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2. 放っておいて
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それから私は、自分と家族の間に壁を作った。食事での会話も、自分から話を振らず、聞かれたことにのみ答えることにした。
「……それで、夫人が……」
母が屈託のない笑みで、友人のことを嬉しそうに話している。母が嬉しそうだからか、父や兄も嬉しそうに微笑んでいる。
そんななかで、私はただ、静かにご飯を食べていた。料理長の作るメニューは、どれも美味しい。
この食事だけで、私は充分だわ。
「アリステア。どこか体調でも悪いのか?」
いつも笑顔で会話に参加していた私がほとんど喋らなかったからだろう。兄が心配そうにこちらを覗き込む。
私は、笑みを向けてこう返した。
「いえ。私はいつも通り、元気ですよ」
「そ、そうか……」
何か言いたげな顔をしたけど、特に何も言ってこない。
そう。私は、一回目の人生を思い出しただけで、いつも通り。私にあんな言葉を吐き捨てた家族と仲良く食事なんてできるほど、私は元から心が広くない。優しいとはよく言われたけど、自分の思いを封じ込めていただけに過ぎない。
何も会話をせずに食べたからか、私が一番早くに食べ終わり、早々に席を立つ。
早く、一人になりたい。
「ずいぶんとお早いですね、お嬢様」
部屋へと向かう道中で、使用人の一人が私に声をかけてくる。
「美味しくて、早く食べてしまったみたいだわ」
それだけ返して、私はその使用人の横を通りすぎた。
使用人は、私を直接裏切ったわけではないけど……家族に壁を作っている以上、薄く膜のようなものは張っているような気がする。
それに気づいていてなのか、気づいていないのかわからないけど、使用人たちが私に接する態度を、変えることはない。
部屋に着いた私は、図書室から持ってきておいた本を読む。
今回読んでいるのは、子ども向けの絵本だけど、私の心は高ぶっていた。
この時間が、一番落ち着いて、楽しい時間だった。本を読んでいる間は、一人になれて、自由になれる気がする。
でも、こんなことばかりしてもいられない。私には、やらなければならないことというのがある。
王妃教育や、婚約者との交流。それがちょうど、三日後に控えている。
私は飲み込みが早いからと、王妃教育の日数はだんだんと減っているのが救いと言えるだろうか。
それでも、できることなら、やりたくない。今までは、王子を心の支えにしていたけど、それもなくなった今は、ただの苦行にしかならない。
でも、私は逃げられない。第一王子の婚約者というのは、紛れもない事実であり、その肩書きを持っている限り、王妃教育も逃れられない。
縛られないと誓っておきながら、私は王子に縛られている。
「はぁ……」
私がため息をつくと、部屋のドアをこんこんとノックする。
使用人かなと思い、「どうぞ」と許可を出すと、入ってきたのは兄だった。
「なんでしょうか、お兄様」
私は、自分でわかるくらいに不機嫌になっている。それを、隠せていないのだろう。兄は、少しだけたじろぐも、用件を告げる。
「少し、話したいことがあって来たんだ」
「話したいこととは?」
私が聞くと、お兄様は率直に尋ねてきた。
「本当は何かあったのか?体調は悪くないと言っていたが」
「いえ、いつも通り、私は元気です」
食事会のときと同じ言葉を返すも、兄の反応は違った。
「……世辞にも、そうは見えん。何年一緒に過ごしたと思っているんだ?妹の変化くらい、気づけなくてどうする」
その言葉に、私はかつての光景が脳裏に浮かぶ。
『お前と血が繋がっていると思うと、吐き気がする』
地下牢で憔悴していた私に、吐き捨てた言葉。
何年一緒に過ごしたと思っているんだなんて、どの口が言えた言葉だろう。
何年も、何年も一緒にいたのに、どうして冤罪に気づいてくれなかったのか。どうして周りのことばかり信じたのか。
「……ってください」
「アリステア?なんとーー」
「出ていってくださいと言いました!」
私は、今にも泣きそうになっていた。でも、今は泣きたくなかった。
こんな人に、涙なんて見せるものか。
兄がぽかんとしているところに、私は畳み掛けるように言う。
「この通り、はっきりと話せるくらいに元気ですので、お気になさらず。私のことは、放っておいてください」
あんな風に裏切られるなら、愛されたくなかった。愛したくなかった。
だから、今からでもーー
兄は、私に気圧されたのか、それとも何か思うところがあったのか。まるで、向こうが被害者かのような顔をして出ていく。
パタリと静かにドアが閉まると、私はすとんとその場に座り込む。
部屋を出ていく兄の顔は、まだ脳裏を焼きついて離れない。
「なんで、あんな顔するのよ……!」
確かに、今の兄は何もしていないかもしれない。私が過剰に反応しているだけかもしれない。
でも、私にとって兄というのは、私にあの言葉を吐き捨てたところで止まっている。私にとっては、あれが兄なのだ。
裏切られたのはこちらのほうなのに、と思う気持ちのほうが強くなってしまう。
