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第7話 第一章 企業秘密の謎解きは開店後に⑥
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「森へ? 気を付けてね」
期待はあっさりと裏切られた。近所のお店に出かけるかのような気軽さである。
「ちょ、ちょっと待ってください。エメさん。誘拐犯らしき集団とドラゴンがいる森へ行くんですよ。心配じゃないんですか?」
「黒羽さん。この子はもう十八歳です。そろそろ自分の行動に責任が持てる年齢なんですよ。心配ですけど、過保護はいけません。それに、自分の身は自分で守れるほどの力は、身につけさせてきました。今のレアなら、魔法で大抵の出来事には対処できるはずです」
エメは暖かい瞳でレアを見つめ、微笑む。娘を信頼している母親の姿は、両親がいない黒羽には少し眩しい。エメから視線を外し、どうすれば、納得してもらえるのだろうと考える。と、その時
「連れてってやんな」
調理場の奥から昨日の中年男性が姿を現した。額に脂汗を掻いているところを見る限り、懸命に働いているようだが、服の所々が焼け焦げているのはどういうことだろうか?
黒羽の視線に気付いた男が、ぶるりと身を震わせると渋々といった様子で答えた。
「さっきよ……え、エメ様のむ、胸を触ろうとしたらさ。凄まじい魔法でちょっとな。なんでも、そのレアお嬢様も魔法をかなり使うらしいからよ。心配いらねえと思うぜ」
この男がこんな様子になるまでの経緯が、映像を見るように鮮やかにイメージできる。呆れを通り越して感心すら覚えそうだ。黒羽は一瞬間をおいてから、首を振った。
「いいや、やっぱり駄目だ。フラデンの一大事なのは分かりますが、自警団に任せた方が良いです。でも、俺には時間がない。馬鹿らしいと思うかもしれませんが、顧客の信頼を裏切るくらいなら、危険を承知で行きます。でも、レア。君は行ってはいけない。どんなに魔法が凄くても、何が起こるか分からない。残るんだ」
目をぱちくりとさせ、レアは母と視線を合わせて笑う。黒羽に近づくと、手を彼の胸に当てて、温かい口調で言った。
「黒羽さん。私はあなたが怪我でもしないか心配なんです。微力かもしれないですけど、ちょっとでもお役に立てるなら、一緒に行って手助けをしたい。……それに、もう見送って後悔するのは嫌かな」
(見送って後悔する?)
どういう意味なのか計りかねたが、その言葉に込められた想いは、聞き返すのをためらうほど、重いと黒羽は感じた。それと同時に、じんわりとしたぬくもりが体の隅々まで染み渡った気がする。異世界でこんなにも自分を心配してくれる人がいる。それは、何とありがたいことなのだろう。
「私からもお願いします。あなたに何かあれば、娘はすごく落ち込みます。どうか連れて行ってくださいな。業種は違えど、同じ経営者として、あなたのこだわりは分かる気がしますし、応援します。でも、一つ約束を。決して無理をしない。よろしいですね」
こう言われては、頷くしかなかった。エメに頭を下げ、黒羽は、レアを連れて宿を出る。
ドアを開けた時、風が頬を撫でた。心地良い風だが、残念ながら黒羽の心に巣くう不安を癒してはくれなかった。
※
「黒羽さん。ひとまず、どうしますか?」
二人は現在、フラデンの東門を抜けた先の街道にいる。町の商人達に聞いたところ、自警団はこの街道から森へ入って行ったのを見たと話してくれた。
「ウーン。たぶん彼らはここから入っていったな。地面に足跡が沢山残ってる」
「本当だ。ねえ、黒羽さん。あの人達とは違うところから森に入りませんか。見つかると、連れ戻されちゃうと思います」
だろうな、と思った黒羽はレアの案に乗ることにした。街道は、森に左右を挟まれる形で遠くまで続いている。黒羽達は彼らが捜索しているであろう場所から反対側の森へと足を踏み入れた。
「黒羽さん。足元に注意してくださいね」
森はまだ、朝だというのに薄暗く、木や土の濃い匂いが漂っている。猿に似た生き物が時折、枝から枝へ伝わり、遠くから威嚇をしてきたがそれを除けば、辺りは耳に痛いほど、静寂さが支配していた。
「レア、まずはムーンドリップフラワーと川の様子を確かめたい。この近くに川はあるかい?」
「ありますよ。近いって言っても森の奥深くですけどね」
黒羽にとってはどこもかしこも変わらない風景だが、レアには区別がつくらしい。特に迷う様子もなく、確かな足取りで進み始めた。
