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【第一部】
26、不意打ちですよ
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しばらくしても何もなかったので目を開けると、呆れたような目で私を見つめている慧と目が合った。
「そういうとこですよ」
「……。藤田くん———その人にはしてないもん」
「どうだか」
「本当だよっ!」
私の日頃の行いが悪いせいだけど、何を言っても信じてくれないのでついムキになって言い返してしまう。
キス、されるかと思ったのに。
別に今さらキスくらいでドキドキしても仕方ないけど、いきなりだったからドキドキしたというか、されると思ってたのにされなかったから残念というか。
本当は慧とキス、したかったのかも。
キスして、そしてその腕に抱かれて———。
「その人と付き合うつもりなら良いですけど、もしその気がないならあんまり思わせぶりなことしない方がいいと思いますけどね」
まだ調子がおかしい心臓の鼓動を整えていると、ふいに話しかけられて顔を上げる。
「だから、思わせぶりなことはしてないって」
「それは知りませんけど、このまま放っておいたら面倒なことになりますよ」
真顔で警告され、たしかにと納得する。
それは私も思うけど、同じバイトだし藤田くんとは帰りも一緒になることも多い。いきなり避けるのも感じ悪いよね?
「じゃあ、どうすればいいの?
告白されたわけでもないのに、あなたと付き合う気はないですって伝えるのはさすがに自意識過剰過ぎない?」
「彼氏がいるっていうとか」
「彼氏いないもん」
「そんなの、いなくてもいるって言っとけばいいんですよ」
なるほど。慧から提示された打開策は、確かに一番穏便に収まるのかもしれない。
藤田くんがどういうつもりなのか分からないけど、彼氏がいるって分かればさすがに引くだろうし。
「でも、つい最近いないって言っちゃったばっかりだしなぁ。いきなり彼氏出来たって言って、信じてくれるかな?」
うーんと悩んでいると、慧も何かを考えているみたいだったけど、しばらくして視線をあげた慧と目が合う。
「リアリティがあればいいわけですよね」
「ん? うん」
「それなら、俺が彼氏のフリしますよ」
「え?」
冗談かと思ったけど、慧の顔を見てみると冗談っていう雰囲気でもなさそう。
本気なのかな?
慧はバイト先の飲み会の時も迎えに来てくれて、それを藤田くんも見ている。それから色々あって付き合うことになったって言っても、確かに不自然じゃないかも。
でも、それって私にとってはメリットあるけど、私の彼氏のフリなんてしても慧には何のメリットもないよね。
藤田くんとは大学も違うから真実がバレることもそうそうないはず。もし万が一後で付き合ってないことがバレても、もう別れたって言えばいいわけだし、そんなに重く考えなくてもいいのかもしれないけど。でもなぁ、乗っかっちゃっていいのかなぁ。
「花音先輩?」
色々考え込んでいると、慧から声をかけられたので顔を上げる。
「うん、あのね、すごくありがたいんだけど、さすがに申し訳ないなって」
「何が?」
「だって、慧に色々してもらってるのに、私は何も返せてない」
ただでさえ迷惑かけてるんだから、少しでも何かしてあげればと思って誕生日プレゼントも用意したのに。何回もおごれるほどお金に余裕があるわけでもないし。慧に助けてもらうことが多すぎて、これじゃいつまでたっても返しきれない。
「ああ、それなら気にしないでください。
花音先輩のことが好きだから色々してあげたいと思ってるだけなんで。俺は、花音先輩が好きなんです」
「……不意打ち」
付き合おうとは言われたけど、好きとか愛してるとかそういう決定的な言葉を言われてないことだけが救いだったのに。うっかりすると聞き流してしまいそうなくらいにさらっと言われたので、冗談にして返す余裕もなかった。
「雰囲気作って言っても、はぐらかされるだけじゃないですか。だったらもう話の流れで言ってやろうと思って」
「なにそれ、ずるい」
「ずるいのはどっちですか」
私の顔も見ずにケーキにフォークを刺した慧の横顔はいつも通りにも見えるけど、でもどことなく怒ってるようにも見えて、ちょっと焦ってしまう。
「俺の気持ちはとっくに気づいてたくせに」
「……。気持ちは嬉しいけど、私のこと好きでも良いことなんて何もないよ」
「そうやっていつもよく分からない理由でごまかして、本当は俺のことどう思ってるのか全然言ってくれないじゃないですか。
興味ないってはっきり言われたら、さすがに諦めます。でも、今のままじゃ諦められない」
じっと私を見つめてくる慧の視線に耐えかね、目を泳がせる。
「少し、考えさせてもらってもいい?」
「分かりました」
苦し紛れにそう言うと、慧は無言でケーキを食べ始めた。
どうにかこの場を乗り切ろうと「考えさせて」なんて言っちゃったけど、考えるって何を?
慧と付き合えない言い訳?
それとも、付き合うかどうかを考えるの?
