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27.こっちの世界って僕たち異世界人からすると便利だよね。
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「そうなの?」
基臣の口から出た言葉は誘いを断る類のものだったのに何故か望月先生は少し楽しそうに笑っている。
しかし基臣は自分が言った言葉に自分で驚いている状況なのでそれに気付けていない。
「え、っと」
「そういうことだったらこの誘いはなしだね。僕は君の幸せを応援することはあっても邪魔することはないからさ」
それから望月先生は朗らかに「ごめんね、変なこと言って」と笑って軽やかに話題を切り替え、戸惑って混乱していた基臣のテンションすらものの五分足らずで元に戻して談笑を楽しむという見事な手腕を発揮した。
そこからの二人はこっちの世界では話せる相手がかなり限られている日本トークで盛り上がり「一番食べたいあっちの世界の食べ物は?」という話題で共に「ラーメン!」と即答するなど普通に楽しく過ごした。
一緒に笑い合って話をしていると時間はあっという間に経ってしまい、望月先生が神殿に戻らなければならない時間が来てしまう。
「……もうこんな時間か」
望月先生が基臣の家にある大きな柱時計を見て呟くと基臣も時間が思ったよりも早く経過していたことに気付いて驚いた。
「もうですか? あっという間ですね」
「だね。今日はもう帰らないといけないけれど、また遊びに来ても良いかな?」
「勿論です」
即答した基臣は「ご馳走様」と礼儀正しく言う望月先生に言葉を返し、自身の上着に手を伸ばした。
「送りますよ」
「あ、大丈夫。ここに来るならって色々お土産を買って来てってお使いを頼まれているのもあるし、迎えも来るから」
「そうですか?」
「うん、本当に大丈夫」
にこにこと微笑む望月先生に癒されて基臣は「それなら」と素直に引き下がる。
玄関先で「名残惜しくなるから」と望月先生から言われて渋々ドアを閉めた基臣は使用したカップ類を片付けながら望月先生からの誘いをハッキリと拒否した自分の気持ちについてぼんやりと考えた。
「……先生、すごいなぁ」
基臣にとって『結婚』というものは目的ではなく自分が好意を持った相手を見付けて、そしてお付き合いをした先に見えて来る選択肢の一つだ。
しかし先生にとっては一つの『目標』のような扱いで結婚したいから相手を探す、という考えになるらしい。
「昔あったなぁ……リーダーシップ行動理論、PMだのSLだのオーセンティック・リーダーシップとかサーバント・リーダーシップだの。懐かしい……ほかにもなんかあったとは思うけどよく覚えてないな、まあもう良いか」
トレイに乗せた使用済み食器をキッチンスペースに運びながら基臣は呑気にそんなことを呟いていた。
***
基臣の家から出た望月はすたすたと歩き、目と鼻の先にある薬師の診療所のドアを開けて中に入る。
基臣はアデリー先生と交代勤務で休みだがクレイヴァルが薬師を勤めるこっちは今日も営業していることは確認済みだ。
「ごめんください」
「……ああ」
いらっしゃいませ、の一言もなく自分を見返して来る男の整った顔を見て望月は思わず苦笑いした。
愛想がなくて口数も少ないけれど腕はとんでもなく良い、という前評判を地で行くクレイヴァルの反応がハッキリ言うと面白い。
――この間僕のこと、あんな嫉妬心丸出しの目で見てたくせに涼しい顔しちゃって。
心の中だけでそんな風に言ってから望月はクレイヴァルに向かって一枚のメモとお金を差し出す。
「これを頂けますか?」
「飲むのは誰だ? これは『ヒト』が飲むには適さない」
受け取ったメモを一瞥しただけで言って来るクレイヴァルを見て望月はぼんやりした日本での記憶の一端が頭の中を少しだけかすった気がした。
顔も名前も思い出せないけれど、付き合いが長かった薬剤師の誰かからの疑義照会でこれに似た会話をしたような気がしないでもない。
……でもそれは、今となってはどうでもいい話だ。
「僕じゃないよ、お使いを頼まれたんだ。神官のリテルナ分かる?」
「――ああ、あいつか」
望月の出した名前でクレイヴァルは納得したように綺麗に整えられた引き出しの中から目当てのものを一瞬で探し出してカウンターに置く。
それから事務的な説明とお金をやり取りをしただけでクレイヴァル側の用事は終わったが望月の本当にしたいことはこれからだ。
「僕ね、結婚するんだ」
「そんなもの一々言われなくても分かり切っている」
「あ……やっぱり分かる?」
望月が不思議そうな顔をするとクレイヴァルは軽くだが鼻に皺を寄せて続ける。
「お前とラトヴィッジの関係性はどうでも良いが、ここまで警戒フェロモンを付けて出歩く位なら大人しく同行させろ。臭くてかなわない」
「そんなに? ……うーん、やっぱりまだまだ色々興味深いな」
「用が済んだならさっさと帰れ。どうせその辺りで待っているだろう」
話は終わりだ、とばかりに背を向けようとするクレイヴァルに向かって望月はにこにこと笑いながら「待って待って」と明るい声を掛けた。
そして見るからに面倒くさそうに振り向くクレイヴァルに向かって続ける。
「僕たちの結婚の話をしたらさ、上総……ああ、違う違う。オミくんも興味を示してくれてね」
「……」
「今度神殿で『伴侶候補の鑑定』してみようかなーってさっき話してたんだ」
「……」
無言のまま冷たい目で自分を見て来るクレイヴァルなんて意に介さず望月はカウンターに置かれた薬とお釣りを持参した袋に入れる。
そして足をドアの方に向けながら何を考えているかを一切読ませない朗らかな笑顔で言った。
「いやぁ~こっちの世界って僕たち異世界人からすると便利だよね。神殿に登録するだけで勝手に優良物件を見繕ってくれるんだから、本当に便利」
「……」
「じゃあね、お邪魔しました」
ドアがキイ、と鳴る普段なら一切気にならない音が今日はやけに大きく診療所の中に響いた。
基臣の口から出た言葉は誘いを断る類のものだったのに何故か望月先生は少し楽しそうに笑っている。
しかし基臣は自分が言った言葉に自分で驚いている状況なのでそれに気付けていない。
「え、っと」
「そういうことだったらこの誘いはなしだね。僕は君の幸せを応援することはあっても邪魔することはないからさ」
それから望月先生は朗らかに「ごめんね、変なこと言って」と笑って軽やかに話題を切り替え、戸惑って混乱していた基臣のテンションすらものの五分足らずで元に戻して談笑を楽しむという見事な手腕を発揮した。
そこからの二人はこっちの世界では話せる相手がかなり限られている日本トークで盛り上がり「一番食べたいあっちの世界の食べ物は?」という話題で共に「ラーメン!」と即答するなど普通に楽しく過ごした。
一緒に笑い合って話をしていると時間はあっという間に経ってしまい、望月先生が神殿に戻らなければならない時間が来てしまう。
「……もうこんな時間か」
望月先生が基臣の家にある大きな柱時計を見て呟くと基臣も時間が思ったよりも早く経過していたことに気付いて驚いた。
「もうですか? あっという間ですね」
「だね。今日はもう帰らないといけないけれど、また遊びに来ても良いかな?」
「勿論です」
即答した基臣は「ご馳走様」と礼儀正しく言う望月先生に言葉を返し、自身の上着に手を伸ばした。
「送りますよ」
「あ、大丈夫。ここに来るならって色々お土産を買って来てってお使いを頼まれているのもあるし、迎えも来るから」
「そうですか?」
「うん、本当に大丈夫」
にこにこと微笑む望月先生に癒されて基臣は「それなら」と素直に引き下がる。
玄関先で「名残惜しくなるから」と望月先生から言われて渋々ドアを閉めた基臣は使用したカップ類を片付けながら望月先生からの誘いをハッキリと拒否した自分の気持ちについてぼんやりと考えた。
