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小惑星ジオグラフォス沖会戦
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■ 小惑星ジオグラフォス沖会戦
シェークスピアの稲穂号のオリジナルと複製品がにらみ合っている。
前者はフーガが修復したオリジナル、後者はマリアが造った模造品である。
便宜上、稲穂号、マリア号と呼称する。
マリア号の戦闘指揮所で四万年ぶりに対面した親子がいる。感動の再会とはいかないようだ。
「そんな……あなたがシアじゃないなんて」
目の前の我が子に別人が宿っているなどと、誰が信じられようか。
「あなたは……誰なの?」
「私は特権者の……」
ナターシャは口ごもってしまう。
マリアは悲しげな娘を本能的に抱き寄せる。
「辛い事は話さなくていいのよ。私にとって貴女はシア」
爺が申し訳なさそうに言う。
「水を差すようですが、敵襲が迫っておりまする」
ナターシャも同意するように言う。
「今は生きのこる事が先決よ。『おかあさん』」
嘘でもいい。娘にこう言われて喜ばない母親はいない。マリアはナターシャが愛おしくて絞め殺しそうな勢いだ。
「十二時の方向に高出力のエネルギー波探知。右舷に弾着、来ますのじゃ」
爺が戦術情報パネルを読み上げる。
「稲穂号は平和目的の移民船よ。どうやって攻撃?」
ナターシャが不思議がる。
「太陽光発電所衛星の送電ビームスプリッタを悪用したのね。局所ダイナモ弾を使うわ!」
マリアはテラフォーミングのノウハウに長けている。フーガも稲穂号の環境改造データベースから知識を得ているだろうが、知っている事と使いこなせる事は違う。ゆえに、応用が利く
局所ダイナモ弾は惑星のマントルに働きかけて局所的な地磁気を呼び起こす。
惑星種播機が爆装を完了し、格納庫から飛び立つ。
遮蔽物の無い宇宙空間でビームを撃つと目立ってしょうがない。ダイナモ弾はパッシブホーミングで大まかな角度を調整し、慣性に任せて飛翔する。
静寂な空間に火球が二つ、三つと咲いた。光芒が虹色に染まる。磁場でビームが偏向された。
ガチ戦闘は非効率と判断したのか、フーガが直接呼びかけてきた。
「リアノン族がロボットの侵攻に加担する理由がわからない。貴女は何者なの?」
ロボット軍団の本拠を探り出して叩こうとする自分がなぜ攻撃を受けるのか納得がいかないようだ。
ナターシャは毅然と答えた。
「私は特権者よ! 正確には妖精との 混血だけど。 戦争を終わらせたいの」
フーガは度肝を抜かれたようだ。特権者と直接言葉を交わした者は殆どいない。
だが、ナターシャの正体については腑に落ちたようだ。
「なるほど、つじつまが合うわ。お前たちは改革派の脚を引っ張って人間を滅ぼしたいのね。 かつて人類は 惑星プリリム・モビーレを奪還して宇宙に進出したけど疲弊して妖精代を迎えたわ。私はそれでよかったと思ってる。人類は広すぎる宇宙では希薄になるだけ。地球でこじんまりするのが似合ってる。リアノンがライブシップ開発計画を潰してくれて、ますます衰退が捗ったわ。けど……」
ナターシャがフーガの考えを見透かすかのように言う。
「……けど、ロボットに蹂躙されるのは……地球が無機質生命体に支配されるのは許せないというわけね」
「そうよ。この地球が剣と魔法科学と妖精がまったりと栄える方がよっぽどマシだわ」
フーガの鼻っ柱をへし折るために手札を全てオープンにした。
「退廃させようとしているあんたの方が害悪だわ! 半特権者の評議会は貴女を進化の足枷と断じたわ」
「それはご親切に。命に満ち溢れた星が冷たい鉱物だらけになる? 無機物である事を止めた有機物がまた元に戻る? それが進化だと言い切るのなら、大きなお世話よ!」
稲穂号がマイクロ波レーザーを発射した。地形マッピングシステムのレーダーに増幅器を取りつけたらしい。殺傷力は無いが、人体から水分を奪い、激痛を与える。
「爺!」
