197 / 264
第02章――帰着脳幹編
Phase 196:巨体の殻を剥く挑戦
しおりを挟む
《CC4》正式名称カタストロフィ・コンプレックス―Ⅳ。スライム爆弾の一種で、破格の威力を誇る。ただし、保管場所の湿度によっては休眠状態が解除され、自己増殖の過程で、爆発に起因する化学物質が代謝される懸念もある。
Now Loading……
ダムのゲート前にて。
集まっていた運搬担当の隊員はまず、外で必要になりそうな物資を予めダムから運び出し、作業に際して、外からの攻撃を防ぐための防塁を兵科も関係なく皆で協力して再構築し、なんなら、内側にも危険があるので、もう一枚防塁を築き、二重の防備の間に人を配置する。
医療班も、もしもの時に備えて外に待機する。これでダムと外の往復が遮断される事態になっても、外にいる戦闘員を応援できるし、解体作業の事故に対応できるであろう。
戦闘員も外敵の攻撃に対処する布陣を整えた。
寝そべる巨体ウォールマッシャーの解体は、まずソーニャが指定した両腕と前脚の切断から始まる。
スロウスが作った傷口、硬い甲殻に生まれた亀裂に、ラップで爆薬を固定した細長い棒を差し込み、それらをスロウスが土嚢で挟んで紐で縛る。
爆薬から伸びるケーブルは巨体の後ろに積んだ土嚢を乗り越える。
「それじゃあ爆破するぞ! 総員退避!」
土嚢の陰に隠れたスロウスを盾にするソーニャが、周囲を確認し、木の棒に括り付けた布を掲げた。
ケーブルに接続する起爆装置のT字のハンドルは、担当者の手で回転され、押される。
ウォールマッシャーの人型の腕と蟷螂の前脚の付け根を襲った爆発は、土嚢の砂も飛散させ、一見派手だが、被害は限定的に終わる。
巨大な腕も前脚も硬い筋が、まだつなぎ留める。
スロウスが上に登って体重をかけ、それでも切れないなら斧で繋がる組織を寸断した。
今度は頭の付け根に爆薬を設置し、土嚢を被せ、軽く表面を砕く程度に爆破し、そして、スロウスが力づくで残りの甲殻を引っ張り、内部の組織を断ち切って、固く閉じた唇のような器官をこじ開ける。
現れた空間を覗き込んだソーニャをはじめとする人間は、顔をしかめマスクを装着し、フレデリックのヘッドライトが内部を照らして座席で脱力する人間を明らかにした。
「おい! ヘッドギアを外して手を挙げろ! さもないと射撃する!」
イサクが拳銃を構えて呼びかけるが、相手は腕を力無く下げ、ヘッドギアのケーブルで体を支えている様子だった。
死んでる? とソーニャの表情が硬くなる。
イサクの隣にいたミゲルが、子供に見せちゃまずいんじゃ? などと言うが同意する声はない。
イサクと場所を交代したフレデリックが機内を検分する。
怪我大丈夫? とソーニャが案じるが。当人は微笑んで頷き、その眼は機内を一巡した。
「こいつが操縦者だな? 2人乗りじゃない……? いや、場合によっては、頭だけになった操縦者が、どこか別の場所に接続していたり……」
半ば野次馬と化していたミゲルは半笑いで、笑える、と呟くが。
ソーニャ曰く。
「最近だと、頭だけ切り落として、胴体をこうした操縦型Smに置換する人もいるらしいから」
ミゲルは表情を失い、瞳を震わせて、嘘だろ? と困惑を口に出す。
執拗に機内を捜索するフレデリックは。
「まあ、そんなやばいことする奴は、そうそういないだろうがな……。よし、他に誰もいない。操縦者を引っ張りあげる。俺が入るからロープを頼む。ミゲルは、もしもの時にソーニャを守れ」
了解、とミゲルは応じる。しかし、ソーニャは。
「なんなら、スロウスに運び出させようよ。そのほうが安全だよ」
扉である甲殻を背中で支え、片足で入口の筋肉を押し広げるスロウス。
手荒に扱わないなら、とフレデリックは機内に入れた片足を一旦引っ張り戻す。
ソーニャは微笑み頷いた。
「そうだね。例え敵であろうと、情けをかけるのが人の道だよね」
