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罪悪感から冷や汗が垂れそうになったが、清浄魔法で綺麗に整えられた長椅子に座るよう促されて大人しく腰をかけた。
「なあ、温かいうちに食べよう」
「そうだな。この匂いの誘惑には耐えられそうにない」
よく日に焼けたエドゥアルドの大きな手はとても器用に動く。ミートパイを銀のナイフで切り分けると、皿に取り分けてくれた。彼はこういうことだけでなく万事器用で、先ほどの清浄魔法を筆頭に、生活に必要な魔法を好んで身に着けている節がある。故郷に帰ればかなりの名家の若様なのに、地に足を付けた生き方を目指しているというのは口だけではないと分かるのだ。
以前と同じように、左側にエドゥアルド、右側にユーディアが肩をくっつけあって座る。
フォークに大きめに刺したパイを頬張ると、滋味あふれる味わいが口いっぱいに広がった。
「うまい! 食堂のおばさんたちのパイは絶品だな。あーあ。卒業したらこれが食べられなくなるのか。もうすでに寂しいよ」
色んな事は一旦頭の隅に置いておいて、夢中で食べていたらエドゥアルドがふいに手を伸ばしてきた。
「ここ、パイがついてる」
「っ!」
そっと口の端に触れられ、指先を舐めとる。恋人にするような甘い仕草とエドゥアルド自身が色っぽすぎて眩暈がしそうだ。
(こいつ……。こんな風に触れてくるやつだったっけ)
こんなにドキドキさせられたのに、エドゥアルドはいつも通り涼しい顔をしているのが小憎たらしい。
「なに。俺が王都で同じくらい旨そうな食堂、みつけてきてやるさ」
さりげなく告げられた先の約束に、ユーディアは瞳を輝かせた。
「エド、なんだか機嫌が良いな?」
「お前のことを考えていたらお前に会えたからな」
彼はそう言ってさり気なくユーディアの肩を抱いてきた。食事がすんだ後も果実酒を飲みながら、二人っきり、夜の植物園で触れ合うほどに近くにいる。
(暑いのは酒のせい、だよね。そうにきまってる)
この状況を意識したら余計に身体がかっかと熱くなってきた。
「この果実酒、俺の故郷のものだ」
たまたまだったが、食堂で分けてもらった果実酒はエドゥアルドの故郷の銘柄だった。
「ああ、そうなんだね。エドゥアルドの育った地域の男たちは、武術に優れていたから有事の際は国を護るための戦いに駆り出されて、その間女が農業をしながら南部を守ってたんだよね」
「そうだ。この果実酒も特産の黄色コケモモの実でできている。だが不作の年と豊作の年では味も色合いもばらつきがある。気候が良いからあまり労なく作物がとれるが、俺はこの酒の品質が安定できるように自分の魔法を役立てたい。それも俺がやりたいことの一つだ。そのためには王都で働きながらもっと学ばねばならない」
南部の名家出身のエドゥアルドだが、家督は兄が継ぐ。だからこちらで職を見つけて早く独り立ちしたいというのが彼の口癖だった。
「そうだったんだね」
(ちゃんと夢に向かって一歩を踏み出してる。偉いな、エドは。……こんなにしっかりした立派な男がうちのあの我儘な姉さんと似合うとは思えないけど、でもハチャメチャな姉さんを任せられるのはこういう男かもしれないな)
それは名案だという考えと、だけどそうなったら寂しいと思う自分もいた。
食事がすむと私服姿だったエドゥアルドは、作業用の茶色いローブを羽織って机に向かっていった。
「満開までまだ少しかかるから休んでいてくれ。そこらへんにある本を読んでもいいし、この中ならば探索してもいい。ただし、植物には素手で触らないように。有毒のものもここには多いから」
「分かった」
教授の持ち物だという蓄音機の中で音楽を閉じ込めた魔石がクルクルと回る。花が満開になったら起こしてくれるというが、身体がぽかぽかとしてきて、とても眠たい。長椅子の肘に持たれながら身を伏せ、着ていた夜空色のローブを脱いでもぞもぞと自分にかけた。すっかり眠る寸前だ。