さすがの虫かごも彼を防護しきれなかったようだ。ナターシャが容器を揺さぶるが、爺はぐったりとしたままだ。
「お前が特権者なら、確率変動を操ってさっさとそいつを蘇生させてみなさいよ」
安っぽい挑発だとフーガは自覚している。それでもいくらか時間稼ぎになればいい。
早く虚構の卵を手に入れてロボット軍団の根本を叩かねば。
フーガは探索に手間取っているリアノンを叱りつけた。
「いつまでかかるの? 目星はついてるんでしょう? のろま」
「うっさいわね! 御崎らみあが虚構の卵だってことはイエスターイヤーBB社屋爆散事件の経緯から判ってるのよ。問題は奴の行先よ」
「御崎らみあを取り込んだAIは宗教の創始者になりたがっていたでしょう? なら、だいたい判るじゃない。この鳥頭」
案の定、逆上したナターシャの攻撃をさばきながらフーガが苛立つ。
特権者戦争によって死後世界の欺瞞が暴かれ、宗教の権威が崩壊した。
その後の時代で信仰心を集めようとしたら個人的崇拝に頼るしかない。死が根絶されて恐怖支配の道具に使えなくなったからだ。
いつの世にも偶像崇拝は根付く。萌え教徒は特権者戦争を生きのびた宗派の一つだ。
「小惑星カスタリア?」
リアノンはハッと気付いた。どうしてこんな簡単な事に思い当たらなかったのだろう。カスタリアは萌え教徒の流刑地だ。妖精王国とナタリアが珍しく共闘し両国にまたがる過激派を封じ込めた。萌え教徒たちは中央政府に帰順せず、政教一致を要求した。独自の神を指導者として祀れというのだ。そんな条件は到底受け入れられず、戦争に発展した。
疫病のように蔓延する思想を根絶するのは不可能に近い。いくら焚書しようが粛清しようが、思想は人から人へ伝染する。
萌え教徒狩りがエスカレートしユダヤ人虐殺に近い様相を呈した頃、奇跡的にヘルマン・ヘッセの絶筆「ガラス玉遊戯」が発掘された。
ヘッセは激化する第二次大戦に厭世し、社会保障が行き届いた求道者の為の理想郷を夢想した。それがカスターリエンである。
二十世紀に発見された小惑星がヘッセの著作にちなんでカスタリアと命名されたことに召還術者達は着目した。
萌え教徒とガラス玉遊戯の類似性を結び付け、召還術の矛先を小惑星カスタリアに強引に設定した。
そして、地上の全萌え教徒は一大召喚魔法によって根こそぎカスタリアに追放された。
「アポロ群、小惑星カスタリアへ進路変更」
フーガの指示に従って、マークトゥエイン号は萌え教徒の理想郷へ舵を切った。
■ 反抗作戦
「この時代、一つの興味深い文化が勃興します」
アンジェラの前には古文書が並んでいる。
「これはTS―トランスジェンダー小説と言われるものです。主に男性視点で描かれた異性への変身願望です」
表紙絵には確かに女装と判るいかり肩の男性が描かれている。
スカートから純白の下着が露出しており、股間の隆起が誇張してある。
「私が陽動作戦の一環として海王星士官学校の女子隊員の制服に採用した、このタンキニ」
ビキニの上下、ミニスカート、タンクトップを机の上にならべるアンジェラ。
「羞恥であると同時に憧憬でもあり。着衣の交換というわずかな手間で周囲に莫大な影響を及ぼします」
タンキニのスカートから脚を抜く少女に視線をあびせる男たちの写真。
「一種のスカート信仰ともよべる現象が男性に芽生えます」
アンジェラの指摘に、クラインは「意味論における動揺を『萌え』と呼んでいたようだな」 と同意する。
「ううむ、本来、犯罪であった面前における脱衣行為を巧妙に合法へすりかえる……」
眉をひそめるクライン。
下着姿とおぼしきスタイルで違法駐車を取り締まっているオーストラリアの婦警の写真。水着なので合法らしい。
「宗教的規範におけるモラルの分水嶺、たとえば中世の宗教画では全裸で局部が無毛の天使は神聖とされ、人間へと堕落した女の絵は有毛であるので摘発するという、本音と建前のスイッチが詭弁のトリックに使われていました」
アンジェラがルネサンス期の宗教画と、二十世紀のグラビアを対比させる。恥毛が描かれていない天使とショーツ1枚のグラビアアイドル。
「そのスイッチがアンダースイムショーツ。か」
「妖精の国では娼婦の帯と呼んでいるそうですわ」 とアンジェラ。
「娼婦妖精リアノンは宗教改革者を気取っているのか?」 クラインが天井を眺めた。
翼を広げた水着姿のメイドサーバントが描かれている。歴戦の勇士たちだ。その中にシアもいる。
「そのスイッチも各人の価値観や私情で大きくゆがみます」
保守思想、理性の防波堤、いろいろな言い方がある。
理解しがたい価値観からの精神汚染を防ぎたい心理。それが正義というものだ。
「リアノンはそんな境界が嫌で、裸もスイムショーツも、盛装も同等に扱われる社会を実現したいのでしょう」
アンジェラはその様に補足した。
「個人的価値観の相違を、何らかの防御フィールドに転用できるかもしれないな」 とクライン。
「私はあらかじめリアノンの存在に気づき、その辺を踏まえて、私どもの実験航宙考証軍のほうで大掛かりな陽動作戦を行いました。軍、士官学校の制服に二十世紀風の少女服、先ほどのセーラー服に体操着を着用した工作部隊を最前線に配備していました」
アンジェラが悲しそうに資料をならべる。
バンケットホール実験航宙軍団基地付属女子看護学校における多大な犠牲者。
目を背けたくなる惨状が展開している。
「彼女たちの魂は 往生特急が殆ど回収し、惑星プリリム・モビーレにて復活しました。ただし、三名の魂を覗いて」
「 その話は済んだことだ。シアはQCADのデータとして奇跡的な復活を遂げたし、ユメミもノゾミもライブシップの受精卵になったじゃないか」
「リアノンは釣れませんでしたが、特権者が興味を抱いたようです」
アンジェラが一息ついた。
「こちらの世界ではこちらなりのルールで相手を倒すまでだ」
「戦闘純文学……ですか?」
「法という名の秩序だ。次は社会基盤を揺さぶるだろう。我々の世界に具体的な影響力を持つ存在といえば統治機構か、企業だ。敵のインターフェースもその形態をとらざるをえないだろう。だが、奴らの好き勝手にはさせない」
クラインがわなわなと震える。
「特権者は人類の殲滅が目的ではなく、別のところに意図があるとすれば、こちらも戦力を増強しなくては! 強襲揚陸艦には率いるべき艦隊が必要です。母性の育成も急がなくてはなりませんわ。幸い、あの子とライブファイターとの同棲は順調な様です」
アンジェラが壁面のモニターを睨む。
「1、2、1、2」
空母に飛行甲板をトラック代わりにして体操服姿の少女たちランニングしている。チキバードが滑走して先導をつとめる。シアもブルマから健康そうな太腿をさらして駆けている。
「先生、次のステップは準備万端ですね?」
メディア・クラインがモニターになにやら艦隊の諸元をリストアップする。
木星のライブシップが成る樹から採取したライブシップの幼生体が南極の地下塩水湖で育っている。
「オーランティアカ級航空戦艦の生育状況は現在99.89%。進宙まで二百五十週を切りました」
アンジェラが二隻のプリントアウトを局長に手渡す。
「超長距離高速巡洋戦艦 アストラルグレイス。索敵能力と超長距離侵攻能力に長けた斬りこみ役か。こっちは、戦略重攻撃型航空戦艦 サンダーソニア。三千世界最強の重攻撃空母とあるが……」
メディアは食い入るようにスペックを読みふけっている。
「可愛い子たちですわ」
いとおしそうに目を細めるアンジェラ。
「この子たちにメイドサーバントの身体を与えてあげたい。どんなお嬢さんになるのかしらね」
メディアは妄想に耽っていたようだが、ポンと手を叩いて思い付きを語った。
「そうだ! 先生。生え抜きのデザイナーと歴史学者をあつめて頂きたい。人選はおまかせする。わたしの方は戦略創造軍をフル稼働させてリアノンの追跡調査と服装兵器の開発、敵の歴史改変攻撃に備える。そうだな。新兵器の名称は 戦闘純文学服飾兵器……」
突拍子もないアイデアを唐突に聞かされた中央作戦局員達は頭を抱えた。お針子さんを最前線に動員する軍隊なんて、どこの世界にあるんだ。
メディアは図上演習卓の上にきちんと折りたたまれたセーラー服だの体操着だの衣装サンプルと、茫洋たる南氷洋に漂う流氷のイメージを脳裏に重ね合わせた。
「長い戦いが始まる……終わりのない旅に出る気分だ」
シェークスピアの稲穂号のオリジナルと複製品がにらみ合っている。
前者はフーガが修復したオリジナル、後者はマリアが造った模造品である。
便宜上、稲穂号、マリア号と呼称する。
マリア号の戦闘指揮所で四万年ぶりに対面した親子がいる。感動の再会とはいかないようだ。
「そんな……あなたがシアじゃないなんて」
目の前の我が子に別人が宿っているなどと、誰が信じられようか。
「あなたは……誰なの?」
「私は特権者の……」
ナターシャは口ごもってしまう。
マリアは悲しげな娘を本能的に抱き寄せる。
「辛い事は話さなくていいのよ。私にとって貴女はシア」
爺が申し訳なさそうに言う。
「水を差すようですが、敵襲が迫っておりまする」
ナターシャも同意するように言う。
「今は生きのこる事が先決よ。『おかあさん』」
嘘でもいい。娘にこう言われて喜ばない母親はいない。マリアはナターシャが愛おしくて絞め殺しそうな勢いだ。
「十二時の方向に高出力のエネルギー波探知。右舷に弾着、来ますのじゃ」
爺が戦術情報パネルを読み上げる。
「稲穂号は平和目的の移民船よ。どうやって攻撃?」
ナターシャが不思議がる。
「太陽光発電所衛星の送電ビームスプリッタを悪用したのね。局所ダイナモ弾を使うわ!」
マリアはテラフォーミングのノウハウに長けている。フーガも稲穂号の環境改造データベースから知識を得ているだろうが、知っている事と使いこなせる事は違う。ゆえに、応用が利く
局所ダイナモ弾は惑星のマントルに働きかけて局所的な地磁気を呼び起こす。
惑星種播機が爆装を完了し、格納庫から飛び立つ。
遮蔽物の無い宇宙空間でビームを撃つと目立ってしょうがない。ダイナモ弾はパッシブホーミングで大まかな角度を調整し、慣性に任せて飛翔する。
静寂な空間に火球が二つ、三つと咲いた。光芒が虹色に染まる。磁場でビームが偏向された。
ガチ戦闘は非効率と判断したのか、フーガが直接呼びかけてきた。
「リアノン族がロボットの侵攻に加担する理由がわからない。貴女は何者なの?」
ロボット軍団の本拠を探り出して叩こうとする自分がなぜ攻撃を受けるのか納得がいかないようだ。
ナターシャは毅然と答えた。
「私は特権者よ! 正確には妖精との 混血だけど。 戦争を終わらせたいの」
フーガは度肝を抜かれたようだ。特権者と直接言葉を交わした者は殆どいない。
だが、ナターシャの正体については腑に落ちたようだ。
「なるほど、つじつまが合うわ。お前たちは改革派の脚を引っ張って人間を滅ぼしたいのね。 かつて人類は 惑星プリリム・モビーレを奪還して宇宙に進出したけど疲弊して妖精代を迎えたわ。私はそれでよかったと思ってる。人類は広すぎる宇宙では希薄になるだけ。地球でこじんまりするのが似合ってる。リアノンがライブシップ開発計画を潰してくれて、ますます衰退が捗ったわ。けど……」
ナターシャがフーガの考えを見透かすかのように言う。
「……けど、ロボットに蹂躙されるのは……地球が無機質生命体に支配されるのは許せないというわけね」
「そうよ。この地球が剣と魔法科学と妖精がまったりと栄える方がよっぽどマシだわ」
フーガの鼻っ柱をへし折るために手札を全てオープンにした。
「退廃させようとしているあんたの方が害悪だわ! 半特権者の評議会は貴女を進化の足枷と断じたわ」
「それはご親切に。命に満ち溢れた星が冷たい鉱物だらけになる? 無機物である事を止めた有機物がまた元に戻る? それが進化だと言い切るのなら、大きなお世話よ!」
稲穂号がマイクロ波レーザーを発射した。地形マッピングシステムのレーダーに増幅器を取りつけたらしい。殺傷力は無いが、人体から水分を奪い、激痛を与える。
「爺!」
さすがの虫かごも彼を防護しきれなかったようだ。ナターシャが容器を揺さぶるが、爺はぐったりとしたままだ。
