竜の財宝

伊月乃鏡

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酒場を出れば、とっくに世界は夜に飲まれていた。宿屋の灯りが煌々と照らすなか、ゲオルクは暗い旅路を視界に入れ、懐からカンテラを取り出す。王都の腐敗した裏路地や旅の道中とは違い、ここでは人を殺せば罪になるのだ。
宿屋は広く、王都へは北門、ゲオルクの目当ての場所は西門から続いている。西門からは常日頃疲れ切った冒険者たちが出入りしていて、顔が割れないよう襤褸布を頭から被った。名簿には名が記載されているので意味は薄いが、少しでも犯人探しが撹乱すればゲオルクの足であれば遠くに逃げられる。
そうして、ゲオルクが一歩足を踏み出した瞬間。
ずし、と肩に重しがかかる。
「よ、お兄さん。こんな時間にどこいくんだよ」
「!」
飛び退いて門を潜り、大剣に手をかけた。その姿を見ていた男は、あーあーと場違いに間抜けな声を出す。
「せっかく止めてやったのに。門を潜ったら契約満了、泊まるにはまた金がいるんだぞ!」
大剣は怖いのか、それはじりっと音を立てて後退りする。両手を上げた様子から攻撃する気はないようだが、ゲオルクは目の前の光景が信じられなかった。
煌々と照る宿屋の光。それが照らし出すのは──先程殺したはずの、男。
首元に突き刺さった鉄串はいつの間にか消えていて、最初と変わらぬ様子で男はヘラリと笑っていた。
「……まず、大剣置いてくんない?」
「何だ、お前……」
得意とするところではないが、人を殺す方法はある程度弁えている。確実に致命傷になるはずだった。
コルヌは依然ゲオルクの攻撃に怯えているのか、こちら側に歩みを進めてくることはない。鉄串が避けられなかったことと言い、宿屋での事と言い、素の戦闘能力自体は高い訳ではないらしい。
その不気味さを警戒するゲオルクに気が付かず、コルヌは質問に答えるつもりらしく、両手を上げながらさっきも言っただろ、と大剣に視線を移し答えた。
「俺たちは、賓。人とは違う人間なんだ」
「…………」
更にゲオルクは後ずさる。それでようやくゲオルクの中の怯えに気がついたらしく、コルヌは近付きはせず笑顔を作ってみせた。
「別に殺されたことを恨んだ訳じゃないさ。いや、痛いのは嫌だけどさ……あんたなりの理由があったんだろうし」
「なら、何故」
「そのあんたなりの理由、を考慮できてなかったと思っただけだよ」
コルヌが数歩門から離れ、視線で宿屋に入ってくるよう誘導する。教会によって結界の張られた宿屋とは違い、一歩でも門の外に出ていれば魔物の餌食となるからだろう。
ゲオルクは警戒しながらも大剣から手を離し、門の中に入った。ほっと息をついたコルヌは、警戒を解くためかさらに後退り、館の壁にぶつかったあたりで止まる。
言葉の続きを促すように視線を投げればコルヌは、夜闇にギラギラと光る狼の瞳を二度、三度と左右にやった。
暫く二人の間に沈黙が落ち、コルヌが口を開く。
「ごめんな、ゲオルク」
そうして、静かに跪いた。一瞬地面に落とした目線はゲオルクの目の高さに合わせて上げられ、まっすぐに見据える。
慣れていないのだろうと容易に想像できるぎこちなさなのに、その所作のどこかには流麗な品があり、不可思議な潔さを感じさせる謝罪には誠意が込められていた。
「旅に出るのには、人は人なりの事情があるもんだ。不躾に恵まれているなんて言うものじゃなかったな」
すまなかった、と視線を合わせる男の迫力に飲まれかけ、擦れた砂利の音で正気に返る。人の誠意、というものに触れてこなかったゲオルクが気圧される程度には、男の言葉に混じり気が含まれていない。
「……何故そこまで」
思わず漏れた疑問に対し、男は純粋な顔をして疑問符を浮かべる。
「あんた、傷付いたんだろ?」
「……」
「苦しそうだったぜ……だから」
ゲオルクが傷ついたから、何だというのだろうか。男の反応はずっとあっけらかんとしていて、対峙する己の方が間違ってでもいるかのような気持ちになる。今までの常識が覆されていくかのような、少なくとも心地いいとは言えない、宙に放り出されたかのような感覚。
「構わない」
思わずゲオルクは、そう口走っていた。
「え、でもあんた、こんな謝罪一つで」
「構わない、と言っている。いちいちお前如きが、俺のことを推し量るな。不愉快だ」
懐から取り出した袋を投げつける。
「取っておけ」
「いでっ」
下級薬草を詰めただけの袋は、ゲオルクにとってみれば生命線だが、プリーストのいるパーティでは不要なもの。
プリーストはいないが異様な回復力を持つこの男にだって不要だろう、と見越して投げつけたものだったが、コルヌはそれに反し、にっこりと口角を上げてゲオルクの元へ駆け寄ってきた。
「へへっ! やっぱりあんた優しいな!」
その能天気な様子に、宿泊室前でのあっけらかんとした姿が重なる。もう既に先程の、穢れた人間を赦さないような清廉な姿は面影もなく立ち消えていた。
「頭が沸いているんじゃないのか?」
「おまっ……、せっかく見直したってのに!」
ぎゅっと握り締められた薬袋が揺れる。ゲオルクは居心地悪くそれから視線を外した。
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