「ああ、健康状態が良ければ、企業監獄に高値で売れるからな。特に、ニューロジャンクで機体を動かせる技能があるなら引き取り先は多い」
ソーニャの笑みに陰りが生まれる。
ミゲルは、でもおっさんだろ? と指摘する。
そうだなぁ少し足元を見られるかもなぁ、とフレデリックはおっさんを見下ろし、唸った。
ソーニャは沈黙を貫くおっさんに目を向け、もしかしたら助けないほうが情けなのかなぁ、とぼやいて。
「じゃあ丁重に慈悲深く引き上げればスロウスでも問題ないよね?」
頷くフレデリックは。
「わかった。ただし俺も行く。スロウスの能力は信じてるが。バイタルを見ながら機材を取り外す必要があるから。スロウスには、もしもの時に相手を押さえつけるのを手伝ってもらいたい」
「了解。それじゃ入る前に扉の腱を切断しますよ? いいですね?」
と皆の同意を取り付けてからソーニャは、スロウスが支える甲殻の裏側に切れ目を入れた。硬くなに甲殻を引っ張ってきた強靭な組織が少女によって分断される。そして、外と機内を隔てようとする筋肉の口についていた緑系の色彩のグランデーションを呈する出来物に注目し、表面に焼き印された『SIFCAINE』の文字を発見した。
ソーニャは眉間にしわを寄せる。
「こまったなぁ……弛緩薬剤がシヴカインか……手持ちがないや。しょうがないから、何かつっかえ棒みたいなもので、支えようかな」
なら手ごろな棒を持ってくる、と言ってミゲルとイサクがひとっ走りお使いに行き、パイプを数本持ってくる。
スロウスが両足で押し広げた筋肉の両端に、ジョイントで『工』の形に組み合わせたパイプが挟み込まれ、出入りの自由が確保された。
続いてスロウスが入口の縁を両手の支えにして、ゆっくりと機内へ降りていき、片足を座席の隣に置いて、そこから手を放した。
フレデリックも後に続き、スロウスの捧げた掌を足場にさせてもらうと座席の後ろに降り立ち、敵のヘッドギアのケーブルや機材を見渡した。
「やっぱり、気を失ってるらしいな。これじゃあ、ニューロジャンクの切断は強制手順になる。あまり障害を与えたくないが。仕方がないか……」
部隊長はさっそく、座席後ろの機材のカバーを外して、中にあったモニターを確認し、下から逐次生まれる文字列を目で辿りながら、下面に組み込まれたキーボードを操作する。
それからビープ音を傾聴し、ヘッドギアから延びる一番太いケーブルの光が失われたことを確認し、接続部の留め具を握り締めて、留め具の繋ぎ目を挟む爪を押さえ付けながら、引っこ抜いた。
今度はヘッドギアからも警告音が蝉くらい鳴る。
それに構わずフレデリックは上の人々に、縄をくれ、と告げ。ミゲルから受け取ったその縄を横から敵にかけて、二の腕と胴体をまとめる。
ソーニャが心配そうに、その人大丈夫なの? と伺う。
ああ、と漠然と答えたフレデリックは、ヘッドギアの引き金を指で引き、沈黙する操縦者の頭と装備の間から空気を出して、機体と操縦者を繋げる機材をすべて外した。
露になった男は口と目が半開きになっている。
それを横から確認したフレデリックは険しい表情を浮かべると、胸の前で両腕を交差し、報告した。
「ちょっと、ダメみたいだ。もしかすると機体からの情報でオーバーラップスパイラルに陥ったのかもしれない。とりあえず、スロウスに持ち上げてもらっていいか? そんでミゲルとイサク、あと他のやつらと協力して引っ張り上げて、ダムにいる衛生兵の下に運んでくれ」
ソーニャは、まじか、と顔を顰め沈黙する対象を指さす。
「スロウスその男性を持ち上げて、この人に渡して」
最後はミゲルの肩を軽く叩いてから一緒に一歩引きさがる。
ミゲルは離れる少女と持ち上げられる敵を見比べ、オーバーラップスパイラルって? と尋ねる。
フレデリック曰く。
