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第1章
第4話(1)二つの事件
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「お、シュバルグラント王国の歴史書に地図だ」
翌日、転生してから四日目。
明日、王子の帰国とともに婚約者候補の顔合わせパーティが開かれる予定だ。
そのため今日の課題は、パーティのための広間の片付けと食事の仕込み。――実質、雑用である。
婚約者候補たちは屋敷の南東にある大広間か、南棟の厨房に集められている。僕を除いて。
今僕がいるのは北棟の最西端にある書斎。
僕だけが指名で、ここを掃除するように命じられたのだ。
ヨハンの言い分はこうだった。
――初日の清掃は日を跨いで完了、二日目のテストは最下位、三日目の魔法実技は早々に降参。君は評価に値しません。よって、唯一片付けられていない書斎の清掃を行ってもらいます。
婚約者候補というより、もはや使用人扱いだ。
けれど、好都合でもあった。
書斎なら、この国にまつわる資料や書籍が山ほどあるはず。
僕は二つ返事で引き受けた。
そして魔法で早々に片付けを終え、今は資料を漁っている。
「職員名簿とか…あるわけないか」
昨夜、アンナ嬢は確かに言った。
“ハルト・カーライルという外交官はいない”と。
だが、前世の僕は間違いなく、ハルト・カーライルという外交官と十年以上の付き合いがあった。
彼が存在しないなんて、そんなはずはない。
転生先の時代が違うのか。
あるいは、並行世界にでも飛ばされたのか。
推論を立ててみたが、カレンダーの日付はルイス・シュトラールが死んだ日の翌日。
前世の記憶や知識との乖離もない。
転生魔法を記した古文書にも、時代のズレや多元世界についての言及はなかった。
となると、アンナ嬢が知らなかっただけか。
もしくは、ハルト・カーライルは外交官ではなかったか。
外交官でもない人間が、王族との会談に同席できるとは思えない。
やはり、アンナ嬢が知らなかった可能性が濃厚だ。
もしもハルトの手がかりが掴めないのであれば、別の方法で帰国を図るしかない。
そうなると、こんなところで悠長に婚約者候補争いに巻き込まれている場合では――
「あれほど散らかっていたのに、もう清掃が終わっているのね」
突然背後から声を掛けられ、肩が跳ねる。
振り返ると、書斎のドアのそばにアンナ嬢が立っていた。
「アンナ嬢、何故こんなところに?」
「あなたが私を呼んだんでしょう?ベネット嬢がそう言っていたわ」
思わぬ言葉に、口がぽかんと開く。
呼んだ覚えなんて当然ない。
そもそも伝言を頼むにしても、ベネット嬢には頼まない。
「あの」
「あなた、魔法が使えるんでしょう?」
何かの行き違いではないか確認しようとした矢先、アンナ嬢が問いかけてきた。
真剣な眼差しに、僕はごくりと唾を飲み込む。
「昨日の戦闘演習、あなたは私の攻撃が見えていた。どんな攻撃かも知らない初撃を、付与魔法を使ってようやく視認できるあの攻撃を、あなたは避けてみせた」
なぜ魔法が使えると気付かれたのか疑問だったが、アンナ嬢の言葉に納得する。
あの一撃目を咄嗟に避けたことに違和感を抱かれていたようだ。
僕はなんと答えるべきか考えあぐねる。
この国では、Ωが魔法を使えないのは常識だ。
不用意に疑われれば、カーベルディア王国への帰国が遠のく。
言葉を探していたその時、東の方角から爆発音が響いた。
翌日、転生してから四日目。
明日、王子の帰国とともに婚約者候補の顔合わせパーティが開かれる予定だ。
そのため今日の課題は、パーティのための広間の片付けと食事の仕込み。――実質、雑用である。
婚約者候補たちは屋敷の南東にある大広間か、南棟の厨房に集められている。僕を除いて。
今僕がいるのは北棟の最西端にある書斎。
僕だけが指名で、ここを掃除するように命じられたのだ。
ヨハンの言い分はこうだった。
――初日の清掃は日を跨いで完了、二日目のテストは最下位、三日目の魔法実技は早々に降参。君は評価に値しません。よって、唯一片付けられていない書斎の清掃を行ってもらいます。
婚約者候補というより、もはや使用人扱いだ。
けれど、好都合でもあった。
書斎なら、この国にまつわる資料や書籍が山ほどあるはず。
僕は二つ返事で引き受けた。
そして魔法で早々に片付けを終え、今は資料を漁っている。
「職員名簿とか…あるわけないか」
昨夜、アンナ嬢は確かに言った。
“ハルト・カーライルという外交官はいない”と。
だが、前世の僕は間違いなく、ハルト・カーライルという外交官と十年以上の付き合いがあった。
彼が存在しないなんて、そんなはずはない。
転生先の時代が違うのか。
あるいは、並行世界にでも飛ばされたのか。
推論を立ててみたが、カレンダーの日付はルイス・シュトラールが死んだ日の翌日。
前世の記憶や知識との乖離もない。
転生魔法を記した古文書にも、時代のズレや多元世界についての言及はなかった。
となると、アンナ嬢が知らなかっただけか。
もしくは、ハルト・カーライルは外交官ではなかったか。
外交官でもない人間が、王族との会談に同席できるとは思えない。
やはり、アンナ嬢が知らなかった可能性が濃厚だ。
もしもハルトの手がかりが掴めないのであれば、別の方法で帰国を図るしかない。
そうなると、こんなところで悠長に婚約者候補争いに巻き込まれている場合では――
「あれほど散らかっていたのに、もう清掃が終わっているのね」
突然背後から声を掛けられ、肩が跳ねる。
振り返ると、書斎のドアのそばにアンナ嬢が立っていた。
「アンナ嬢、何故こんなところに?」
「あなたが私を呼んだんでしょう?ベネット嬢がそう言っていたわ」
思わぬ言葉に、口がぽかんと開く。
呼んだ覚えなんて当然ない。
そもそも伝言を頼むにしても、ベネット嬢には頼まない。
「あの」
「あなた、魔法が使えるんでしょう?」
何かの行き違いではないか確認しようとした矢先、アンナ嬢が問いかけてきた。
真剣な眼差しに、僕はごくりと唾を飲み込む。
「昨日の戦闘演習、あなたは私の攻撃が見えていた。どんな攻撃かも知らない初撃を、付与魔法を使ってようやく視認できるあの攻撃を、あなたは避けてみせた」
なぜ魔法が使えると気付かれたのか疑問だったが、アンナ嬢の言葉に納得する。
あの一撃目を咄嗟に避けたことに違和感を抱かれていたようだ。
僕はなんと答えるべきか考えあぐねる。
この国では、Ωが魔法を使えないのは常識だ。
不用意に疑われれば、カーベルディア王国への帰国が遠のく。
言葉を探していたその時、東の方角から爆発音が響いた。
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