冷宮の人形姫

りーさん

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第一章 虐げられた姫

第15話 人形姫の原因

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「はぁ……だるい」

 僕はフェレス。一応、皇族専属の魔法使いで、治癒術にも長けている。そのせいか、治癒術の依頼が来ることが多い。

 僕はもともと、超がつくほどの面倒くさがり屋だから、自分から働こうとは思わない。皇族専属になったのも、その方が給料がいいからというだけの理由。他の魔法使いに言ったら、集中攻撃を喰らいそうな理由だ。それほど、皇族専属は名誉なことらしい。

 そんな僕は今、ある女に連れられて、廊下を歩いて──いや、引きずられている。

「ねぇ、ちゃんと歩くから、離してほしいんだけど?」
「あんたのその言葉ほど信用できないものはありません」
「さすがに、相手が皇女ならちゃんと行くさ。君、そんなキャラじゃなかったでしょ」
「あんたの中の私がどんなイメージだったのか今のでだいたい分かりました。それに、さっきだるいと言っていたのは聞き逃していませんから。だるいと言ってるあんたは、置物みたいに動かなくなるから、離すわけにはいきません」

 僕がこいつ……ハリナに持っているのは、何事も淡々とこなす、仕事が恋人みたいな女というイメージ。僕とは正反対だ。だからこそ、水と油みたいに合わないんだろうけど。

 ハリナとは、昔からの腐れ縁……というか、本当に縁者。僕の祖父の姉の孫……つまり、はとこに当たる。一応、僕の方が年上だけど、周りからは向こうが姉で僕が弟みたいに見られる。顔が兄妹みたいに似ているというせいもあるんだろうけど。

 僕とハリナがはとこだと知っているのは、皇帝と皇妃、皇帝の側近とハリナとペアになることが多いセリアという女性の計九人……いや、ルメリナは死んだから、今は八人か。

「そもそも、何で僕なんだ?僕と同じくらいの実力なら、他にもいるだろ」
「城にいるのがあなただけだからじゃないんですかね!」

 そんな怒ったように言わなくてもいいのに……

「戦場から呼び戻せばいいでしょ。どうせ、勝ち戦なんだし」
「勝ち戦でも、備えるのは大事なことですし。こちらの実力を見せつければいいのです」

 実力を見せつける……本当に、そうなるだろう。アベリナ帝国は、この辺りではトップレベルの軍事大国。大国と呼べる国は、他に周りには三つあるけど、そのすべてを相手にできるくらいには実力がある。

 まぁ、実際にそうなったら、皇帝も戦場に出ないといけなくなるだろうが。皇帝が出ないのは、勝ち戦なのだ。その必要がないということだから。

 戦争に出てしまうと、その分の公務にどうしても遅れが出てしまう。そうなると、貴族の奴らがつけあがるようになる。別にそれ自体が悪いというわけではないが、貴族にもいい奴と悪い奴がいる。悪い奴が皇帝のいない間主導権を握るようなことになれば、国は潰れていくようになるだろう。

 そうなるくらいなら、勝ち戦になるような場所には皇帝はいかないのだ。

 ……まぁ、戦いに特化し過ぎて、人としての何かを失っている奴らが多いような気もする。傷だらけになろうが気にしないような奴らだし、死ぬこと以外はかすり傷!みたいな感じだ。

 そのせいで、皇帝も為政者としては及第点はあげられるだろうが、父親としては失格だろう。教育係に子供が叩かれても、それくらい耐えられないでどうするんだみたいな感じだったらしいし。当の本人と皇妃が訴えて、やっと動くような奴だから。

 まぁ、いつぞやの皇妃一斉の大説教事件があってからは、もう少しまともな父親になろうとはしているみたいだけど……本心からではないから、限界もあるだろうな……子供、あんなに作らない方がよかったんじゃないか?

