竜の財宝

伊月乃鏡

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「まったく、胸糞悪いぜ」
門から出た瞬間そんなことを言うもので、ゲオルクは先ほどの怒りを思い出さざるを得なくなった。
珍しい、と思うほどこの男を知っているわけではないが、不服そうに口を尖らせている所作の通り、あれはコルヌが他人に見せたい姿とは違うらしい……特段興味はないが。
「何がだ」
「お、興味ある? ゲオルクのえっ……あだだだだ」
訳のわからないことを宣う男の頭をへし折る勢いで握り締めるも、ひとしきり喚いたのち何でもなかったかのように頭を振った。そこには怪我の痕跡ひとつなく、思わず舌打ちが漏れる。
「おいおい、いくら治るからってそう簡単に殺してくれるなよ。度合いによってはほんとに死ぬんだぜ」
不満を黙殺すれば、特に本気で言っていたわけではないらしくそれ以上は文句が出ない。
「……それで?」
「ん?」
「……」
「三歩歩けば忘れるのか鳥頭、って顔してんな」
「よく分かったな……もういい」
「悪かった、ごめんって、待て待て待て」
誠意のかけらもない謝罪を何度も漏らしながら、コルヌが地面に生えたニュムペーに引っかかりまた謝罪する。ぬすぬすとどこかへ去っていく古樹を見て、コルヌはため息をついた。忙しい男である。
「ニュムペー……もとい、ドライアド。これがこの森の正体か、魔力が漲ってるぜ……」
「何度も通えば、迷いの森とやらも大したことはない。大きな地形の移動は出来ないからな」
宿屋からしばらく西に進み、王都近くの地域を囲っている道中の小川を越えればすぐに森がある。一般的に冒険者の進む順路であり、危険が多い代わりに懸賞金や迷宮の宝などの稼ぎも見込めるルートだ。
その危険、の中にはこの森──迷いの森、と呼ばれている場所も入っていた。
「ドライアドは基本的に、古い樹に生命が宿った精霊と知られてる。災害の少ない王都近くだからこそ生き残った樹が精霊になったんだな」
薄暗いが十分日の光が当たる道中、空からはぎゃあぎゃあと鳥だか魔物だかが騒ぐ音が聞こえてきていて、樹か魔物かわからない大木たちは今の所沈黙を貫いていた。
それを幸運と捉えつつ、その辺に落ちている冒険者を見つけ、ゲオルクは持ってきていた紐で近くの大木に括り付ける。どうやらドライアドだったらしく不満そうにみじろぎされたが、少ししたらおとなしくなった。
「勿論、悪戯好きなドライアドに揶揄われて遭難することもある上、こいつらのせいでこの辺りの魔力は満ちていて、魔物がよく好む。大抵の新入りはここで泣きを見るわけだ」
「へぇ」
ドライアドは精霊という位置付けにある故か、悪戯が大好きだ。そのせいでわざと迷わせられる冒険者は絶えない。
だがその分他種族に好意的ではあり、冒険者はこうして見かけた遭難者をくくりつけ、はやにえのように掲げておくのだ。そうすると揶揄うことなく入り口付近に行き、助けられるまで動かないでいる。
「しっかし、意外だな」
「何がだ」
迷いの森はやけに広い。目的地に到達するまで、最低あと一回の野宿は覚悟しておくべきだろう。周囲を見回し、薬草と思わしきものをいくつか摘んでいく。
「あんた、魔物と見たら全部殺すのかと思ってたぜ。結構友好的なんだな?」
「お前……魔物と精霊の区別も付かないのか?」
「分かるぜ。人間に害をなすかなさないかだ」
誤魔化すなって、と頭を撫でられかけたのでゲオルクはそっと右手首をへし折った。ドライアドの眠る森に悲鳴が轟く。うるさそうに鳥が飛び立ち、採集の終わったゲオルクは保管用の麻袋に必要なものを入れた。
「ほんっとに容赦のない!」
「俺に触るな」
「はいはい……。そんで、意外だよなー?」
どうやら、ゲオルクが応えを返すまで逃すつもりはないらしい。何がそんなに面白いのか、と楽しそうについてきては特に精霊でもない木の根に引っ掛かる男を睥睨し、頑なに答えないのも依然調子に乗りそうで癪だと、暇つぶしの会話に付き合ってやることにした。
「簡単な話だ。魔物にも精霊にも恨みはない、攻撃されなければ殺す必要はない」
「へぇ、でも新人の頃、あんたも散々迷わされたんじゃねーの?」
「それらは燃やした。こいつらは生き残りだ」
「……ひええ」
道理で大人しいわけだ、とコルヌは呆れた顔をする。事実、ゲオルクが森に入るとドライアドの活動は鈍化する。巻き込まれるのを承知で森に火をつける狂人など確かに関わりたくはないか、とゲオルクは自嘲するが。
「まぁ、精霊ってのは面白いやつを好むからなぁ。気に入られてんだな、あんた」
「は?」
途端にコルヌがそんなことを言うもので、思わず立ち止まった。引き続き歩いていたらしいコルヌの胸元が頭にぶつかる。潰れたカエルのような鳴き声と共に男は尻餅をついた。
「へぶ。スッゲー体幹……てか、急に止まるなよ、危ないだろ」
「……お前の頭には花冠がさぞ似合うだろうな」
「へへ、そうか? じゃねーな。それ、頭の中お花畑ってこと?」
「思っていたより賢いんだな」
「こいつ!」
わざとらしく鼻で笑ったゲオルクにコルヌが反論しようとして、口を閉じる。そのままゲオルクの背後に視線を向け、目を見開いた。
「……?」
「やっ、べ!」
一気に変化した様子に疑問を覚え振り返れば、そこには巨大なスライムがいた。
「……??」
スライムというのは基本的に、ある種の性質を持ったものを大雑把に呼び分けたものだ。意思を持っていなくても、不定形な粘液状のものはスライムと呼ばれている。
例えば、他人の姿に変化できるシェイプシフターはその性質から不定形な粘液状の魔物であり、スライムと呼ばれることも多い。
が。
目の前に広がるは、半透明の山。表面が泥で汚れているのだろう、傍目からは崖のようにも見える。しかし一部の泥が禿げて空が見えること、先ほどまで存在しなかったことからスライムであると判別されるが。
「なんだこれは」
「困惑してる場合じゃねぇだろ!」
ガシ、と首根っこを掴まれた。ゲオルクが何かを言う前に引っ張り上げられ、担がれる。コルヌからは太陽と土の匂いがした。
「わけわかんねぇやつを! 見たら!」
ぐるりと方向転換され、視界が揺れる。担がれたゲオルクは、コルヌが逆を向いたがゆえにスライムの姿がよく見える。少しこの森に入らないうちに、あんなものが存在していたとは。
「撤退!」
その判断になんの文句も問題もないからこそ、ゲオルクは眉をしかめた。
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