「そうよ……惑わされてはダメよ」
私は、あの兄を拒絶したくなるのは、きっと当然のことなんだから。だからーー惑わされては、ダメ。
「……それで、夫人が……」
母が屈託のない笑みで、友人のことを嬉しそうに話している。母が嬉しそうだからか、父や兄も嬉しそうに微笑んでいる。
そんななかで、私はただ、静かにご飯を食べていた。料理長の作るメニューは、どれも美味しい。
この食事だけで、私は充分だわ。
「アリステア。どこか体調でも悪いのか?」
いつも笑顔で会話に参加していた私がほとんど喋らなかったからだろう。兄が心配そうにこちらを覗き込む。
私は、笑みを向けてこう返した。
「いえ。私はいつも通り、元気ですよ」
「そ、そうか……」
何か言いたげな顔をしたけど、特に何も言ってこない。
そう。私は、一回目の人生を思い出しただけで、いつも通り。私にあんな言葉を吐き捨てた家族と仲良く食事なんてできるほど、私は元から心が広くない。優しいとはよく言われたけど、自分の思いを封じ込めていただけに過ぎない。
何も会話をせずに食べたからか、私が一番早くに食べ終わり、早々に席を立つ。
早く、一人になりたい。
「ずいぶんとお早いですね、お嬢様」
部屋へと向かう道中で、使用人の一人が私に声をかけてくる。
「美味しくて、早く食べてしまったみたいだわ」
それだけ返して、私はその使用人の横を通りすぎた。
使用人は、私を直接裏切ったわけではないけど……家族に壁を作っている以上、薄く膜のようなものは張っているような気がする。
それに気づいていてなのか、気づいていないのかわからないけど、使用人たちが私に接する態度を、変えることはない。
部屋に着いた私は、図書室から持ってきておいた本を読む。
今回読んでいるのは、子ども向けの絵本だけど、私の心は高ぶっていた。
この時間が、一番落ち着いて、楽しい時間だった。本を読んでいる間は、一人になれて、自由になれる気がする。
でも、こんなことばかりしてもいられない。私には、やらなければならないことというのがある。
王妃教育や、婚約者との交流。それがちょうど、三日後に控えている。
私は飲み込みが早いからと、王妃教育の日数はだんだんと減っているのが救いと言えるだろうか。
それでも、できることなら、やりたくない。今までは、王子を心の支えにしていたけど、それもなくなった今は、ただの苦行にしかならない。
でも、私は逃げられない。第一王子の婚約者というのは、紛れもない事実であり、その肩書きを持っている限り、王妃教育も逃れられない。
縛られないと誓っておきながら、私は王子に縛られている。
「はぁ……」
私がため息をつくと、部屋のドアをこんこんとノックする。
使用人かなと思い、「どうぞ」と許可を出すと、入ってきたのは兄だった。
「なんでしょうか、お兄様」
私は、自分でわかるくらいに不機嫌になっている。それを、隠せていないのだろう。兄は、少しだけたじろぐも、用件を告げる。
「少し、話したいことがあって来たんだ」
「話したいこととは?」
私が聞くと、お兄様は率直に尋ねてきた。
「本当は何かあったのか?体調は悪くないと言っていたが」
「いえ、いつも通り、私は元気です」
食事会のときと同じ言葉を返すも、兄の反応は違った。
「……世辞にも、そうは見えん。何年一緒に過ごしたと思っているんだ?妹の変化くらい、気づけなくてどうする」
その言葉に、私はかつての光景が脳裏に浮かぶ。
『お前と血が繋がっていると思うと、吐き気がする』
地下牢で憔悴していた私に、吐き捨てた言葉。
何年一緒に過ごしたと思っているんだなんて、どの口が言えた言葉だろう。
何年も、何年も一緒にいたのに、どうして冤罪に気づいてくれなかったのか。どうして周りのことばかり信じたのか。
「……ってください」
「アリステア?なんとーー」
「出ていってくださいと言いました!」
私は、今にも泣きそうになっていた。でも、今は泣きたくなかった。
こんな人に、涙なんて見せるものか。
兄がぽかんとしているところに、私は畳み掛けるように言う。
「この通り、はっきりと話せるくらいに元気ですので、お気になさらず。私のことは、放っておいてください」
あんな風に裏切られるなら、愛されたくなかった。愛したくなかった。
だから、今からでもーー
兄は、私に気圧されたのか、それとも何か思うところがあったのか。まるで、向こうが被害者かのような顔をして出ていく。
パタリと静かにドアが閉まると、私はすとんとその場に座り込む。
部屋を出ていく兄の顔は、まだ脳裏を焼きついて離れない。
「なんで、あんな顔するのよ……!」
確かに、今の兄は何もしていないかもしれない。私が過剰に反応しているだけかもしれない。
でも、私にとって兄というのは、私にあの言葉を吐き捨てたところで止まっている。私にとっては、あれが兄なのだ。
裏切られたのはこちらのほうなのに、と思う気持ちのほうが強くなってしまう。
「そうよ……惑わされてはダメよ」
私は、あの兄を拒絶したくなるのは、きっと当然のことなんだから。だからーー惑わされては、ダメ。
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