うとうとと夢見心地で、少しだけ飲んだ果実酒の力が手伝って、本音を呟いてしまう。
「なあ、温かいうちに食べよう」
「そうだな。この匂いの誘惑には耐えられそうにない」
よく日に焼けたエドゥアルドの大きな手はとても器用に動く。ミートパイを銀のナイフで切り分けると、皿に取り分けてくれた。彼はこういうことだけでなく万事器用で、先ほどの清浄魔法を筆頭に、生活に必要な魔法を好んで身に着けている節がある。故郷に帰ればかなりの名家の若様なのに、地に足を付けた生き方を目指しているというのは口だけではないと分かるのだ。
以前と同じように、左側にエドゥアルド、右側にユーディアが肩をくっつけあって座る。
フォークに大きめに刺したパイを頬張ると、滋味あふれる味わいが口いっぱいに広がった。
「うまい! 食堂のおばさんたちのパイは絶品だな。あーあ。卒業したらこれが食べられなくなるのか。もうすでに寂しいよ」
色んな事は一旦頭の隅に置いておいて、夢中で食べていたらエドゥアルドがふいに手を伸ばしてきた。
「ここ、パイがついてる」
「っ!」
そっと口の端に触れられ、指先を舐めとる。恋人にするような甘い仕草とエドゥアルド自身が色っぽすぎて眩暈がしそうだ。
(こいつ……。こんな風に触れてくるやつだったっけ)
こんなにドキドキさせられたのに、エドゥアルドはいつも通り涼しい顔をしているのが小憎たらしい。
「なに。俺が王都で同じくらい旨そうな食堂、みつけてきてやるさ」
さりげなく告げられた先の約束に、ユーディアは瞳を輝かせた。
「エド、なんだか機嫌が良いな?」
「お前のことを考えていたらお前に会えたからな」
彼はそう言ってさり気なくユーディアの肩を抱いてきた。食事がすんだ後も果実酒を飲みながら、二人っきり、夜の植物園で触れ合うほどに近くにいる。
(暑いのは酒のせい、だよね。そうにきまってる)
この状況を意識したら余計に身体がかっかと熱くなってきた。
「この果実酒、俺の故郷のものだ」
たまたまだったが、食堂で分けてもらった果実酒はエドゥアルドの故郷の銘柄だった。
「ああ、そうなんだね。エドゥアルドの育った地域の男たちは、武術に優れていたから有事の際は国を護るための戦いに駆り出されて、その間女が農業をしながら南部を守ってたんだよね」
「そうだ。この果実酒も特産の黄色コケモモの実でできている。だが不作の年と豊作の年では味も色合いもばらつきがある。気候が良いからあまり労なく作物がとれるが、俺はこの酒の品質が安定できるように自分の魔法を役立てたい。それも俺がやりたいことの一つだ。そのためには王都で働きながらもっと学ばねばならない」
南部の名家出身のエドゥアルドだが、家督は兄が継ぐ。だからこちらで職を見つけて早く独り立ちしたいというのが彼の口癖だった。
「そうだったんだね」
(ちゃんと夢に向かって一歩を踏み出してる。偉いな、エドは。……こんなにしっかりした立派な男がうちのあの我儘な姉さんと似合うとは思えないけど、でもハチャメチャな姉さんを任せられるのはこういう男かもしれないな)
それは名案だという考えと、だけどそうなったら寂しいと思う自分もいた。
食事がすむと私服姿だったエドゥアルドは、作業用の茶色いローブを羽織って机に向かっていった。
「満開までまだ少しかかるから休んでいてくれ。そこらへんにある本を読んでもいいし、この中ならば探索してもいい。ただし、植物には素手で触らないように。有毒のものもここには多いから」
「分かった」
教授の持ち物だという蓄音機の中で音楽を閉じ込めた魔石がクルクルと回る。花が満開になったら起こしてくれるというが、身体がぽかぽかとしてきて、とても眠たい。長椅子の肘に持たれながら身を伏せ、着ていた夜空色のローブを脱いでもぞもぞと自分にかけた。すっかり眠る寸前だ。
うとうとと夢見心地で、少しだけ飲んだ果実酒の力が手伝って、本音を呟いてしまう。
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