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第3話 花咲姫と奔流王
26.星宮(3)
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「へい…か…っ」
無事だった。
一瞬で滲んだ視界を瞬いて振り返ると、右目に血塗れの布を巻き付けたレダンが立っていて、血の気が引いた。
「さて、交代だ、シャルン」
「目が、右目がっ」
「出血は派手だが、頭までやられずに済んだ。多分、視界も保っている…今は真っ赤だが…あ」
「真っ赤…」
なおも血が引いて行く思いに呟くと、
「っ」「このばかっ」「ってえ!」
左右に立っていたガストとルッカの脚が同時に不穏な動きをして、レダンが蹲りかける。
「お前らなあっっ!」
「陛下っっ!」
重症を負った主人に何をするっと怒鳴りかけたレダンが思った以上に元気だと気づいて、シャルンは思わずしがみついた。
「大丈夫だよ、シャルン。あなたを置いて行くことなんて二度とないから」
甘い甘い囁きを返したレダンが、声音を変えて頭越しに呼びかけた。
「右目の所望には応じたぞ。妃を泣かせた罪は重い。何を支払うつもりだ」
この世界の理を超えた存在に何と不遜な。
震えながらレダンを見上げると、確かに血で汚れた右側を布で覆われてひどい有様だが、薄笑いが浮かんでいる。子どものような、珍しいおもちゃを手に入れたような、挑発する微笑。
こんな顔もするんだわ。
穏やかで優しくて、時に意地悪で切なげで、けれどひょっとすると、越えられない大きな障害物が目の前を塞いだ時、この人はこんな風に全てを楽しんでしまうのかしら。
そろそろとレダンの視線を辿るように背後を振り返ると、炎を集めたような龍の姿は、薄赤い靄に変わりつつあった。
「逃げる気か」
レダンの声が殺気を帯びる。薄笑いが消えた。
「従ぜよ炎龍、ムリャムリュン」
低く忍びやかな、命じているとはとても思えないほど穏やかな声、だが顕現した龍は大きく波打ち動きを止めた。
「お前達の契約は理解したぞ。『かげ』を見つけ、代償を与えれば、お前達は主を護ることしかできない。主の願いを叶えるために、世界を滅ぼすことも辞さないが、主が死ぬまで背くこともできない。それが龍の契約だな?」
再び赤い靄が明滅する、忌々しげに、不服そうに。
「では我が望みを叶えよ、破滅の龍。シャルンを二度と泣かせるな」
「は?」「そこ?」
パラディオスとサリストアが思わず突っ込む。
「陛下?」
「世界最大の、最重要な案件だろうが」
レダンが不満げに2人を振り返る。それから、まるで迷い犬に話しかけるようにさっくりと命じた。
「それさえ守ればお前は用済みだ。服せよ炎龍、ムリャムリュン」
赤い靄は苦しげに波打ち、苛立たしげに広がりかけ、諦めたように渦を巻いて唐突に消えた。
「ふう…」
「陛下?」
立っていたレダンが溜息をついて、軽くこちらにもたれてくる。
「さすがに少し疲れた」
「へい………っ」
気丈に立っていたのだと気づくと同時に、右目の布の下からつるつると赤い雫が滴り始めたのが見えて息を呑んだ。気にした様子もなく、横殴りに擦って、レダンが微笑む。
「わかったこともわからないこともある…一度城に戻って検証しないか、シャルン」
あなたのお母上を見つけられなかったのは残念だけど。
「いえ…いえ、陛下」
こんな状態でも、シャルンの望みを考えてくれる愛しい相手に、シャルンは涙が滲みかけた微笑みを投げた。
「私、母の足跡に少し近づきました」
ありがとうございます。
シャルンを泣かせてはいけない、そう命じた主自らが泣かせる不手際を防ぐべく、シャルンは深く深く礼を捧げた。
無事だった。
一瞬で滲んだ視界を瞬いて振り返ると、右目に血塗れの布を巻き付けたレダンが立っていて、血の気が引いた。
「さて、交代だ、シャルン」
「目が、右目がっ」
「出血は派手だが、頭までやられずに済んだ。多分、視界も保っている…今は真っ赤だが…あ」
「真っ赤…」
なおも血が引いて行く思いに呟くと、
「っ」「このばかっ」「ってえ!」
左右に立っていたガストとルッカの脚が同時に不穏な動きをして、レダンが蹲りかける。
「お前らなあっっ!」
「陛下っっ!」
重症を負った主人に何をするっと怒鳴りかけたレダンが思った以上に元気だと気づいて、シャルンは思わずしがみついた。
「大丈夫だよ、シャルン。あなたを置いて行くことなんて二度とないから」
甘い甘い囁きを返したレダンが、声音を変えて頭越しに呼びかけた。
「右目の所望には応じたぞ。妃を泣かせた罪は重い。何を支払うつもりだ」
この世界の理を超えた存在に何と不遜な。
震えながらレダンを見上げると、確かに血で汚れた右側を布で覆われてひどい有様だが、薄笑いが浮かんでいる。子どものような、珍しいおもちゃを手に入れたような、挑発する微笑。
こんな顔もするんだわ。
穏やかで優しくて、時に意地悪で切なげで、けれどひょっとすると、越えられない大きな障害物が目の前を塞いだ時、この人はこんな風に全てを楽しんでしまうのかしら。
そろそろとレダンの視線を辿るように背後を振り返ると、炎を集めたような龍の姿は、薄赤い靄に変わりつつあった。
「逃げる気か」
レダンの声が殺気を帯びる。薄笑いが消えた。
「従ぜよ炎龍、ムリャムリュン」
低く忍びやかな、命じているとはとても思えないほど穏やかな声、だが顕現した龍は大きく波打ち動きを止めた。
「お前達の契約は理解したぞ。『かげ』を見つけ、代償を与えれば、お前達は主を護ることしかできない。主の願いを叶えるために、世界を滅ぼすことも辞さないが、主が死ぬまで背くこともできない。それが龍の契約だな?」
再び赤い靄が明滅する、忌々しげに、不服そうに。
「では我が望みを叶えよ、破滅の龍。シャルンを二度と泣かせるな」
「は?」「そこ?」
パラディオスとサリストアが思わず突っ込む。
「陛下?」
「世界最大の、最重要な案件だろうが」
レダンが不満げに2人を振り返る。それから、まるで迷い犬に話しかけるようにさっくりと命じた。
「それさえ守ればお前は用済みだ。服せよ炎龍、ムリャムリュン」
赤い靄は苦しげに波打ち、苛立たしげに広がりかけ、諦めたように渦を巻いて唐突に消えた。
「ふう…」
「陛下?」
立っていたレダンが溜息をついて、軽くこちらにもたれてくる。
「さすがに少し疲れた」
「へい………っ」
気丈に立っていたのだと気づくと同時に、右目の布の下からつるつると赤い雫が滴り始めたのが見えて息を呑んだ。気にした様子もなく、横殴りに擦って、レダンが微笑む。
「わかったこともわからないこともある…一度城に戻って検証しないか、シャルン」
あなたのお母上を見つけられなかったのは残念だけど。
「いえ…いえ、陛下」
こんな状態でも、シャルンの望みを考えてくれる愛しい相手に、シャルンは涙が滲みかけた微笑みを投げた。
「私、母の足跡に少し近づきました」
ありがとうございます。
シャルンを泣かせてはいけない、そう命じた主自らが泣かせる不手際を防ぐべく、シャルンは深く深く礼を捧げた。
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