「ニューロジャンク通信の失敗さ。グレーボックスから送られてきた情報の処理と分別ができなくなって、ニューロジャンクが誤作動を起こしたか、あるいは強烈な催眠状態に突入してる。こうなったら、ニューロジャンクを介して、脳の高次機能洗浄、つまり、頭のリセ……リフレッシュをしてやらないと、二度と目覚めない」
スロウスが軽々と持ち上げた男性を、イサクと協力して引きずり出すミゲルは。
「この歳で下の世話が必要になるなんて最悪だな、誰か死体袋を持ってきてたよな。ちょっとこっちに運んでくれ!」
死人が出たのか? と黒い袋を持った仲間が、巨体の背中にかけられた縄梯子を使って登ってくる。
ミゲルは受け取った袋を広げ。
「いや生きてるみたいだが本人的には死んだほうがましって感じだ」
そう言って裏返しにした袋を手袋代わりに男を掴んで、そのまま袋の裏表を正して収納を始める。
スロウスが掲げる掌を足場にして上昇するフレデリックは、面倒なことするなよ、と苦言を呈して外に出る。
すでに袋できれいに生存者を包んだミゲルは。
「担架で運ぶにしろ、どっかの物置にぶちこんでおくにしろ、体液大放出されて周りを汚されたくないでしょ? みんなもそうだよな?」
話をある程度聞いていた仲間は、とりあえず頷く。
部隊長とソーニャは腰に手を当てて首を横に振る。
「自分が年を取って人の手が必要になったとき、同じような扱いを受けるって考えないのかなぁ……」
少女の指摘にフレデリックは思わず鼻で笑いだす。
仲間と一緒に袋を水平に担いだミゲルは眉間に皴を刻む。
「あのな、俺だって、自分の身内だったらもっと優しく丁寧に扱う。けど、こいつは俺やみんなの敵なの。そもそも、これから安全な場所に連れてってやるんだから感謝されるのは分かるが文句を言われる筋合いはない」
肩をすくめたソーニャは巨躯に立ち返り。
「スロウスこことここに手を置いて出てきて」
と告げて場所を譲り、フレデリックに目を向けた。
その後ろでは、人を入れた袋が男2人によって地面に投げ捨てられ、酷い音を鳴らす。
しでかしたミゲルは失敗を手伝ったイサクと目が合う。
「しまった、生きてたんだった」
「分かってて投げたんじゃないのか?」
平然とした顔で言葉を返す仲間に、ミゲルは表情を失う。
操縦席を見渡すソーニャはフレデリックに尋ねる。
「それで、機内の作業は終わった? 胴体の解体を始めたいんだけど」
「ああ、見たところ、ニューロジャンクによる人体の神経連絡をキーとする制御形態みたいだから、よほど事前の管理が不適切じゃない限り、勝手に動くこともないだろ。始めてくれ」
頷いたソーニャは皆に声を出す。
「そんじゃ! お腹の発破を始めるよー!」
各員が配置につく。
巨体の右側はソーニャが監督し、左側はマイラが監督する。そうして、事前の話し合いの通りに、まず右側の爆破個所に重機で地面の土を被せてから、小さな爆発を起こす。試験的破壊によって、低威力では目的通り破壊しきれないことを知ると、あとはスロウスの斧による連撃で開腹。そして一旦、開腹部に土嚢を積んで、右側から人が撤退。
左側は先ほどの倍の威力で発破を実行し、こっちは想定した結果を得られた。
そして、露呈した巨体の内部を見渡し、今度は背中の鞘翅の付け根を爆砕し、外れた鞘羽を車両数台で牽引して巨体から引き離す。胴体を周回するようにスロウスが斧で刻んだ点線に爆薬を充填して起爆。
補給責任者にはいい顔をされなかったが、これも仕方がないと了承してもらう。
大きく胴体を分割し、ロの字の傷口の中心に引っかけたフックのワイヤーを車で引っ張ると、分断した部分がブロックとして引き出せた。
出てきた臓器をスロウスが力技で持ち上げ、一つ一つ引き離し、臓器同士を連結している太い導管をソーニャが紐で二か所が隣り合うように縛り、流動を止め、閉塞が足りないときは、縄に絡めた棒をねじるか、イサクや力自慢に頼んだ。
そして、マスクを装着し、死体袋から手足を出すソーニャが、閉塞した導管をスロウスに切断させた。
何ちゅう格好してんじゃい、とミゲルが叱責するが。