「皇子殿下と皇女殿下はいくらいても困りませんし、むしろ、宝となる存在が増えるのは喜ばしいことです」
「……僕、声に出てた?」
「顔に出てるので分かります。皇子殿下と皇女殿下がいらないなど、不敬罪にとられてもおかしくありませんよ」
「口に出してないんだからいいだろ。悪口だって、心の中で言っていれば、相手も傷つかないし、自分もスッキリするし、いいことずくめじゃないか」

 誰も傷つけない。誰にも迷惑をかけていない。僕はスッキリする。何が悪いと言うんだ。

「……何でこんな奴が専属になれるんでしょうね……」
「だって、実力はあるんだし」

 やる気がないからって、実力がないわけではない。あんな魔法使いに一斉攻撃を喰らいそうな理由でも、専属になれるくらいには、僕には実力がある。というか、専属の話は、むしろ向こうから進めてきたくらい。

 僕の魔力は、一般人と比べたら、異様に多いらしく、燻らせるのはもったいないということだった。まぁ、普通に城の魔法使いと比べたら、のんびりできるし、給料も高い。だけど、仕事の面倒くささが城の魔法使いなんて比にならない。

「はぁ……一回、頭を割られればいいのに……」

 そうボソッと言っていたけど、引きずられることで、強制的に近寄らせられている僕には聞こえていた。

「それ、遠回しに死ねって言ってない?」
「そうですけど?」

 はとこの死を願う存在が他にいるのだろうか?一応、僕が本家筋なんだけどなぁ……本家筋の人間に遠回しでも死ねなんていう分家の人間がいるの?こいつ以外に。

「でさ、僕は何をすればいいの?」
「フィレンティア皇女殿下の怪我の治療です。私では治せなかったので」
「君が?」
「だから、あんたに白羽の矢が立ったんでしょうが!」

 そういうことか。僕の家は、治癒術に長けていて、分家筋とはいえ、その家の者になるハリナも、結構な腕を持っている。それでも治せないということは……可能性は二つか。

 どっちにしても、会ってみないことには分からない。

「ここからは転移します」と言いながら転移した。事後報告どころか、事が起こっている最中に言う奴は初めて見たよ。

 一瞬で目の前の景色が変わる。ここは……どこかの宮だな。フィレンティア皇女の怪我の治療って言ってたし……第四皇女殿下の宮か。

「遅くなりました」

 部屋に入るなり、ハリナがそう言った。というか、いい加減離してほしいんだけど。

「私も今来たところですので、お気になさらず」

 そう答えるのは、皇宮医のメルビアさん。あれ?一回、ここに来たんじゃなかったっけ?また来たんだ。

 皇宮医がそこにいるということは、あそこの暗い雰囲気が漂っているのが、フィレンティア皇女か。確かに人形姫だわ、あれは。感情なんて、欠片も知らなさそう。

「……もう一度、マナーを叩き込む必要がありそうですね」
「なんでさ!」
「皇女殿下に失礼なことを考えるような奴は、もう一度学び直す必要がありますからね」

 また心を読まれたのか!というか、分家の君が本家の僕にそういう言い方をする方もアウトじゃないかな?

「……僕は、君の家の本家に当たるんだけど?」
「あぁ……そういえばそうでしたね。本家筋なんて欠片も感じさせないような雰囲気ですから、忘れておりました」

 嘘つけ。敬語を使っている時点で覚えていたくせに。

「はぁ……視るから・・・・一旦離してくれない?」

 そう言ったら、ようやく(心底嫌そうな顔をしながら)離してくれた。

 さて、皇女殿下は……まったく表情変えてねぇ~……そこにいる皇宮医はなんか気まずそうにしてるのに。いや、表情に出ないから、人形姫なんだよな。うんうん、これが正常……なわけないよな!この皇女の方がおかしいんだ!

