魔法使いと勇者ちゃん

ちくでん

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レイモンドとワイデルマイド

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 剣と剣が交わる音。怒声。
 それらが風で揺らされる森の葉擦れの音と重なりあう。
 私たちがキャンプを据えていた森の広場は今、戦場となっていた。
 ワイデルマイド伯爵が連れてきた兵士の数は三十人を下らない。その上、魔法兵士も混ざっている。
 対してこちらの戦闘員は十三人程度だった。――が。
 

「さあさあ、もっと掛かってこーい!」


 エリンが声を上げた。彼女の足元には、既に二人ほどの敵が地面に突っ伏している。
 周囲で距離を取る伯爵側の兵士が、汗をかいていた。


「つ、つよい……」

「一斉に掛かるんだ! 囲め囲め!」

「いや、それより離れて魔法で一気に……!」


 こっちからいっくぞーっ! と声を上げてエリンの方から動き出す。
 剣を握ったままの拳で最初の一人にアッパーを食らわせた。二人目が振り下ろしてきた剣を、そのまま剣刃で斜めに受け流してキック。その勢いにおののいた三人目は、後ろに逃げ出した。


「がはは、なかなかやるじゃねーかエリン!」


 ストレングは大斧を振り回している。その大振りに、相手は誰も近づけない。五人ほどの敵を相手に牽制している形になっていた。
 そこに炸裂してくるのが、伯爵側の魔法兵士の魔法だった。
 ストレングの周囲で小さな爆発が幾つも起こる。


「わはは! この程度、効かねえ効かねえーっ!」


 火球を斧で叩き落とす。
 落とし損ねたものは、厚い胸板で受ける。問題なし! とばかりにストレングは笑った。
 エリンとストレング、その二人が気持ち良さそうに戦場で暴れている。敵側の傭兵はたった二人を持て余し、防戦一方になっていた。
 私と勇者ちゃんは二人以外の戦闘員、グレイグやストレングの子分たちを、発火でフォローする。相手の足元に連続して発火を仕掛け、ビックリさせるのだ。

 戦闘は、こちらが優勢。
 人数差をものともしていない。


「どどど、どうなっておるのだっ!」


 ワイデルマイド伯爵が、横に居る傭兵隊長に怒鳴りつけた。
 だが傭兵隊長は冷静な声で応える。


「大丈夫ですよ。見たところ、前線で秀でているのはあの二人だけです。そこさえ抑えておけば多勢に無勢、いずれ決着はつきます。例のものはどうした! 早くもってこい!」


 ガション、ガション、と、重量級の歩行音が響いてくる。三機のゴーレムが広場に姿を現した。


「げっ、ゴーレム!」

「聞いてねぇぞこらっ!」


 エリンとストレングに、それぞれ一機づつゴーレムが付く。俊敏そうなエリンにはゴーレム以外にも二人付き、エリンをゴーレムから逃さないように布陣する。これは傭兵隊長の采配だ。
 さらにエリンに魔法使いたちが火爆を唱える。「ぎゃーっ!」と叫んでエリンが右往左往、


「やばいぞストレング! なにもできねーっ!」
 
「ばっか! 根性だよおまえ! そこは根性でどうにか……、ぎえーっ!」


 ストレングには爆発の魔法が飛んできた。火爆よりも威力の高い魔法だ、気が逸れていたストレングは、受ける準備もなくモロに食らってしまった。


「大・回・復-!」


 とフィーネ君が回復魔法を唱えると、今度はフィーネ君が魔法使いたちに狙われる。「おたすけー!」とばかりに広場を逃げ回ることになったフィーネ君に、これ以上の支援をする間はなさそうだった。
 想定外の敵が出現したことで、みるみるうちにこちらが劣勢となる。


