絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 196:巨体の殻を剥く挑戦

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《CC4》正式名称カタストロフィ・コンプレックス―Ⅳ。スライム爆弾の一種で、破格の威力を誇る。ただし、保管場所の湿度によっては休眠状態が解除され、自己増殖の過程で、爆発に起因する化学物質が代謝される懸念もある。












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 ダムのゲート前にて。
 集まっていた運搬担当の隊員はまず、外で必要になりそうな物資を予めダムから運び出し、作業に際して、外からの攻撃を防ぐための防塁を兵科も関係なく皆で協力して再構築し、なんなら、内側にも危険があるので、もう一枚防塁を築き、二重の防備の間に人を配置する。
 医療班も、もしもの時に備えて外に待機する。これでダムと外の往復が遮断される事態になっても、外にいる戦闘員を応援できるし、解体作業の事故に対応できるであろう。
 戦闘員も外敵の攻撃に対処する布陣を整えた。
 寝そべる巨体ウォールマッシャーの解体は、まずソーニャが指定した両腕と前脚の切断から始まる。
 スロウスが作った傷口、硬い甲殻に生まれた亀裂に、ラップで爆薬を固定した細長い棒を差し込み、それらをスロウスが土嚢どのうで挟んで紐で縛る。
 爆薬から伸びるケーブルは巨体の後ろに積んだ土嚢を乗り越える。

「それじゃあ爆破するぞ! 総員退避!」

 土嚢の陰に隠れたスロウスを盾にするソーニャが、周囲を確認し、木の棒に括り付けた布を掲げた。
 ケーブルに接続する起爆装置のT字のハンドルは、担当者の手で回転され、押される。
 ウォールマッシャーの人型の腕と蟷螂かまきりの前脚の付け根を襲った爆発は、土嚢の砂も飛散させ、一見派手だが、被害は限定的に終わる。
 巨大な腕も前脚も硬い筋が、まだつなぎ留める。
 スロウスが上に登って体重をかけ、それでも切れないなら斧で繋がる組織を寸断した。
 今度は頭の付け根に爆薬を設置し、土嚢を被せ、軽く表面を砕く程度に爆破し、そして、スロウスが力づくで残りの甲殻を引っ張り、内部の組織を断ち切って、固く閉じた唇のような器官をこじ開ける。
 現れた空間を覗き込んだソーニャをはじめとする人間は、顔をしかめマスクを装着し、フレデリックのヘッドライトが内部を照らして座席で脱力する人間を明らかにした。

「おい! ヘッドギアを外して手を挙げろ! さもないと射撃する!」

 イサクが拳銃を構えて呼びかけるが、相手は腕を力無く下げ、ヘッドギアのケーブルで体を支えている様子だった。
 死んでる? とソーニャの表情が硬くなる。
 イサクの隣にいたミゲルが、子供に見せちゃまずいんじゃ? などと言うが同意する声はない。
 イサクと場所を交代したフレデリックが機内を検分する。
 怪我大丈夫? とソーニャが案じるが。当人は微笑んで頷き、その眼は機内を一巡した。

「こいつが操縦者だな? 2人乗りじゃない……? いや、場合によっては、頭だけになった操縦者が、どこか別の場所に接続していたり……」

 半ば野次馬と化していたミゲルは半笑いで、笑える、と呟くが。
 ソーニャ曰く。

「最近だと、頭だけ切り落として、胴体をこうした操縦型Smに置換する人もいるらしいから」

 ミゲルは表情を失い、瞳を震わせて、嘘だろ? と困惑を口に出す。 
 執拗に機内を捜索するフレデリックは。

「まあ、そんなやばいことする奴は、そうそういないだろうがな……。よし、他に誰もいない。操縦者を引っ張りあげる。俺が入るからロープを頼む。ミゲルは、もしもの時にソーニャを守れ」

 了解、とミゲルは応じる。しかし、ソーニャは。

「なんなら、スロウスに運び出させようよ。そのほうが安全だよ」

 扉である甲殻を背中で支え、片足で入口の筋肉を押し広げるスロウス。
 手荒に扱わないなら、とフレデリックは機内に入れた片足を一旦引っ張り戻す。
 ソーニャは微笑み頷いた。