――時間にして二十分ほど経過した頃。草をかき分け、先導していたレアが、後ろを振り返ることなく、唐突にポツリと話しかけてきた。
「黒羽さん。さっき私が”見送って後悔するのは嫌かな”って言ったこと、覚えてますか」
「ああ、覚えている」
「なんで、あんなこと言ったと思いますか?」
足音と草の擦れる音。それ以外は、再び一切の音がしなくなった。黒羽が分かるはずもなく、すぐには答えられない。考えて、迷って、やっと、とある可能性に辿り着く。
「もしかしてだけど、お父さんのことかい?」
前々から気にはなっていた。憩いの宿アルシェで、父親の姿を見たことがなかったのだ。何か深い事情があるかもしれないと思っていただけに、黒羽はこの答えに自信があった。
「ええ、正解です。こういうことは鋭いですね」
「こういうこと?」
「何でもありません。昔のお話なんですけど、うちのお父さんはお母さんと結婚した後に、宿を開業したんです。私も生まれて、家族三人で幸せに過ごしてました。けど……」
レアは相変わらず、後ろを振り向かず話をしているので、表情は読み取れなかったが、声のトーンが変化した。黒羽は口を引き結び、耳に意識を集中させる。
「激しい雨が降っていた日でした。今でも、壁に叩きつけられる雨の音を覚えています。お父さんは、宿に来ることになっていたお客さんが、一向に来ないことを心配して、探しに外に出たんです。そしたら……しばらくしてそのお客さんが、泥だらけの状態で宿に来ました。タオルを持ってきたお母さんの手にしがみついて、震えた声で言ったんです」
次の言葉は、たっぷり三秒ほど時間をかけた後、絞り出すように彼女の口から飛び出した。
「土砂崩れが起きて、突き飛ばされた俺は助かった。けど、あの人は巻き込まれてしまったって。外に出る時、お父さん、私の頭を撫でて大丈夫だよって言ってくれたんです。それなのに……」
たまらず、黒羽は彼女の肩に手を置き、強引にこちらに振り向かせた。辛うじて泣いてはいなかったが、毒々しい辛さを必死に耐えているような表情が見ていて辛い。思わず、彼女を抱きしめた。
「すいません。こんな話をいきなり。でも、考えてしまうんです。あの時、何か私がしてさえいれば、お父さんも無事だったかもって。もう、後悔するのは嫌。だから……だからね、黒羽さんを一人で行かせちゃいけないって思ったんです」
(そうか。そうだったのか)
黒羽の胸は、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、抱きしめる力を少し強めた。
レアは、しばらく黒羽の胸に頭を乗せ、ジッと動かなかったが、頭が少し冷えると物凄い勢いで離れた。
「ごめんなさい。私ったら。アハハ、えーと。行きましょうか」
顔中余すところなくまっ赤に染め上がったレアは、いつもよりも速い速度で歩きはじめる。黒羽は、そんな彼女に声をかけた。
「レア、ありがとう。君が心配してくれて嬉しいし、こうして案内までしてくれて助かってる」
立ち止まると、レアは振り返り、太陽のように明るく笑った。
「いいえ。いつも助けてもらっているのは私ですから、これくらい恩返しさせてください。川にはもう少しで到着しますから、しっかりついてきてくださいね」
進むほどに、変わった形の大きな木を沢山見かけるようになった。大男が横に三人は並べるほど太く、長さは三十メートルほどあるだろう。枝は微風で揺れるほど細く、先端は地面に触れるほど長く伸びている。ちょうど、釣り竿と釣り糸のような感じである。普段は、この先端が地中の水分を吸い上げ、木々全体に水を行き渡らせているのだが、吸い上げるべき水が不足しているようだ。枝は乾燥しきっていた。
期待はあっさりと裏切られた。近所のお店に出かけるかのような気軽さである。
「ちょ、ちょっと待ってください。エメさん。誘拐犯らしき集団とドラゴンがいる森へ行くんですよ。心配じゃないんですか?」
「黒羽さん。この子はもう十八歳です。そろそろ自分の行動に責任が持てる年齢なんですよ。心配ですけど、過保護はいけません。それに、自分の身は自分で守れるほどの力は、身につけさせてきました。今のレアなら、魔法で大抵の出来事には対処できるはずです」
エメは暖かい瞳でレアを見つめ、微笑む。娘を信頼している母親の姿は、両親がいない黒羽には少し眩しい。エメから視線を外し、どうすれば、納得してもらえるのだろうと考える。と、その時
「連れてってやんな」
調理場の奥から昨日の中年男性が姿を現した。額に脂汗を掻いているところを見る限り、懸命に働いているようだが、服の所々が焼け焦げているのはどういうことだろうか?
