八尋学園平凡(?)奮闘記

キセイ

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解放

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俺は、俺はどうしようもないやつだ。
それをはっきり自覚したのは中学のとき。

閉ざされた箱庭から実家に帰った時のことだ。

久しぶりの家からは怒鳴り声と女の泣く声が聞こえた。それは自分が変わっていないということを突きつけてくるようで酷く不快な気分にさせられる。

あぁ、家に帰るのがこんなにも億劫だとは。


「ぁ、か、帰ってきたの?おかえり。」


グズグズと泣きながら俺に声をかけてきたのは母親だった。俺としては出来れば会いたくなかったが会ってしまったのならしょうがない。
母親に目を向ける。
目の下に隈を作り、顔色が悪い。そして何より目を引くのが足や手、首などに巻かれた包帯だ。
本来白いはずの包帯は血が滲んでいるのか赤黒く変色している。

.....どうやら相変わらずのようだ。
俺が感じたのはそんな失望だった。


「まだあのクソ野郎を家に置いているのか?離婚すると言ってただろ?」

「ち、ちがうのっ!あの人ねっ心を入れ替えたのよ?私にちゃんと優しくしてくれるの!もう大丈夫だからっ。」

「大丈夫?なにが大丈夫なんだよ。.....優しくされてるっつったよな?じゃあなんで巻いてる包帯の数が増えてんだ?っ、優しくされてるなら増えるはずねぇだろ!!いい加減気づけよ!!」

「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」

「っ、クソ!!」


壊れたように謝る母親に背を向け逃げるように家から出ようとした。別に母親を苦しめたい訳では無いのに、衝動的に強く言ってしまう。やっぱり自分は変わっていなかった。


「あぁなにやってんだよ?久美を泣かせて。....おっと、先に挨拶か。おかえり愛しい息子よ。見ないうちに成長したなぁ。けっこう俺に似てきたんじゃないか?」


俺にかけられた忌々しい声。やはり家に帰ってくるべきではなかった。母親の無事を確認して直ぐに戻るべきだった。


「.....クズが。なんでまだここに居るんだよ?」

「うん?それは久美が行かないでって言ったからだよ。まずなんで俺がこの家を出ていかなければいかないのか理解できないんだが?俺と久美は相思相愛なのに。」

「イカレ野郎が。どこが相思相愛だ?あいつの姿よく見てみろよ。どこもかしこも怪我して傷だらけじゃねーか!テメェの言う相思相愛は洗脳のことかよ!?」

「はっはっは!やっぱりまだ子供だなぁお前は。愛し方なんて人それぞれじゃないか。久美のあれらの傷だって愛のなせるものだ。久美は嬉しそうに啼いてたぞ?」


座り込んだ女の頬を撫でる男に殺意が湧く。
だがなによりも、女が男に向けた視線の意味を理解した時、自分の中で何かがプチりと切れたような音がした。


「.....もう知らねぇ。俺はお前らに干渉しない。だからお前らも俺に干渉すんなよ。」


口から出た言葉は自分でも驚くほど冷たかった。


「良かったな久美。息子から余計な干渉をうけなくてすむぞ?これで気兼ねなく愛し合えるな?」

「うっ、あぁあぁあぁあああぁぁぁぁああっ!!まっ、みすてないでっ、おねがっ、い!まって!やぁ、ああっ!ぁ、ぁ、ご、ごめんなさぃ、待ってよぉ.......お、ねがいっ、まって......。うぁは、ははは、うふふ、ふ。」

「ふ、はははははははははっ!流石は我が息子!!俺の血を引くだけのことはあるな!まさかお前が壊すとは!」

「知らねぇ。......もう、どうでもいい。」


そう、母親が目の前で壊れようがどうでもいい。俺が目の前のクソ野郎の血を引いていようがどうでもいい。......全てがどうでもいい。

2人に背を向け家を出ようとした。するとあのクソ野郎から声をかけられる。


「いつかきっとお前にもわかる。そう遠くない内に見つけるさ愛の形ってやつを。あぁ、最後に.....お前は俺と同類だ。それだけは忘れるな。」


足早にこの忌々しい家を後にした。


フラフラと街を歩くが、頭はあの家の事から離れない。

......俺は物心ついた時から早く、早くあの家から解放されたいと願っていた。きっとあの二人のやっていることなど理解出来ていなかっただろうが、幼いながらに本能で嫌悪を感じていたのだろう。
心の底でいつも解放を願っていたが、母親を見捨てることが出来ず、今日こんにちまでズルズルと日々を過ごしてきた。

そして今日、今まで願ってきたことが叶ったというのに、頭にチラつくのは待ってと俺に縋る母親の顔という始末。

俺は何をしているんだ?
切り捨てたのに、切り捨てたはずなのに、なぜあの母親のことを思い出す?


「おいおいお坊ちゃまがこんなとこで何してんだァ?」

「ヒヒヒっ!今日はついてるなぁ!!金ズル、うおっほん、オトモダチが俺達のために飯奢ってくれるなんてよ!」

「フゥ~!いいねぇ。な、いくら持ってる?」


大人数でぞろぞろと鬱陶しい。
7人か......随分と群れたな。

俺は自分が絡まれやすい見た目をしていると自覚している。
だからよくあるんだ。こうやって俺に絡んでくる輩は。

まぁ俺も狙ってやっている事だから、いちいちビビったりはしない。
あぁ、この後の展開が読める。俺が堂々としていると、相手は自分がナメられてるという訳の分からん勘違いをするのだ。


「なんだァその目は?....ナメてんのかテメェ!」


ほらな。全くもってー


「くだらねぇ。」


「あ゛?今くだらねぇっつったか?おい、お前ら。どうやらこのオトモダチは熱烈な歓迎がお望みらしい。」

「ありゃりゃ、そうお望みなら応えてやんなきゃなぁ。....なんせトモダチだし。」


男達はニヤニヤしながら俺を囲む。

あぁ、いい。この雰囲気は心地いい
身体に力が漲る。思考が暴力に支配される。

こいつらから俺に喧嘩を売ったんだ。
いいぜ?買ってやるよ。その喧嘩高くつくことを思い知らせてやる。


「泣くなら今のうぶべっ!?」


殴る。


「なっ!このクソ野郎がっ、こっちが優しぎょがっ!?」


殴る。


「チッ、やるぞテメェら!!」


躱す、蹴る、殴る、躱す、躱す、殴られる、殴り返す、躱す、蹴られる、頭突きをする....

