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8 普通の転生者、お付き合いを申し込まれる
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「サミュエル・エマーソン」
「はい」
「君の事が好きになった。付き合ってほしい」
「………………ごめんなさい」
「おい! 名前も聞かずに断るとはどういう事だ!?」
え? それを言うなら名乗りもせずにいきなり付き合いを申し込む方がよっぽど失礼じゃないの?
「だって、僕、貴方の事なにも知らないし、それに名前も分からないような人から申し込まれても怖いし、そういうのってよく知ってから申し込むものだと思っていたから。だから僕にとっては全部だめな感じです。ごめんなさい。失礼します」
こういうのはきちんと言ってさっさと逃げ出した方がいいんだ。だって二番目の兄様がそう言って居たから。逃げるが勝ちって。
そう思って背中を向けて逃走しようとすると、いきなり腕を掴まれた。
「ぎゃあ!」
「悪かった。話を聞いてほしい」
「嫌です」
「おい、話くらい聞け」
「やだ、離してください!」
離さないなら、叫ぶぞ、叫ぶからな。
「ひーとーさーらー」
「私はアーレン・イレシス・クリーランド。市場で君に助けられた」
ここでまさかの自己紹介⁉
「は? 市場? っていうか、クリーランドって」
「父は公爵だ」
「あ~……」
「とりあえず、話をさせてほしい」
「……分かりました」
こうして僕は公爵家の子息に手を掴まれたまま、高位の者しか入れないサロンという部屋に連れていかれた。
「まずは助けてもらったことを感謝する」
「あ、いえ。そんなに大した事じゃないです」
お願いだから公爵家の人が子爵家の、しかも三男坊になんて頭を下げないで! ほら、壁際の人が目をむいているでしょう?
大体、助けたとかそんな大それた事じゃないし。
だって僕は剣術はそんなに得意ではないし、魔法も攻撃魔法がバンバン使えるわけでもない。大体争う事は苦手だ。
では何かっていうと、ようするに道案内しただけ。
あり得ない事だけど、市場で護衛とはぐれてしまって大変困っていた公爵家のご子息を、行く予定だった所まで道案内をしたんだ。
護衛とはぐれる、うん、ありえない。本気で思うから二度言ったよ。
まぁ、休日の市場はマルシェって言って、一般のというか、お店の仕入れとかでなく、普通の人たちも気軽に買いに来られる場所になっているんだ。だから僕のような学生でも雇ってもらえたんだけど、ものすごく混んでいるんだよね。
僕は学校に入ってすぐの頃から休日のマルシェで働かせてもらっていたので、馴染みの人も多いし、道も結構知っているんだよ。
でもさ、僕としてはなんだってそんな混み混みの市場に公爵家のご子息様が何の用事があってきたのか、その方が疑問だったけれど、それは子爵家の末っ子が聞いてはいけない事だと思って聞かずにいたし、なんなら名前だって伝えなかった筈なのに。
「というか、僕の事がよく分かりましたね。名乗りませんでしたよね?」
出されたものはとりあえず食べる。
お茶も目の前でわざわざ毒見役の人が毒見をしているから安心して飲む。
うん。美味しい紅茶だ。お菓子も美味しい。それだけでも何だか幸せな気持ちになるね。
でも慣れない所はやっぱり早く帰りたい。だから幸せはプラマイゼロって感じかな。
「え? 今のは誰だって言ったらみんなが教えてくれたぞ」
あああ……そうだよね。うんうん。僕が馴染みの人が多いって事は、皆も僕の事を知っているって事だものね。
市場は身分証明みたいなのが必要だったからロイではなくて、サミュエルのまま働いているんだもん。
「そうですか。でも本当に知っていたからご案内できただけですので、お礼は受けました。お言葉とこちらのお菓子とお茶で十分です。では失礼いたします」
「ま、待て!」
だ~か~ら~、付き合いはいらないんだってば。
「せめて少しの間お試しという事で付き合ってみるのはどうだろう」
「いえ、これからバカンスシーズンになるので、時間がないのです」
「りょ、領地に帰るのか?」
「帰りません。忙しいのです」
「あ、ああ、それはその卒業に向けてという事か?」
「いえ、それもありますが、稼ぎ時だからです」
「は?」
呆然とした顔をしていますね? それはそうでしょう。公爵家のご子息には貧乏子爵家の三男坊の気持ちなど判る筈がないですからね。
「ええっと……クリーランド様にはお分かりにならないと思いますが、私のような貧乏な子爵家の三男坊は学校を出るとすぐに働かなくてなりません。領地でのんびり家族と一緒に経営をするなどは夢のまた夢です。生きるためには稼がないとダメなのです。とにかく自分できちんと今後の為の資金を稼ぎ、やりたい事の為の準備をして、卒業後に備える。それが一番重要なのです。第一、子爵家の三男が公爵家のご子息とお付き合いするなどありえません。という事で、お礼は十分頂きました。とても美味しいお茶とお菓子でした。ありがとうございました。失礼致します」
よし、完璧だ。
大体どう考えても子爵家と公爵家で付き合うも何もないだろう。それくらいは僕にだってわかるよ。
「大体道を教えたくらいで付き合っていたら大変だよ」
それこそ身体がいくつあっても足りないよ。公爵子息様はもう少し現実をしっかり見た方がいいね。
そう思いながら僕は、ちゃっかりお持ち帰りをさせてもらったお菓子を手に、場違いなサロンを後にした。
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「はい」
「君の事が好きになった。付き合ってほしい」
「………………ごめんなさい」
「おい! 名前も聞かずに断るとはどういう事だ!?」
え? それを言うなら名乗りもせずにいきなり付き合いを申し込む方がよっぽど失礼じゃないの?