考える考えない以前に、何を考えればいいのかも分からない。もうどうしたらいいのか分からなくて、とりあえず今は目の前にあるケーキを食べるしかなかった。
「そういうとこですよ」
「……。藤田くん———その人にはしてないもん」
「どうだか」
「本当だよっ!」
私の日頃の行いが悪いせいだけど、何を言っても信じてくれないのでついムキになって言い返してしまう。
キス、されるかと思ったのに。
別に今さらキスくらいでドキドキしても仕方ないけど、いきなりだったからドキドキしたというか、されると思ってたのにされなかったから残念というか。
本当は慧とキス、したかったのかも。
キスして、そしてその腕に抱かれて———。
「その人と付き合うつもりなら良いですけど、もしその気がないならあんまり思わせぶりなことしない方がいいと思いますけどね」
まだ調子がおかしい心臓の鼓動を整えていると、ふいに話しかけられて顔を上げる。
「だから、思わせぶりなことはしてないって」
「それは知りませんけど、このまま放っておいたら面倒なことになりますよ」
真顔で警告され、たしかにと納得する。
それは私も思うけど、同じバイトだし藤田くんとは帰りも一緒になることも多い。いきなり避けるのも感じ悪いよね?
「じゃあ、どうすればいいの?
告白されたわけでもないのに、あなたと付き合う気はないですって伝えるのはさすがに自意識過剰過ぎない?」
「彼氏がいるっていうとか」
「彼氏いないもん」
「そんなの、いなくてもいるって言っとけばいいんですよ」
なるほど。慧から提示された打開策は、確かに一番穏便に収まるのかもしれない。
藤田くんがどういうつもりなのか分からないけど、彼氏がいるって分かればさすがに引くだろうし。
「でも、つい最近いないって言っちゃったばっかりだしなぁ。いきなり彼氏出来たって言って、信じてくれるかな?」
うーんと悩んでいると、慧も何かを考えているみたいだったけど、しばらくして視線をあげた慧と目が合う。
「リアリティがあればいいわけですよね」
「ん? うん」
「それなら、俺が彼氏のフリしますよ」
「え?」
冗談かと思ったけど、慧の顔を見てみると冗談っていう雰囲気でもなさそう。
本気なのかな?
慧はバイト先の飲み会の時も迎えに来てくれて、それを藤田くんも見ている。それから色々あって付き合うことになったって言っても、確かに不自然じゃないかも。
でも、それって私にとってはメリットあるけど、私の彼氏のフリなんてしても慧には何のメリットもないよね。
藤田くんとは大学も違うから真実がバレることもそうそうないはず。もし万が一後で付き合ってないことがバレても、もう別れたって言えばいいわけだし、そんなに重く考えなくてもいいのかもしれないけど。でもなぁ、乗っかっちゃっていいのかなぁ。
「花音先輩?」
色々考え込んでいると、慧から声をかけられたので顔を上げる。
「うん、あのね、すごくありがたいんだけど、さすがに申し訳ないなって」
「何が?」
「だって、慧に色々してもらってるのに、私は何も返せてない」
ただでさえ迷惑かけてるんだから、少しでも何かしてあげればと思って誕生日プレゼントも用意したのに。何回もおごれるほどお金に余裕があるわけでもないし。慧に助けてもらうことが多すぎて、これじゃいつまでたっても返しきれない。
「ああ、それなら気にしないでください。
花音先輩のことが好きだから色々してあげたいと思ってるだけなんで。俺は、花音先輩が好きなんです」
「……不意打ち」
付き合おうとは言われたけど、好きとか愛してるとかそういう決定的な言葉を言われてないことだけが救いだったのに。うっかりすると聞き流してしまいそうなくらいにさらっと言われたので、冗談にして返す余裕もなかった。
「雰囲気作って言っても、はぐらかされるだけじゃないですか。だったらもう話の流れで言ってやろうと思って」
「なにそれ、ずるい」
「ずるいのはどっちですか」
私の顔も見ずにケーキにフォークを刺した慧の横顔はいつも通りにも見えるけど、でもどことなく怒ってるようにも見えて、ちょっと焦ってしまう。
「俺の気持ちはとっくに気づいてたくせに」
「……。気持ちは嬉しいけど、私のこと好きでも良いことなんて何もないよ」
「そうやっていつもよく分からない理由でごまかして、本当は俺のことどう思ってるのか全然言ってくれないじゃないですか。
興味ないってはっきり言われたら、さすがに諦めます。でも、今のままじゃ諦められない」
じっと私を見つめてくる慧の視線に耐えかね、目を泳がせる。
「少し、考えさせてもらってもいい?」
「分かりました」
苦し紛れにそう言うと、慧は無言でケーキを食べ始めた。
どうにかこの場を乗り切ろうと「考えさせて」なんて言っちゃったけど、考えるって何を?
慧と付き合えない言い訳?
それとも、付き合うかどうかを考えるの?
考える考えない以前に、何を考えればいいのかも分からない。もうどうしたらいいのか分からなくて、とりあえず今は目の前にあるケーキを食べるしかなかった。
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