仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ章

第69話 稜巳の封印解除

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 稜巳の怯えた顔に気が付いて、直桜は手を離した。
 保輔に背中を撫でられると、稜巳が安心した顔に戻った。

「封印の中の穢れた神力ごと、綺麗に浄化も出来るけど、サンプルをとった方が良いと思うんだ。俺たちが知っている穢れた神力とはちょっと違う気がする」

 強い邪の気配と神力に混じって、何かがある。
 封印が邪魔して、外側からは感じ取れない。

「取り出したり、できるのかい?」

 サンプルボックスを取り出して、開が歩み寄る。

「俺はできないけど、枉津日なら出来そうかなって」

 直桜は清人を見上げた。
 清人の後ろから、枉津日神が顕現した。

「他の惟神の神まで顎で使おうとは、図々しくなったな、直桜よ」

 言葉とは裏腹に、枉津日神が楽しそうに稜巳に寄った。

「ごめん。でも、直日が触れたらきっと一瞬で浄化されちゃうから。触れられるのは枉津日しかいないと思って」

 穢れた神力を纏う枉津日神でなければできない御業だ。

「仕方がない。さんぷるがとれれば清人が喜ぼうからな、使われてやろうぞ。おぉ、可愛らしい蛇じゃて」

 枉津日神が稜巳の頭を撫でる。
 保輔の腕の中で、稜巳が枉津日神を呆けた顔で眺めた。
 その隙に枉津日神が稜巳の背中に手をあてる。体に沈んだ指が封印の向こう側の何かを手繰り寄せた。

「ほれ、落とすぞ」

 指を引き抜き、人差し指を開に向ける。
 開が慌ててボックスを差し出した。
 枉津日神の指から黒い液体が、どろりと垂れた。

「このまま祓うとしようか。直桜、祓いは手を貸せよ」

 稜巳の頭から手を放して、枉津日神が少しだけ下がった。

「枉津日だけで充分祓えそうだけど。俺、必要?」
「うむ。吾の神力を分けてやる故、直日の神力と混ぜてみよ。きっと、よりよく祓えようぞ」

 何かを含んだ枉津日神の言い方が気になった。
 直桜は素直に頷いて、稜巳に向き合った。
 稜巳が保輔に縋り付く。

「大丈夫だ、稜巳。元に戻るだけだ。案ずるな」

 怯える稜巳に保輔が優しく声を掛ける。
 直桜は稜巳の背中に手をあてた。

「では、流すぞ」

 枉津日神の神力が、直桜の中に流れ込む。
 普段は感じない、強い圧迫を感じた。

(本物の穢れた神力って、こんな感じなんだ。清人の神力も護の鬼力も、内側では感じないから知らなかったけど、俺にはちょっと苦しい)

 穢れを孕む神力は、直桜にはまるで強力な酒のような異物感があった。
 神力を練って、自分の神力と枉津日神の神力を混ぜ合わせる。
 その神力を、手を通して稜巳の中に送り込んだ。
 稜巳の内側から金色の光が漏れ流れる。
 徐々に光を増した金色が、稜巳を覆いつくした。
 あまりの光の強さに、保輔が稜巳から手を離す。
 
「これ、大丈夫なの? 稜巳って妖怪だけど、浄化の力、強すぎない?」

 稜巳の姿を隠すほどに大きく膨れた光を指さす。

「強い浄化でなければ、あの封は解けまい。だが稜巳は妖怪じゃ。穢れを含まぬ清い神力だけでは苦しかろう。直日の神力だけでは稜巳の存在総てを浄化する恐れもある故な。吾の神力を含めれば、大丈夫じゃ」

 事も無げに話した枉津日神に絶句する。
 だから枉津日神は直桜の呼びかけに、あっさり姿を現してくれたのだろうが。そういう話は先に教えてほしい。

「浄化が終わるぞ。鬼が出ようか蛇が出ようか」
「どっちも困るよ」

 楽しそうに語る枉津日神に呆れた苦言を漏らした。
 とはいえ、稜巳は蛇だから蛇は出てくるわけだが。

 光が収まったその場には、一人の女性が座り込んでいた。 
 長い髪をその身に纏い、虚ろな目で保輔を見上げている。

「おかえり、稜巳」

 保輔が差し出した手を、稜巳が握った。

「ずっと、ずっと、お会いしたかったです、弥三郎様」

 稜巳が、握った保輔の手に口付ける。
 一匹の白い大蛇が誓いでも立てているような姿だと思った。

「本当に戻っちゃったね。覚悟してたけど、ちょっと残念だ」

 小さく零した優士を、稜巳が振り返った。
 立ち上がり、優士に駆け寄ると、稜巳が優士に抱き付いた。

「姿は変わっても、私は優士様と生きたいです。同じ家に帰ります」

 はっきりと断言されて、優士が顔を赤らめた。

「いやまぁ、うん。ダメではないけど、良くもないかな。さすがに男の一人暮らしに今の姿の稜巳を連れ込めない気がする」

 優士の懸念が生々しいなと思うが、そう感じる程度には稜巳の姿は変化している。そう言いたくなる気持ちは理解できる。

「しばらくは13課預かりにして、俺か梛木が預かってもいいが」

 忍の提言に、稜巳が激しく首を振った。
 腕を伸ばして優士に縋り付く。

「私は優士様と生きたいです。問題があるなら婚姻を……、それはダメだわ。優士様は英里の旦那様だもの。では、お世話係を! 何でも致します。決して邪魔にはなりません!」

 優士に迫る稜巳を、清人が呆気に取られて眺めていた。

「こんだけ可愛い妖怪に言い寄られたら、冥利に尽きるけどなぁ。人間だと社会的に死ぬ可能性もあるもんな」

 妖怪は見目が若い者が多い。
 特に女の妖怪は若く変化する場合が多い。人間の男が若く美しい女性を好む傾向が強いからだ。捕食などのため取り入る妖術の一環ともいえる。
 例に洩れず、稜巳の見た目は精々、二十代前半の女性だ。清人の言葉も理解できなくはない。

「とりあえず、今日は連れて帰ってやれ。身の振りは、おいおい考えればいい。今は封印を掛けられた状況を聞くのが優先だ」

 忍が、いともあっさり優士を稜巳に売った。
 稜巳が嬉しそうに優士に抱き付く。
 優士が困った顔で、されるがままになっている。困ってはいるが、嫌そうには見えないから、直桜もいいかなと思った。

「保輔は、大丈夫?」

 直桜に声を掛けられて、保輔が首を傾げた。

「弥三郎の記憶が戻ったりして、負担になってないかなって」

 話し方が弥三郎になったり保輔になったりすると、精神がやられはしないかと心配になる。

「あぁ、問題ないよ。弥三郎の記憶は俺の一部や。さっきは稜巳が不安にならんように先代の話し方、真似ただけやき。ただ、稜巳のお陰で俺ん中の弥三郎の記憶も、色々蘇ったよ」

 保輔が神妙な面持ちをする。

「伊吹山の討伐は、只の妖怪狩りやないかもしれん。神力確保のための神様狩りや」

 保輔の言葉に、直桜を始め全員が息を飲んだ。
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