戦う浪人生の育て方~20時間勉強と修行ができますか?~ 

久木 光弘

文字の大きさ
3 / 35
第1章 俺、騙されてないよね?

1-2

しおりを挟む
「ここかな?」
 勧誘を受けた次の日、仁は名刺に書かれた住所を頼りに事務所にたどり着いた。目の前には5階建てのビルが立っている。事務所は建物の3Fらしい。一見すれば古い雑居ビルだ。最近のアパートの様にセキュリティがしっかりしているタイプでもない。
昨日はアルバイトが入っていたため詳しい話は聞けず、名前を告げるだけの自己紹介をしてから別れ、その際に鞘火から明日この時間に事務所にくるように伝えられた。そこでアルバイトの内容に関しての説明と、上司の紹介をしてくれるということだった。
現在の時間は夕方の五時である。
「大丈夫かな?心配になってきたぞ・・・・・」
 高い時給に釣られて話を聞くという約束をしてしまったが、時間が経つにつれて浮かれていた興奮も治まってくる。やはり、あんな美人から才能があるとおだてられ、時給2000円の高額バイトへの勧誘。ウラがありそうで怖い。
……事務所に入ったらコワモテのお兄さん達に囲まれて高額の何かを押し売りされるとか・・・・
 仁が一晩かけて出した結論はこれだった。美女を使って高額バイトを餌にしたキャッチセールス。ありそうな話だ。
……というか、ほぼ正解なのでは?やっぱり、やめておこうか?
 ここまで来たからには後は入口に向かうだけなのだが、中々勇気が出ない。ビルの前をウロウロしながら考え込んでしまう。
 ここに来るまでに何度も引き返そうとしたのだ。しかし、訪問の約束をしてしまった。
『どのような約束でも、一度約束したものは必ず守る』
それが仁のポリシーだ。美徳ではあるが、騙されやすい。幾度かそれで痛い目にあっているのだが、このポリシーは仁にとっては大切なものだ。
「約束は約束。当たって砕けろだ!」
 仁は自分を奮い立たせるように拳を握って宣言した。そして、勇気を持ってビルへ踏み出す。入口からすぐのビルのロビーでエレベーターのボタンを押した。
 エレベーターを待っている時間の緊張感。勇気を持って挑んだ筈だが、この時間はツラい。
 そんな空気を仁が味わっている間にエレベーターが着いた。開いたドアから着物を着た老婆が下りてくる。あまりの緊張感にドアの前で棒立ちしていた仁は、ドアの前から体をどけた。
……もう一回だけエレベーターを待とうかな?そうすれば、もう少し勇気が出るかも!
 と、締まるドアの前で仁が情けない決断をしようとしていると、先ほどエレベーターから降りてきた老婆に話かけられた。
「おやおや。こちらの建物になにか御用ですかな?」
「あっ、すいません。そんなに大した用事ではないんですが・・・・・・」
「そうですか?それにしてはビルの前で立ちっぱなしになっていたり、エレベーターを乗り過ごしたりと・・・・・・何かに悩んでいるようにも見えますが?」
「えっ?どうしてそれを・・・・・・・」
「ホッホッホッ、先程から挙動不審な若者が窓から見えましてなぁ。心配になりましてこうして声をかけにきたという訳ですよ」
「うっ。もしかしなくても俺の事ですよね?」
 確かに、仁の行動は傍から見れば挙動不審だ。しかし、優しげに笑う老婆の姿が仁の緊張感をやわらげてくれた。一度決めたことだ、ここまで来て何をしているのだろう、と。仁は決まり悪げに頭をかいた。
「もしかして、仁様ではないですかな?」
「はい。自分の名前は仁ですが。どうして俺の名前を?」
「ホッホ。この時間に鞘火から客人がいらっしゃると聞いておりましてな。事務所でお茶を用意して待っておったのですよ。そろそろ時間かと窓を覗いてみれば・・・・・」
「挙動不審な自分がいた、と」
「その通りですな」
「すいません・・・・・・・」
 仁は恥ずかしそうに俯いた。そんな仁に対して老婆は優しく声をかける。
「お気になさらず。やぶからぼうに声をかけられたと聞いております。いきなりの話で戸惑われるのも無理はありませんしなぁ。婆について来てくだされ。鞘火も待っております。事務所の方へ案内しますよ」
「ありがとうございます」
 そう言って、老婆は閉まっていたエレベーターのボタンを押した。動いていなかったエレベーターのドアはすぐに開き、老婆が先に乗り込む。仁もそれに続いて乗り込んだ。
 仁がエレベーターに乗ったことを確認すると、老婆が目的の階のボタンを押してドアを閉めた。動き出すエレベーターの中で、老婆が仁に話しかけてくる。
「まぁ、そんなにご緊張なさらず。妙なキャッチセールスではないのは保証します故」
「えっ?いや、その」
 自分が考えていた事を言い当てられて仁は返答に詰まってしまった。
「ホッホッホ、大方そんなような事を考えられているのはないかと思いましたよ。まぁ、そんなにかしこまらずに、のぉ?」
「はい」
 この優しげな雰囲気を持つ老婆と話していると、不思議と精神が落ち着いてくるような気がする。仁は少し老婆と話をしただけで、大丈夫だと安心感を得ていた。
「さて、着きました」
 エレベーターが目的の階についた。老婆が先に下りるように促してくるので、仁は先にエレベーターからおりた。
「こちらです。どうぞついてきて下され」
 後から下りてきた老婆が先に歩いて行く。それほど長くない廊下を進むと、目の前にドアが見えてきた。ドアには『神威探偵事務所』と書いてある。老婆は特にノックせずにドアを開いた。
「どうぞ中へ。奥に鞘火が待っております」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...