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新たな命
2. こいつは私が引き取って育てたモノだ。
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大きな総合病院の一階ロビー前で降りると、もう受付が終了になった窓口の前で明美さん付の侍女が待っていた。
「旦那様、こちらです」
落ち着いた様子の中年の侍女は、止めていたエレベーターに社長と僕を誘導する。
その間も社長は僕の手を握りしめ、僕はできるだけ社長から目を離さないようにしていた。
その侍女が不振がりながらその様子を見ていることも気づかずに……。
産婦人科、分娩室と書かれた扉の前に来た。
その前にはマスクと医療用エプロンそして洗面台があり、それを着用しそこでしっかりと手を洗って入る形となっていた。
侍女は手早く手洗いを済ませマスクエプロンを着用すると、急ぎ足で中へと入っていった。
僕も社長も同じ動作をして後に続く。
その時、その侍女が戻ってきて僕を止めた。
「何してるんですか!?
親族や関係者しか入れませんわよ」
すぐ横の立て看板を指さして強く言った。
……確かにそうだ。僕は部外者。
立ち入っていいわけがない。
思いあがった行動を取ったことを反省し、扉の横にあるベンチまで下がった。
だが、社長は再度僕の手を取り、
「いいから行くぞ」
と引っ張った。
僕は戸惑った。
「……でも社長、一応ルールですし……」
侍女が僕を連れて入ろうとする社長にそう言うと
「黙れ。お前はただの使用人だろう!
こいつは私が引き取って育てたモノだ。言うなれば家族も同然。
お前とこいつ、どっちが関係者に近いと思っているんだ」
その侍女に睨み付けるように強く言うと、その侍女も震えながら引き下がった。
僕は胸が締め付けられるほどの想いにかられていた。
自分は下僕、ただの道具、
……使用人以下だとずっと思ってきた。
僕を社長の家族と同じ立場に扱えと言われているメイドからも、ただの金食い虫だと陰口を叩かれているのも知っている。
唯一、社長には必要な存在なのだということが僕の中の生きる糧ではあったが、その社長から使用人に「家族も同然」だと面と向かって言ってもらえたことに嬉しさのあまり震えが止まらなくなり、涙が溢れていた。
そんな僕の震える手を、社長は強く握り直しさらに続く廊下を進んだ。
扉の奥にも沢山の個室があり、妊婦さんや、お産が終わった患者さんが入院する部屋となっていた。
そして、廊下の反対側にはガラス窓になっており、その向こう側に何個もの透明なケースが並んでいた。
その中に入った小さいものがもそもそと動く。
速足で歩く社長に引っ張られながらも、その小さいものに目を奪われ僕は思わず目を見開いた。
ケースの中に敷き詰められていた白い布から、小さな小さな手がチラッと見える。
なんて、かわいいんだろう……。
育てる……
僕も少しは社長に慈しまれ育ててもらったのだろうか。
性処理道具だけではない……僕という人間を……。
だからこそ、あのケースに入った小さな存在を素直に「かわいい」と想えるのかもしれない。
親に捨てられ、大人に利用され、性奴隷として生きてきた自分だが、「愛」する心を失わずにいるのは、ずっと想っていた社長のお側に居られたからだ。
ぐんぐんと僕の手を引っ張りながら廊下を進む大きな背中を眺め、彼に対して愛おしい気持ちは尽きることがないことを実感した。
廊下の突き当り「特別分娩室」と書かれた扉の前に着いたとき、中から大きな泣き声が聞こえた。
「オギャー!! オギャー!! オギャー!!……」
あまりの大きな泣き声に社長も僕も驚いた。
それと同時に感動が沸々と沸いてきて、胸を熱くする。
「ああ…、生まれましたよ!!旦那様!!」
侍女が叫ぶ。
分娩室と書かれた扉の向こうに明美さんが居て、今まで赤ちゃんを産むために頑張っていたんだ。
女の人はすごい……。
すごい!!
しばらくすると泣き声も止み、助産師さんが扉から出てきた。
「お父さんですか?
3160gの元気な男の赤ちゃんですよ」
社長はふっと笑みを浮かべ小さく頷くと、はぁーと息を吐いて安堵した様子だった。
待ち望んだ跡取りの誕生だった。
「赤ちゃんは今から二時間ほど保育器で体を温めますね。
その後でしたら初乳も飲ませてあげられますし、抱っこもできますよ。
お父さん、まずはお母さんの側に行ってあげてください」
小柄な柔らかな笑顔の助産師は社長を促すように背中に手を添え、分娩室へと案内しようとした。
しかし、その扉の向こう側から甲高いヒステリックな声が響き渡った。
「もー!!痛いじゃない!!無痛分娩なんて、大嘘!!
メイクもしてないのに、弘和さんをここには入れないで!!
初乳?!
