26 / 35
寂しいなら・3
しおりを挟む
「サーヤ。部屋に行こうか。一番良い部屋を取れたよ」
「は、はい」
マリスの半歩後ろについて歩きながら、よく磨かれた木製の階段を登っていく。階段から眺めていた人たちは、マリスが近づいて行くとそれぞれ階段の両端に分かれたのだった。
(な、なにこれ?)
まるでカメラのフラッシュがなく、テレビ中継をするテレビ局員がいないだけで、よくテレビで見かける赤い絨毯の上を歩いている映画スターの様に、二人は注目を浴びながら階段を登っていく。
(どういう事?)
人垣に視線を向ければ、マリスを見てはコソコソ話し出し、沙彩が通れば噂する声はもっと大きくなっていた。
「あの子が……」
「きっとそう。まだ新聞にも載ってなかったけど……」
漏れ聞こえてくる「あの子」という単語にハッと反応してしまう。
(わ、私の事かな……?)
やはり、異世界から来た人間が珍しいのだろうか。
マリスの話だと、たまに異世界から人間がやって来るらしいので、この世界では異世界人は珍しくないものと思っていた。
それなのに、周囲の注目を集めてしまうような、こんな物珍しい扱いを受けるとは思わなかった。今なら、動物園で展示されているパンダの気持ちもわかる気がしたのだった。
(恥ずかしいよ~)
顔を伏せて、荷物を持って身を縮めて歩いていると、目の前を歩くマリスの姿が目に入る。
こんな噂をされている中でも堂々とした振る舞いをするマリスが眩しく輝いて見えたのだった。
(マリスさんは恥ずかしくないのかな……。それとも、やっぱり騎士だから慣れているのかな……?)
背筋を伸ばして正面を見て歩くマリスの姿は、小説や漫画に出てくる自信家の姿そのもの。
優雅に階段を登る姿は、西洋の昔話に登場する王子様と重なったのだった。
(そうだとしたらすごいな。私には真似出来ないよ……)
どんなに注目されても、昂然たる姿を見せるのは騎士として、常にアマルフィア王国民から期待を寄せられているから。
その期待に相応しい振る舞いを、普段から心がけているのかもしれない。
そんな事を考えていると、急にマリスが振り返ったので沙彩は慌てて目を逸らす。
「サーヤ? もしかして階段が辛い? 手を貸そうか?」
「いいえ。大丈夫です」
沙彩が首を振ると、マリスはどこか寂しそうな顔になりながら「そう?」とだけ返して正面に向き直った。そんなマリスの気遣いが嬉しい反面、傷つけてしまったのではないかと不安にもなる。
(真似できる訳がないよね。だってマリスさんとは何もかも違うんだから。立場も境遇も住んでいる世界さえも)
元の世界に居た頃、子供の頃から沙彩はいつも隅で目立たないようにしていた。
学校を卒業して、社会人になっても、周囲から頭一つ出ている者は、賞賛か嫉妬の対象となり、周囲と同じ事が出来なくても、嘲笑と罵倒の対象となった。
それを知ってからは、周囲と同じ存在である様に気をつけていた。
成績も運動も芸術も、全て周囲と同等になるようにした。
目立った行動もせず、適度にブームに乗って、適度にクラスの女子の話題に入って、人付き合いもした。
職場の先輩に目をつけられないように、適度に仕事をして、適度にオシャレして、人付き合いもした。
社内で人気の男性社員とは適度に距離を置いて、間違っても恋愛関係と思われないようにした。
それを息苦しいと思った事もある。上手く息が出来なくなってもがいた事も。
ただ、常に集団行動を求められていた子供の頃と違って、大人になった分、一人きりになって、息を抜く時間も場所も、自分で確保出来るようになった。
誰も見られていない場所で、自分の好きな事をする至福のひと時。
沙彩にとっての読書がまさにそれだった。
仕事が終わり、知り合いが誰も来ないようなお気に入りのカフェで本を開くあの瞬間。
気づけば、カフェの閉店時間まで本を読んでしまうあの時間が何よりも幸せだった。
長時間滞在するなら、なるべく職場から遠くて混雑しない店がいい。
チェーン店が味も値段も無難だが、一つ一つが手作りの個人店も捨てがたい。
ネットの口コミにも載っていないような、隠れた名店を見つけた時は、ちょっとだけ自慢気な気持ちになる。
まるで自分だけの宝物を見つけたように、心が弾んだものだった。
そんな沙彩にとって今の状況はまさに拷問と言えなくもなかった。
「は、はい」
マリスの半歩後ろについて歩きながら、よく磨かれた木製の階段を登っていく。階段から眺めていた人たちは、マリスが近づいて行くとそれぞれ階段の両端に分かれたのだった。
(な、なにこれ?)
