」
「……もう達したのか。はしたない奴隷だな」
「ゃだ……え、みる……さま……ぁうッ」
ぐりぐりと足で踏み込まれて、僕の体は跳ねる。だんだん、辺りが夕暮れどきになってきたせいで、性器にまとわりつく布が薄桃色に染まって、余計に卑猥に見えた。
ゲームで見たときは、神子は王にも騎士団長にも愛され、この場所で優しい時間を過ごしていたことを思い出す。ゲームでのエミル様が、神子とどんな風に過ごすのかは知らないけど、こんなひどいことはしないはずだった。
ぽろっと涙が溢れる、でもその伝う涙に感じてしまうほど、体は火照っていた。エミル様しか頼る人がいないのに、その人にこんないじわるをされて、僕はどうしていいかわからなかった。
だって――だって。ただでさえ、これは……だってこれは……結婚するっていう話だったのに。
「エミルさまっ……は、け……結婚なんて、ほんとは……ぼくとは……」
こうやって遊びたいだけな気がしてしまった。
たしかに、エミル様のときは、僕にいじわるをしたくてしかたなかったんだと思うけど、それでも……エミル様にこんなことをしてほしいわけじゃなかった。パシャと音がして、腰をついたままの僕の上に、エミル様がのしかかってきた。それから、涙ごと頬を舐められる。
氷のような水色の瞳が、夕日に照らされて薄紫に見えた。
(ヒューみたいな色……)
そう思ったら、とくんと心臓が跳ねた。
どうしたって僕は……どんなにいじわるをされたって、僕はヒューのことが好きだった。いじわるをしてくるエミル様だって、長い年月の中でそういう時期のヒューだった。
(だめだ……くじけたら)
どんなにいじわるを言われても、エミル様は、僕のことが嫌いなわけじゃない。ひねくれすぎて、ねじきれて、よくわからなくなってしまってるときのヒューなんだから。
僕は、ぎゅっと目をつぶってから、僕はエミル様に口づけた。ヒューの中でも、顔の造形で言えばおそらく一番優しい顔立ちのときなのに。エミル様はちっとも優しいところなんてない。
「エミル様……体がおかしく、なっちゃう」
「そういう薬だよ」
「助けて、エミル様。こんなの……やです」
エミル様の腕をきゅっと掴みながら、僕は愛しい人の顔を見上げた。夕日に照らされたエミル様の、はだけた長衣からのぞくしなやかな腹筋にどきっとしてしまう。
この人はこの砂漠に生まれながら、どうやってこの肌の色を保っているんだろう。それでいて、引きこもってばかりだったのに、どうやってこんなに鍛えてるんだろう。
エミル様が下げていた金の首飾りが、しゃらっと僕の肌を撫でる。それだけで、震えてしまう。
「せっかくノアのために調合したのに、嫌だった?」
「だって……これじゃあ、なんだか、わからなくなっちゃうから」
頭の中がとろとろして、なんだか呂律も回っていない気がする。エミル様とくっついていたくて、エミル様のことしか考えられないのに、その全部が性的な欲求でしかなくて悲しかった。
「せっかく、エミル様と結婚できるのに……こんなの」
ぽろっと涙がこぼれてしまう。エミル様が優しくキスをしてぬぐってくれるけど――。
「ちゃんと……えみ、るさまって……わかって……たい」
「こんないじわるなことするのは、私だけだと思うけど」
「わかってるなら……ッ」
そう言った僕の昂ぶりをエミル様が布ごしになぞっていく。長い指が巻きつき、撫でられるたびにざわりと濡れた布がうごめいた。
「ひ、ぁ……まッ……て」
親指の先でぐりぐりと先端をいじられて、僕は肘をプールの床についたまま、背を反らせた。ガクガクと腰が震えるたびに、水音が響く。胸もとに湿った感触を感じて、バッと顔を向けると、エミル様が口を開けて僕の乳首を舐めているところだった。
「んぁあッ……ゃ、だめ……」
「薬を盛られたくらいで、誰になにをされてるのかもわからなくなるなら、躾けないといけないね」