ソーニャは。
「マイボディに合った防護服がないから仕方がないでしょ?!」
と袋から手足を出す理由を述べた。
Now Loading……
ダムのゲート前にて。
集まっていた運搬担当の隊員はまず、外で必要になりそうな物資を予めダムから運び出し、作業に際して、外からの攻撃を防ぐための防塁を兵科も関係なく皆で協力して再構築し、なんなら、内側にも危険があるので、もう一枚防塁を築き、二重の防備の間に人を配置する。
医療班も、もしもの時に備えて外に待機する。これでダムと外の往復が遮断される事態になっても、外にいる戦闘員を応援できるし、解体作業の事故に対応できるであろう。
戦闘員も外敵の攻撃に対処する布陣を整えた。
寝そべる巨体ウォールマッシャーの解体は、まずソーニャが指定した両腕と前脚の切断から始まる。
スロウスが作った傷口、硬い甲殻に生まれた亀裂に、ラップで爆薬を固定した細長い棒を差し込み、それらをスロウスが土嚢で挟んで紐で縛る。
爆薬から伸びるケーブルは巨体の後ろに積んだ土嚢を乗り越える。
「それじゃあ爆破するぞ! 総員退避!」
土嚢の陰に隠れたスロウスを盾にするソーニャが、周囲を確認し、木の棒に括り付けた布を掲げた。
ケーブルに接続する起爆装置のT字のハンドルは、担当者の手で回転され、押される。
ウォールマッシャーの人型の腕と蟷螂の前脚の付け根を襲った爆発は、土嚢の砂も飛散させ、一見派手だが、被害は限定的に終わる。
巨大な腕も前脚も硬い筋が、まだつなぎ留める。
スロウスが上に登って体重をかけ、それでも切れないなら斧で繋がる組織を寸断した。
今度は頭の付け根に爆薬を設置し、土嚢を被せ、軽く表面を砕く程度に爆破し、そして、スロウスが力づくで残りの甲殻を引っ張り、内部の組織を断ち切って、固く閉じた唇のような器官をこじ開ける。
現れた空間を覗き込んだソーニャをはじめとする人間は、顔をしかめマスクを装着し、フレデリックのヘッドライトが内部を照らして座席で脱力する人間を明らかにした。
「おい! ヘッドギアを外して手を挙げろ! さもないと射撃する!」
イサクが拳銃を構えて呼びかけるが、相手は腕を力無く下げ、ヘッドギアのケーブルで体を支えている様子だった。
死んでる? とソーニャの表情が硬くなる。
イサクの隣にいたミゲルが、子供に見せちゃまずいんじゃ? などと言うが同意する声はない。
イサクと場所を交代したフレデリックが機内を検分する。
怪我大丈夫? とソーニャが案じるが。当人は微笑んで頷き、その眼は機内を一巡した。
「こいつが操縦者だな? 2人乗りじゃない……? いや、場合によっては、頭だけになった操縦者が、どこか別の場所に接続していたり……」
半ば野次馬と化していたミゲルは半笑いで、笑える、と呟くが。
ソーニャ曰く。
「最近だと、頭だけ切り落として、胴体をこうした操縦型Smに置換する人もいるらしいから」
ミゲルは表情を失い、瞳を震わせて、嘘だろ? と困惑を口に出す。
執拗に機内を捜索するフレデリックは。
「まあ、そんなやばいことする奴は、そうそういないだろうがな……。よし、他に誰もいない。操縦者を引っ張りあげる。俺が入るからロープを頼む。ミゲルは、もしもの時にソーニャを守れ」
了解、とミゲルは応じる。しかし、ソーニャは。
「なんなら、スロウスに運び出させようよ。そのほうが安全だよ」
扉である甲殻を背中で支え、片足で入口の筋肉を押し広げるスロウス。
手荒に扱わないなら、とフレデリックは機内に入れた片足を一旦引っ張り戻す。
ソーニャは微笑み頷いた。
「そうだね。例え敵であろうと、情けをかけるのが人の道だよね」
「ああ、健康状態が良ければ、企業監獄に高値で売れるからな。特に、ニューロジャンクで機体を動かせる技能があるなら引き取り先は多い」
ソーニャの笑みに陰りが生まれる。
ミゲルは、でもおっさんだろ? と指摘する。
