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新たな命
1. 僕は今の社長に必要だったんだ。
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あのクリスマスイブの夜から、年が変わっても社長は相変わらず忙しくしていたが、あれから今まで以上に僕の大学での予定などを把握し、空いている時間は全て社長のお仕事に同席することとなった。
僕が望んだ、一番のお側に……。
そして、それから半年。
僕は大学2回生となっていた。
大学ではほとんど友人などは作らず、ただひたすら授業を受け車で家へ帰り、スーツに着替えて社長のお側へ。
お仕事の間は他の秘書の方の雑用などをし、自宅に帰れば4階の身重の体の明美さんのもとへ向かう社長を見送った。
しかし、社長は必ず5階の寝室に来て就寝されるので、その隣の僕の部屋へ寄ってくれる。
今のこの生活がとても充実していて、僕の中でこれでいいんだと割り切ることができたんだと思っていた。
プルルルルルル……
社長の携帯電話が鳴る。
「そうか、わかった」
短くそう返事をすると、電話を切った。
大手取引先の重役との食事会へ向かう途中のハイヤーの中でのことだった。
「何かあったんですか?」
前の助手席の秘書が社長に尋ねた。
仕事のことはほぼ秘書の携帯電話などに連絡が来る。
社長の番号でかかるものは、プライベートなことだけだった。
社長は窓の外を見る。
日は暮れようとしていた。
「ああ、明美が破水して、今病院に向かっていると……」
「ええっ!!社長、行かなくていいんですか!?赤ちゃんが産まれるんですよね!?」
「……何を言ってる。
まだこれから仕事だろう。主治医もついてる。施設も最高に整った病院だ。何の問題もない」
「……そうですか?わかりました」
秘書はそのまま、また前を向いた。
僕は社長の隣でその様子を見ていた。
この会食を抜けるわけにはいかないことは承知していた。
そして、もともと社長自身も男がわざわざ仕事を休んでまで出産に立ち会うなど馬鹿らしいと、少々古風な考えを持っているのも知っている。
でも……
車の窓に映っている外を眺める社長の顔が、心配の色に染まっていた。
僕は前の席にわからないように、社長の手を握る。
社長はそっと、強く握り返してきた。
「それでは、今後ともよろしくお願いします」
社長が取引相手を料亭の門前で丁寧にお辞儀をしてお見送りすると、その年配の重役は上機嫌で帰っていった。
もう、もちつもたれつ以上にキャッスルプレスのほうに凭れ掛っているぐらいの取引相手だが、社長はそういった相手に対しても決して偉そぶることはしなかった。
目上の人への対応は心得ており、外せない人をきちっと選んでいた。
「会社に戻るぞ」
「えっ……社長、病院へは……」
確かに先ほどの食事会での話はとても実のあるもので、すぐ取りまとめて各連絡を回す必要はあるのかもしれないが。
「社長。
それは私に任せてはいただけないでしょうか」
秘書の一人が口を出した。
社長は睨み付けるようにその秘書を見た。
もう10年。
社長がちょうどキャッスルプレスで重役として働き出した頃から、社長の右腕として働いてきた秘書だった。
「…………。」
社長はしばらく黙っていたが、ちらっと僕の顔を見た。
そして
「わかった」
その社長の言葉に秘書は嬉しそうだった。
今までワンマンなところがあった。
自分で出来ることを率先してやっていて、秘書や部下は、そんな社長を尊敬はしていたが、全てを任されることがないことに不満を抱くものも多かった。
その秘書の喜びは一入だろう。
「では社長、奥様のところへ……」
「ああ、わかった。手島、行くぞ」
その秘書が社長を促し社長は僕の手を掴んだが、不意に手を引っ張られ僕はビクッと身体を強張らせると、反射的にその手を振りほどいてしまった。
「? どうした」
もう半年も社長のお側に居ることが当たり前になっていた。
だが……
明美さんと一緒にいる社長は見たくない……。
振り払ってしまったものの、黙って俯く。
本社ビルの地下駐車場に停めてあるハイヤーの前で重い沈黙が包む。
運転手が黙ってドアを開けているが、社長は乗り込む気配を見せない。
……また僕は我儘になっている。
どんな状況でもお側にいると、決めたんじゃなかったのか。
社長の望みは僕の望み。
社長の喜びは僕の喜び。
扉の開いた車の前で、まだ僕に手を差し出したままの社長に近づく。
そして僕は、そっとその手を取った。
社長は車内でも僕の手を放さなかった。
車は走り出し、夜の高速道路を進む。
社長はしきりに腕時計を見ては、僕のほうを見た。
僕が行くのを拒む以上に、社長は僕に側に居てほしかった!?
