姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛

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 今日もこの街は大風が吹いているが、ユーディアはフードを被らずに講堂までやってきた。本当は風が吹くたび寒いと思っているが、隣を歩くエドゥアルドがしっかり顔を見たいというのだから仕方がない。

「今まで俺がフード被ってても何にも云わなかったのに」
「そりゃあ、今まではな。他の男にお前が目を付けられるのは極力避けたかった。でも今は俺のものだから」
「俺が目を付けられるわけないだろ」
「知らなかったのか? お前陰じゃリリールーより人気があったんだぞ」
「え?」
「見てる奴はみてる。お前は努力家で、謙虚で、はにかんだ笑顔が本当に可愛いって」

 エドゥアルドは二人の交際を隠すつもりはないらしく、今もだんだん人が集まってきた講堂の中だというのに臆面なくユーディアの頬に額に口づけてきた。
 きゃあっと周囲の女学生から悲鳴が上がったが、エドゥアルドが自分のものだと示したいユーディアは望むところだと恋人のやりたいようにやらせていた。

「なあ、男同士でもダンスの授業受けないと駄目なのか?」
「上花会に出るものはみな出席が義務だからな」
「だけど俺ダンスできないぞ? おい、腰に手を回すなって、ちゃんと立てるから」
「お前が朝、腰が抜けたから、これは配慮だろ」
「そういうこと、人前でいうなあ!」

 そんな風に二人でふざけて押し合っていたら、入口の方にいたロイがシュファと一緒にホールを横切ってこちらにやってきた。

「あれ、珍しい二人組だな」
「へへ。僕らは隣国にパートナーがいる同士ってことでお互い練習相手になることにしたんだ。君らこそ、ついに仲直りできたんだね。」

 背丈もそう変わらない二人が並ぶと、何だか姉と弟のようで可愛らしい雰囲気になる。

「まあ、ユーディア。今日はフードを被っていないのね。お姉さまに似て本当に麗しいお顔ね」
「似るのは顔だけにしておきたいよ」

 するとロイ達のさらに背後から、金髪を高々と結い上げた姉のリリールーが二人を押しのけながら二人の前につかつかと足早に歩み出てきた。そしてあっという間に怒りが頂点に達したというような顔をして、ユーディアたちを交互に指さして睨みつけてきた。

「ちょっと、何なのよ。なんであんたたちが二人でここに来てるわけ?」
「リリールー、落ち着いて」

 取りなしたロイの肩を押して無視すると、彼女は弟の前でこう啖呵を切った。

「ユーディア、この裏切り者! 許せない。お前なんかこうしてやる『我が名誉を傷つけたるもの、相応の報いを受けるがよい』」

 魔法使いは無詠唱で相手に呪いの魔法をかけた場合は罰を受けるが、格下の魔法使いが前置きをしてから格上相手に挑めばそれは無罪とされる掟がある。
 銀の鍵しか持たぬ姉が放った魔法にユーディアが鍵を握って身構える前に、彼を庇い一歩前に出たエドゥアルドの瞳に炎が宿るのが同時に起こった。
 魔法同士が干渉した時に起きる目に見えぬ魔力の波紋が沸き起こり、周囲にいた人間たちを総毛立たせ、みな騒然として彼らの周りに集まってきた。
 一瞬目を瞑ってしまったユーディアは恋人の広い背中に飛びついた。

「エド! 大丈夫? エド!」

 エドゥアルドの瞳から赤い炎が収まって消え失せた。キャンキャンと恋人が鳴いたらどうしようとユーディアは申し訳なさでいっぱいになったが、「何ともない」と口を開いたエドゥアルドは普段通りの落ち着いた様子で振り返って恋人を腕の中に抱きしめた。

「キャ、キャキャイーン」
「え?」

 甲高い鳴き声にびっくりしてわが目を疑った。見れば喉を抑えて目を白黒させた姉のリリールーが、真っ赤な顔をして鳴きわめいていた。

「キャン、キャン!」
「リリールー。これに懲りて弟を呪うなんて真似は二度とするな」
「キャン! キャンキャン!」

 周りから爆笑の渦が沸き起こり、ユーディアですら「姉さん、犬の声になってもキャンキャン煩いんだ」と呆れながら憐れんだ。
 リリールーは綺麗に紅をはいた唇を震わせて、大粒の涙をこぼしながらユーディアを指さし、またキャンキャン泣いていた。だがその前に笑顔のロイが「はいはい、ちょっと聞いてね」と躍り出て、彼女を取りなし始めた。

「リリールー。自業自得とはいえ卒業までキャンキャン言うだけじゃかわいそうだよね。さて、僕から提案がある。えーと。僕の兄さん竜医をしていてね。動物の言葉が分かるんだ。だからきっと君の力になってくれるんじゃない? 上花会は学生じゃなくても親族は付き添いとして出られる」

 ロイが言わんとすることが分かって、感激したユーディアは思わず彼の両肩を後ろから抱いて揺さぶった。

「君、ロッド兄さんと一緒に上花会にでるといいよ。でもまあ、あの人多分、凄くダンス下手だと思うよ。自分の時は上花会さぼったんだもんな。リリールーは今から足を踏まれても痛くない靴を特注するいいよ」
「リリールー。『好きな人の傍に居たいって頑張る気持ちに勝る勇気はない』らしいぞ」
「きゃ、きゃんきゃんきゃん」

 声だけでは判別ができないが、リリールーは両手をあわせて口元に当ててぽろぽろと涙をこぼして「くぅーん」と切なげに唸った。

「喜んでる、のかな?」
「そうだな。多分」
「まあ、貴方たち。何を騒いでいるのかしら? もう授業が始まりますよ」

 ダンスの授業を担当する教授がぱんぱんぱんと合図の手を叩きながら入ってきた。いつもの黒いローブ姿ではなく、ど派手な薔薇色のドレス姿で現れたものだから、学生たちは大騒ぎしながらも講堂の中にパートナーの手を取って広がっていった。

「エド」

 恋人のエドゥアルドに手を伸ばすと、彼はユーディアの白い手を取り、恭しく口づけた。

「さあ、姉さんも」

 もう一方の手は姉に向かって差し出した。リリールーは口の形だけで「ごめんね」と弟に呟いたから、ユーディアは「いいよ」と口の形だけでそれに答えた。
 外の大風は相変わらず冷たく強い。
 窓をガタガタと不安げに揺らす。だけど大切な人の手の温みを両手に感じていたら、ユーディアは心の底からぽかぽかと温かい力が漲ってきた。
 これからきっとどんなことにでも立ち向かっていけそうだ。

                                          終
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