「そうだね。例え敵であろうと、情けをかけるのが人の道だよね」

「ああ、健康状態が良ければ、企業監獄に高値で売れるからな。特に、ニューロジャンクで機体を動かせる技能があるなら引き取り先は多い」

 ソーニャの笑みに陰りが生まれる。 
 ミゲルは、でもおっさんだろ? と指摘する。
 そうだなぁ少し足元を見られるかもなぁ、とフレデリックはおっさんを見下ろし、唸った。
 ソーニャは沈黙を貫くおっさんに目を向け、もしかしたら助けないほうが情けなのかなぁ、とぼやいて。

「じゃあ丁重に慈悲深く引き上げればスロウスでも問題ないよね?」

 頷くフレデリックは。

「わかった。ただし俺も行く。スロウスの能力は信じてるが。バイタルを見ながら機材を取り外す必要があるから。スロウスには、もしもの時に相手を押さえつけるのを手伝ってもらいたい」

「了解。それじゃ入る前に扉の腱を切断しますよ? いいですね?」

 と皆の同意を取り付けてからソーニャは、スロウスが支える甲殻の裏側に切れ目を入れた。硬くなに甲殻を引っ張ってきた強靭な組織が少女によって分断される。そして、外と機内を隔てようとする筋肉の口についていた緑系の色彩のグランデーションを呈する出来物に注目し、表面に焼き印された『SIFCAINE』の文字を発見した。
 ソーニャは眉間にしわを寄せる。

「こまったなぁ……弛緩しかん薬剤がシヴカインか……手持ちがないや。しょうがないから、何かつっかえ棒みたいなもので、支えようかな」

 なら手ごろな棒を持ってくる、と言ってミゲルとイサクがひとっ走りお使いに行き、パイプを数本持ってくる。
 スロウスが両足で押し広げた筋肉の両端に、ジョイントで『工』の形に組み合わせたパイプが挟み込まれ、出入りの自由が確保された。
 続いてスロウスが入口の縁を両手の支えにして、ゆっくりと機内へ降りていき、片足を座席の隣に置いて、そこから手を放した。
 フレデリックも後に続き、スロウスの捧げたてのひらを足場にさせてもらうと座席の後ろに降り立ち、敵のヘッドギアのケーブルや機材を見渡した。

「やっぱり、気を失ってるらしいな。これじゃあ、ニューロジャンクの切断は強制手順になる。あまり障害を与えたくないが。仕方がないか……」
 
 部隊長はさっそく、座席後ろの機材のカバーを外して、中にあったモニターを確認し、下から逐次生まれる文字列を目で辿りながら、下面に組み込まれたキーボードを操作する。
 それからビープ音を傾聴し、ヘッドギアから延びる一番太いケーブルの光が失われたことを確認し、接続部の留め具を握り締めて、留め具の繋ぎ目を挟む爪を押さえ付けながら、引っこ抜いた。
 今度はヘッドギアからも警告音がせみくらい鳴る。
 それに構わずフレデリックは上の人々に、縄をくれ、と告げ。ミゲルから受け取ったその縄を横から敵にかけて、二の腕と胴体をまとめる。
 ソーニャが心配そうに、その人大丈夫なの? と伺う。
 ああ、と漠然と答えたフレデリックは、ヘッドギアの引き金を指で引き、沈黙する操縦者の頭と装備の間から空気を出して、機体と操縦者を繋げる機材をすべて外した。
 露になった男は口と目が半開きになっている。
 それを横から確認したフレデリックは険しい表情を浮かべると、胸の前で両腕を交差し、報告した。

「ちょっと、ダメみたいだ。もしかすると機体からの情報でオーバーラップスパイラルにおちいったのかもしれない。とりあえず、スロウスに持ち上げてもらっていいか? そんでミゲルとイサク、あと他のやつらと協力して引っ張り上げて、ダムにいる衛生兵の下に運んでくれ」

 ソーニャは、まじか、と顔をしかめ沈黙する対象を指さす。

「スロウスその男性を持ち上げて、この人に渡して」

 最後はミゲルの肩を軽く叩いてから一緒に一歩引きさがる。
 ミゲルは離れる少女と持ち上げられる敵を見比べ、オーバーラップスパイラルって? と尋ねる。
 フレデリック曰く。

「ニューロジャンク通信の失敗さ。グレーボックスから送られてきた情報の処理と分別ができなくなって、ニューロジャンクが誤作動を起こしたか、あるいは強烈な催眠状態に突入してる。こうなったら、ニューロジャンクを介して、脳の高次機能洗浄、つまり、頭のリセ……リフレッシュをしてやらないと、二度と目覚めない」