黒羽の視線に気付いた男が、ぶるりと身を震わせると渋々といった様子で答えた。
「さっきよ……え、エメ様のむ、胸を触ろうとしたらさ。凄まじい魔法でちょっとな。なんでも、そのレアお嬢様も魔法をかなり使うらしいからよ。心配いらねえと思うぜ」
この男がこんな様子になるまでの経緯が、映像を見るように鮮やかにイメージできる。呆れを通り越して感心すら覚えそうだ。黒羽は一瞬間をおいてから、首を振った。
「いいや、やっぱり駄目だ。フラデンの一大事なのは分かりますが、自警団に任せた方が良いです。でも、俺には時間がない。馬鹿らしいと思うかもしれませんが、顧客の信頼を裏切るくらいなら、危険を承知で行きます。でも、レア。君は行ってはいけない。どんなに魔法が凄くても、何が起こるか分からない。残るんだ」
目をぱちくりとさせ、レアは母と視線を合わせて笑う。黒羽に近づくと、手を彼の胸に当てて、温かい口調で言った。
「黒羽さん。私はあなたが怪我でもしないか心配なんです。微力かもしれないですけど、ちょっとでもお役に立てるなら、一緒に行って手助けをしたい。……それに、もう見送って後悔するのは嫌かな」
(見送って後悔する?)
どういう意味なのか計りかねたが、その言葉に込められた想いは、聞き返すのをためらうほど、重いと黒羽は感じた。それと同時に、じんわりとしたぬくもりが体の隅々まで染み渡った気がする。異世界でこんなにも自分を心配してくれる人がいる。それは、何とありがたいことなのだろう。
「私からもお願いします。あなたに何かあれば、娘はすごく落ち込みます。どうか連れて行ってくださいな。業種は違えど、同じ経営者として、あなたのこだわりは分かる気がしますし、応援します。でも、一つ約束を。決して無理をしない。よろしいですね」
こう言われては、頷くしかなかった。エメに頭を下げ、黒羽は、レアを連れて宿を出る。
ドアを開けた時、風が頬を撫でた。心地良い風だが、残念ながら黒羽の心に巣くう不安を癒してはくれなかった。
※
「黒羽さん。ひとまず、どうしますか?」
二人は現在、フラデンの東門を抜けた先の街道にいる。町の商人達に聞いたところ、自警団はこの街道から森へ入って行ったのを見たと話してくれた。
「ウーン。たぶん彼らはここから入っていったな。地面に足跡が沢山残ってる」
「本当だ。ねえ、黒羽さん。あの人達とは違うところから森に入りませんか。見つかると、連れ戻されちゃうと思います」
だろうな、と思った黒羽はレアの案に乗ることにした。街道は、森に左右を挟まれる形で遠くまで続いている。黒羽達は彼らが捜索しているであろう場所から反対側の森へと足を踏み入れた。
「黒羽さん。足元に注意してくださいね」
森はまだ、朝だというのに薄暗く、木や土の濃い匂いが漂っている。猿に似た生き物が時折、枝から枝へ伝わり、遠くから威嚇をしてきたがそれを除けば、辺りは耳に痛いほど、静寂さが支配していた。
「レア、まずはムーンドリップフラワーと川の様子を確かめたい。この近くに川はあるかい?」
「ありますよ。近いって言っても森の奥深くですけどね」
黒羽にとってはどこもかしこも変わらない風景だが、レアには区別がつくらしい。特に迷う様子もなく、確かな足取りで進み始めた。
――時間にして二十分ほど経過した頃。草をかき分け、先導していたレアが、後ろを振り返ることなく、唐突にポツリと話しかけてきた。
「黒羽さん。さっき私が”見送って後悔するのは嫌かな”って言ったこと、覚えてますか」
「ああ、覚えている」
