姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛

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「あ……。えっと」

 記憶よりさらに低く大人びた声。振り返るとそこにエドゥアルドが立っていた。

(エドゥアルド、また一回り身体が大きくなった。目線大分上げないと顔が見えない)

 少し癖のある黒髪をさり気なく後に流しているのも様になっている。成人して間もないとは思えぬほど落ち着いた佇まいだ。 
 硬派な美形だから本気で恋焦がれる女子学生が多いのも頷ける。
 首から頑丈そうな鎖で吊るされた鍵には、噂通り大きな魔石がついていた。彼が血のにじむような努力してこの鍵を手に入れた証。そんな彼の前で軽薄な行為を行おうとしている自分が猛烈に恥ずかしくなってきた。

(やっぱり色々、止めておこうかな……)

 だが彼の心が知りたい。どうしても知りたい。その気持ちがユーディアを突き動かした。

「花が咲くからエドゥアルドがここに詰めてるってロイから聞いて……」
「夜中に向けて少しずつ開花しているところだ。見ていくか?」
「うん」
(よかった……。わりと自然に話せた) 
「夕飯食べた?」
「今、軽く食べてきた」
「そっか」

 籠を何となく後ろ手に隠そうとしたら先回りするようにエドゥアルドが持ち手を掴んだ。

「持つよ。いい匂いだな」
「差し入れ。食堂のおばさん特製のミートパイと果実酒と果物色々」
「それは最高だ」
「だろ?」
「中に入ろう。ここじゃ寒いだろ」
「うん」

 彼の逞しい背中を追うようにして、ユーディアは植物園に繋がる優美な模様の鉄門扉を開けた。
 一方足を踏み入れると空気がふわっと暖かくなった。植物園全体が魔力で外気を遮断した温室のようになっているのだ。
 ここは研究目的の薬草中心に植えられているから、華やかさは王都の植物園に比べたら劣る。それでもこれほど立派な施設を有している魔法学校はそう多くはないだろう。植物と土に関する魔法を学ぶためにエドゥアルドがここを選んだわけも頷ける。
 温かい場所に来たのでフードを外すと、振り返ったエドゥアルドがじっとこちらを見てきた。熱い視線になんだか照れてしまって、ユーディアはわざとぶっきらぼうな声を出す。


「なに?」
「久しぶりにお前の顔がよく見える」
「え、恥ずかしいな」
「よく見たい。少し痩せて、背が伸びたか?」

 育てた植物を見ている時のような優しい眼差しを向けられ、そっと頬を指先でなぞられた。

「そっちこそ、ずるいぐらい大きくなった」

 そのまま掌をそっと片頬に添えられる。温かな掌で包み込まれる感覚を意識してしまい、余計に気持ちがそぞろになる。ユーディアは落ち着きなくまた腕をぷらぷらとさせた。

(ああ、今魔石を口に含んでいたらエドが何を考えているのか分かったのに)

 彼から触れてくれる絶好の機会を逃してしまったが、友が傍に居てくれるだけで胸が切なく高鳴る。この瞬間に何の邪魔も入れたくないとも思った。

「ここ暖かいな。なあ。今日咲く花は、もしかしてユーストレイビィア?」
「そうだ。月光花。学名までよく覚えていたな」

 静かに頷く顔は綻んでいた。

(この顔がずっと見たかった)

 物静かでめったに感情を爆発させるタイプではない彼にとって、これは最上級の笑顔といってもいいだろう。
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