仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第26話 集魂会の実態

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 長い黒髪に黒い服、特に黒い瞳が印象的な男に表情はない。だが、殺気は充分に伝わった。

「俺も行基に手を出すつもりはないよ。悪い人じゃなさそうだし。ただ、聞きたいことがあるだけだ」

 直桜を見下ろす男を、行基が制した。
 軽く手で押さえられて、男が一歩、後ろに下がる。

「悪いなぁ。コイツも悪い奴じゃねぇんだ。ただ、あんまり人が好きじゃなくってなぁ。コイツは神崎黒介だ。カラスって呼んでいいぞ」
「アンタ、八咫烏? ここにいるってことは、人の血が混ざってるの?」

 直桜の言葉に、黒介の半開きだった目が開いた。

「そうか、惟神だったな。気配で、わかるのか」

 それだけ言って、黒介は顔を背けてしまった。

(八咫烏の里は掟が厳しいから、人の血が混ざると即追放って聞いたことあるけど、本当なんだな)

 どうやら行基の話は嘘ではなさそうだと、直桜はじんわりと実感した。

「ねぇ、さっきの話。紗月の魂が特殊って、どういうこと? 行基は何を知ってるの?」

 熱心に迫る直桜を、行基が呆けた顔で眺める。

「むしろ、なんで惟神のお前が知らねぇんだよ。その口振りなら知り合いなんだろ? 会って、わからなかったのか?」

 行基の言葉が、うまく理解できない。
 それは隣にいる護も同じらしく、難しい顔をしていた。

「霧咲紗月が行基を入滅させた後、反魂儀呪で久我山あやめに遭遇していると話したはずだ。あの時に、恐らく」

 黒介が行基に何やら耳打ちしている。
 話を聞いた行基が、「はぁはぁ」と相槌を打ちながら頷いた。

「そっかそっか、コイツぁ厄介だねぇ」
 
 行基が直桜に向かい、ニタリと笑んだ。

「霧咲紗月って姐さんの魂について、教えてやってもいい。交換条件といこうや」
「交換条件、ですか?」

 険しい顔をする護に、行基が当然と頷く。

「俺がただ世間話をするためにお前さん方を呼んだと思うのかい? ビジネス的な話をするために決まってんだろぉ」
「行基、最強の惟神に会ってみたいだけって言ってたよな?」
「だまらっしゃい。そりゃ、流石に冗談に決まってんだろ」

 行基が茨の口を塞ぐ。ジタバタする茨を黒介が抱き上げて膝に乗せた。
 その姿は家族がじゃれ合っているようにしか見えない。

「できることなら、する。できないことは、出来ない。だからまず、話を聞く」

 直桜の返答に、行基が目を細めた。

「素直な奴は嫌いじゃぁないぜ。お前にとって、紗月って姐さんは大事な仲間なんだなぁ」
「助けたい仲間だよ。紗月には、幸せになってほしいんだ」

 行基の目が座った。

「なら、その気持ちのほんの一部を、俺の仲間にも向けてくれねぇか」

 直桜は少しだけ、考え込んだ。

「出来るかは、わからない。紗月は近くにいるから、助けたいって思う。けど、行基の仲間にも同じ気持ちが持てるかはわからないし、沢山の人を救える力なんて、俺にはない」

 最強の惟神、などと呼ばれても、近くにいる人一人救えたら良い方だ。その程度の力しか自分にはない。

「全く持って正直だねぇ、お前さんは。ま、綺麗事を並べられるよか、よっぽどいいがね。俺からの条件は二つ。一つは、ここでの話を他言しないこと。勿論、13課の連中にも、だ。で、もう一つだが。その前に大事な話を、しねぇとならねぇな」

 行基が黒介を振り返った。
 目が合った黒介が行基に頷いた。

「俺も、この惟神は嫌じゃない。俺を憐れまなかった。だから、いい。蜜や武がどう思うかは、わからないが」
「カラス、呼んだ?」

 あまりにも図ったようなタイミングで、細身の男が現れた。
 色素が薄い、体が弱そうな印象の男性だ。

「タイミングが良すぎるな、蜜」

 黒介が息を吐く。
 仲間ですら呆れるタイミングの良さだったらしい。打ち合わせしていたわけではなさそうだ。

「出てきていいのか、迷っちゃって」

 蜜と呼ばれた男が、困ったように笑う。

「裏で値踏みしていたんだろ。コイツ等が信用に足る人間かどうかを」
「俺はそこまで打算的じゃないよ」

 微笑む顔は全くの無害に見える。
 昔の楓を思い出して、胸が軋んだ。

(こういう、無害な顔で笑う人間には裏があるって考えちゃうのは、楓のトラウマだな)

「で、良いのか? 話して」

 黒介の問いかけに、蜜が直桜と護を交互に眺めた。

「初めまして。俺は碓氷《うすい》蜜白《みつしろ》。国立理化学研究所で生まれた試験管ベイビーで、男なのに子宮があって子を孕める、少子化対策の人体実験の産物だよ。あ、歳は二十歳ね」

 あまりにパンチのある自己紹介に、直桜と護は言葉が出なかった。

「ごめん、情報量が多すぎて処理できなかった。とりあえず二十歳ってことは俺の二個下だね」

 額に指をあてて考え込む。
 その姿を見て、蜜が小さく吹き出した。

「蜜は理化学研究所から逃げてきたから、やっぱり行く場所がねぇのよ。同じような奴がうちには数人いるワケよ」

 行基が直桜に向き直った。

「んで、さっきの質問な。十年前は、その理化学研究所を爆破しようって話になっちまって。さすがにそれは俺の矜持に反する。だから、集魂会は解散した。俺の命と引き換えに、やめてもらったのさ」

 そういうことか、と直桜の中で腑に落ちた。
 国立の機関、しかも人体実験などしている場所なら非公開のはずだ。そんな場所から逃げてきた人間を匿い、研究所を爆破しようとなれば、反社のレッテルを貼られてもおかしくない。
 しかも、黒介にしろ茨にしろ、妖怪として肩書上は戦闘力がある。行基にも法力がある。武闘派組織と銘打たれるのも頷けた。

「行基亡き後は俺がこの組織に集まった奴らを保護していた。行基を呼び出さなきゃならない事態になった時にはすぐに集まれるよう、散った仲間への伝令も、俺がした」

 役割が八咫烏の黒介らしいと思った。
 人の血が混じっても、やはり八咫烏だ。そもそも、直桜に言わせれば黒介の人の血の気配は薄くて、ほとんど純血の八咫烏と変わらないように感じる。
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