「……先生、すごいなぁ」
基臣にとって『結婚』というものは目的ではなく自分が好意を持った相手を見付けて、そしてお付き合いをした先に見えて来る選択肢の一つだ。
しかし先生にとっては一つの『目標』のような扱いで結婚したいから相手を探す、という考えになるらしい。
「昔あったなぁ……リーダーシップ行動理論、PMだのSLだのオーセンティック・リーダーシップとかサーバント・リーダーシップだの。懐かしい……ほかにもなんかあったとは思うけどよく覚えてないな、まあもう良いか」
トレイに乗せた使用済み食器をキッチンスペースに運びながら基臣は呑気にそんなことを呟いていた。
***
基臣の家から出た望月はすたすたと歩き、目と鼻の先にある薬師の診療所のドアを開けて中に入る。
基臣はアデリー先生と交代勤務で休みだがクレイヴァルが薬師を勤めるこっちは今日も営業していることは確認済みだ。
「ごめんください」
「……ああ」
いらっしゃいませ、の一言もなく自分を見返して来る男の整った顔を見て望月は思わず苦笑いした。
愛想がなくて口数も少ないけれど腕はとんでもなく良い、という前評判を地で行くクレイヴァルの反応がハッキリ言うと面白い。
――この間僕のこと、あんな嫉妬心丸出しの目で見てたくせに涼しい顔しちゃって。
心の中だけでそんな風に言ってから望月はクレイヴァルに向かって一枚のメモとお金を差し出す。
「これを頂けますか?」
「飲むのは誰だ? これは『ヒト』が飲むには適さない」
受け取ったメモを一瞥しただけで言って来るクレイヴァルを見て望月はぼんやりした日本での記憶の一端が頭の中を少しだけかすった気がした。
顔も名前も思い出せないけれど、付き合いが長かった薬剤師の誰かからの疑義照会でこれに似た会話をしたような気がしないでもない。
……でもそれは、今となってはどうでもいい話だ。
「僕じゃないよ、お使いを頼まれたんだ。神官のリテルナ分かる?」
「――ああ、あいつか」
望月の出した名前でクレイヴァルは納得したように綺麗に整えられた引き出しの中から目当てのものを一瞬で探し出してカウンターに置く。
それから事務的な説明とお金をやり取りをしただけでクレイヴァル側の用事は終わったが望月の本当にしたいことはこれからだ。
「僕ね、結婚するんだ」
「そんなもの一々言われなくても分かり切っている」
「あ……やっぱり分かる?」
望月が不思議そうな顔をするとクレイヴァルは軽くだが鼻に皺を寄せて続ける。
「お前とラトヴィッジの関係性はどうでも良いが、ここまで警戒フェロモンを付けて出歩く位なら大人しく同行させろ。臭くてかなわない」
「そんなに? ……うーん、やっぱりまだまだ色々興味深いな」
「用が済んだならさっさと帰れ。どうせその辺りで待っているだろう」
話は終わりだ、とばかりに背を向けようとするクレイヴァルに向かって望月はにこにこと笑いながら「待って待って」と明るい声を掛けた。
そして見るからに面倒くさそうに振り向くクレイヴァルに向かって続ける。
「僕たちの結婚の話をしたらさ、上総……ああ、違う違う。オミくんも興味を示してくれてね」
「……」
「今度神殿で『伴侶候補の鑑定』してみようかなーってさっき話してたんだ」
「……」
無言のまま冷たい目で自分を見て来るクレイヴァルなんて意に介さず望月はカウンターに置かれた薬とお釣りを持参した袋に入れる。
そして足をドアの方に向けながら何を考えているかを一切読ませない朗らかな笑顔で言った。
「いやぁ~こっちの世界って僕たち異世界人からすると便利だよね。神殿に登録するだけで勝手に優良物件を見繕ってくれるんだから、本当に便利」
「……」
「じゃあね、お邪魔しました」
ドアがキイ、と鳴る普段なら一切気にならない音が今日はやけに大きく診療所の中に響いた。
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