興奮。高揚。違和感。.....違和感?

自分の手を見る.....誰かの歯が当たったのか拳から血が流れている。

血、血......


「このバケモノがっ!!!ばぎゃ!?」


顔を殴ったら相手は鼻から血を吹き出しながら崩れ落ちた。


「クソっ、クソっ、クソっ!!なに笑ってやがるっ!?このイカレ野郎が!!」


笑う?イカレ野郎?
.....俺がか?


『俺の血を引くだけのことはあるな!』

『お前は俺と同類だ。』


脳内に再生される言葉。....あぁ納得だ。

確かに俺はお前の子だったよ。暴力に血に、高揚している。

俺の中の違和感が消えた。既視感が消えた。


「蛙の子は蛙か......くそったれめ。」


俺の周りはもはや誰も立っておらず、地面に血濡れの男達が転がっているだけだった。
倒れた男達を一瞥するとなおも沸きあがる衝動。

暴力を。


「がっひゅ!?ぐぁっ、やっ、やめっ!げおっ!?やべ、てっ、ご、べんなさ、い、ごべんなさい、もう、げらないでっ!?あぎゃっ!」

「ぁ、」


はっとする。
俺は今何を?.....まるであのクソ野郎のようじゃないか?
.....最悪だ。
最悪のことを自覚したのに心が晴れやかだなんて、最悪だ。




「お兄さんってヤクザ?」


まるで幼子が問うように話しかけてきた男が居た。
この状況で声をかけてくる奴がいるとは、肝が据わってるのか、それともただの考え無しか、酔っ払いか?

振り向くとラフな格好をした同い年くらいの少年が顔に笑みを貼り付けこちらをじっと見ていた。


「ヤクザじゃない。見ればわかるだろ。」

「いやいや~、地面に血濡れの男達を転がしておいて何言ってるの?そんな優等生みたいな見た目しながら血溜まりの中笑ってる姿は軽くホラーだよ。」

「だからってヤクザなわけじゃねぇ。」

「そっか。じゃあただの戦闘狂か。」

「戦闘狂......お前肝が据わってるな。そんな危険人物に声をかけるなんて。」

「いや、ただの気まぐれだよ。なんか誰かと喋りたい気分だったんだ。平時へいじなら見知らフリしてたね。」

「そうか。」

「うん。」

「......俺と喋ってても面白いことは無いぞ。」

「別に面白いことを求めてるわけじゃないからさ。偶にない?無性に喋りたくなること。お兄さんで例えるなら、衝動的暴力?暴力的衝動?だっけ。」


.....ある。止めようにも止まらない醜い衝動。
衝動のまま暴力を奮ったあと、心はスッキリしているのに、頭ん中で自己嫌悪が飛び交うんだ。

幼い頃からそんな衝動があった。
だから、だからあの男を嫌悪したのかもしれない。
成長するにつれ、クソ野郎が何故か自分の姿と重なり、無性に自分の首を掻きむしりたくなることもあった。
同類だ。同族嫌悪だ。

母親を見捨てることが出来なかったのも、救うどころか、俺もクソ野郎と同族だという罪悪感があったからか。


「俺は気持ちの赴くままに生きてるからさぁ。衝動的に喋りたくなってヤクザに話しかけることもあるかもしれない。でもそれでボコられても、満足しちゃうんだろうなー。ほら、俺のことだから一応喋るには喋っただろうし。」

「自由だな。お前は。」

「まぁねぇー。お兄さんも自由に生きてみたら?」

「俺は....他人に迷惑かけるから無理だな。」

「え!?それ今更じゃない?」


今更....転がっている男達を見てそれもそうかと俺は思った。
俺はもう手遅れなんだ。母親を見捨てたあの時あのクソ野郎と同じになりさがった。一線を超えたのだ。


「そうだな。今更だ。お前の言う通り俺も気持ちの赴くままに行動するよ。それにしても、こんな俺に衝動的に生きろとは良い人とは言えねぇな、お前は。」

「あっはっはっはっは!だってお兄さんが誰かを殴ろうが蹴ろうが俺には関係ないもん!俺、良い人じゃないからさ!」

「はっ、確かにな。」

「ってことで、ばいばーい!」

「は?」


小さくなった背中を呆然と見送る。
まるで嵐のようなやつだった。いきなり来て、勝手に喋って、唐突に帰る。
それが本当にただ喋りたかっただけなんだと思わせる。


「......名前聞いときゃよかったな。」


また話したいと思った。それは俺にしては純粋な興味。


しばらくして、歩き出した俺は驚く程スッキリしていた。母親への罪悪感も、クソ野郎への嫌悪も、そして自分に対する欺瞞も。


「俺はどうしようもないやつだ。....だが、それでいい。」


もう、自分を騙すのはやめる。
自由はこの手にあるのだから。


(今日も暴力に酔いしれる。)




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