いやよ! 母乳なんて、胸の形変わっちゃうでしょう!」
付き添っていた数人の侍女が慌てて分娩室から出てきた。
「旦那様、どうぞあちらでお待ち頂けますか?」
僕はあまりの明美さんの荒れように驚いたが、社長はくくっと笑い出し、この状況におどおどする助産師の肩をポンと叩いた。
「アイツにはもう私もいらないようだ。
くくっ、それでいい。
彼女には特別病室での手厚い看護を」
「は…はい……」
助産師は戸惑ったまま、また分娩室へと入っていき、慌てて出てきた侍女達も社長の言葉に従った。
「私たちは待合室で待たせてもらおう」
「はい」
なぜあそこで社長は笑ったのだろうか。
そして、念願の赤ちゃんの誕生に、母親となった明美さんがあんなにヒステリックになっているのか。
僕には理解できなかった。
「旦那様、こちらです」
落ち着いた様子の中年の侍女は、止めていたエレベーターに社長と僕を誘導する。
その間も社長は僕の手を握りしめ、僕はできるだけ社長から目を離さないようにしていた。
その侍女が不振がりながらその様子を見ていることも気づかずに……。
産婦人科、分娩室と書かれた扉の前に来た。
その前にはマスクと医療用エプロンそして洗面台があり、それを着用しそこでしっかりと手を洗って入る形となっていた。
侍女は手早く手洗いを済ませマスクエプロンを着用すると、急ぎ足で中へと入っていった。
僕も社長も同じ動作をして後に続く。
その時、その侍女が戻ってきて僕を止めた。
「何してるんですか!?
親族や関係者しか入れませんわよ」
すぐ横の立て看板を指さして強く言った。
……確かにそうだ。僕は部外者。
立ち入っていいわけがない。
思いあがった行動を取ったことを反省し、扉の横にあるベンチまで下がった。
だが、社長は再度僕の手を取り、
「いいから行くぞ」
と引っ張った。
僕は戸惑った。
「……でも社長、一応ルールですし……」
侍女が僕を連れて入ろうとする社長にそう言うと
「黙れ。お前はただの使用人だろう!
こいつは私が引き取って育てたモノだ。言うなれば家族も同然。
お前とこいつ、どっちが関係者に近いと思っているんだ」
その侍女に睨み付けるように強く言うと、その侍女も震えながら引き下がった。
僕は胸が締め付けられるほどの想いにかられていた。
自分は下僕、ただの道具、
……使用人以下だとずっと思ってきた。
僕を社長の家族と同じ立場に扱えと言われているメイドからも、ただの金食い虫だと陰口を叩かれているのも知っている。
唯一、社長には必要な存在なのだということが僕の中の生きる糧ではあったが、その社長から使用人に「家族も同然」だと面と向かって言ってもらえたことに嬉しさのあまり震えが止まらなくなり、涙が溢れていた。
そんな僕の震える手を、社長は強く握り直しさらに続く廊下を進んだ。
扉の奥にも沢山の個室があり、妊婦さんや、お産が終わった患者さんが入院する部屋となっていた。
そして、廊下の反対側にはガラス窓になっており、その向こう側に何個もの透明なケースが並んでいた。
その中に入った小さいものがもそもそと動く。
速足で歩く社長に引っ張られながらも、その小さいものに目を奪われ僕は思わず目を見開いた。
ケースの中に敷き詰められていた白い布から、小さな小さな手がチラッと見える。
なんて、かわいいんだろう……。
育てる……
僕も少しは社長に慈しまれ育ててもらったのだろうか。
性処理道具だけではない……僕という人間を……。
だからこそ、あのケースに入った小さな存在を素直に「かわいい」と想えるのかもしれない。
親に捨てられ、大人に利用され、性奴隷として生きてきた自分だが、「愛」する心を失わずにいるのは、ずっと想っていた社長のお側に居られたからだ。
ぐんぐんと僕の手を引っ張りながら廊下を進む大きな背中を眺め、彼に対して愛おしい気持ちは尽きることがないことを実感した。
廊下の突き当り「特別分娩室」と書かれた扉の前に着いたとき、中から大きな泣き声が聞こえた。
「オギャー!! オギャー!! オギャー!!……」
あまりの大きな泣き声に社長も僕も驚いた。
それと同時に感動が沸々と沸いてきて、胸を熱くする。
「ああ…、生まれましたよ!!旦那様!!」
侍女が叫ぶ。
分娩室と書かれた扉の向こうに明美さんが居て、今まで赤ちゃんを産むために頑張っていたんだ。
女の人はすごい……。
すごい!!
しばらくすると泣き声も止み、助産師さんが扉から出てきた。
「お父さんですか?
3160gの元気な男の赤ちゃんですよ」
社長はふっと笑みを浮かべ小さく頷くと、はぁーと息を吐いて安堵した様子だった。
待ち望んだ跡取りの誕生だった。
「赤ちゃんは今から二時間ほど保育器で体を温めますね。
その後でしたら初乳も飲ませてあげられますし、抱っこもできますよ。
お父さん、まずはお母さんの側に行ってあげてください」
小柄な柔らかな笑顔の助産師は社長を促すように背中に手を添え、分娩室へと案内しようとした。
しかし、その扉の向こう側から甲高いヒステリックな声が響き渡った。
「もー!!痛いじゃない!!無痛分娩なんて、大嘘!!
メイクもしてないのに、弘和さんをここには入れないで!!
初乳?!
いやよ! 母乳なんて、胸の形変わっちゃうでしょう!」
付き添っていた数人の侍女が慌てて分娩室から出てきた。
「旦那様、どうぞあちらでお待ち頂けますか?」
僕はあまりの明美さんの荒れように驚いたが、社長はくくっと笑い出し、この状況におどおどする助産師の肩をポンと叩いた。
「アイツにはもう私もいらないようだ。
くくっ、それでいい。
彼女には特別病室での手厚い看護を」
「は…はい……」
助産師は戸惑ったまま、また分娩室へと入っていき、慌てて出てきた侍女達も社長の言葉に従った。
「私たちは待合室で待たせてもらおう」
「はい」
なぜあそこで社長は笑ったのだろうか。
そして、念願の赤ちゃんの誕生に、母親となった明美さんがあんなにヒステリックになっているのか。
僕には理解できなかった。
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