仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

文字の大きさ
198 / 354
第Ⅲ章

第30話 おかえり

しおりを挟む
 13課組対室に戻ると、清人たちも既に戻っていた。
 智颯と円、念のために瑞悠も回復室で明日まで治療と経過観察になった。全身をチェックし軽い治療を終えた保輔だけは、小一時間で組対室に戻った。

「疲れてるなら明日でもいいぞ。貫徹だったし、眠ぃだろ。時間はあるから急いでねぇよ」

 清人の言葉に、保輔は首を振った。

「今更、寝る気にはなれへんし、出来ることは今のうちにしといた方がええやろ。明日になったら、色々面倒もありそうやしね」

 面倒とは、智颯や瑞悠のことだろうと思った。 
 明日になって回復室から出てくれば、きっと同席したがる。それを面倒に感じているのかもな、と思った。

「そうか。んじゃ、挨拶な。俺が13課組織犯罪対策室室長の藤埜清人だ。よろしくな」

 清人の手をとり保輔が頭を下げた。

「まずはお礼、言わしてや。bugsのメンバーを引き受けてくれたこと、メンバーへの寛大な処遇、本当に有難うございました」

 保輔が紗月や直桜、護に向かって、もう一度、頭を下げた。

「なんだ、結構ちゃんとしてんじゃん。まともな話は聞けそうだな」

 清人に促されて保輔がソファに腰掛ける。
 護にコーヒーを手渡されて、保輔がぺこりと頭を下げながら受け取る。その仕草はどこかビクついて見えた。

「保護したメンバーは今、集魂会にいる。今後も行基たちの元で生活してもらう。集魂会は今、13課の下部組織、正確には13課組対室ウチの直下だ。時には仕事もしてもらうが、異論はないよな」

 清人の説明に、保輔が顔色を変えずに頷いた。

「充分、有難いし、俺に異論を挟む余地も権限もない。瀬田さんとの交渉の時点で、その話は聞いたし飲んださけ、それで構いまへんよ」

 清人が頷き、表情を改めた。

「じゃ、こっからが本題だ。bugsは最近まで独立した活動をしてたな。なんで反魂儀呪の傘下に入った?」
「精子バンクを始めたのも反魂儀呪に下った後だよね? 理研とはその前から繋がってたの?」

 清人と紗月の質問に、保輔も表情が変わった。

「bugsは理研から逃げてきたり捨てられた連中の溜り場やった。始まりは只の不良集団や。生きるのに金が必要でコスい商売しとった程度や。理研と付き合いが戻ったんは反魂儀呪の傘下に入ってから。下った理由は、情報が欲しかったからや」
「情報? 反魂儀呪のか? 何のために?」

 清人の眉間に皺が寄った。

「理研と、理研を支える反魂儀呪を潰すため。その後ろにある、でっかい闇の正体を暴くためや」

 思っていた以上に大きな理由と、あまりに13課組対室の目的と重なり過ぎていて、直桜は息を飲んだ。

「そんなら最初から13課につく方が、危険もなくて有意義だったんじゃねぇの?」

 清人が尤もな質問をした。
 保輔の視線が清人に向いた。

「アンタらは反魂儀呪の内部事情をどれだけ知っとる? 根城の場所は? 構成員は? 護衛団の九十九が現在何人おるか、答えられるんか?」

 清人が黙ったまま、保輔を見詰めた。

「知らんやろ。だからや。理研も反魂儀呪も外側からじゃ探れん。だから、内側に入らなあかんと思うた。理研は、そもそもが俺にとっては実家やからね。体感でわかってた。本気で探り入れんなら、入り込むしかないってな」

 清人が息を吐いて頭を掻いた。

「お前が思い切りの良すぎる奴だってのは、わかったよ。じゃぁ、なんで今度は反魂儀呪を裏切って直桜の誘いに乗った? bugsが反魂儀呪の傘下に入って、まだ一年程度ってとこだろ。情報収集は終わったのか?」
 
 保輔が渋い顔をして首を横に振った。

「まだまだ情報は足りん。けど、これ以上は危険やと思ぅた。命の危険を感じた。瀬田さんの取引は俺にとってはタイミング良かってん。格好悪い話やけどな」
「その命の危険て、自分じゃなくてメンバーの子たちの話でしょ。呪術の実験に何人か寄越せって命令無視したせいで、今回の惟神の精子の採取やらされたわけでしょ」

 紗月の言葉に、保輔が顔を背けた。

「あいつら、喋りおったんか……」

 ぼそりと呟く保輔の眉間に皺が寄っている。
 初と稀の報告では、保輔は死ぬつもりでいたらしいから、確かに自分の命の話ではないのだろう。

「坂田美鈴はbugsが反魂儀呪の傘下に入ってから、反魂儀呪経由で理研から派遣されたって武流に聞いてる。でも前から知り合いだったんだろ? 保輔が理研や反魂儀呪を潰したい理由って、その辺なの?」