「……フェレス様。終わったら向こうで話し合いましょうか」

 背中越しだけど、怒りが伝わってくる。あれ?ついに顔を見られなくても心を読まれるようになった?心眼でも持ってるの?あいつ。

 はぁ……終わらせたくなくなった。長引かせるか。ぱぱっと治して終わりでいいかと思ったけど、少しでも長引かせるために、まずは、怪我が治せない原因探りをする。

 可能性は二つある。そのどちらも、魔力を流せば分かる。一応、声をかけておくか。

「今から魔力を流しますが、いいですか?」

 そう聞いたら、ゆっくりとうなずく。一応、意思の疎通はとれるのか。

 あまりにも多すぎると、皇女の体に負荷がかかってしまうので、本当に微量を流す。僕にとっての微量も一般人に比べたら多いけど。魔力だけは化け物だったあの悪妃の娘なんだし、これくらいで大丈夫だろう。

 魔力を流したら、少し流れたと思えば、弾かれた。治せない理由はどっちだと思ったけど、まさかの両方だった。

 ハリナは大抵の怪我なら治せる。グロすぎて見せられないような状態の者でも、一瞬で治せるくらい。そんなハリナでも治せないなら、理由は二つしかない。

 その傷が魔法でつけられた傷だから。
 
 魔法で弾いているから。

 この二つしか。でも、両方のパターンは初めてだ。ルメリナは、結界内で魔法が使えたのか。皇帝が会いに行かなかったのは、間違ってはいなかったのかもな。行ったら皇帝は操り人形だった。

 にしても……何で魔法の切り傷もあるんだ?僕の記憶が正しければ、ルメリナは血を見るだけでも嫌がっていたような気がしたんだが……

「はい。第四皇妃殿下は、刃物を見ただけで発狂して、部屋に引きこもるような方でしたよ。赤いものも嫌がってましたし」

 もう突っ込まない。さらっと心を読まれているのは、もう気にしないからな!

「でも、魔法の切り傷があったなんて……使用人の誰かですかね?」

 セリアが呟いた言葉に僕は答える。

「いや、あの中には魔法を使える使用人はいなかったはずだ。僕も視たから間違いない」

 変に反逆を企てられないために、魔法が使えない、または、極端に魔力が少ないものしか送られていなかった。だから、結界内で魔法が使えるのは、ルメリナくらいのはずだ。ルメリナが何かやったのか……?

 まぁ、後で皇帝に言っておくとして、次は僕の魔力を弾いた魔法を調べないと。今度は、体ではなく、その魔法に魔力を流すように意識する。そうすれば、魔法の解析ができるから。

 まだこの魔法は、不安定な状態だ。無理矢理解くのはダメだな。

 数分くらい流し続けて、やっと分かった。

 これは、自分にかけているもの。それに、無数の魔法がかけられている。認識阻害、無感覚、消音……他にも細かいのはあるけど、強いのは、この三つ……うん?

 認識阻害は、ほとんどの認識を阻害する。自分よりも魔力が強い相手か、何度も顔を合わせて、存在を強く認識している者以外の相手からは気配を感じにくくなるだけだが、認識阻害の魔法が強すぎると、相手を認識……理解できなくなる。普通は、相手が何を考えているのか、なんとなくは分かるものだが、分からない。感情も、何もかも。場合によっては、自分のことも分からなくなる。なので、あまりにも強すぎるものは使用禁止にされている。

 無感覚は、感覚がなくなる。本来は、過酷な環境でも、普段通りに感じられるようにするものだが、これも強すぎると何も感じなくなる。触覚も、嗅覚も、味覚も……場合によっては、視覚や聴覚なども。これは禁止はされてない。

 消音は、音を消す。隠密行動などに使われるが、これも強すぎると、自分の声すら聞こえない。これも禁止はされてなかったかな。

「ハリナ。皇女殿下って……記憶力も低い?」
「あぁ……多分、そうですね。何度か会われた皇帝陛下のことを、覚えていらっしゃらなかったこともありましたし。おそらく、栄養が不足していたからだと思いますが……」

 認識阻害により、もともとの記憶力低下が強く出て、無感覚により、痛覚も何も感じないから、表情を変えず、消音により、声も聞こえない……多分、自分でも。

 ……あれ?もしかして、皇女が人形姫なのって……

 自分の魔法のせいじゃないか?
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