君と俺は二度泣いた

一片澪

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17.再会

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クレイヴァルとクレイヴァルの種族の秘密基地で話し込んだあの日から数日が経過した。
あの後自宅に戻った際に基臣はアデリー先生からジルナークがこちらの世界での法に触れて裁きを受けたのでもうこの街に来る事は無いだろうと結果だけを教えて貰ったのだが、基臣は敢えてそれ以上深く質問する事は無かった。

「あー……今日も働いたな」

終業後にコリをほぐす為に背筋を伸ばすとただ心地良いだけだ。
これが日本の夜勤明けとかだとバキバキと色々な所から音がしたのに、こちらの世界に馴染んで身体が全盛期に戻ったこととホワイトな職場環境のおかげで疲労感はとても薄い。

基臣がアデリー先生に退勤の挨拶をしてから目と鼻の先の距離にある自宅に戻る為に診療所を出ると、見覚えのある淡く光る『蝶』が基臣の方に飛んで来た。

「……アリア先生?」

自分に向かって飛んでくる蝶に手を伸ばすと蝶は基臣の指に触れた瞬間手紙に変化する。
最初これを見た時は本気で驚いたが、こんな芸当が出来るのはこっちの世界でも決して多くは無いと聞いて基臣は納得したのかできないのか判別できないながらも何度目かも分からない「郷に入っては郷に従え」と心の中で呟いてから受け入れた記憶が懐かしく甦る。

受け取った手紙を持って自宅に入りペーパーナイフで開封し手紙の内容を確認すると、ジルナークに一方的に番認定されて今まで北の神殿から出られなかったノアが自分モトオミに詫びと礼を兼ねた挨拶に来たいと言っているという内容だった。
アリアがノアに基臣のことを同じヒト族で恐らく同郷だろうと話したことも大きく影響していると思われるというメッセージも添えられていた為基臣は一人きりの部屋で頷きながら呟く。

「随分義理堅い人だな」

くすりと笑って同封されていた便せんに歓迎する旨をしたため同じく同封されていた封筒に入れて封をすると手紙はまた美しい蝶に姿を変える。

「気を付けて帰るんだよ」

そっと窓を開けて蝶を見送った後基臣はしっかりと窓を閉めて施錠してからいつも通りの夜に戻った。



***



それから数日後診療所裏で栽培している薬草の手入れをしているクレイヴァルと買い出し帰りに鉢合わせした基臣は何気ない話の流れからノアがこの街に挨拶に来る事を話した。
するとクレイヴァルは作業していた手を止めて基臣の顔をじっと見る。

「――あのヒト族が来る?」
「ああ。アリア先生から手紙が来たんだ」

返事をしながら不自然じゃない程度の秒数だけ視線を合わせて基臣はさり気無く逸らす。
目は口程に物を言う、ではないが自分の中にある感情を自覚してから基臣は誰にもこの気持ちを気付かれることの無いように気を配って過ごして行くことを決めた。

自分の中の臆病で打算的な思考を並べだすときりがないけれど、学生時代の頃のように勢いだけで突っ走れるほど若くはないのだ。
アリア先生からの紹介でこの街に来ることを決めた際「最低百年は腰を据える覚悟で行って欲しい」と最初から言われて基臣はそれに同意した。そして今お世話になっているアデリー先生が何故後任の治癒師を探したのかという大切な理由もあるから浮ついた感情のまま行動して仕事関係者と気まずくなんてなりたくない。

――なんて一見するともっともらしい理由を付けているのは保身以外の何ものでも無いと知りながら基臣は敢えて気付かないフリを決め込む。

「随分義理堅い性格のようだな」
「はは、俺もそう思ったよ」

自分がノアに対して思った感想と同じ言葉を口にしたクレイヴァルを見て基臣は思わず笑った。


そんな基臣をクレイヴァルがちらりと眺めて、なんてことのない雑談をしてから暫くが経過した今日がアリアから連絡を受けていたノアがこの街に会いに来る約束の日だ。

ノアはこの街にもある神殿に所用があってやって来る北の神殿の関係者に同行する形で一緒に来ると連絡を受けていた基臣はちょっとだけソワソワしながら来客を待っていた。

最初こそノアと会うことは仕事の延長のような気持ちであったが、考えてみればノアは同じ日本人の可能性が高い相手。
別に日本に思い入れなんてそれほど無いと基臣は思っていたが、やはり同じ国からこの漫画のような世界に突然落ちて来た貴重な同士であることを思うと話したいことは自然と溢れて来る。

