普通の転生者は幸せになる計画を立てる。でも幸せって何?

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25 普通の転生者、気持ちが晴れる(改稿)

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 翌日は快晴。エマーソン領は南の方にあるので、冬になっても王都みたいに寒くはならない。

「行ってきます」
「気を付けるんだぞ」
「はーい」

 親にとっては幾つになっても子供は子供なんだなってやりとりをして、僕はお祖父様とお祖母様にご挨拶をするために馬でお二人の屋敷に向かう。
 一応馬は乗れるんだ。っていうか、ここでは馬に乗れないと移動手段が歩きになっちゃうから、必然的に必要なんだ。まぁ、僕は転移っていうのもありなんだけど、せっかくだから領の様子も見たいなって思うしね。
 
 山の斜面を利用して作られている茶畑が続く風景の中を緩く馬を走らせていると、顔見知りの人が「久しぶりねー」とか「元気にしてたの。ちゃんと食べてる?」とか声をかけてきてちょっと気恥ずかしい。でも帰ってきたんだなって思えるのもなんだか嬉しいなって思える。あ、これも幸せな事なのかな。
 見慣れた風景だけど、僕はこの茶畑のある風景が好きなんだ。小さい頃から当たり前にあるから、王都に出た時は何だかものすごい違和感を感じたのを覚えている。
 エマーソンは年間を通じて茶摘みが可能だけど、クオリティーシーズンって言われているのは10月から12月なんだ。だから丁度今は大忙し。年明けに最高級の紅茶を飲みたい人たちが居るから。
 良い紅茶葉が出来るには昼夜の寒暖差があって、綺麗な土壌や水に恵まれて、高温多湿な気候がいいらしい。うん、何か一つ誇れるような生産物があって本当に良かったって思うよ。

 そんな感じで茶畑を愛でつつ、お祖父様の屋敷に到着。
 お祖父様の屋敷は領主の屋敷から二街くらい離れている。
 爵位を譲って大祖父様おおおじいさまたちが使っていた屋敷に移られたんだ。まぁ僕にとってはお祖父様の屋敷は最初からそこなんだけどね。

 厩に馬を繋いで、ドアを叩くと執事が出迎えてくれた。僕が小さい時は領主の屋敷の執事をしていたんだけどお祖父様と一緒にこちらの屋敷に来た彼は、驚くほどに変わらない。

「サミュエル様、お待ち申し上げておりました。どうぞ」
「ありがとう、ゴードン。変わりはない?」
「はい。お陰様で。サロンの方で旦那様と奥様がお待ちですので、ご案内いたします」
「大丈夫だよ。直接行けるよ。ありがとう」
「畏まりました」

 そうして僕は祖父母が待つサロンへと向かった。




「お祖父様、お祖母様、ご無沙汰しております。サミュエルです」
「入りなさい」
「はい。失礼いたします」

 藤の椅子とテーブルが置かれたサロンは貴族たちの集まりものではなくて、気の置けない者たちが集って茶会をする為の部屋だった。
 先代の妻、つまり僕的に現在話題の人であるリリアンナ様が愛したというこの部屋は、お祖母様もお気に入りで、僕も時々ここでお茶やお菓子をご馳走になった事がある。

 部屋はそれほど大きくはないけれど、庭に続く扉があって、天気の良い日はその扉を開けると陽の光が部屋の中に溢れる様な感じですごく素敵なんだ。
 古くからの庭師のお陰で、この屋敷の庭は冬場でも花が途絶える事がない。
 
「よく来たな。サミュエル」
「ご無沙汰いたしております。お祖父様とお祖母様にはお変わりなくお過ごしのご様子。本日はご報告させていただきたい事があり、お時間をとっていただき感謝しております」
「まぁまぁ、サミー。立派なご挨拶有難う。でも堅苦しいのはここまでよ。座って頂戴」
「ありがとうございます。では失礼いたします」

 僕はニッコリと笑ってから二人の前の椅子に腰を下ろした。
 そうして、まずは文官の合格を報告をして、領には帰らずに王都に残って文官として独り立ちをすると話した。

「まずは、官吏の試験の合格、おめでとう」
「ありがとうございます」
「難しい試験だったのでしょう? 頑張りましたね」
「文官の合格は三名だったと聞きました。良い報告が出来て嬉しいです」
「すごいわ、サミー。ふふふ、お祝いをしなくてはね」