 保輔がちらりと直桜に視線だけ向けた。

「武流に何をどこまで聞いたん?」
「碓氷さんや武流は幼い頃、保輔と同じ場所で育ったって。そこに坂田美鈴もいたって聞いた。理研で生まれた他の子とは区別された、masterpieceって分類の候補だったって。それ以上は時間がなくて聞けなかったよ」

 保輔が小さく息を吐いた。

「masterpieceは正確にはcode分類やない。理研が作りたい理想の人間を指してんねや。霊能があって生殖能も強い人間や。少子化対策は建前やけど、目的でもあるんよ。良質な遺伝子を残すためのな」
「霊元が強い人間の遺伝子を残したいってこと?」
「そういうこっちゃ。一番の目的は霊元が強い人間を人工的に作ることやけどな。masterpiece候補は第二次性徴が終わるまで隔離されて特別待遇やねん。生殖能は勿論、俺らは霊能も性徴に合わせて変化するらしいから、大体九~十五歳くらいの間で最終決定される。その時点で俺はbluderやってん」

 難しい顔で保輔の話を聞いていた清人が、口を開いた。

「masterpieceは最高傑作だろ。bluderてのは失敗作か」
「せや。その下にbugがある。bluderとbugはcodeで四つに分けられる。俺のcodeは土蜘蛛。このcodeは俺しか持ってへんねん。ほとんどが犬夜叉か夜雀、珍しいのが覚やな。脳神経系に作用する力を持っとる奴らや」

 清人の顔が益々険しくなっていく。
 人間を分類する理研のやり方が気に入らないのだろう。怒りが肩から昇っているように見える。

「俺と美鈴と、武と、蜜、あと三人いたのやけど、そん中で本物のmasterpieceは二人だけや。美鈴は、違ぅたみたいやしな」

 保輔の顔が少しだけ俯いた。

「俺がbluderで、武と蜜はbugにされて集魂会送りや。俺はそれが嫌で逃げた。皆で暮らしてたあん頃は、楽しかったよ。まさかこんな風に、生き方が分かれるなんて、あん頃は思うてなかったなぁ。なんて、言うても意味ないけどな」

 思い出を噛み締めるように、保輔がゆっくりと話す。
 その表情は、笑んでいるようにも悲しそうにも見えた。
 
 エレベーターが開く気配がして、事務所の扉が開いた。

「遅くなって、すまなかった。今日は桜ちゃん、来られそうにないから俺だけで勘弁してくれるかい?」

 重田優士が慌ただしく入ってきた。
 どんなに忙しくても余裕で構えている人が、珍しいなと思った。
 後ろを振り返った保輔が、優士の姿を見詰めて、動きを止めた。
 その視線に気が付いた優士もまた、保輔の姿を見詰めて足を止めた。

「やぁ、君が伊吹保輔君? 集魂会でも反魂儀呪でも会わなかったね。尤も反魂儀呪では外で良いように使われていただけだけど。君はもっと内側まで入り込めたんだろう? 色々話を聞かせてもらえると、助かるよ」

 優士が保輔に手を差し出す。
 ゆっくりと立ち上がった保輔が、やはりゆっくりと優士に歩み寄った。

「アンタが、重田、優士、さん?」

 保輔の声が明らかに震えている。

「うん、そうだよ。安倍英里の夫で、13課ではバディだった」

 何故今、英里の名前が出てくるのか、直桜には不思議だった。

「安倍英里ちゃう。英里は、重田英里や。そうか、アンタが、英里を幸せにしてくれた人なんやね。アンタの中に、今でも英里は生きとんのやね」

 保輔の震える手が、優士の胸に触れる。

「英里の霊元のお陰で、俺にも英里の記憶が断片的にあるんだ。君は幼い頃、理研の特別保育園で英里に育てられたんだね。古い記憶は少ないから、わからないことの方が多くて申し訳ないけど、英里に懐いてくれていたんだね」

 保輔が何度も首を振る。

「俺のことなんか、覚えてなくてもええ。アンタが生きててくれるだけで、ここに英里がおってくれるだけで、ええねや」

 まるで英里の霊元を求めるように保輔が優士の胸に顔を付ける。
 縋るような保輔の背中を、優士が優しく撫でた。

「おかえり、保輔。長いこと放ってしまって、ごめんね」

 優士の声が英里の声と被って聞こえた。
 保輔の肩が震えた。
 透明な雫がいくつも零れ落ちているのが見えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

処理中です...