それは日本で何をしていたとかそんな個人的な内容じゃなくて「コンビニって本当に便利だったよね」とか「スマホが無い生活に馴染むのにどれくらい必要だった?」とか「日本って娯楽に対する飽くなき探求がすごい国だったよね」とかそれくらいのレベルの雑談で良かった。
なんなら「今一番食べたいあっちの世界の食べ物って何?」とかそんなのでも構わない。

今まで聞いた話の中から「ノア=日本人」という仮説を立てた基臣はこの貿易都市に来る様々な商人たちが開く市の中で見付けた緑茶にとても似ている茶葉を用意してノアの到着を待っている。

「……気が合えば良いな」

ポポの伴侶である馨にもいつか会いたいと基臣は思っているが出産を終えて子育て真っ最中の人妻相手にお茶会を開いて日本についての話題で盛り上がるというのはちょっと現実的ではないこともあり自分でも驚くほど基臣は今ソワソワしている。

あちらの世界でも日本にいて生きている分には関わらないような系統の相手でもお互い遠い異国の地で会った場合同じ「日本人」という共通点があるだけで友人になったり強い親近感を覚えたりするのは周知の事実。
自分の口からするりと出た言葉を誤魔化すことも無く一人で小さく期待に胸を膨らませていると馬の蹄の音がした。

「お、来た」

神殿関係者が馬車を出してくれると聞いていた為基臣はドアを開けて外に出る。
するといつものように薬師の畑で薬草の手入れをするクレイヴァルが見えたが基臣の関心は今まさに開こうとする馬車のドアに釘付けだった。

「――っ」

ささっと身なりを軽く整えて、御者に軽く会釈をしているとドアを開けて降りて来た人を見て基臣は一瞬呼吸を忘れた。
すると一瞬驚きのあまり息を止めたのは基臣だけではなく、馬車から降りて来た人物も同じだったようで付き添いの神殿関係者たちが不思議そうな顔をする。

「……い?」
「まさか――」

馬車のステップから飛び跳ねるように地面に降り立ったその人は、状況が飲み込めず困惑している神殿関係者には目もくれず基臣のすぐ傍まで駆け寄って至近距離でしっかりと視線を合わせてくる。

「――上総君?! 君、上総君だよね!? 僕のこと、分かるかな? 自分でも混乱するくらい若返っちゃって信じて貰えないかも知れないけれどっ」

息つく間もないほど身振り手振りで必死に話す「ノア」の手を、基臣は無意識に強く掴んで制御が出来ず叫ぶ手前の声量になりながら言った。


「分かりますよ望月先生! 俺がッ――俺が先生のことが分からないなんて、あるはず無いでしょう!!!」


思わず滲んだ涙を隠すことも無く、基臣はノア……いや、望月先生を思い切り抱き締める。

幼い頃、病魔に苦しむ基臣をいつも優しく笑顔で励ましてくれただけでなくあの病から救ってくれた、基臣が医師を志すきっかけになった張本人の存在を忘れるなんてありえない。



「会いたかった! 本当に、本当に会いたかったです!!! 先生にまたお会い出来るなんて思ってもいませんでした!」
「僕もだよ! 何が何だか分からないままこっちに来て、色々あったんだけど……君にまた会えて本当に嬉しい!」



体格的には大差無いが今まで抱き締めていた基臣のことを今度は望月が抱き締める。
その腕は昔と同じように優しくて、温かさと労わりに満ちていた。

どうやら感動の再会を果たしたらしいヒト族同士のやりとりがひと段落するまで、周囲はただ静かに見守っていた。

目と耳がとんでもなく良いクレイヴァルも……当然それを見ていた。
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