絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 215:ブレンダーの開陳

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《カムショットビートル》コドック社製の撮影飛空Sm。トンボに近い羽根を持つが胴体は、カマドウマに似ている。遠隔操縦性が高く、内臓は非湿潤環境を保っているため、カメラの機材をフレームで被覆する必要もなく、直接筋肉や神経とつなげることで、操作性を向上させ、軽量化にもつながっている。













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「さて、情報によるとこのあたりにやつがいるはずなんだけど?」

 アンドリューが操作するサッカーフィストは閑散とした通りに足を踏み入れていた。人気ひとけがないのは争いの影響もあるのだろうし、そもそも場所自体が倉庫街の様相を呈しているので、往時でも人の出入りは商店街と比較して、すくなかったか、逆に物の搬出作業で賑やかだったかもしれない。

『おおい! 誰かいないのか!? 返事がないなら片っ端から建物を破壊するぞ!』

 サッカーフィストの呼びかけに誰も答えない。しかし、その背中を見ている者はいた。
 建物の陰から睨みつけるソーニャは頭を引っ込め、同じく屈んでいたスロウスに呼びかける。

「いいか、あいつと戦って、勝て! ただし、無暗に建物は破壊しないこと。それと、人を傷つけない。そんでもって……」

 本当に破壊するぞぉ? と呟いたアンドリュー本人は、ヘッドギアの画面の上と下ににじむ赤い色合いに目を血走らせ、振り返る。
 同じく振り返った現場のサッカーフィストは、スロウスが放った飛び蹴りを右腕で受け止め、すかさず左手を伸ばして相手の足を捕まえようとするが、スロウスは素早く身をひるがえし、撤退する。
 その様子を見ていたソーニャは、片手を握り締めくやしがる。

しい! あともう少しでMAGEを破壊できたのに……ッ」

 サッカーフィストの口からアンドリューの嘲笑ちょうしょうが発せられた。
 
「残念でした! サッカーフィストに死角はないよ! 奇襲を仕掛けるなら。もう少し足音は気を付けたほうがいいね。じゃないとこんな目に合う!」

 空中で虫の羽を震わせる撮影機体は、突撃する巨体に迫る。
 スロウスは相手が突き出す鋼の右拳を半身になってかわすと、続く下からの張り手から、仰け反って逃げる。
 それで巨体の突撃は終わらず、連撃が始まる。

「前は取り逃がしたが、今日こそぶっ潰してやる!」

 宣言するアンドリュー。
 ボニーも巨体の奮戦を生配信で実況し、チャット欄に流れる言葉に呼応する。

「おおっとここで伝家の連続パンチ! 東洋の秘儀が炸裂だあああ!」

 そして、マイクをヘッドギアのものに切り替え、アンドリューへ無線する。

『いいよいいよ! 視聴率も上がってるしフォロワーの反応も申し分ない! そのまま攻めて! ただし……』

「この前みたいなヘマをするなっていうんだろ? 分かってる」

 現場を直接見ていたソーニャは一つ頷き、そんじゃ後は任せた、と言ってその場から撤退した。



 同じころ作業場にいたマシューは、フェイスガードを色の強い液体で汚し、エプロンも不完全に染色し、右往左往もいったん落ち着き、頭の中のリストを確認する。

「よし、ブレーカーは……後で落とすとして、ガスの元栓も閉めた。今稼働しているデベロッパーは順調……とはいえ全部突っ込んだのはよくなかったから小分けにしたし。薬品も栄養剤も必要なものは用意した。大丈夫だ……。そうだ栄養剤の消費期限は……イソリの品はまだ1か月は大丈夫だが、新鮮なものを余分に持って行くか……。そういえば、あれもあった、あれは高かったしな、いない間に盗まれたらことだ……」