「ははは、どうだレイモンド! もうどうにもなるまい、泣いて許しを乞うか!?」

「乞えば見逃してくれるのかね?」

「むはははは、見逃すわけがない!」

「そうか困ったな」


 レイモンド司祭がワイデルマイド伯爵に向けて攻撃魔法を放つ。それはやはり、伯爵の後ろに控える魔法使い陣の対抗呪文により霧散した。


「いつもいつも! そのしゃくしゃくとした余裕が気に食わなかったのだ!」

「そうなのかね? 言って貰わないとわからんよ」

「それだそれ! いつも高みから見下ろしおって!」

「そういうつもりはないのだが」


 言い合いながら、魔法が飛び交う。
 レイモンド司祭からの攻撃魔法は対抗呪文で霧散され、伯爵側の攻撃魔法はレイモンド司祭のエネルギーフィールドで無効化された。


「ほんとうに! きさまは! いつも!」


 伯爵は腰から剣を抜いた。そして司祭の元へ駆け寄ろうとする。


「ワイデルマイド卿!」


 驚いた傭兵隊長が、羽交い締めに伯爵を止めた。
 伯爵はジタバタとしばらく暴れたが、やがて諦めたのか足を止める。その代わりに後ろの魔法兵たちにこういった。


「もっとだ! もっと強力な魔法で叩きのめせ!」


 火爆が、爆発が、エネルギーフィールドを突き破ってレイモンド司祭に飛来する。


「フィーネ君! 対抗魔法を手伝ってくれ!」

「は、はい!」


 私とフィーネ君は、急遽対抗魔法を試みた。だが間に合わない、敵の爆発が司祭に当たる。爆発を受けたレイモンド司祭の腕が、また枝のようになった。


「大丈夫だルナリア君。これくらいの魔法なら、多少当たっても私の治癒力の方が上回る」

「い、痛くはないのですか?」

「……私はたぶん、痛覚が鈍いのだ。腕を失ってもほとんど痛みを感じぬ。チリチリと痛む程度だ」


 そう言って司祭は、腕の代わりに伸びた枝を見つめた。
 枝の付け根から湧き出た黒い影が、また腕を修復していく。


「痛覚が普通にあれば、もっと恐怖というものを学べたのだろうか。恐怖を学べば、人のように何かに追われて懸命に過ごしたのであろうか」


 こんなときでも冷静な司祭に、私はクスリと笑った。

 
「さてどうでしょうね。性格にもよるでしょう。エリンみたいのもいますし」

「ふむ、性格による、か。やはり面白いものだな人間は」

「和んでる場合かバカーっ! こっちどうにかしろーっ!」


 ゴーレムと傭兵二人を相手にしているエリンが、罵声を投げつけてきた。私は勇者ちゃんの手を放し、魔法に集中した。
 魔力を練り、組み上げる。身体の内から汲み上げる。


「避けろよエリン!」

「え? なに? わっ! ばかばか! デカイのやめろーっ!」


 エリンが敵に向かって「おまえらも逃げろ!」と、叫んだ。


「大爆発!」

「ぎゃーっ!」


 私はゴーレムに向かって魔法を放った。
 巨大な火柱とその凝縮、超高温の爆発がゴーレムの装甲を熔かしながら焼いていく。エリンと敵の傭兵たちはどうにか逃れたようだ、双方地面に転がっている。


「わしのゴーレムがーっ!」


 騒ぐ伯爵と対照的に、傭兵たちは明らかに怯んでいた。
 目論見通り、大爆発が効果的だったようだ。


「なにをしとる! あやつも討て! 討て!」


 しかし傭兵たちは動かない。


「なぁ、大爆発だぜ……」

「あんなもの食らったら、ひとたまりもない」

「どうするよ? おい」


 ざわざわと、動揺している傭兵たち。
 傭兵隊長が、激を飛ばす。


「怯むな! 大爆発は一度使ったらすぐには使えない! むしろ今がチャンスだ!」

「なにをーっ!? ルナリアなめんな! 大爆発程度いくらでも連発するぞっ!?」


 エリンが傭兵隊長に言い返した。
 その声に、今度は敵の魔法隊たちが動揺する。


「聞いたことあるぞ、大爆発のルナリア」

「一瞬で三発も四発も大爆発を唱えるという、あれか」

「今界隈で噂になっているやつだ」


 ヒソヒソとした話し声が、静かになった戦場に波紋のように広がっていった。傭兵隊長も絶句したように言葉を失った。
 敵魔法使いの言葉を受けて、エリンが続ける。


「いい加減に気づけ! こっちは最初からずっと手加減してんだ、あまり怒らせるな!」


 よく言うなー、と私は肩を竦めたが、まあ確かにそうなのだ。
 その証拠に、エリンもストレングも相手を殺していない。戦闘不能にしただけだ。最初はゴーレムがいなかったから余裕あっただけなのだろうが、結果的にはそういうことになる。


