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変人、捕まる
しおりを挟む「―――俺はお前の友達になった。だから一緒にいても構わないだろう?」
「はぁ」
どうしてこうなった。
キャサリンは頭を抱えて唸った。
**
スーに相談した翌日。
キャサリンはヴァーノンを追い掛けるのを止めた。
理由は至って簡単で、今ヴァーノンを無理に追い掛けてもいい物は描けない、と思ったのだ。最初はスーのアドバイス通りに手紙を書こうとしたのだが、書き出しから何を書けば良いか分からず、早々にペンを放り投げた。
コーデリアにも尋ねてみたが、「あら、レイゼル様の事?アタックすればいいじゃない!女は度胸のみよ!」と推され、キャサリンはその案をバッサリと却下した。
留学期間は3年。時間はたっぷりある。
その期間にヴァーノンを描ければ良い。他ではあまり見ない桁違いに美しい人を描かずに祖国に帰るなんて、許せない。
しかも今日、見つけたのだ。
ヴァーノンに匹敵する位、素晴らしい人を。
それなのに彼には全くと言っていい程ご令嬢が集まっていない。こりゃ幸いだと目を光らせたキャサリンは、早速観察する。
学園の裏庭の木陰の下で1人、本を只管捲る片眼鏡を掛けた茶髪の男子生徒。風が吹く度に木の葉とその細く艶やかな髪が揺れ、時折顔を上げては寂しげに長い前髪で隠れているターコイズブルーの目を細める。キャサリンはその画が綺麗だと思った。しかも良く見れば、凄いイケメンじゃないか。
よし、影から観察しよう。
ターコイズブルーの君が良く見える教室に入り、勉強している振りをして画用紙にアタリを付ける。昔から鉛筆等で実物を測らなくても、数値を完璧に描けるキャサリン。彼女のちょっとした自慢だ。
「………記念すべき1枚目ね」
ざあっと強く風が吹いたその瞬間を目に焼き付ける。
物思いにふけるその表情を。髪の揺れ方を。
キャサリンがこんなにも柔らかく可愛らしい笑みを浮かべるのは久しぶりだ。そして、自室以外でこんなに気を緩めたのも。
だから気が付かなかった。
「………素敵だわ」
「―――何が素敵なんだ?」
後ろに、本当に真後ろに、あの黒髪の男がいた事に、全く気が付かなかった。はっとしたキャサリンは直ぐに手馴れた貴族の微笑みを浮かべて優雅に振り返る。扉に腕を組みながら寄りかかるヴァーノンは、首を傾げ、怪しむように目を細めた。
「……御機嫌よう、レイゼル様。この閑静な部屋が魅力的だったのですわ」
苦し紛れなキャサリンの言い分を、全く信じていなさそうなヴァーノンは、そのコンパスのような長い脚でキャサリンに近付くと、机に裏返してある画用紙を取り上げた。
「あっ、ちょっ……!」
「へぇ……人物画、ね」
意外だと言うように眉を上げたヴァーノン。
キャサリンは、彼の手にある画用紙を取り返そうと手を伸ばすが、背の高いヴァーノンはひらりひらりと躱してじっくりとそれを見る。
「上手いな」
「恐れ入ります」
そしてちらりと窓の外を見たヴァーノンは、にっこりと笑みを浮かべる。キャサリンには不思議とそれが不機嫌なものに感じ、背筋を伸ばした。
「で、どうして君は、あの男を描いているんだ?」
「……人物画を描くのがわたくしの趣味ですの。何方を描こうかと探していたのですけれど、彼がとても魅力的に映ったので」
そう正直に答えれば、ヴァーノンは益々黒い笑みを深める。何で彼がそんな面白くなさそうにするのか訳が分からない。
「ふーん。……因みにその魅力は何?」
キャサリンは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「ただ木陰で本を読んでいるだけでしたら、恐らく何も描きませんわ。ですが、彼の時々垣間見える僅かに哀愁漂う表情が、堪らなく美しくて。あの長い前髪の中には、神秘的な瞳が存在する。何気なくとる体勢がこれまたグッと来ますの。何か大きなものを抱えて、それを1人で溜め込んで、偶に漏れてしまうその愛しいという想い。素敵だと思うのです……あ……も、申し訳ありません。つい……」
じっとキャサリンの話を聞いていたヴァーノンの胸の内には黒くもやが掛かる。ヴァーノンはジリジリとキャサリンに近付き、机に手を付くと、そのぐらぐらと揺れる紫の瞳でキャサリンを至近距離から見下ろした。
「レイゼル様……?」
「……じゃあ君は、俺がノア殿の立場になっていたら、俺を描くのか?」
へぇ、あのターコイズブルーの君は「ノア」と言うらしい。
が、今はそんな事を思っている暇は無い。
キャサリンは黙りこくった。
何故なら、ヴァーノンがノアでなくても絶対に描くからだ。それを素直に伝えていいものか迷う。
「……描きます。例え貴方様がノア様でなくても、描いておりますわ」
「ならば、何故俺を描かない?」
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