 スロウスが軽々と持ち上げた男性を、イサクと協力して引きずり出すミゲルは。

「この歳で下の世話が必要になるなんて最悪だな、誰か死体袋を持ってきてたよな。ちょっとこっちに運んでくれ!」

 死人が出たのか? と黒い袋を持った仲間が、巨体の背中にかけられた縄梯子を使って登ってくる。
 ミゲルは受け取った袋を広げ。

「いや生きてるみたいだが本人的には死んだほうがましって感じだ」

 そう言って裏返しにした袋を手袋代わりに男を掴んで、そのまま袋の裏表を正して収納を始める。
 スロウスが掲げる掌を足場にして上昇するフレデリックは、面倒なことするなよ、と苦言を呈して外に出る。 
 すでに袋できれいに生存者を包んだミゲルは。

「担架で運ぶにしろ、どっかの物置にぶちこんでおくにしろ、体液大放出されて周りを汚されたくないでしょ? みんなもそうだよな?」

 話をある程度聞いていた仲間は、とりあえず頷く。
 部隊長とソーニャは腰に手を当てて首を横に振る。

「自分が年を取って人の手が必要になったとき、同じような扱いを受けるって考えないのかなぁ……」

 少女の指摘にフレデリックは思わず鼻で笑いだす。
 仲間と一緒に袋を水平に担いだミゲルは眉間にしわを刻む。

「あのな、俺だって、自分の身内だったらもっと優しく丁寧に扱う。けど、こいつは俺やみんなの敵なの。そもそも、これから安全な場所に連れてってやるんだから感謝されるのは分かるが文句を言われる筋合いはない」

 肩をすくめたソーニャは巨躯きょくに立ち返り。

「スロウスこことここに手を置いて出てきて」

 と告げて場所を譲り、フレデリックに目を向けた。
 その後ろでは、人を入れた袋が男2人によって地面に投げ捨てられ、酷い音を鳴らす。
 しでかしたミゲルは失敗を手伝ったイサクと目が合う。

「しまった、生きてたんだった」

「分かってて投げたんじゃないのか?」

 平然とした顔で言葉を返す仲間に、ミゲルは表情を失う。
 操縦席を見渡すソーニャはフレデリックに尋ねる。
「それで、機内の作業は終わった? 胴体の解体を始めたいんだけど」

「ああ、見たところ、ニューロジャンクによる人体の神経連絡をキーとする制御形態みたいだから、よほど事前の管理が不適切ふてきせつじゃない限り、勝手に動くこともないだろ。始めてくれ」

 頷いたソーニャは皆に声を出す。

「そんじゃ! お腹の発破を始めるよー!」

 各員が配置につく。
 巨体の右側はソーニャが監督し、左側はマイラが監督する。そうして、事前の話し合いの通りに、まず右側の爆破個所に重機で地面の土を被せてから、小さな爆発を起こす。試験的破壊によって、低威力では目的通り破壊しきれないことを知ると、あとはスロウスの斧による連撃で開腹。そして一旦、開腹部に土嚢を積んで、右側から人が撤退。
 左側は先ほどの倍の威力で発破を実行し、こっちは想定した結果を得られた。
 そして、露呈した巨体の内部を見渡し、今度は背中の鞘翅さやばねの付け根を爆砕し、外れた鞘羽を車両数台で牽引して巨体から引き離す。胴体を周回するようにスロウスが斧で刻んだ点線に爆薬を充填して起爆。
 補給責任者にはいい顔をされなかったが、これも仕方がないと了承してもらう。
 大きく胴体を分割し、ロの字の傷口の中心に引っかけたフックのワイヤーを車で引っ張ると、分断した部分がブロックとして引き出せた。
 出てきた臓器をスロウスが力技で持ち上げ、一つ一つ引き離し、臓器同士を連結している太い導管をソーニャが紐で二か所が隣り合うように縛り、流動を止め、閉塞が足りないときは、縄に絡めた棒をねじるか、イサクや力自慢に頼んだ。
 そして、マスクを装着し、死体袋から手足を出すソーニャが、閉塞した導管をスロウスに切断させた。
 何ちゅう格好してんじゃい、とミゲルが叱責するが。
 ソーニャは。

「マイボディに合った防護服がないから仕方がないでしょ?!」

 と袋から手足を出す理由を述べた。









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