そうだなぁ少し足元を見られるかもなぁ、とフレデリックはおっさんを見下ろし、唸った。
ソーニャは沈黙を貫くおっさんに目を向け、もしかしたら助けないほうが情けなのかなぁ、とぼやいて。
「じゃあ丁重に慈悲深く引き上げればスロウスでも問題ないよね?」
頷くフレデリックは。
「わかった。ただし俺も行く。スロウスの能力は信じてるが。バイタルを見ながら機材を取り外す必要があるから。スロウスには、もしもの時に相手を押さえつけるのを手伝ってもらいたい」
「了解。それじゃ入る前に扉の腱を切断しますよ? いいですね?」
と皆の同意を取り付けてからソーニャは、スロウスが支える甲殻の裏側に切れ目を入れた。硬くなに甲殻を引っ張ってきた強靭な組織が少女によって分断される。そして、外と機内を隔てようとする筋肉の口についていた緑系の色彩のグランデーションを呈する出来物に注目し、表面に焼き印された『SIFCAINE』の文字を発見した。
ソーニャは眉間にしわを寄せる。
「こまったなぁ……弛緩薬剤がシヴカインか……手持ちがないや。しょうがないから、何かつっかえ棒みたいなもので、支えようかな」
なら手ごろな棒を持ってくる、と言ってミゲルとイサクがひとっ走りお使いに行き、パイプを数本持ってくる。
スロウスが両足で押し広げた筋肉の両端に、ジョイントで『工』の形に組み合わせたパイプが挟み込まれ、出入りの自由が確保された。
続いてスロウスが入口の縁を両手の支えにして、ゆっくりと機内へ降りていき、片足を座席の隣に置いて、そこから手を放した。
フレデリックも後に続き、スロウスの捧げた掌を足場にさせてもらうと座席の後ろに降り立ち、敵のヘッドギアのケーブルや機材を見渡した。
「やっぱり、気を失ってるらしいな。これじゃあ、ニューロジャンクの切断は強制手順になる。あまり障害を与えたくないが。仕方がないか……」
部隊長はさっそく、座席後ろの機材のカバーを外して、中にあったモニターを確認し、下から逐次生まれる文字列を目で辿りながら、下面に組み込まれたキーボードを操作する。
それからビープ音を傾聴し、ヘッドギアから延びる一番太いケーブルの光が失われたことを確認し、接続部の留め具を握り締めて、留め具の繋ぎ目を挟む爪を押さえ付けながら、引っこ抜いた。
今度はヘッドギアからも警告音が蝉くらい鳴る。
それに構わずフレデリックは上の人々に、縄をくれ、と告げ。ミゲルから受け取ったその縄を横から敵にかけて、二の腕と胴体をまとめる。
ソーニャが心配そうに、その人大丈夫なの? と伺う。
ああ、と漠然と答えたフレデリックは、ヘッドギアの引き金を指で引き、沈黙する操縦者の頭と装備の間から空気を出して、機体と操縦者を繋げる機材をすべて外した。
露になった男は口と目が半開きになっている。
それを横から確認したフレデリックは険しい表情を浮かべると、胸の前で両腕を交差し、報告した。
「ちょっと、ダメみたいだ。もしかすると機体からの情報でオーバーラップスパイラルに陥ったのかもしれない。とりあえず、スロウスに持ち上げてもらっていいか? そんでミゲルとイサク、あと他のやつらと協力して引っ張り上げて、ダムにいる衛生兵の下に運んでくれ」
ソーニャは、まじか、と顔を顰め沈黙する対象を指さす。
「スロウスその男性を持ち上げて、この人に渡して」
最後はミゲルの肩を軽く叩いてから一緒に一歩引きさがる。
ミゲルは離れる少女と持ち上げられる敵を見比べ、オーバーラップスパイラルって? と尋ねる。
フレデリック曰く。
「ニューロジャンク通信の失敗さ。グレーボックスから送られてきた情報の処理と分別ができなくなって、ニューロジャンクが誤作動を起こしたか、あるいは強烈な催眠状態に突入してる。こうなったら、ニューロジャンクを介して、脳の高次機能洗浄、つまり、頭のリセ……リフレッシュをしてやらないと、二度と目覚めない」
スロウスが軽々と持ち上げた男性を、イサクと協力して引きずり出すミゲルは。