 お祖母様が嬉しそうに笑った横で、お祖父様が頷きながら口を開いた。

「独り立ちというのは、もうこちらへは戻らないという事かな」
「そのつもりです。部屋住みになるつもりはなかったので、このまま文官の道を進もうと思います。幸い建て直し中に宿舎の代わりに部屋も紹介をしていただけたので」
「ふむ、ではいずれは宰相府へ進みたいのか」
「はい。子爵家の三男ですので、大きな役職等は望んではおりませんが、その末端にでも入る事が出来ればと思っています」
「……そうか」

 お爺様は短く返事をしてから、独り立ちに関しては、何か困ったことがあれば遠慮なく話をしてほしいし、どうしても無理だと思ったら帰ってくるようにと言ってくださった。部屋住みが嫌だと言うのであれば、屋敷を出てもこの領には色々な仕事があるし、王都で学んだ事を生かす方法もあるだろうと。
 そう言われて僕は少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
 ああ、そうか。領に戻る事は部屋住みになる事だと思っていたけれど、選択肢は色々とあるものなんだ。

 それから昨日聞いたばかりの事もお話した。
 文官の試験がせっかく受かったのだし、正直公爵家も王室も全く興味がないと言ったら笑っていた。
 これも好きにすればいいと言われたし、無理な事を言われるような事があれば多分力になれるだろうって。

「あ、あの、今更ながらの事で恥ずかしいのですが、僕は大祖母様が王族の方だったと知らなかったのです。それに大祖父様もお祖父様も王城で働いていた事も。すみません」
「謝る事はない。直接会った事もなく、まして領主教育として先祖の事を詳しく教えられる事はなかったのだから当然だ。せっかくだからこの機会に少し話をしておこう。私の父は剣と魔法がずば抜けていたので、学園卒業後は騎士の試験を受けた。そして順調に昇進し、騎士団から近衛騎士へ、そして王族の直接の護衛となったのだ。そこでリリアンナ様と出会った」

 ああ、そうだったんだ。

「その後の二人の事は少しは聞いているかな。とにかく母はこうと決めたら絶対に引かないようなお方だったし、父も彼女を愛していたから、辺境の子爵家に平民となってでも嫁ぐと言われて色々と覚悟を決めたんだろう。そうして私が生まれたわけだが、私は父の事があったので、学園でも最初から目立ってしまってね。はじめは卒業をしたら領に戻るつもりだったんだが、あれよあれよと気づいたら宰相府に入っていた」
「宰相府!」

 僕が思わず声を上げると、お祖父様とお祖母様はそろって笑った。

「すみません……」
「いや。ただ、私は剣はともかく魔法量が多かったのでね、時々魔法省の方にも呼び出されていたんだよ」
「…………魔法省……」

 それは結構規格外だ……大祖父様もすごいけど、お祖父様もすごい。

「先ほどのサミュエルの話にもあったように、私を養子にしようとしたり、囲い込みのようものもあったのは事実で、父も母も私の好きにすればいいと言っていたので、その通りにさせてもらった。サミュエルもそれでいい」
「はい」

 お茶の後、奥の間の壁に掛けられた大祖母様の姿絵も久しぶりに見た。
 そんなに似ているようには見えないと思ったよ。だって姿絵はとても可愛いし、綺麗だけど、僕は男だしさ。普通にしか見えないもの。

 帰り際にお祖父様とお祖母様から、面倒な事が起きたらすぐに連絡をよこすようにって念を押すように言われて、嬉しかった。
 何だかここから離れる事ばかりを考えていたけれど、それは勿論ここが嫌いだからじゃなくて、むしろその反対で、いつまでも末っ子で甘やかされて、とても居心地がいいから、それじゃあいけないっていう気持ちがあったから
なのかもしれないって、自分の事なのにやっと気づいてちょっとだけ苦笑いをしてしまった。
 そして幸せ計画を話した次の日にフィルが怒ったような、落ち込んだような不思議な表情をして「幸せになりたいなんて、お前は今、幸せじゃないのかよ」って言った言葉を思い出した。

 うん。フィルの言う通りだったよね。独り立ちするとか幸せになりたいとか、それも甘えの一つだったのかもしれないね。でもさ、それでも一歩踏み出した気持ちの表れだって思ってほしい。
 ちゃんと皆から大事にされている事も、甘えていた事も、家族も、領も大好きだから。
 来る時はちょっとだけ面倒に思ったけれど、色々知って、気づいて、それでも進んでいこうって思って……
 良い休暇だった。これもきっと幸せ集めの一つになるね。

「まずは新しい仕事場に慣れる為に……じゃなくて、卒業。無事に卒業だよね」

 口に出してそう言って、フィルはどうするのかなって改めて思った。

 
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