絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 202:跳ね蜘蛛

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《ウェイバー》ボスマートが製造する阻害系支援ユニット。小型Smの体を素体とした捕縛特化機体で、遠隔操作により大雑把ではあるが操縦者の指示に従い行動できる。目標を無傷で捕獲するため、また、制圧するためタンパク質由来の粘着物質を噴射する。ウェイバーの名称は、Weberの呼称が転化したものだが、Waiverという単語をそのまま使ったという説がある。






 






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 アグリーフットのキャノピーに触れる雷撃の鞭は、ガラスに阻まれ純粋な光だけが操縦席を占領する。
 機体の鼻先に降り立つブーツが着地音を奏でる。
 戦闘機めいた機体の先端に備わる盾は、踏みつけてくる女性を退しりぞけるため、起き上がろうとしたが、 下されるヒールが強く押さえつけ、立ち上げは失敗する。
 顔を上げたG34はヘッドギアのカメラで女性を視認した。
 機内を見下すマイラの杖に雷の鞭が蜷局とぐろを巻いて集約し、次にピンヒールはキャノピーを苛烈に踏み締める。日頃の運動をうかがわせる脚はそれでも細い部類だが、輪郭りんかくを縁取る稲光の助力も相まって迅速に踏みつける動作を繰り出し、ピンヒールが壮絶な打撃音を伴って、キャノピーに亀裂を作る。

「どんな靴を履いてやがるんだッ」

 と苛立いらだつG34のヘッドギアが、外に露見しない程度にランプを明滅させた。
 気が付いたようなそぶりを見せるウェイバーが急ぎ主の元へ駆けつける。
 マイラはんできた小型機体に場所を譲って地面に着地した。
 振り返りざまに杖から射出した星雲弾は、着弾と同時に爆ぜて、小規模だが四方八方に噴出する。それらはマイラの杖から伸びた稲光の線に接続している。
 マイラが後ろ歩きでたどり着いた壁に手を触れると、彼女の体表を流れる稲光が、壁面に伝染する。
 杖が捻られた次の瞬間、キャノピーにへばり付く星雲が稲光を辿って壁へと雪崩れ込む。新しく生まれた太い結びつきのたけは縮まり、アグリーフットは新たな接続先であるコンクリートの壁に向かって、横へ引っ張られた。
 そこへ、お待たせええ! と再登場したのはソーニャである。
 少女が持つ鍋には湯気があふれる温湯が満ちていた。
 さあスロウス新鮮なお湯よ! と言ってソーニャは熱湯をこぼさないことに全神経を集中し。結果、鍋に隠れた足先に飛び移ったウェイバーでつまづく。
 お湯を張った鍋を盛大に投げ飛ばし、鍋に引っ掛けていたお玉も道連れとなる。
 少女が顔面から倒れる瞬間。ソーニャ! とマイラは声を張り上げた。
 女性が見せる一瞬の隙を狙ってアグリーフットが射撃を実行した。
 マイラは杖からあふれる濃密な星雲を片腕で虚空に塗りたくると、それを壁にして、攻撃を防いだ。
 しかし、星雲の壁を貫通した弾丸は彼女を保護する稲光の薄膜まで貫通し、流れ弾となり、髪を一房切断する。あと少し角度が違えば、むごいことになっていたが、何とか回避できた。
 女性に直接あたる軌道を進んでいた弾丸は、とりあえず第一防衛を任された星雲の壁にある色の濃い箇所が防ぎ切った。
 マイラはさらに杖を振るって創出した星雲をまとって撤退する。
 さながら宝石をちりばめた煙幕を背負ったといえる姿は、主の行動を隠すのに十分な効果を発揮した。
 一方スロウスは頭に鍋をひっかけていた。
 そして、全身に熱湯を浴びていた。それは体を拘束する白い粘着物の束も同じだ。
 地面から砂利のついた顔を上げたソーニャは、その光景を見て、痛みによるしかめ面を消し、真顔となる。
 すると、それまでスロウスの巨躯きょくに密着し強靭な腱のように作用していた粘着質の束が緩んで、見た限り柔らかくなり、動き出すスロウスに自由を許す。
 起き上がったソーニャは、顔の土も気にせず店内に戻ると、もう一つ用意していた熱湯で満たす鍋を持ってきて、地面に置き。すぐそばに落ちていたお玉を拾うと、正しい使い方で効率よく的確にお湯を粘着物の繊維せんいへ振り掛ける。
 スロウスが拘束から外れようと歩き出す。それに合わせて繊維は引き延ばされ、熱湯を浴びて解けるように断裂し、斧の刃に切られた。
 関節の動きを妨げる粘着物もお湯をかけられ、ソーニャが自前の盾でこそぎ落す。

「よっしゃこれで動ける。スロウス! あの機体へ突撃!」

 主の命を受けたスロウスは、気兼ねなく振り返る。
 G34は逃げようとするマイラを狙うのに気を取られていた。結果、察知が遅れ、スロウスの体当たりを機体の横っ腹で受け止める。
 コクピットを襲う振動に身を縮こませたG34。続けて巨躯が無賃で乗り上げるのを許してしまう。
 G34が操る機体は振り落として、左右に身を揺さぶるが、盾を捨てたスロウスは握力にものを言わせて片腕で機体を抱擁ほうようし、斧を振り上げる。
 ウェイバーが集結し、スロウスへ飛び掛かるが。それよりも早くキャノピーが斧の一打で砕かれた。
 ソーニャは告げる。

「そのまま、ガラスを引き剥がして! 中にいる人間を引っ張り出して! 優しく低調に! でも抵抗を許してはいけません!」

 主の命令には配慮もあったが、スロウスの行いは終始荒々しく強引にキャノピーの金属の枠を握り締めると、斧でガラスを砕き続け、左右へ激しく揺さぶり、キャノピーの留め金が外れ、捩じって蝶番を破断させた。
 あらわになる操縦者は持っていた拳銃を突き付けるが、それはスロウスに掴まれる。引き金を引いて射出する弾丸は大きな手中で鈍い音を立てる。しかし、スロウスが無理やり拳銃を奪い取ってしまえば最後の抵抗すら終わる。
 武器を失うG34は急いでベルトを外したが、胸倉をスロウスに捕まれ、もち上げられた。
 アグリーフッドから引きずり出されるG34は、頭に装着するヘッドギアと座席の後ろがケーブルでつながっており、結果、体が引っ張り上げられると、ヘッドギアを支える紐が首元を押さえつけ、窒息気味になる。

「スロウス、ちょっと待って! 首締まってるから!」

 少女が押しとどめてくれる間に、G34はヘッドギアの側面にあるコンソールを操作し、ビープ音を数度鳴らした後、髪の毛の合間を縫って空気が噴出する。
 すぐさまG34は気管を狭める拘束を外した。すると、機体から伸び切っていたケーブルが主を失ったヘッドギアを奪い取り、男の素顔が出る。
 G34はスロウスによって地面に投げ落とされる。
 不必要な勢いによって不完全な受け身となったG34は、身を起こすと同時に走り出した。
 させない! とソーニャが横から熱湯をお玉で振りまいた。それがG34の頭に振りかけられ、喚き、手で扇いで熱さを緩和するが、追撃の温湯を避けるため、足取りが狂う。
 下手なステップを踏むが、それでも確かに地面を踏みしめ、再び走り出す。しかし、追いついたスロウスに背中を掴まれたG34は、地面に抑え込まれた。
 うめき、胸の圧迫から逃れようとするG34だが、スロウスのてのひらも地面も離れてはくれない。
 ソーニャは周りにいる大小違う機体を見渡した後、マイラに手を振った。
 放せ! と訴えるG34の隣に見覚えのあるブーツのピンヒールが並んだ。首を捻り頭上を見上げた瞬間、突き出された猫の頭蓋骨から発生した雷撃が、G34の額から背骨に沿って全身へと駆け巡り、一瞬の激痛を体感させて、意識を奪った。
 ソーニャも駆け寄り、熱湯を少しだけ男の手に垂らしてみるが、反応がない。
 始末したの? と聞かれたマイラは眉間にしわを寄せ、まだ生きてるよ多分、と適当に答えた。
 直後、遠くから走行音が聞こえて、そちらに振り向くと、ミゲルが運転するバイクのサイドカーで、銃を構えて周囲を警戒していたイサクが、手を振ってくる。
 合流して早々にミゲルは言う。

「遅くなってごめん。応援を呼ぼうとしたら向こうも大変で。仕方がないから腹をくくって戻ってきたら、すでに始末してたか。どうする? 墓を掘るか。それともスロウスに食わせて証拠を隠滅するか?」

 ソーニャはG34の首筋から手を放し、まだ脈があるよ、と答えてから続けて言った。

「それに、どんな薬品を今まで摂取してきたかわからないからね。下手に食べさせられないよ」

 ミゲルはうなずき。

「そうか。それじゃあ、ゆっくり眠ってもらおう。イサク、お前スコップ持ってこい。俺は掘りやすい地面を探す」

 勝手に墓穴を掘ってろ、とイサクはサイドカーから身を乗り出し後方を指さす。

「向こうのほうでも別のアグリーフットが暴れてる。それに、大型の人型Smもいるって話だ」

「おまけに傭兵や、小さい蜘蛛くももあちこちに出たって皆混乱してる。ああちなみに、小さい、と言っても中型犬くらいには大きいが番犬にしては見た目が最悪だ」

 あんな感じの、とミゲルが指さすウェイバーは動くことなく、多くの視線を集める。
 しかしソーニャだけは、人型、と呟いて遠くに目を向ける。
 そして、何かを決したようにスロウスを見上げ、体表にまだ残っている粘着物にお湯を注いだ。