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なんでそんな横暴なことを言うんだろう。もっとエミル様と優しい気持ちで一緒にいたかっただけなのに、伝わってないみたいで涙が出た。でも、体はひくひくと大喜びで震えていて、きっとエミル様には、僕はさぞ淫乱に見えているだろう。
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泣いている僕を見て、エミル様がうっそりと目を細めた。それから、尻に熱いものが擦りつけられるのがわかった。さっきから僕の尻は、そのエミル様の熱いものを挿れてほしくてたまらないのだ。
見上げた先には、白い宮殿と青い空……その前に美しい顔をした僕のご主人さまがいて、穏やかな笑顔を浮かべながら言った。
「ノア、いいんだ。わけのわからなくなったノアが見たいだけ」
「…………みる、さま……」
「泣き叫んで乱れるところ、私にだけ見せて。私たちは、特別な関係なんだよ」
優しい声色でそう言われて、僕はもうすでにわけがわからなくなっていた。エミル様が僕の泣き顔が好きなことは知ってたけど、それを特別だと思ってるだなんて思わなかった。
いろんなヒューがいるから、いろんな想いがあるんだろうけど……でも、こんな形の愛があるのが不思議だった。
それは、泣くほど嫌なことがあるのは怖い。できるなら優しくしてほしい。でも、それが……その相手がエミル様なら――。
「エミルさま……に、だけ?」
「うん。私にだけ、見せて」
「僕が好きなのに……泣かせたい……の?」
「うん、愛してるから。泣かせたい」
エミル様のことは……最初からよくわからなかった。それで、結局……最後までわからなくて、今もわからない。
でも、愛してるからそうしたいんだって言われたら、それは……。エミル様が結婚式としてしたいことが……こんなに卑猥なことなんて信じたくはないけど、僕が泣き叫ぶところが見たいっていうのなら、僕はエミル様に幸せでいてほしかった。
こくっと小さく頷くと、エミル様が穏やかな笑顔のまま言った。
「それにしても私の愛を疑うなんて……しっかりわからせてあげないとね」
「……ぁ……」
エミル様のペニスがずずっと中に入ってくるのがわかる。待ち望んだ刺激に、僕の体はびくびくと震えた。はあッはあッと興奮した犬みたいな息が自分の口から洩れる。
「あああッえ、みるさまぁッ……」
さっき言っていた通り、僕の体にわからせるみたいにエミル様がゆっくりと腰を動かしていく。
それを感じながら、僕はくらくらしてしまう。
エミル様とこんなことをする日が来るだなんて、そもそもそれがおかしい。僕の体の中を圧迫している熱が、氷のようなエミル様からは想像もできないほど熱くて、息もできない。
うっそりと目を細めたエミル様に、奴隷の身分でありながらもはしたなく乱れる僕のことを、見てほしいと思ってしまった。
「エミルさまぁ……ぁッあん」
「ノアは本当に、いい声で鳴く奴隷だね。私と結婚できるなんて、身に余る光栄だろう。お礼は?」
そうだと思う。僕は砂漠の街カラバトリで四年間も過ごしたのだ。エミル様が僕にとって、奴隷である僕にとって、どれだけ手の届かない存在なのかを知っていた。
主人と結婚できる奴隷なんて存在しない。擦り切れるまで酷使され、すべてを奪われて捨てられるのが奴隷という身分だ。
僕は四年間で染みついた自分の身分をちゃんと思い出した。
「あッ……あ、ぅ、ありがとっ……ございます、あぁッ」
大切にしてもらっていたと思う。その上で僕はどれだけエミル様の役に立つことができていたんだろうかということも疑問だ。
(エミル様と僕の関係だって……この関係だって、ひとつの愛の形だよね……)
