それじゃあお仕事辞めてきますね!

すずの

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2:社長さんからのお呼び出し

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 兵藤 なぎさ、そう書かれた名刺を貰い。
 新垣 まこと、そう書かれた名刺を渡した。



 都内の中々の立地に立つビル群の一つ。
 綺麗な内装に、ガラス張りのオフィス。
 働く方たちも、心なしかハキハキキラキラと働いているように見える。
 見えるだけで、心情などわかりようもないが、提携先として連れて来られた場所は、自分にとっては輝いて見えるような場所だった。

 そして紹介された社長。
 こういうのは課長や部長クラス、もしくは担当してくださる方とご挨拶するものなのでは? と思ったが言葉には出さない、それがあちらの流儀なのかもしれないからだ。

 だが、その社長がまさか昨日の哀愁漂うちょっと残念な真面目系イケメンであると知って、さすがに固まらずにはいられなかった。

 相手も此方に気が付いたようで、少し目が見開いた。

 先に動いたのは相手だった。
 名刺を取り出し、裏に何かを書くと、それを俺に渡してきた。
 なので俺も名刺を渡す。
 勿論、マナーは守りお互い礼をしながら。

 今回は顔見せという事で、ここらへんでお開きになった。

 俺は帰りの車の中で名刺の裏を見ると、名刺に書かれている番号とは別の携帯の番号が書かれていた。
 そしてその下に走り書きで、謝罪したいと書いてあったのだ。

 俺に対して何を謝罪したいか分からないが、これからも顔を合わせることになるのであれば、之に乗らないと後々気まずい事になりかねないので、此処は素直に業務終了したら電話をしよう。

 課長が運転する車の中で、そんなことを思った。
 普通であれば、下っ端の俺が運転するところなのだろうけど、俺の運転は酔うらしいので俺の運転を知っている人間は俺に運転させたりしないのだ。

 ちょっぴり残念である。
 

*****



「んー」
「なんだ新垣、終わったのか」
「あー、先輩お疲れ様ですー、終わりました」

 デスクの前で伸びをする俺の後ろに立つ先輩。

「珍しいな、お前がそんなに急いで仕事してるなんて、これから予定か?」
「そうなんですよー、ちょっと予定があって、それじゃあ俺これで上がります、お疲れ様です」
「じゃあ飲みに誘うのはやめとくか、気をつけて帰れよ」
「すいません、ありがとうございます」

 そう、いつもはダラダラと残った仕事を終わらせるわけだが、今日はそういう分けにはいかない。
 きっとあの残念哀愁イケメン社長の事だから、携帯を見ながら背筋を伸ばして座っているだろう。
 ……やばい、冗談のつもりが本気で想像できてしまった。

 俺は会社を出ると、そのまま指定された電話にかけた。
 すると、ワンコールで電話に出る社長が、俺の想像が当たっていたといわれているようで、微妙な顔になってしまった。

「お疲れ様です、新垣です、兵藤社長のお電話でお間違いありませんか? お待たせいたしておりましたら申し訳ございません」
「兵藤だ、いや、此方から誘った身、謝らないでほしい……これから少し時間があるだろうか、あって謝りたい」
「いえ、謝られることにあまり心当たりが」
「知らぬ男が家のインターホンを何度も押していたら、さすがに不信だろう……そのあたりの弁明も含ませてほしい」
「あ、はい」
「では、そちらの最寄り駅に寄る、車で行くので着いたらまた連絡する」
「お待ちしております」

 切れた電話を見つめながら、俺は駅へと歩を進める。
 どうやら、あの家が俺の家だと知っているようだ。

 もしくは、今日になって知ったのだろうか。
 それならば想像がつく。

 それにしても、別に弁明しなくてもそこまで気にはならないけれど。
 まぁ、接待だと思って付き合いますか。
 ここらでいい関係を持って、適当に会社での地位も落ちないようにできれば上々か。

 そんな下心満載で待っていた俺は、駅に取りつけられている時計を見た。
 あれから約二十分、そろそろ来るだろうか。

 人の流れにぼんやりと目を移す。
 
 同じようなスーツリーマンが駅へと吸い込まれていく。
 それと同じくらいの私服の人たちが、何やらざわめきながら過ぎて行ったり出てきたり。
 こういう情景を見ていると、俺何してるんだろうなといけない方に冷静になる。

 皆そうである、だけどそれに従っていても仕方ない。
 なんとも言えない気分のまま待つこと更に五分、着信。

「待たせて済まない、ロータリーに着いた」
「行きますね」

 ロータリーを見ると、昨日アパートの前で見た車が止まっていた。
 どうやら、あれは社長の愛車だったようだ。

 一度窓をコンコンコンと叩き、中に入る。

「お邪魔します」
「遅れて済まない……良ければこれから行きつけのバーに行く予定なのだが、大丈夫か?」
「はい、お付き合いします」
「重ね重ね済まないな」

 社長はそういうと、車を走らせ始めた。
 特に話すこともないので、黙っている二人。

 俺はこういう雰囲気は耐えられないことはないが、どうやら社長がそわそわし始めた。
 俺は心の中でため息を吐き、社長に話しかけることにした。
 
「それにしても、まさか昨日の今日で会うとは驚きました」
「それはこちらも同感だ、しかし、なんというか、昨日のあの姿を見られたと思うと、その恥ずかしいな」
「そのことは、後で聞かせてもらいますね」
「あぁ……ラジオでもつけようか」

 気まずさに耐えかねた社長がラジオをつける。
 
 ついたラジオからは、明日の週末はお出かけ日和! という他愛のない内容が流れ始める。
 そういえば今日は金曜日か。
 いつもなら解放感を感じる今日も、なんとも微妙なものだ。



 パーソナリティーの雑談が終わり、ラジオドラマが始まろうとしているとき、バーに着いた。
 地下に車を止めた社長、車を降りて後について行く。

 出迎えた店員さんとも顔馴染みなのか、何か二、三話すと鍵を受け取る社長。
 そのままバーに併設されているエレベーターを使い、三階へと上がる。
 降りてすぐに扉が現れ、そこに鍵を差し込む社長。
 開いた場所は、先ほどと同じような場所であったが、一応俺は鍵を閉めて入った。
 どうやら特別な客用の空間であろうという事は、容易に想像ができた。
 カウンターに併設されている椅子が数脚、一人のバーテンダーが頭を下げた。


「いつものを二つ」

 そっと出されたカクテルを飲んでみると、普通にお酒だった。
 おいしいはおいしいが、それよりも。

「社長、飲酒運転はだめですよ?」
「あっ……」
「……」
「済まない、いつもはタクシーでくるので、その、忘れていた」

 社長……やはりそこはかとなく残念ですしゃちょー。

「帰りは君の分もタクシーを呼ぶ」
「……ありがとうございます」

 こういうご厚意は、素直に頂いておこう。

「はぁ、だめだな俺は、最近は本当にダメだ」
「ま、まぁそう落ち込まずに、今日はそれを聞きに来たんですし」
「そうだな、先ずは済まなかった……今日調べさせてな、昨日インターホンを押していた場所が君の部屋だと知った、申し訳ない」
「いえ、まぁ何かしら理由があったようですし」
「……何から話すか、そうだな、俺には結婚をしたい人がいたんだ」

 愛人じゃなかったのか……。

 そんなことをぽんやり考えながら、社長の独白は始まった。




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