そうか……僕は今の社長に必要だったんだ。
社長の手を強く握り返すと、社長は窓の外の景色を眺めながら、少しほっとした表情を見せた。
僕が望んだ、一番のお側に……。
そして、それから半年。
僕は大学2回生となっていた。
大学ではほとんど友人などは作らず、ただひたすら授業を受け車で家へ帰り、スーツに着替えて社長のお側へ。
お仕事の間は他の秘書の方の雑用などをし、自宅に帰れば4階の身重の体の明美さんのもとへ向かう社長を見送った。
しかし、社長は必ず5階の寝室に来て就寝されるので、その隣の僕の部屋へ寄ってくれる。
今のこの生活がとても充実していて、僕の中でこれでいいんだと割り切ることができたんだと思っていた。
プルルルルルル……
社長の携帯電話が鳴る。
「そうか、わかった」
短くそう返事をすると、電話を切った。
大手取引先の重役との食事会へ向かう途中のハイヤーの中でのことだった。
「何かあったんですか?」
前の助手席の秘書が社長に尋ねた。
仕事のことはほぼ秘書の携帯電話などに連絡が来る。
社長の番号でかかるものは、プライベートなことだけだった。
社長は窓の外を見る。
日は暮れようとしていた。
「ああ、明美が破水して、今病院に向かっていると……」
「ええっ!!社長、行かなくていいんですか!?赤ちゃんが産まれるんですよね!?」
「……何を言ってる。
まだこれから仕事だろう。主治医もついてる。施設も最高に整った病院だ。何の問題もない」
「……そうですか?わかりました」
秘書はそのまま、また前を向いた。
僕は社長の隣でその様子を見ていた。
この会食を抜けるわけにはいかないことは承知していた。
そして、もともと社長自身も男がわざわざ仕事を休んでまで出産に立ち会うなど馬鹿らしいと、少々古風な考えを持っているのも知っている。
でも……
車の窓に映っている外を眺める社長の顔が、心配の色に染まっていた。
僕は前の席にわからないように、社長の手を握る。
社長はそっと、強く握り返してきた。
「それでは、今後ともよろしくお願いします」
社長が取引相手を料亭の門前で丁寧にお辞儀をしてお見送りすると、その年配の重役は上機嫌で帰っていった。
もう、もちつもたれつ以上にキャッスルプレスのほうに凭れ掛っているぐらいの取引相手だが、社長はそういった相手に対しても決して偉そぶることはしなかった。
目上の人への対応は心得ており、外せない人をきちっと選んでいた。
「会社に戻るぞ」
「えっ……社長、病院へは……」
確かに先ほどの食事会での話はとても実のあるもので、すぐ取りまとめて各連絡を回す必要はあるのかもしれないが。
「社長。
それは私に任せてはいただけないでしょうか」
秘書の一人が口を出した。
社長は睨み付けるようにその秘書を見た。
もう10年。
社長がちょうどキャッスルプレスで重役として働き出した頃から、社長の右腕として働いてきた秘書だった。
「…………。」
社長はしばらく黙っていたが、ちらっと僕の顔を見た。
そして
「わかった」
その社長の言葉に秘書は嬉しそうだった。
今までワンマンなところがあった。
自分で出来ることを率先してやっていて、秘書や部下は、そんな社長を尊敬はしていたが、全てを任されることがないことに不満を抱くものも多かった。
その秘書の喜びは一入だろう。
「では社長、奥様のところへ……」
「ああ、わかった。手島、行くぞ」
その秘書が社長を促し社長は僕の手を掴んだが、不意に手を引っ張られ僕はビクッと身体を強張らせると、反射的にその手を振りほどいてしまった。
「? どうした」
もう半年も社長のお側に居ることが当たり前になっていた。
だが……
明美さんと一緒にいる社長は見たくない……。
振り払ってしまったものの、黙って俯く。
本社ビルの地下駐車場に停めてあるハイヤーの前で重い沈黙が包む。
運転手が黙ってドアを開けているが、社長は乗り込む気配を見せない。
……また僕は我儘になっている。
どんな状況でもお側にいると、決めたんじゃなかったのか。
社長の望みは僕の望み。
社長の喜びは僕の喜び。
扉の開いた車の前で、まだ僕に手を差し出したままの社長に近づく。
そして僕は、そっとその手を取った。
社長は車内でも僕の手を放さなかった。
車は走り出し、夜の高速道路を進む。
社長はしきりに腕時計を見ては、僕のほうを見た。
僕が行くのを拒む以上に、社長は僕に側に居てほしかった!?
そうか……僕は今の社長に必要だったんだ。
社長の手を強く握り返すと、社長は窓の外の景色を眺めながら、少しほっとした表情を見せた。
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