 そう言って業務用冷蔵庫を開くと容器を取り出す。シャンパンボトルを彷彿とさせるそれは、ラベルもどこか豪華なで、特大のゴミ箱へ入れられた。
 そうだ俺の栄養剤も持っていかなきゃ、と普通の冷蔵庫から取り出したラザニアをすでに物で満載した買いもの籠の上に置く。
 ちょうどそこにソーニャが帰還する。
 マシューは少女に駆け寄って、大丈夫か? 怪我はないか? と強面の顔に似合わず心配する。 
 しかし、ソーニャは平然と首を横に振り、稼働するデベロッパーに近づく。

「無事、敵に発見されずスロウスをけしかけられました。人も周りにいないみたいだし、忠告もしたし……。それよりも、どんな状況?」

 少し動揺したマシューだが、少女の隣に並び説明する。

「原初生体モドキの各部位から細胞をとって、プロトタイプのデベロッパーで培養させてみた。ちなみにバッテリー稼働も順調だ。ただ出力が変わって、チェンバー内の条件が少しずつ変化するかもしれないから、期待通りの結果にならないと思う。けど、ある程度は、原初生体モドキのポテンシャルは分かるだろう。それと……」

 マシューが次に向かった施術台には、触手を切り落とされ、胴体だけとなった原初生体モドキがベルトで固定されていた。表面に浮かぶ管にはピストンを押し切った注射針が刺さっていた。

「今、ケリュケホルムを注入した。30分経ったら、こいつからまた工業血液を採取して、薬がどれくらい分解されたか検査してみようと思う」

 なるほど、とソーニャが頷いた直後、電子レンジを思い起こさせる甲高く短い音色が鳴る。振り返ると、バイオデベロッパーの1つが停止していた。早速、2人はマスクとゴム手袋をはめる。
 マシューは少女に語りかける。 

「子供のころのウェンディと作業してるみたいだ。あいつも言う前から準備を整えてたっけなぁ」

「親子だねぇ……」

「はは、そんじゃ、開けるぞ」

 どうぞ、とエプロンもマスクも装備したソーニャは、バールを手に取る。
 少女の武装も確認してマシューは大きなスクリューキャップを外し、それを盾にして中を覗き込む。
 ソーニャは殴り込む態勢で近づき、チェンバー内に注目する。
 入っていた栄養剤の溶液の中心に、半透明のフィルムのようなものが対流に従って揺らいでいるのが分かった。
 ソーニャがバールで引っ掛け、持ち上げるフィルムを2人で観察する。
 マシューがトレイの代わりに蓋で下からすくい上げ、そのまま運んで、施術台の余白にフィルムを投げ出す。ピンセットで広げたフィルムは柔らかく、薄い桃色を呈した。
 これって、と呟くソーニャは、マシューの顔を覗き込む。
 すると、マシューは近くの棚に置いてあった器具を持ってきた。中心には巨大な電池めいたものをはめ込んだモニターと各種摘みとボタン。両端から伸びる配線の先には、銅色のわに口があった。

「電気ショック器……。小型Sm用のものだ。なるほど。それではっきりさせようってわけだね。なら、下は金属じゃないほうがいいよね」

「ああ、どっかに木のトレイがあったはずだ」 

 マシューは電気ショック器を起動して、メモリを合わせる。
 ソーニャは、積み重なる専門書の下にあったトレイを発見し、本の塔を崩さず、トレイの盛り上がった縁に何も引っ掛けないように取り出す。
 そしてピンセットで摘まんだフィルムをトレイに乗せた。それとは別にソーニャはマシューが用意したもう1つの器材の両端から延びる吸盤をフィルムに添える。機材の画面を起動し、黒い背景に現れた横一直線の緑の線を確かめる。

「心電図計も起動したよ」

 了解、と準備を終えたマシューは電気ショック器に直接ダクトテープで留めてあったチューブからグリースをひねり出してフィルムに塗布し。それから、器材の最後のボタンを押す。電気ショック器から重低音が響き、そして、鰐口同士を近づけて、先端の合間に連結した火花を確認する。
 離れたソーニャへ、近づくなよ? と忠告したマシューは、グリースを塗った個所に鰐口を押し付けた。
 すると、フィルムが委縮し、吸盤を押し付ける心電図計の波形がその一瞬揺らぐ。しかし、また一直線になる。
 マシューは一定のリズムで、鰐口を左右同時にフィルムに接触させた。
 結果、3回の接触で生まれた波形は刺々しい波を画面に描く。
 フィルムは鰐口の接触のたびに萎縮してしわを形成し、弛緩しかんし、平坦になることを繰り返した。
 2人は目を見張った。
 ソーニャが言う。