熱に浮かされた顔でエミル様をのぞき見る。エミル様が腰を打ちつけるたびにパシャッと水が跳ねて、自分が一体どんな場所で痴態を晒しているのかが思い出されて、恥ずかしい。
「水の中でするのはじめてだけど、扇情的で結構いいね。ノアがキラキラして見える」
穏やかな笑顔でそう言われて、恥ずかしさの限界を超えた僕は、肘の力を抜きぶくぶくと水の中に沈んだ。水音に紛れて、くぐもったエミル様の声が聞こえる。
「それは……結構……まずいプレイな気がするな。でもそういうのが好きなら、このまま揺すっててあげよう。本当にえっちだね、ノアは」
エミル様が一気に激しく腰を打ちつけてきたので、僕はうっかり水を飲み込んでしまい、ゴポッガフッと泡を立てた。このままだと溺れるまで腰を止めてくれなさそうだったので、僕は慌てて肘をつき直した。
ゲホッゲホッと咳きこんでいる間も、エミル様はぐりぐりと僕の内壁を刺激して「締まるな」と言ってるくらいで、本当に身分の差を感じた。
僕がじとっとエミル様を睨んでいると、エミル様がふふんと笑いながら言った。
「ノア、まだわかんない?」
「……いじわるすぎる……」
あのあと、僕は、プールで、木陰で、お風呂で、ベッドで、いろんな場所でいろんな体勢で愛されて……最終的には檻を出されそうになったところで、僕は気を失った。
しばらくして目を覚ました僕は、ようやく思い出した。
(――そうだった。エミル様……こんな涼しい顔して、絶倫なんだった……)
僕は、どんなにひどいことをされたにしたって、エミル様の愛を疑うべきではなかったと、心から後悔した。
僕は大きなクッションがいくつも置かれた絨毯の上にぐったりと横になったまま、隣に座って本を読んでいたエミル様に、虚ろな気持ちで目をやった。
それから、「だから、薬盛られておいてよかったでしょう」としれっと言われて、たしかに……頭がおかしくなってなかったら、あんなのは絶対に無理だったと思ってしまった。ベース基盤にしっかり組み込まれている、ヒューの論理的思考に僕は心底嫌な気持ちになった。
「いろんな世界の中でも、一番いじわるなことされたのがエミル様なこと……忘れてません」
「これからも、そうだと思うよ」
そう言いながら、エミル様はこてんと僕の体の上に頭を乗せた。
そういうところがずるいのだ。
僕を好きだと言いながら、奴隷の扱いに手慣れていながら、ひどいことばかりして僕を泣かせるくせに、それでいて恋人みたいに接してくるから、僕はエミル様といると混乱して……翻弄されて、わけがわからなくなってしまうのだった。
砂漠の国に生まれながら、引きこもってばかりいたエミル様の髪は、まったく日焼けなんてしていなくて絹糸のように美しい。僕の体にパサリとかかったその長い髪を、するすると、手櫛ですきながら、僕は言った。
「アルノルト騎士団長だって、セドリック陛下だって、セバスさんだってエンリケだって、きっとみんな……エミル様がいなくて寂しく思ってるのに」
「ん、でもさ……砂漠で死んだから、いつでも帰れるってことでもある」
「挨拶行く気があるんですか?」
「んー……私は、ノアがいればほかは……」
エミル様がだめなことを言ってるのは頭ではわかるけど、きゅうっと胸が締めつけられる。
これだけなんでも持っている人が甘えてくれるのは僕だけなんだって……そう思ったら、愛しくてたまらなかった。
「もう少しゆっくりしたら、ちゃんと挨拶に行きましょう」
「じゃあ、もう少し……しようか。まだ檻に吊るしてないから」
「しません」
出不精のエミル様は、結局挨拶をしたくなかったらしくて……彼らの夢枕に立って報告をすることになった。
「それって結局……死んだと思われるんじゃ?」
「どうかな。ノアが横で幸せそうにしてたから、大丈夫だろう」
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