「これが再び固まる前に取り除いたら急いで向かおう。そこにみんながいるかも」

 なら手伝うぞ、とミゲルが手を伸ばすが。
 直接触ったら手にくっつくよ、とマイラが言って押し止め、自分が入口を破壊した店内から、お絞りや紙ナフキンを持ってくると、それらを溶けた粘着物に張り合わせて覆った。
 ミゲルは早速、ナフキン越しに異質な粘着物に触れて引っ張り、顔色を悪くする。

「うぇ……これ、いやな記憶を思い出す感触だ。けど、全部取ったほうがいいよな。でも……」

 同じ作業に従事するイサクは。

「口動かしてないで手を動かせ、早くしないと味方の援護に間に合わない」

 言われてミゲルは渋面して言い返す。

「俺は手も口もお前の4倍動くんだよ。つまり、普通の人間の二倍動くんだ! 分かったら黙ってろ」

 遠くから爆音が聞こえてくる。
 花火を思い起こさせるが、実際はそんな生易しいものではないと分かっていた。

「なら、みんなで4倍急ごう」

 少女の言葉を誰も否定せず、素直に頷いた。






「Smに対しては機銃を使え! 対人兵器じゃものの役に立たん!」

 シャロンが土嚢どのうの陰から呼びかけ、銃撃を敵へとばらまく。彼女を筆頭に自警軍の面々が展開していたのは町の中心にある大きな広場。
 そこにそびえる建物は、階段状に中央へと高さを増す屋根が、外観こそ、どこぞの大聖堂に見えるものの、その無機質で飾り気のない装いは事務的な印象を与え、窓に張り合わされた板がかたくなな意思を振りまく。 
 そんな威容の前にシャロンたちを守る土塁と車両が並んでいた。
 梯子はしごをかけたバスの屋根にも土塁と機関銃が備わり、そこから兵士が射撃を始める。弾丸が向かうのはねずみのような体型の家鴨あひる鴨嘴カモノハシに似る。しかし、うずくまったまま動かず、羽毛を纏うだらしない体で弾丸を受け止める。山なりの背に隠れるのは、同じ羽毛で全身を覆う一団で、鶏のヒヨコを思い出させる見た目だが、くちばしの代わりに往年のマイクのような器具が埋め込まれ、目元は黒いレンズが光を反射する。そんな奇抜な連中の一人が声を荒げた。

「おい! 友軍機はどうなってる!? なんでこっちに援護が来ない!」

「向こうも戦ってるみたいです。しかも、車両を数台引き連れてるんで、それに対処してるのかと」

「クソッ、ボスマートのブッシュダンサーと友軍機がいると聞いて、お零れに預かれると思ったら……俺たちのほうが敵の拠点を抑える羽目になるとは……」

 無駄話を責めるのは、自警軍からの弾丸。 
 シャロンは土嚢どのうに頭を引っ込め、仲間に尋ねながら弾倉を変える。

「サンパレオ通りはまだ抑えきれないのか?」

 同じ土嚢を共有する自警軍の隊員は、狙撃をしつつ。

「ボスマートの機体を相手にするわけですから、手こずるのは当然でしょう。ただ、こっちも戦闘仕様のクダンを投入してます。追い返せなくとも、こちらが盛り返すまでの時間稼ぎにはなってくれるはずです」

「時間を稼がれてるのは、こっちのほうかもしれないがね」
 
 その言葉に、仲間の目は揺れるが、しかし目に映る敵への攻撃に集中すると決心して引き金を引く。
 そんな彼らを背後から襲うのは、建物を登り詰め、下ってくるウェイバーたち。奴らの忍び足は実に静かで、悟られることなく自警軍の背後へと接近を果たす。
 だが、鋭敏な感覚を持つシャロンに発見され、先制の銃撃を受ける。
 新手だ! と声を上げる彼女の射撃は正確で、まず一体の装甲を鳴らすが。ほかのウェイバーは移動して窓と重なった。そうなると、腕に自信があっても撃つのは躊躇ためらわれる。
 だがシャロンは言う。

「構うな! 非戦闘員はシェルターにいる!」

 彼女の射撃はウェイバーにも、そして窓ガラスにも当たり、室内の天井に食い込む。
 弾丸と相部屋となった隊員は、おいおい、と言いつつ身を引いて、窓から無作法に入室しようとする敵機を銃撃して追い返した。









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