「間違いない。これは筋肉だね。一体どの部位の何を入れたの?」

「触手の先端の部分を少しと、筋肉製剤、と筋肉発生因子を配合した」

「すごいね。最初からこの形じゃないでしょ? いったん幹細胞に戻って、ここまで形が作られた……ソーニャが出て戻って20分も経ってないよね?」

 ソーニャは興奮した面持ちだが、マシューは表情が硬いまま口を開く。

「うまく行き過ぎだ。俺が狙ったのは、複合した組織がある程度元の形を保ったまま成長し、そのうちの筋繊維きんせんいが発達すること……。これを見る限り、筋肉以外も分解されて結局筋肉だけになったようだな」

 ソーニャは考え込んだ。

「ということは、もう少し改良を加えて、それこそ、発生過程で薬と栄養を必要なだけ入れたら、もっと、形成が促進されて、思いのままになるんじゃ」

「やってみるか? まあ、時間があればだが」

 ソーニャは頭を抱えて懊悩おうのうした。

「敵のマスラオにはスロウスが立ち向かってる。足止めくらいにはなると思うけど……それでも2ブロック先だからな……残念だけど逃げたほうがいいと思う。もっと実験と検証をしたかったけど……」

 そうか……、とマシューは呟き。

「ちょいと手伝ってくれるなら、実験と逃亡を両立できるぞ?」

 不意の提案にソーニャが目を丸くした後ろで、残ったプロトタイプのBデベロッパーが盛大に扉を開け、中身を噴出する。
 飛び散るのは薄紅の液体で、勝手に強引に開いたチェンバーに残されたのは、遠心力で内壁に張り付いた洗濯物のような組織の塊だ。 
 盛大に開くデベロッパーを指さすソーニャは、こっちは何を入れたの? と尋ねた。
 危機が迫っているのをよそに冷静なマシューは。

「薬品自体の種類は同じだが、それぞれ量を倍にした。お前の目の前のデベロッパーには、触手の中心部を、もう1つには、内部深くの太い導管の切れ端を入れた」

 普通に終了したデベロッパーは、触手を入れられ、フィルムではなく長さ40センチ程度の薄桃色の触手が蜷局とぐろを巻いていた。
 ソーニャはマスクの密着を確認して観察する。

「爆発は発生した気体によるものか……。これは見た感じ組織の量も増えたといえるかな?」

 マシューは触手をトングで取り出し、バケツに入れる。

「ああそうだな。投入した組織の重さは、約34g……。薬の量も増やした。本当は組織の違いによる比較検証をするなら薬の量を変えるべきじゃなかっただろうが……」

 もう1つの導管を入れたほうは容器の内壁に薄く張り付く赤紫の組織に無数の管を走らせていた。
 マシューはこれには驚く。そして、飛び散った液体とまだチェンバー内にわずかに残る湿り気を見比べた。

「培養液をほぼ摂取したみたいだな。どんだけ代謝がいいんだ……。次は培養液の濃度を増やすか? それにちょうどこうして中身の制作が終わったことだし……運ぶのを手伝ってくれると助かる」

 ソーニャは、合点、と言ってさっそくデベロッパーを持ち上げようとする。
 それは重いから俺に任せろ、とマシューが言うのでソーニャは今にも額の血管を切りそうな顔ですぐ傍に機材を下す。
 やっぱり重いね、とソーニャが額を拭う。
 奥のほうで何やら道具や部品などをひっくり返し始めたマシューは。

「お前が持ったのは一番初期の重い奴だからな。運ぶなら最初にお前に見せた後継機にしろ」

 アイアイサー、とソーニャは命令に応じて行動した。










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