「勇者ちゃん、ちょっとこっちへこい」


 エリンがさらに続ける。勇者ちゃんを傍らに呼んで、光の剣を抜かせた。光輝くその剣に、敵が「おお」と息を飲んだ。


「この剣こそ国王から賜った勇者の剣! おまえら国王肝入りの勇者の子にも敵対するつもりなのかー!?」


 勇者ちゃんが光の剣を掲げている。
 おお、キリッとしていて凛々しい。
 それが駄目押しになったのか、エリンの隣にいた敵兵が、手にした剣を地面に投げた。
 それを皮切りに、次々と剣を地面に投げ捨てる敵兵たち。傭兵隊長は最後まで剣を捨てなかったが、やがて腰に剣を収め「無念です」と、伯爵に向かって会釈した。


「ばっ……、ばかな!」


 ワイデルマイド伯爵がよろめいた。レイモンド司祭が、つるりと顎を撫でた。


「ふむ。勝負が決まってしまったようだ」


 レイモンド司祭の言葉に、ギロリ。伯爵が睨みつけた。


「貴様は、いつも、いつも!」


 突然走り出した。伯爵は、レイモンド司祭に向けて剣を振るう。


「そういう! 冷静な! 顔をして!」


 たるんだ肉を揺らして振るった伯爵の剣が、ことごとく司祭の杖で受け流された。


「わしの妻と始めて会ったとき、なんと言った!」

「さて」

「美人であろう? と聞いたら、『そうなのかね? 基準がわからぬ』だ!」

「わしの子供を初めて見たとき、なんと言った!」

「さて」

「しわくちゃだな、猿のようだ、だ!」


 伯爵は剣を振るう。振るう。振るう。


「ぁー」


 とエリンが呆れたように嘆息した。


「うへぇ」


 とストレングが肩から力を抜いて目を細めた。


「それはちょっと……」


 フィーネ君が同情的な顔で伯爵を見つめた。
 私はと言えば、なんだこれ? という気持ちでトンガリ帽子の上から頭を掻いていた。見れば、敵の傭兵も多くが目を丸くしている。


「なにか問題なのだろうか」


 レイモンド司祭一人が、なにもわからぬ風に杖で剣を受け流していた。


「大問題だよ!」 エリンがレイモンド司祭に詰め寄った。
「普通じゃねえぞおまえ!」 ストレングもエリンに続き、
「言い方ってものがあります!」 フィーネ君もテコテコ歩いてくる。

 三人がレイモンド司祭をギャンギャンと非難する間、伯爵は息を切らせながらも剣を振っていたが、やがて疲れ果てたのか、前のめりに地面に突っ伏した。

「え、百年も生きててそれ?」 と、エリン。
「人には言って良いことと悪いことってのが……」と、ストレング。
「お世辞です。お世辞を覚えましょう司祭様!」とフィーネ君。


 私も前に出て、レイモンド司祭の近くまで歩いて行った。


「司祭殿はもうちょっと人付き合いというものを学んだ方がよかったようですね」

「ふむ」


 レイモンド司祭は倒れた伯爵に手を差し伸べた。


「どうやら私は無礼を働いていたようだな。謝罪しよう、ワイデルマイド」


 伯爵は息を切らせながらレイモンド司祭をぼんやり見つめ、


「もっとちゃんとあやまれ」


 ぷい、と横を向く。
 するとレイモンド司祭は微かに笑ったようだ。


「すまなかった」

「……ふん」


 伯爵が、差し出されたレイモンド司祭の手をチロリと見る。
 癇癪坊主が全ての不満を吐き出したあとのような顔、なんというか子供のような顔をして、ワイデルマイド伯爵は唇を尖らせた。
 そして目を逸らしたままに、その手を取る。


「魔物風情が謝罪だと? 生意気な」


 こうして、なんとなく戦闘が終結したのだった。
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