「お前が特権者なら、確率変動を操ってさっさとそいつを蘇生させてみなさいよ」
安っぽい挑発だとフーガは自覚している。それでもいくらか時間稼ぎになればいい。
早く虚構の卵を手に入れてロボット軍団の根本を叩かねば。
フーガは探索に手間取っているリアノンを叱りつけた。
「いつまでかかるの? 目星はついてるんでしょう? のろま」
「うっさいわね! 御崎らみあが虚構の卵だってことはイエスターイヤーBB社屋爆散事件の経緯から判ってるのよ。問題は奴の行先よ」
「御崎らみあを取り込んだAIは宗教の創始者になりたがっていたでしょう? なら、だいたい判るじゃない。この鳥頭」
案の定、逆上したナターシャの攻撃をさばきながらフーガが苛立つ。
特権者戦争によって死後世界の欺瞞が暴かれ、宗教の権威が崩壊した。
その後の時代で信仰心を集めようとしたら個人的崇拝に頼るしかない。死が根絶されて恐怖支配の道具に使えなくなったからだ。
いつの世にも偶像崇拝は根付く。萌え教徒は特権者戦争を生きのびた宗派の一つだ。
「小惑星カスタリア?」
リアノンはハッと気付いた。どうしてこんな簡単な事に思い当たらなかったのだろう。カスタリアは萌え教徒の流刑地だ。妖精王国とナタリアが珍しく共闘し両国にまたがる過激派を封じ込めた。萌え教徒たちは中央政府に帰順せず、政教一致を要求した。独自の神を指導者として祀れというのだ。そんな条件は到底受け入れられず、戦争に発展した。
疫病のように蔓延する思想を根絶するのは不可能に近い。いくら焚書しようが粛清しようが、思想は人から人へ伝染する。
萌え教徒狩りがエスカレートしユダヤ人虐殺に近い様相を呈した頃、奇跡的にヘルマン・ヘッセの絶筆「ガラス玉遊戯」が発掘された。
ヘッセは激化する第二次大戦に厭世し、社会保障が行き届いた求道者の為の理想郷を夢想した。それがカスターリエンである。
二十世紀に発見された小惑星がヘッセの著作にちなんでカスタリアと命名されたことに召還術者達は着目した。
萌え教徒とガラス玉遊戯の類似性を結び付け、召還術の矛先を小惑星カスタリアに強引に設定した。
そして、地上の全萌え教徒は一大召喚魔法によって根こそぎカスタリアに追放された。
「アポロ群、小惑星カスタリアへ進路変更」
フーガの指示に従って、マークトゥエイン号は萌え教徒の理想郷へ舵を切った。
■ 反抗作戦
「この時代、一つの興味深い文化が勃興します」
アンジェラの前には古文書が並んでいる。
「これはTS―トランスジェンダー小説と言われるものです。主に男性視点で描かれた異性への変身願望です」
表紙絵には確かに女装と判るいかり肩の男性が描かれている。
スカートから純白の下着が露出しており、股間の隆起が誇張してある。
「私が陽動作戦の一環として海王星士官学校の女子隊員の制服に採用した、このタンキニ」
ビキニの上下、ミニスカート、タンクトップを机の上にならべるアンジェラ。
「羞恥であると同時に憧憬でもあり。着衣の交換というわずかな手間で周囲に莫大な影響を及ぼします」
タンキニのスカートから脚を抜く少女に視線をあびせる男たちの写真。
「一種のスカート信仰ともよべる現象が男性に芽生えます」
アンジェラの指摘に、クラインは「意味論における動揺を『萌え』と呼んでいたようだな」 と同意する。
「ううむ、本来、犯罪であった面前における脱衣行為を巧妙に合法へすりかえる……」
眉をひそめるクライン。
下着姿とおぼしきスタイルで違法駐車を取り締まっているオーストラリアの婦警の写真。水着なので合法らしい。
「宗教的規範におけるモラルの分水嶺、たとえば中世の宗教画では全裸で局部が無毛の天使は神聖とされ、人間へと堕落した女の絵は有毛であるので摘発するという、本音と建前のスイッチが詭弁のトリックに使われていました」
アンジェラがルネサンス期の宗教画と、二十世紀のグラビアを対比させる。恥毛が描かれていない天使とショーツ1枚のグラビアアイドル。
「そのスイッチがアンダースイムショーツ。か」
「妖精の国では娼婦の帯と呼んでいるそうですわ」 とアンジェラ。
「娼婦妖精リアノンは宗教改革者を気取っているのか?」 クラインが天井を眺めた。
翼を広げた水着姿のメイドサーバントが描かれている。歴戦の勇士たちだ。その中にシアもいる。
「そのスイッチも各人の価値観や私情で大きくゆがみます」
保守思想、理性の防波堤、いろいろな言い方がある。
理解しがたい価値観からの精神汚染を防ぎたい心理。それが正義というものだ。
「リアノンはそんな境界が嫌で、裸もスイムショーツも、盛装も同等に扱われる社会を実現したいのでしょう」
アンジェラはその様に補足した。
「個人的価値観の相違を、何らかの防御フィールドに転用できるかもしれないな」 とクライン。
「私はあらかじめリアノンの存在に気づき、その辺を踏まえて、私どもの実験航宙考証軍のほうで大掛かりな陽動作戦を行いました。軍、士官学校の制服に二十世紀風の少女服、先ほどのセーラー服に体操着を着用した工作部隊を最前線に配備していました」
アンジェラが悲しそうに資料をならべる。
バンケットホール実験航宙軍団基地付属女子看護学校における多大な犠牲者。
目を背けたくなる惨状が展開している。
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「リアノンは釣れませんでしたが、特権者が興味を抱いたようです」
アンジェラが一息ついた。
「こちらの世界ではこちらなりのルールで相手を倒すまでだ」
「戦闘純文学……ですか?」
「法という名の秩序だ。次は社会基盤を揺さぶるだろう。我々の世界に具体的な影響力を持つ存在といえば統治機構か、企業だ。敵のインターフェースもその形態をとらざるをえないだろう。だが、奴らの好き勝手にはさせない」
クラインがわなわなと震える。
「特権者は人類の殲滅が目的ではなく、別のところに意図があるとすれば、こちらも戦力を増強しなくては! 強襲揚陸艦には率いるべき艦隊が必要です。母性の育成も急がなくてはなりませんわ。幸い、あの子とライブファイターとの同棲は順調な様です」
アンジェラが壁面のモニターを睨む。
「1、2、1、2」
空母に飛行甲板をトラック代わりにして体操服姿の少女たちランニングしている。チキバードが滑走して先導をつとめる。シアもブルマから健康そうな太腿をさらして駆けている。
「先生、次のステップは準備万端ですね?」
メディア・クラインがモニターになにやら艦隊の諸元をリストアップする。
木星のライブシップが成る樹から採取したライブシップの幼生体が南極の地下塩水湖で育っている。
「オーランティアカ級航空戦艦の生育状況は現在99.89%。進宙まで二百五十週を切りました」
アンジェラが二隻のプリントアウトを局長に手渡す。
「超長距離高速巡洋戦艦 アストラルグレイス。索敵能力と超長距離侵攻能力に長けた斬りこみ役か。こっちは、戦略重攻撃型航空戦艦 サンダーソニア。三千世界最強の重攻撃空母とあるが……」
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いとおしそうに目を細めるアンジェラ。
「この子たちにメイドサーバントの身体を与えてあげたい。どんなお嬢さんになるのかしらね」
メディアは妄想に耽っていたようだが、ポンと手を叩いて思い付きを語った。
「そうだ! 先生。生え抜きのデザイナーと歴史学者をあつめて頂きたい。人選はおまかせする。わたしの方は戦略創造軍をフル稼働させてリアノンの追跡調査と服装兵器の開発、敵の歴史改変攻撃に備える。そうだな。新兵器の名称は 戦闘純文学服飾兵器……」
突拍子もないアイデアを唐突に聞かされた中央作戦局員達は頭を抱えた。お針子さんを最前線に動員する軍隊なんて、どこの世界にあるんだ。
メディアは図上演習卓の上にきちんと折りたたまれたセーラー服だの体操着だの衣装サンプルと、茫洋たる南氷洋に漂う流氷のイメージを脳裏に重ね合わせた。
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