「この歳で下の世話が必要になるなんて最悪だな、誰か死体袋を持ってきてたよな。ちょっとこっちに運んでくれ!」
死人が出たのか? と黒い袋を持った仲間が、巨体の背中にかけられた縄梯子を使って登ってくる。
ミゲルは受け取った袋を広げ。
「いや生きてるみたいだが本人的には死んだほうがましって感じだ」
そう言って裏返しにした袋を手袋代わりに男を掴んで、そのまま袋の裏表を正して収納を始める。
スロウスが掲げる掌を足場にして上昇するフレデリックは、面倒なことするなよ、と苦言を呈して外に出る。
すでに袋できれいに生存者を包んだミゲルは。
「担架で運ぶにしろ、どっかの物置にぶちこんでおくにしろ、体液大放出されて周りを汚されたくないでしょ? みんなもそうだよな?」
話をある程度聞いていた仲間は、とりあえず頷く。
部隊長とソーニャは腰に手を当てて首を横に振る。
「自分が年を取って人の手が必要になったとき、同じような扱いを受けるって考えないのかなぁ……」
少女の指摘にフレデリックは思わず鼻で笑いだす。
仲間と一緒に袋を水平に担いだミゲルは眉間に皴を刻む。
「あのな、俺だって、自分の身内だったらもっと優しく丁寧に扱う。けど、こいつは俺やみんなの敵なの。そもそも、これから安全な場所に連れてってやるんだから感謝されるのは分かるが文句を言われる筋合いはない」
肩をすくめたソーニャは巨躯に立ち返り。
「スロウスこことここに手を置いて出てきて」
と告げて場所を譲り、フレデリックに目を向けた。
その後ろでは、人を入れた袋が男2人によって地面に投げ捨てられ、酷い音を鳴らす。
しでかしたミゲルは失敗を手伝ったイサクと目が合う。
「しまった、生きてたんだった」
「分かってて投げたんじゃないのか?」
平然とした顔で言葉を返す仲間に、ミゲルは表情を失う。
操縦席を見渡すソーニャはフレデリックに尋ねる。
「それで、機内の作業は終わった? 胴体の解体を始めたいんだけど」
「ああ、見たところ、ニューロジャンクによる人体の神経連絡をキーとする制御形態みたいだから、よほど事前の管理が不適切じゃない限り、勝手に動くこともないだろ。始めてくれ」
頷いたソーニャは皆に声を出す。
「そんじゃ! お腹の発破を始めるよー!」
各員が配置につく。
巨体の右側はソーニャが監督し、左側はマイラが監督する。そうして、事前の話し合いの通りに、まず右側の爆破個所に重機で地面の土を被せてから、小さな爆発を起こす。試験的破壊によって、低威力では目的通り破壊しきれないことを知ると、あとはスロウスの斧による連撃で開腹。そして一旦、開腹部に土嚢を積んで、右側から人が撤退。
左側は先ほどの倍の威力で発破を実行し、こっちは想定した結果を得られた。
そして、露呈した巨体の内部を見渡し、今度は背中の鞘翅の付け根を爆砕し、外れた鞘羽を車両数台で牽引して巨体から引き離す。胴体を周回するようにスロウスが斧で刻んだ点線に爆薬を充填して起爆。
補給責任者にはいい顔をされなかったが、これも仕方がないと了承してもらう。
大きく胴体を分割し、ロの字の傷口の中心に引っかけたフックのワイヤーを車で引っ張ると、分断した部分がブロックとして引き出せた。
出てきた臓器をスロウスが力技で持ち上げ、一つ一つ引き離し、臓器同士を連結している太い導管をソーニャが紐で二か所が隣り合うように縛り、流動を止め、閉塞が足りないときは、縄に絡めた棒をねじるか、イサクや力自慢に頼んだ。
そして、マスクを装着し、死体袋から手足を出すソーニャが、閉塞した導管をスロウスに切断させた。
何ちゅう格好してんじゃい、とミゲルが叱責するが。
ソーニャは。
「マイボディに合った防護服がないから仕方がないでしょ?!」
と袋から手足を出す理由を述べた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる