剣閃

小林 広平

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第参幕

9-3

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れは関係無い。俺のおさまりが付かねえんだ」

 確かに仇討あだうちとう意味も有る。だが、れをきにしても、慎太郎しんたろうくやしいとう気持ちがおさえられない。「何が」と問われると上手うまく説明出来ないが、ねたみやにくしみとも違う、苛立いらだちにもた自分の中の「何か」が、騒々ざわざわと胸をむしる。

馬鹿ばかじゃないの?十兵衛じゅうべえってったら、堂崎どうざきってやつよりずっと強いんだよ⁉」

「分かってる。今のままじゃ、堂崎どうざきと良くて相討あいうちって所だ」

 冷静れいせいに見れば勝ち目は無い。れでも慎太郎しんたろう柳生やぎゅう十兵衛じゅうべえたたかいたかった。

 十兵衛じゅうべえれだけ強いのかは、皆目見当かいもくけんとうも付かない。相手の力量りきりょうも分からずにむすべば、死するは必定ひつじょう何故なぜなら、の程度きたえるきでるかも、の様な作戦でのぞめば良いのかも、判別はんだん出来ないからでる。歴戦れきせん猛者もさ相手に無策むさくいどむ事は、だれの目から見ても無謀むぼうとしか言い様が無い。しかし、いくなだめても「如何どうしても」とう気持ちだけが先走さきばしってしまう。

「死ぬだけでしょう?」

 冷たくひびかえでの一言に、慎太郎しんたろうのどまらせた。

「だからこそ、だからこそ強くらなければいけないんだ」

 しかし、一旦いったんいてからいきうと、無理矢理むりやり吐き出す様に語気ごきを強めた。まるで、死の恐怖きょうふを振り払うくのごとく、自分にも言い聞かせる様でった。
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