「なんで、あんなこと言ったと思いますか?」
足音と草の擦れる音。それ以外は、再び一切の音がしなくなった。黒羽が分かるはずもなく、すぐには答えられない。考えて、迷って、やっと、とある可能性に辿り着く。
「もしかしてだけど、お父さんのことかい?」
前々から気にはなっていた。憩いの宿アルシェで、父親の姿を見たことがなかったのだ。何か深い事情があるかもしれないと思っていただけに、黒羽はこの答えに自信があった。
「ええ、正解です。こういうことは鋭いですね」
「こういうこと?」
「何でもありません。昔のお話なんですけど、うちのお父さんはお母さんと結婚した後に、宿を開業したんです。私も生まれて、家族三人で幸せに過ごしてました。けど……」
レアは相変わらず、後ろを振り向かず話をしているので、表情は読み取れなかったが、声のトーンが変化した。黒羽は口を引き結び、耳に意識を集中させる。
「激しい雨が降っていた日でした。今でも、壁に叩きつけられる雨の音を覚えています。お父さんは、宿に来ることになっていたお客さんが、一向に来ないことを心配して、探しに外に出たんです。そしたら……しばらくしてそのお客さんが、泥だらけの状態で宿に来ました。タオルを持ってきたお母さんの手にしがみついて、震えた声で言ったんです」
次の言葉は、たっぷり三秒ほど時間をかけた後、絞り出すように彼女の口から飛び出した。
「土砂崩れが起きて、突き飛ばされた俺は助かった。けど、あの人は巻き込まれてしまったって。外に出る時、お父さん、私の頭を撫でて大丈夫だよって言ってくれたんです。それなのに……」
たまらず、黒羽は彼女の肩に手を置き、強引にこちらに振り向かせた。辛うじて泣いてはいなかったが、毒々しい辛さを必死に耐えているような表情が見ていて辛い。思わず、彼女を抱きしめた。
「すいません。こんな話をいきなり。でも、考えてしまうんです。あの時、何か私がしてさえいれば、お父さんも無事だったかもって。もう、後悔するのは嫌。だから……だからね、黒羽さんを一人で行かせちゃいけないって思ったんです」
(そうか。そうだったのか)
黒羽の胸は、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、抱きしめる力を少し強めた。
レアは、しばらく黒羽の胸に頭を乗せ、ジッと動かなかったが、頭が少し冷えると物凄い勢いで離れた。
「ごめんなさい。私ったら。アハハ、えーと。行きましょうか」
顔中余すところなくまっ赤に染め上がったレアは、いつもよりも速い速度で歩きはじめる。黒羽は、そんな彼女に声をかけた。
「レア、ありがとう。君が心配してくれて嬉しいし、こうして案内までしてくれて助かってる」
立ち止まると、レアは振り返り、太陽のように明るく笑った。
「いいえ。いつも助けてもらっているのは私ですから、これくらい恩返しさせてください。川にはもう少しで到着しますから、しっかりついてきてくださいね」
進むほどに、変わった形の大きな木を沢山見かけるようになった。大男が横に三人は並べるほど太く、長さは三十メートルほどあるだろう。枝は微風で揺れるほど細く、先端は地面に触れるほど長く伸びている。ちょうど、釣り竿と釣り糸のような感じである。普段は、この先端が地中の水分を吸い上げ、木々全体に水を行き渡らせているのだが、吸い上げるべき水が不足しているようだ。枝は乾燥しきっていた。
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