姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛

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 この街に立つ魔法学校の学生は、山から海に向けて吹く山おろしを『さらばの大風』と呼んでいる。風が下りると季節が巡り、いよいよ卒業の時期が迫ってくるからだ。

(風が温む頃にはここを出て、さよならか……)

 魔導師の認定試験にも無事通り、本当ならもっと浮かれてもいい頃なのだが、ユーディアの心はこの白っぽい寒空に似て曇ったままだ。

(今日もあいつに声をかけられなかった)

 宝物を無くし途方に暮れた子供のような顔で溜息をつく。吐息で目の前が白く煙るのも物悲しい。
 ユーディアはこのところ毎日毎日、疎遠になってしまった親友と、どうしたらまた元のような関係に戻れるのか、そればかり考え焦っているのだ。

(何か口実があれば尋ねていけるのに)

 再び長く深いため息をつくと、ユーディアはまた考え込みながら背中を丸めてとぼとぼ歩く。

「待ちなさいよ! ユーディア!」 
 
 考え事でいっぱいだった頭にねじ込まれるように名前を呼ばれた。振り返らずとも、キンキン声で誰であるか分かる。ユーディアの双子の姉、リリールーだ。
 普段は地味な弟が近づくのを嫌がるくせに、お願い事がある時だけこうして会いに来る。そんな姉の相手をするのは億劫だった。返事もせずに無視を決め込むと、そのまま立ち去る足を止めないでいた。すると周囲の目を避けるように目深に被っていたフードの房を、後ろから思いっきり引っ張られた。

「何すんだよ」

 フードが外れて頭がふきっさらしになると、折り悪くそこにまた大風が吹いた。頬に当たる風がとても冷たい。ユーディアは痩せた身体を震わせると、開いていたローブの前を抱き込むように閉じた。

「呼んでも無視するからじゃない。また得意のぼんやり?」

 見下ろせば勝気そうに吊り上がった眉と薄蒼い瞳と目があった。二人の母もこの魔法学校の卒業生だが、同じ時期に通っていた教員曰く、常に人々の噂に上る程の美女だったらしい。
 そんな母似の玲瓏な顔立ちと瞳の色は似通っているが、ユーディアと姉の性格は真逆だ。だからあまり気は合わず、だが共に育った姉弟としての情はそれなりにある。つかず離れずの間柄だ。

「いつも優美なリリールー嬢は実は弟を苛める乱暴者って噂が立つぞ」 

 森を背にした音楽堂前の小道はまだ校舎から寮へ向かう学生たちが多く歩いている。流石の姉も人目を気にしたようだ。

「あら、可愛い弟とお喋りしたかっただけじゃない」

 姉が本性を知らぬものなら見惚れるような笑顔を振りまけば、道行く男たちがちらちらと視線を送ってきた。

「お前に話があるのよ」

 急に甘ったるい声を出す姉も二人を見比べるような好奇の視線も不快で、ユーディアは再びフードを深く被り直した。すると姉に「あっち、いくわよ」腕を強引に取られ人影の少ない雑木林の方に引っ張ってこられた。

「寒い……。早く寮に帰りたいんだけど」
「ぶつぶつうるさいわね。話があるからあんたを探したのに。上花会で……」
「またその話かよ?」
「私の華麗なる学校生活を締めくくる為に大切な話よ」
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