竜の財宝

伊月乃鏡

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間話①

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 カブは奮起した。カブには労働のことなどわからぬ。ただ、母が時折帳簿をつける手伝いをしては頭を撫でられていた。思えば、みんなの言う竜淋病というのも怪しいものだ。しかし他人の不調には人一倍敏感だった。
「いらっしゃいませ!」
「おお、カブくん、お手伝いかい」
 昼頃になれば大通りの道具屋であるここは客入りが増えるらしい。おばちゃんに言われた通りぐちゃぐちゃになったポーションを色と形ごとに棚に並べていたら、馴染みの男性がやって来た。
「ううん、ぼく働いてるの。ゲオルクとかコルヌとか、なにか買ってばっかりで働かないんだから」
 お仕着せを着たカブが両手を腰に当てて胸を張ると、壮年の男性はそっと皺だらけの顔を驚きに染めた後、苦笑した。目の端に刻まれた笑い皺がよく見える。
「ははは……そりゃ偉い。ここは私達の命綱だからねぇ、カブくんみたいに可愛い子が働いてくれるとなると、活気も増えるってものだよ」
「おい爺さん、それじゃ俺らに活気がねぇみたいじゃねーかよ」
「すまないね、そういうわけでは無いんだが」
 入った野次にまた周囲が笑う。和やかな雰囲気にカブも思わず顔が緩んだ。
「それで、今日はどうしたの?」
「ああ、魔力のポーションが欲しくてね。今あるかい?」
「まりょく……」
 カブは並べていたポーション棚をまじまじと見る。体力増強、筋力増強、こっちは……セイリョク? だったっけ。一体何に使うんだろう。
「うーん……紫とあおのやつ?」
「そうだね。生命力効果に魔力草が配合されてるから」
 ポーションは効力によって液体の色が違う。純粋に体力であれば緑だが、体力だけで買う人間はおらず、回復効果を求めるなら生命力が必要だ。回復魔法では怪我を治すために体力を削るので、基本的に回復効果のあるポーションは体力増強の効果も上がっている。
「んっと、ちょっと待っててね!」
 そういえば今日は朝から紫と青のが少なかった。金をやり取りしているおばちゃんのところにカブは走っていき、その健気な様子に周囲を癒す。
「あら、魔力のポーションが少ない……? そりゃ困ったねえ、っておやおやアーノルドさん! また来てくれたのかい!」
「こんにちは、マダム。急ぎの用事なのですが、用意出来ますか? 急がせた代わりに定価の二倍出しますよ」
「いやいや、そちらさんとはこれからも取引していきたいからね。元々補充するつもりだったんだ、気にしないでおくれよ」
 大人同士の会話が終わると、おばちゃんが奥に向かって何やら呼びかける。
「裏、HM7!」
 裏に回っている店員から了承の合唱。
 聞き取れはするが意味はパッとわからないその言葉は、この店舗特有の暗号である。ここに勤める店員同士には暗号──お手洗いや要注意人物の注意喚起に使う──がある。今のは魔力のポーションを七本補充という意味だ。
「補充ってどうするのー?」
「うん? ああ、カブくんにはまだ教えてなかったかね。裏で作ったり買いに行ったりするんだよ。聖水とかは教会じゃないと作れないからね」
「魔力のポーション、作れるの!」
 ぴょんとウサギのように跳ねたカブの脳裏には、魔力がなくて魔法が使えないという保護者の顔が思い浮かぶ。いつも通りの仏頂面だが、カブはこれと呆れ顔以外見たことがない。
「やってみるかい?」
 おばちゃんの問いにカブはこくこくと頷く。道具屋は昼に差し掛かり忙しい時間帯。棚に隠れて冒険者たちが新しくやってきた可愛らしい子どもの様子をそわそわと見ていた。とても労働とはいえない、お遊びのようなカブの接客だが、子ども好きで子どもと関わることの少ない冒険者の間で話題を呼び今日の集客は普段を大きく上回っていた。
「じゃあそこの机に座って、錬金をやってみな。お客さんたちがきっと教えてくれるだろうから。ね、あんたたち!」
 おばちゃんはそこに勝機を見出した。腐っても、善良でも商人は商人である。
 カブはその企みに気付かず、外に飾りのように置かれた錬金セットの前に座る。ふいご、すりこぎ、調整用の水、熱するための鍋、その他良くわからない機械。
 外に面している窓に錬金セットは置かれていた。そこに座ればちょうど大通りも鍋越しに見える。
「えっと……」
 ピカピカに磨かれた金属たちは豪奢で、カブが見たことも聞いたこともないようなものばかりだった。おばちゃんはニコニコとカブの様子を見守るだけで、使い方が一つもわからない。
 すっかり困っていると、材料をいくつか持ってきた店員が周囲の冒険者を呼ぶ。教えてくれるのかと期待を込めてみていたら、いくつかの材料をカブの前に取り出した。根っこから抜かれた良くわからない大きな葉っぱの草──これが魔力草だという。そのままでも食べられるらしい──に、ほんのりと紫色のかさをした小さいキノコ群。その辺に生えている木に見られる茶色くて硬いきのみ。
案外みたことのある素材たちに目を瞬かせていると、隠しているが子ども好きらしい出稼ぎの店員はほのかに笑った。
「魔力のポーションは必要な素材をすりこぎで擦って、水や調整素材を加えながらうまく効果を出していきます。調整素材はこのカタキノコ、ナマの実です」
「お料理みたいだね」
「苦いですよ。ナマの実はとくに」
「たべたの?」
「……」
 やる気のなさそうな出稼ぎの青年は長い前髪の奥の目をキョロ、と瞬かせた。
 そうして周囲に教えたくてうずうずしている冒険者たちの姿を認め、冒険者という生き物の孤独と世も末だな、と憂えたのであった。
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