「だって、僕、貴方の事なにも知らないし、それに名前も分からないような人から申し込まれても怖いし、そういうのってよく知ってから申し込むものだと思っていたから。だから僕にとっては全部だめな感じです。ごめんなさい。失礼します」
こういうのはきちんと言ってさっさと逃げ出した方がいいんだ。だって二番目の兄様がそう言って居たから。逃げるが勝ちって。
そう思って背中を向けて逃走しようとすると、いきなり腕を掴まれた。
「ぎゃあ!」
「悪かった。話を聞いてほしい」
「嫌です」
「おい、話くらい聞け」
「やだ、離してください!」
離さないなら、叫ぶぞ、叫ぶからな。
「ひーとーさーらー」
「私はアーレン・イレシス・クリーランド。市場で君に助けられた」
ここでまさかの自己紹介⁉
「は? 市場? っていうか、クリーランドって」
「父は公爵だ」
「あ~……」
「とりあえず、話をさせてほしい」
「……分かりました」
こうして僕は公爵家の子息に手を掴まれたまま、高位の者しか入れないサロンという部屋に連れていかれた。
「まずは助けてもらったことを感謝する」
「あ、いえ。そんなに大した事じゃないです」
お願いだから公爵家の人が子爵家の、しかも三男坊になんて頭を下げないで! ほら、壁際の人が目をむいているでしょう?
大体、助けたとかそんな大それた事じゃないし。
だって僕は剣術はそんなに得意ではないし、魔法も攻撃魔法がバンバン使えるわけでもない。大体争う事は苦手だ。
では何かっていうと、ようするに道案内しただけ。
あり得ない事だけど、市場で護衛とはぐれてしまって大変困っていた公爵家のご子息を、行く予定だった所まで道案内をしたんだ。
護衛とはぐれる、うん、ありえない。本気で思うから二度言ったよ。
まぁ、休日の市場はマルシェって言って、一般のというか、お店の仕入れとかでなく、普通の人たちも気軽に買いに来られる場所になっているんだ。だから僕のような学生でも雇ってもらえたんだけど、ものすごく混んでいるんだよね。
僕は学校に入ってすぐの頃から休日のマルシェで働かせてもらっていたので、馴染みの人も多いし、道も結構知っているんだよ。
でもさ、僕としてはなんだってそんな混み混みの市場に公爵家のご子息様が何の用事があってきたのか、その方が疑問だったけれど、それは子爵家の末っ子が聞いてはいけない事だと思って聞かずにいたし、なんなら名前だって伝えなかった筈なのに。
「というか、僕の事がよく分かりましたね。名乗りませんでしたよね?」
出されたものはとりあえず食べる。
お茶も目の前でわざわざ毒見役の人が毒見をしているから安心して飲む。
うん。美味しい紅茶だ。お菓子も美味しい。それだけでも何だか幸せな気持ちになるね。
でも慣れない所はやっぱり早く帰りたい。だから幸せはプラマイゼロって感じかな。
「え? 今のは誰だって言ったらみんなが教えてくれたぞ」
あああ……そうだよね。うんうん。僕が馴染みの人が多いって事は、皆も僕の事を知っているって事だものね。
市場は身分証明みたいなのが必要だったからロイではなくて、サミュエルのまま働いているんだもん。
「そうですか。でも本当に知っていたからご案内できただけですので、お礼は受けました。お言葉とこちらのお菓子とお茶で十分です。では失礼いたします」
「ま、待て!」
だ~か~ら~、付き合いはいらないんだってば。
「せめて少しの間お試しという事で付き合ってみるのはどうだろう」
「いえ、これからバカンスシーズンになるので、時間がないのです」
「りょ、領地に帰るのか?」
「帰りません。忙しいのです」
「あ、ああ、それはその卒業に向けてという事か?」
「いえ、それもありますが、稼ぎ時だからです」
「は?」
呆然とした顔をしていますね? それはそうでしょう。公爵家のご子息には貧乏子爵家の三男坊の気持ちなど判る筈がないですからね。
「ええっと……クリーランド様にはお分かりにならないと思いますが、私のような貧乏な子爵家の三男坊は学校を出るとすぐに働かなくてなりません。領地でのんびり家族と一緒に経営をするなどは夢のまた夢です。生きるためには稼がないとダメなのです。とにかく自分できちんと今後の為の資金を稼ぎ、やりたい事の為の準備をして、卒業後に備える。それが一番重要なのです。第一、子爵家の三男が公爵家のご子息とお付き合いするなどありえません。という事で、お礼は十分頂きました。とても美味しいお茶とお菓子でした。ありがとうございました。失礼致します」
よし、完璧だ。
大体どう考えても子爵家と公爵家で付き合うも何もないだろう。それくらいは僕にだってわかるよ。
「大体道を教えたくらいで付き合っていたら大変だよ」
それこそ身体がいくつあっても足りないよ。公爵子息様はもう少し現実をしっかり見た方がいいね。
そう思いながら僕は、ちゃっかりお持ち帰りをさせてもらったお菓子を手に、場違いなサロンを後にした。
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