姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛

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「エドゥアルド?」
 急に頭の中が静かになる。遠くに音楽だけが聞こえてくるが、エドゥアルドの声は急に聞こえなくなった。
(あれ……、魔石の効果は飲み込んだら無くなるのかな?)
「なくならないだろ。身体から排出されるまでは」
「え?」
(どういうこと?)

 前髪をかきあげ、額を見せたエドゥアルドの瞳には見たこともないような赤い炎がちらちらと宿っている。明らかに魔力を発動させた瞳の妖しい煌めきに、ユーディアは魅入られたように身体が動けなくなってしまった。

「お前の魔法を反転させてる。かけられた魔法を相手に返せる。俺の家に伝わる魔力だ。お前の心の声が、俺に入ってくるってこと」
「えっ」
(ダメダメダメ、心、読まないで。駄目、なんで?)
「なんでって」

 はあっと深く重たいため息をつかれて、それはそうだとユーディアは項垂れた。
「お前が先に始めたことだろ。人の心を読むなんて、いけないことだぞ。どうしてこんなことしたんだ」

 切なげに眉を寄せたエドゥアルドの顔を直視できなくて、ユーディアはむぎゅうっと必死に目をつぶり、口も噤む。心を読まれない為に(花が咲くの楽しみだあ。楽しみ楽しみ楽しみ)なんて考える。頭の中はふわふわの月光花が咲く想像でいっぱいにしようと努めたけれど駄目だった。

「何も考えないようにしようったってそうはいかないぞ」

 突然エドゥアルドに脇の当たりをくすぐられる。

「うわああ、くすぐったい、止めて、ムリ、俺くすぐられんの駄目ぇ!」

 うひゃひゃひゃっと笑い声が止まないし、くすぐったすぎて涙まで浮かんで、頭の中のお花はすべて吹き飛んでしまった。

(やめてくれ、死んじゃうぅ、ああもう、姉さんに怒られてもいい! ほんと、くすぐられんの、駄目。降参するからあ。姉さんに頼まれたんだよ。お前が上花会で誘う相手がいるか探れって。それで自分から姉さんを誘うように仕向けさせろって。だめ、くすぐったい、あんっつ、むりっつ。ダンスの授業が始まるからすぐやれって、釘刺されて……。うひゃひゃ。俺だってこんなことしたくなかったけど、あんっ。仕方ないだろ)
「ゆるしてってばあ!」

 エドゥアルドの腕を何とか止めようと抱き着きながらたまらずに身を捩る。涙目で親友の胸にしな垂れかかり、まるで女が男の上で腰を振るような悩ましい動作を繰り返してしまった。エドゥアルドは返り討ちにあったような顔をして、もう手を止めていたが、逃げるのに必死なユーディアは気付かない。

「あっ、ああっ。もう、むり、だめぇ」

 しまいにはエドゥアルドの首に腕を投げ出して抱き着き、甲高い悲鳴をあげてしまった。するとエドゥアルドがうっと呻いて完全に動きを止めてしまった。

「ユーディア。……こっちが降参だ。あまり俺を誘惑しないでくれ。我慢がきかなくなる」

 エドゥアルドは両手を上げてがっくりと頭をユーディアの肩に乗っけて項垂れた。

「え、あ。止めてくれてありがと」

 次に顔を上げたエドゥアルドの瞳はすぃーっとまた元の落ち着いた紺碧に戻っていった。

「あはは、もう。くすぐったかったあ。お前、容赦がないな」

 だが大きな声を出したせいか、胸の奥でとんとこと心音がはじけ、汗をかいたから気持ちまでさっぱりしてしまった。

(もうエドゥアルドに好きなだけ話しかけていいんだ)

 そう思ったらずっと曇っていた心の霧が晴れて、ユーディアは穏やかに微笑みを浮かべた。その笑顔を見て、エドゥアルドも釣られて微笑む。
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