まるでカメラのフラッシュがなく、テレビ中継をするテレビ局員がいないだけで、よくテレビで見かける赤い絨毯の上を歩いている映画スターの様に、二人は注目を浴びながら階段を登っていく。
(どういう事?)
人垣に視線を向ければ、マリスを見てはコソコソ話し出し、沙彩が通れば噂する声はもっと大きくなっていた。
「あの子が……」
「きっとそう。まだ新聞にも載ってなかったけど……」
漏れ聞こえてくる「あの子」という単語にハッと反応してしまう。
(わ、私の事かな……?)
やはり、異世界から来た人間が珍しいのだろうか。
マリスの話だと、たまに異世界から人間がやって来るらしいので、この世界では異世界人は珍しくないものと思っていた。
それなのに、周囲の注目を集めてしまうような、こんな物珍しい扱いを受けるとは思わなかった。今なら、動物園で展示されているパンダの気持ちもわかる気がしたのだった。
(恥ずかしいよ~)
顔を伏せて、荷物を持って身を縮めて歩いていると、目の前を歩くマリスの姿が目に入る。
こんな噂をされている中でも堂々とした振る舞いをするマリスが眩しく輝いて見えたのだった。
(マリスさんは恥ずかしくないのかな……。それとも、やっぱり騎士だから慣れているのかな……?)
背筋を伸ばして正面を見て歩くマリスの姿は、小説や漫画に出てくる自信家の姿そのもの。
優雅に階段を登る姿は、西洋の昔話に登場する王子様と重なったのだった。
(そうだとしたらすごいな。私には真似出来ないよ……)
どんなに注目されても、昂然たる姿を見せるのは騎士として、常にアマルフィア王国民から期待を寄せられているから。
その期待に相応しい振る舞いを、普段から心がけているのかもしれない。
そんな事を考えていると、急にマリスが振り返ったので沙彩は慌てて目を逸らす。
「サーヤ? もしかして階段が辛い? 手を貸そうか?」
「いいえ。大丈夫です」
沙彩が首を振ると、マリスはどこか寂しそうな顔になりながら「そう?」とだけ返して正面に向き直った。そんなマリスの気遣いが嬉しい反面、傷つけてしまったのではないかと不安にもなる。
(真似できる訳がないよね。だってマリスさんとは何もかも違うんだから。立場も境遇も住んでいる世界さえも)
元の世界に居た頃、子供の頃から沙彩はいつも隅で目立たないようにしていた。
学校を卒業して、社会人になっても、周囲から頭一つ出ている者は、賞賛か嫉妬の対象となり、周囲と同じ事が出来なくても、嘲笑と罵倒の対象となった。
それを知ってからは、周囲と同じ存在である様に気をつけていた。
成績も運動も芸術も、全て周囲と同等になるようにした。
目立った行動もせず、適度にブームに乗って、適度にクラスの女子の話題に入って、人付き合いもした。
職場の先輩に目をつけられないように、適度に仕事をして、適度にオシャレして、人付き合いもした。
社内で人気の男性社員とは適度に距離を置いて、間違っても恋愛関係と思われないようにした。
それを息苦しいと思った事もある。上手く息が出来なくなってもがいた事も。
ただ、常に集団行動を求められていた子供の頃と違って、大人になった分、一人きりになって、息を抜く時間も場所も、自分で確保出来るようになった。
誰も見られていない場所で、自分の好きな事をする至福のひと時。
沙彩にとっての読書がまさにそれだった。
仕事が終わり、知り合いが誰も来ないようなお気に入りのカフェで本を開くあの瞬間。
気づけば、カフェの閉店時間まで本を読んでしまうあの時間が何よりも幸せだった。
長時間滞在するなら、なるべく職場から遠くて混雑しない店がいい。
チェーン店が味も値段も無難だが、一つ一つが手作りの個人店も捨てがたい。
ネットの口コミにも載っていないような、隠れた名店を見つけた時は、ちょっとだけ自慢気な気持ちになる。
まるで自分だけの宝物を見つけたように、心が弾んだものだった。
そんな沙彩にとって今の状況はまさに拷問と言えなくもなかった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる