花嫁さんと花婿さん

ユミグ

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50年結界。

上空に張り巡らされた結界。

何者も近付けず、決して破る事敵わぬ。

例え結界を張った竜人達でさえも。



*********************************



ふあ…と欠伸1つして起き上がり、眠る前に脱いだ靴を履き、鏡台の前へと座る。いつものように洗浄魔法を部屋と自身に施してから櫛を取り、蜂蜜色の髪を梳かし、化粧を終えたら寝室から出る。

「「おはようございます」」

メイドのカーラとシェイラが今日着るドレスを持ちながら挨拶をする。

「おはよう」

私の言葉を聞き終えた2人は慣れた手つきでパジャマを脱がし、ドレスを着せていく。今日のお昼は婚約者との約束が予定に入っているので、いつもより華美な装いだ。
姿見で全身を確認してから食事へと向かうとメイドは退散し、護衛だけが後ろに着いて来る。けれど、1人は新しい方なのか気分が優れないようなので、声をかけて私付きから外れてもらう。
1人で食事をした後は新聞を読み、公爵夫人となる為に必要な勉強とマナーを頭に叩き込む。

これが私の日常だ。




婚約者が応接間に着いたと声をかけられ向かうと、既にお昼という時間は過ぎていた。
あの方に時間の概念がないのかしらと、毎度の事のように思う。

「クローディア・ウィズダムです」
「入りなさい」

許可を得て魔法で扉を開けると婚約者は立ち上がり、私の元まで辿り着くと手袋を着けている私の指先を取り、キスをするように振る舞った後に肘を差し出されるので、先程挨拶された手で軽く掴むと昼食の席まで転移されてしまった。

「アワーバック公爵子息、あまり転移をされてはなりません」
「君はいつもお堅いね」

転移をしても良い場面は許可を得た場合と緊急時のみだと何度もお伝えしていますのに。

「座りなさい」

席を引かれ座ると向かい側に座る婚約者は慣れた手つきで食事を始めるのを確認してからスプーンを持って口に運ぶ。

「今日の夜会では竜人様が訪れる。知識とマナーは心配していないけれど、色目は使わないでくれ」

50年結界という結界が上空に存在し、その名の通り50年で消失するもの。
そして、消失している10日間だけ空の上に住まう竜人様と交流が出来る貴重な年。また、竜人様の手で結界が作られてしまえば50年先お会い出来る事はない。結界を張っている竜人様方でも破る事は叶わないと聞く。
この期間では様々な品を竜人様のお国と交換する為、竜人様が降り立ち使者として滞在する期間でもあり、恋が芽生え、竜人様のお国へと連れて行かれる期間でもある。
そのように期待している者も大勢いると本に書いてあった。だからこそ色目を使うなと忠告されるのも当然の事だろう。
私と婚約者の魔力量は高い。
その為、近付ける者も極僅か。両親や兄妹さえも近付けない、私たちのように。
溢れてしまう魔力で気持ち悪くなり、直接触れてしまえば失神してしまう者も多い。我が国のマナーでもあるけれど、私達のような者は特に注意して生きている。寝室以外では常に手袋を着けているが、それは婚約者も同じ。そして被害に合わないよう、私の周りも必ず手袋を着けている、メイドがいい例だ。
だからこそ子爵令嬢でもある私が公爵子息であるこの方と婚約出来ている。婚約者もまた、近寄れる者が限られていて、触れられる相手もこの国で年近い者は私くらいだ。とはいっても、まだ直接触れ合った事などない。
こんな私たちだからこそ、色目を使われると困るのだろう。それは私も同じ。

「かしこまりました」
「使者としてお会いする方は他にもいらっしゃるが、失神するような真似も控えてくれ」
「お互い様ですわ、気を付けましょう」

竜人様の魔力量は私達の比ではないと聞く。
だからこそ、そのような失態を見せてしまう訳にはいかない。魔力に酔うなど経験はないけれど、魔力に酔い、吐き気を催したり、気絶してはいけない。そう心持ちを強くしなければと婚約者の言葉で改めて思わされた。

「もう少し可愛げを出せないか?」
「勉強致しますのでお待ち下さい」
「ああ、期待している」

可愛げを習得しなければならないなと、サラダを口に運びながら可愛げのある行動とマナーがどこかに書いてなかったかと思い出してみるが、なさそうだ。
私も婚約者も相手がいない。だからこそ歩み寄り、夫婦となる為の努力を欠かしてはならない。

いくつか夜会での確認事項と、新たに増えた国からの交換品を伺い解散となった。
婚約者が去った後、可愛げが乗っている本をメイドのカーラに頼んではみたが、見繕うまで時間がかかると言われ、空き時間が出来た私はまた勉強に戻った。



ふと時間を見るとそろそろかと思い、化粧を夜会用に変え、カーラとシェイラにドレスを着替えさせてもらいながら、婚約者から贈られたイヤリングを着け、姿見で確認を終えたら許可が出ている転移を使い、王城の転移部屋まで向かった。
部屋から出ると護衛の者達が案内をしてくれる場所まで浮いていく間にふと疑問に思う。
竜人様は歩かれるのだろうかと。
私達も歩くけれど、王城では浮く事が推奨されているがどうなのだろうかと、純粋な疑問を持ちながら部屋へと向かった。

「クローディア・ウィズダム子爵令嬢がお着きになりました」

扉の向こうには陛下と王妃様、そして私のような魔力が多い貴族が先に着いている場合もある為、カーテシーをして、入室の許可があるまで立ち止まる。

「入りなさい」
「失礼致します」

顔を上げると、まだお1人しかおらず、その方がソファの後ろに立っていたので、それに倣い私もソファの後ろで待機しておく。
続々と部屋に入ってくる度にカーテシーをし、挨拶をする。
陛下と王妃が最後に入室すると楽にせよとの命があり、座ろうとしたが。

「グアアアアアアア!!!」

どうやら結界が切れ、竜人様がお越し下さったようだ。こうして国中に聞こえる程の雄叫びを上げ、降り立つと本には書いてあった。理由は私達人間を怯えさせないようにと。そして、君達の国を忘れてはいないよ。という配慮を持って降り立って下さるといわれている。
竜体から人の姿になり王城へ来ると言われているので、もうしばらくかかるだろうけれど、皆、じっと待ち続けているのは必然だろう。





「ここかな?」

確かに圧倒的な魔力量の差があるなと思いながら咄嗟に顔を下げ、カーテシーをした頭で考えるけれど、気持ち悪くはならないと安堵した瞬間に足元の景色が変わった。
まだ王城だろうけれど、足元には草が生えているので庭園に移動されたと気付く。

「他の人間は駄目だったから君たちだけで」
「「「「「「かしこまりました」」」」」」

陛下と王妃、私と婚約者、他の2名はまだ顔を上げていないから分からないが、6名が魔力に酔わず、付き従えると判断した竜人様のお声は想像以上に柔らかなものだった。

「ここはまだバランレニア王国?」
「さようでございます」

竜人様のお言葉に陛下が返答されている。

「ああ、ごめんね?顔を上げて」

一斉に顔を上げた先には声音に似合う、とても柔らかな笑みを携え、私達を見つめる竜人様がいらっしゃった。
もう少し鋭い方を想像していたけれど、栗色の髪の毛はくるくるとしていて、青の瞳は好奇心旺盛だと咄嗟に思ってしまうほどの快活さがある目をしている。
背は高いけれど、威圧も畏怖も感じない。人だと言われても信じてしまう風貌で佇んでいらっしゃる事に内心、驚いていた。

「まずは取引をしてから遊びたいな?」
「かしこまりました」

陛下がいらっしゃるのなら口を挟む事もないだろう。
しばらく庭園で品の交換と滞在場所、これからの遊びについて陛下がご提案されている。
話し終えた内容については、数日は陛下と共に。そして年若く、婚約をしている私たちと4日目にお茶をしながら話したいと、弾んだお声で話されている。
その楽しげなお声で、50年に1度の交流を楽しみにしているのは竜人様も同じなのだという思いを胸に落とした。

「じゃぁ、寝室でお菓子食べながら話聞きたい!いい?」
「もちろんですとも」

そう言いながら目の前から消えた陛下と妃、そして竜人様はきっと楽しく過ごして下さる事でしょうと思えた。

「クローディア、お茶会は全てこちらで整える」

婚約者は既に案を決めているようだった。
私が整えるよりも公爵から出して頂いた方が良きお茶会になるだろうと、安堵した。

「かしこまりました」
「当日の朝には王城に」
「はい」
「そこで打ち合わせをする。ドレスは青の色味をベースに、髪は上げてくれ」
「かしこまりました」
「胸元は隠してくれ、それと装飾は金を」
「かしこまりました」
「私も学び直す、君もマナーを完璧に」
「かしこまりました」

転移した婚約者を確認してから私も家まで転移した。
カーラとシェイラにドレスを脱がせられながら、4日目に竜人様とお茶会をすると伝え、ドレスと装飾をお願いしてから手紙を何通か書いていく。
両親と兄には知らせなければならないので、顔も覚えていない彼らに向けて報告を記す。
そして寝床につく前にほっと息を吐いた事で気付いた。

とても緊張をしていたのだと。





次の日からマナーだけを徹底し学ぶ日々。
竜人様は機嫌を損ねる事もなく、順調に滞在していると城から報告が届いたのを読み終わると、気付かないうちに力が入っていた肩の力が下りた。





お茶会当日になり、まだ日も明けていない時間から動き始める。化粧を丹念にしながらも、マナーを頭の中で復習していく。
完璧にと婚約者は言っていたけれど、私には完璧なのか分からないので、後で見て頂こう。
カーラとシェイラも早起きをして身支度を丹念にされている間に、時間を確認する。朝食は無理そうだ。
出来上がった格好を姿見で整えるけれど、竜人様とお会いするのは昼過ぎなのだから、もう一度整えなければならないと分かっていても、何度も確認し、時間ギリギリまでカーラとシェイラに手伝ってもらっていた。
けれど、2人共体調が悪くなってきたので、今日は休んでと伝え、王城まで転移した私の目の前にはなんと、竜人様が既にいらっしゃっており、緊張はしたけれど、体に染み付いた癖でなんとかカーテシーをしてみたが、完璧に出来た自信はない。

「顔を上げて?」

今度こそ完璧に見えるよう、ゆっくりと顔を上げた瞬間、婚約者が到着したようで、私の後ろで挨拶をしているのか、布の擦れる音がした。

「君も顔を上げて」

顔を上げたであろう婚約者は私の横で完璧に立っている。そんな私たちに、竜人様はニコニコとしながら話しかける。

「朝食は?」
「私は済ませて来ました」
「私はまだでございます」
「じゃぁ一緒に食べよう?」
「「かしこまりました」」

竜人様は転移を使うようで、既に整えられている朝食の席に移動された。私の席を婚約者がエスコートして下さるので席に座ろうとしたのだけれど、竜人様がお座りになられていないので、椅子を引かれたまま佇んでしまう。

「ああ、座らないと駄目なんだっけ」
「「お気遣い感謝致します」」

竜人様がお座りになってようやく私も席に着き婚約者も席に着いた。竜人様はすぐに食べ始めたので私も頂くけれど、婚約者の前にはデザートが置かれているから、どうしたらいいか分からないのだろう。
けれど、ここで私が声をかける訳にもいかないので黙って食べ進める。

「甘いのは嫌い?」

竜人様が投げかける言葉は不思議そうな声音を発していた。

「いえ、婚約者と共に頂こうかと考えておりました」
「駄目、食べて?」
「はい」

それにしても竜人様はよく召し上がる。お1人で食べる量では到底なく、5人前はありそうな量を器用に食べていくのを見てなんだか笑えてきてしまう。

「君の名前は?」

私を見て話す竜人様のお名前はきっと知り得ないだろう。竜人様の名は聞いても、知ってもいけないのだから。

「クローディア・ウィズダムと申します」
「クローディアと呼んでもいい?」
「もちろんでございます」
「お茶会まで時間があるから遊んで?」
「はい」

遊び…どう遊んだらいいのでしょうか。
盤上の遊びか、話し相手か、庭園の散策か…遊びたい事柄が決まっていれば良いのですが…
遊びと言われ、浮かんでくるものを食べ進めながら次々と思い出していった。



「お腹いっぱい」

あの量を食べても腹が膨れないなんて…と、密かに驚いてしまった。

「お茶会お願いね?」
「かしこまりました」

婚約者に投げかけられた言葉は私1人でお相手をという事なのでしょうが、少し心配…いえ、後で思い返して、どこか駄目な所がないか考えてみましょう。

「クローディアはこっち」
「はい」

こっちと言われ、着いた先は森の中だった。いきなり土の上に足が乗り、ぐらつきそうになったが、なんとか留まれた。

「こっちに泉があるの」
「はい」

浮いた竜人様に倣い、浮いて移動していくけれど、ここは何処なのでしょうか。
綺麗な花や、木々のせせらぎに、緊張していた心が解れていくような感覚になる。

そびえ立つ木々がなくなり泉が見えてきた。とても透き通っていて、潜ったらきっと気持ちがいいと思ってしまう程の美しさに目を奪われていると竜人様が…カーペット?でしょうか?カーペットを敷いてその上に座った。

「こっち」
「はい」

竜人様の前に座るとニコニコと笑う表情に機嫌を損ねてはいないと思う。

「恋のお話が聞きたいな」
「お好みでなければ仰って下さい」
「うん!」
「流行りの小説の中か」
「違うよ」
「失礼致しました」
「君たちの話」
「実際にあった話でしたら私はあまり詳しくなく」
「ふふ、そうじゃなくて婚約者との話が聞きたいの」
「婚約者…」

竜人様は恋の話を望んで私達をお茶会へと誘って下さったのかもしれない。そうなら申し訳ない事をしてしまっている…。私達は魔力量で決められた相手であり、恋や愛などは存在しない。
これから夫婦となり出来上がっていくのかもしれないけれど、今の私たちは貴族としての義務や、式の準備をしているので忙しなく、顔を合わせる日も少ない為、竜人様が望むような恋をまだしていない…。
けれど、嘘をつくのも違うだろうと、ありのままを口に出す。

「申し訳ございません。私たちには恋がありませんので、竜人様のご期待に沿えず失礼な事を」
「え?じゃぁどうして結婚するの?」
「魔力量が多く、相手に触れられる者で近しい歳は私たちしかおりません。ですから婚約を致しました」
「好きじゃないの?」
「夫婦となり恋をするかもしれませんが、今はどちらも…申し訳ございません」
「うーん、分かんないなぁ」

竜人様のお国では恋した相手と結婚なさるのかもしれませんね。魔力量などというしがらみも、もしかしたら存在しないのかもしれない。
うーん…うーん…と唸りながら、お菓子とお茶を取り出し召し上がる竜人様は、お腹がいっぱいになる。という概念もまた異なるのかもしれないと、私の前に出された紅茶を頂きながら、竜人様のうーん…うーん…というお声と消えていくお菓子を見ていた。




「聞きに行ってみよう!」
「かしこまりました」

立ち上がった竜人様はカーペットの上から退いたので、私も離れておくと目の前の物がなくなった瞬間、目の前に婚約者がいた。なんだか、竜人様の魔力は無限なような錯覚を覚えてしまう。

「挨拶はもういいよ」
「かしこまりました」
「恋の話が聞きたかったからクローディアとお茶をしてたんだけど、まだ恋が芽生えてないんだって、君も?」
「はい」
「好きじゃなくていいの?」
「相手はクローディアしかおりません」
「結婚しなきゃ駄目なの?」

異なる常識に疑問を覚える竜人様はこうして交流をして何かを得て帰って行くのだろう。
責められているというより、本当に不思議そうな声音で問われている。

「子を授かり、後継を作らねばなりません」
「そっかぁ…」
「ご期待に沿えず申し訳ございません」
「いいよ、3人で遊ぼ」
「「かしこまりました」」

庭園でまたカーペットを取り出す竜人様は自然がお好きなのかもしれない。
竜人国にある盤上の遊びを取り出し、私たちに説明しながら遊んでいく。
これは……楽しんでくれているのかが分からない。

「僕の勝ち!でももう少ししたら負けちゃうかも!楽しいね?」

楽しんで下さっているのなら良かった。

「こんな風に遊んでいたいのに…どうして争いなんかするんだろう?」

その言葉に応えたのは婚約者だった。

「侵略し、領土を増やす為と考えます」
「領土がなければ?」
「…」
「奪う物は国だけじゃないよー」
「そう……なのですね」

戦争の事を嘆いている訳ではないのか。

「私は寂しいからだと考えます」
「寂しい?」

正解かは分からないけれど、一個人の感情を伝えてみよう。

「はい。寂しさが募り、何かを欲しがった時、その何かが拒絶してしまえば奪ってしまおうと考える事もあると愚考致します」
「奪う以外にも方法はあるでしょー?」
「もちろんでございます。ですが、奪うとしか考えられなくなってしまう時も存在するのです」
「クローディアはどんな時に思ったの?」

今では何も思わなくなりましたが、兄と両親が遠くの場所で仲睦まじく暮らしている姿を小さな頃に拝見した事がある。その時に芽生えた感情は嫉妬………だったと思う。
私も魔力がなければと、もう少し抑える事が出来るのなら、あの居場所にいれたのかもと……部屋の窓から眺めていた時の感情は……

「兄に代われるならと、魔力が少なくなれるなら誰かの大切な物を奪ってでも兄のように、人と接してみたいと思った事があります」
「もし接する事が出来たらなにしたい?」

楽しそうに提案される内容に私はまた感情のままに答えを出す。

「お声を耳元で聞き、楽しいを共有し、なんでもない話に「秘密にしてね?」と言ってみたいです」
「ふふ」

竜人様は笑った後、私の横に座り顔を覗き込まれたので、姿勢が崩れていたのだと気付き慌てて背を伸ばす。

「僕の花嫁さんになって欲しい」
「「…」」

これは…色目をかけたという事になるのでしょうか…?それなら私は知識不足だ。
この場合の返答をどうしたらいいのか…いえ、返事は決まっていますね。

「私で良ければ」
「まだ駄目」
「はい」
「好きにならないと花嫁さんになれないの」

それは、いい事なのでしょうか?悪い事なのでしょうか?
10日…残り6日間で好きにならなければお帰りになり、私は控えている式を挙げる事が出来る。
どちらでも構わないけれど、好きになるというのがどういう感情なのか分からない。

「一緒に居て僕を知って?」
「かしこまりました」
「好きになってもらえなかったら……寂しいけど1人で帰るね?」
「はい」
「でも僕、クローディアが好き!」
「は……」
「争いについて聞いて回ったけど、そんな風に言ってくれる人は初めてで、恋に落ちたの!」
「さようでございますか」
「君は帰っていいよ」

婚約者に言葉を投げかけたので表情を伺ってみると、幻滅はされていないようなので、無意識に色目を使った訳でもなさそうだと、ほっと息を吐いた。

「かしこまりました」

婚約者が転移し、私たちは2人きりになった。6日間一緒にというのが“常に”という意味なら着替えなどを持って来てもらわないと困りますね。

「クローディアはどんな事が好き?」
「分かりません」
「探しに行こう!」
「っっ」

繋がれた手に思わず手を引っ込めてしまった。

「も、申し訳ございません!」
「いいよー、嫌だった?」
「い、いえ、相手の方が手袋越しではない手を触れたのは初めてで、こ、困惑致しました…」
「そっかぁ。慣れて欲しいけど、とりあえず手袋着けてくるね」
「…お気遣いありがとうございます」

手袋を探しに行ったのか転移した竜人様が目の前から消えたのを確認して、思わず、呆然としてしまう。
マナーで手袋を着けるのは当たり前だけれど、私の魔力量では直接触れる者はいない。
手袋越しだけど…初めて触れた感触になんだか不思議な気持ちが沸いてくる。
直接触れてしまったらどう感じるのかは分からないけれど、なんだかとても……心があたたかく、払ってしまった手を勿体なく感じた。
人との温もりとはこのような感覚なのですね。

「どう?」

竜人様がお戻りになったので立ち上がろうとすると制するので、上げた腰を下ろす私の横に座って手袋を見せてくる。

「よく似合っておいでです」
「ふふ、遊ぼー」
「はい」

違う盤上の遊びを取り出して説明をする竜人様は争いごとが嫌いなのでしょうか。私は争いを考えた事はありますが、した事がないのでいまいち分からない。

「僕はお嫁さんを探してたの」
「さようでございましたか」
「この人がいい!と思える相手がいたらいいなってずっと探してたんだ」
「さようでございますか」
「僕と寂しくない未来を思い描いてくれたら嬉しいな」
「努力致します」
「うん!」

まずは可愛げのある本を…いえ、お帰りの前までに習得出来そうにない。
寂しくない未来を思い描く…それは先程の温もりが近くにあるという事なのか。

竜人様は手袋を着ける習慣はないようですから、あちらでは当たり前に接触出来るのかもしれないですね。

「あ!そうだった、好きを探しに行かなくちゃ!」

私の好きは見つかるのでしょうか?私は一体何が好きなのでしょう。

「はい」

差し出された手を掴んで立ち上がると体が浮いて、雲よりは遠いけれど、地面とは程遠い場所まで上がる。やはり竜人様の魔力量は桁違いなのだと痛感する。このように魔力が高い方達ばかりなのですね、きっと。

「見て?」
「はい」

指された地面を見てみるけれど、地面とはほど遠い場所な浮いているので、竜人様が指している何かが分からない。

「何も見えません」
「あ、そっか!貸してあげる」

視界が明るくなり、遥か遠くの街並みを見る事が出来るようになった。
あまりの視界の良さに眩暈がしてしまった私の肩を掴んで、ふらふらとする体を支えて下さる。

「申し訳ございません」
「いいよー、慣れるまでこうしてよ」
「はい」

支えてくれている間に、体の芯を整え、目をキョロキョロと動かしていくと、違和感なく見れるようになった私の視線の先には、先程「見て」と言われた場所で子供達がはしゃいで遊んでいる。なんの憂いも、恐怖もなく、遊び、くっつき、離れてはまたくっついている。
家と王城と公爵邸以外に出向く事はなく、出向いたとしても転移で伺ってしまう為、このように遊んでいる姿というのは初めて拝見致しました。

ビクッ!

掴んでいた肩から離れた手が、私の手を握るので驚いてしまった。
そんな私を気にする素振りもせず楽しそうに遊んでいる子供達を眺めているから、視線を竜人様から戻し、私もお声がかかるまで眺めていた。



「楽しいね」
「はい」
「あっちは雪が積もってたの!一緒に見てくれる?」
「もちろんでございます」

雪を見た事はない。あまり季節の変わりがないバランレニア国で雪を見れる状況は早々訪れないだろう。
浮きながら早く進む体が寒く感じないのは、竜人様の配慮なのかと今更ながらに気付いた。

「あ」

見えた景色に思わず声が漏れ出た。

「ふふ、真っ白でしょう?」
「…はい」

山の頂が見えてくる。
真っ白な岩だと最初は思ったけれど、上から降ってくる白が積もっているのだと…初めての景色につい声を上げてしまった。山に降り立つと踏んでいる足元からシャリッとした音が聞こえ、思わず浮いてしまう。

「どうしたの?怖い?」
「いえ…咄嗟に踏んではいけないと思ってしまいました」
「ふふっ、僕の花嫁さんは可愛いね」

可愛らしさを習得出来たのかもしれません。

「こうやって足跡をつけて歩くのが僕は好き。してみない?」
「はい…」

恐る恐る積もっている雪に足を下ろすと、シャリッとした音とは別に、ザッという音も聞こえてきた。雪にも様々な音があるとは知らなかった。

「手、繋いで」
「はい」
「僕の真似して?」
「かしこまりました」

竜人様が前を歩き足跡を作っていくので私も真っ白な山に足跡をつけていく…ふと気になって後ろを見てみると、私達の足跡がくっきりと残っていてなんだかとても…とてもその足跡が印象深かった。
きっと寒いだろう場所でも暖かく足にかかる雪も、髪にかかる雪も滑るようになくなっていくのが…

「好きです」
「え!?」
「雪が好きです」
「ふはっ!そっちかぁ…ふふ、でも良かったぁ」

雪に魅了されてしまった私の前でふふんと立ち、積もっている雪を魔法で横に積み上げていき空洞を作ると、屈んで中に入った竜人様から手をちょいちょいとされたので、私も屈んで中に入ると、雪に合わせたようなカーペットが敷いてあり、ふかふかなそこに座るように促された。

「雪の洞窟!どう?」
「秘密な場所という雰囲気があります」
「今日はここで寝よ?」
「かしこまりました」
「もうちょっと大きくしてベッドを2つ並べてね?眠くなるまでお話するの」
「はい」
「甘いお菓子は好き?」
「食べられます」
「僕の好きなお菓子、食べてみて?」
「ありがとうございます」
「お菓子は夜のお楽しみ!はい、紅茶」
「ありがとうございます………溶けて…しまわれないですか?」
「ん?」

このような洞窟の中で暖かい物など出したら溶けてしまう気がして…それはなんだか勿体なく思う。
洞窟の外は白がハラハラと降っていて、中も全て白な空間では私たちが邪魔していないかと不安になる。

「雪が溶けてしまったら…」
「ふふ、うん」
「も……寂しい気がしました」
「大丈夫だよ、僕が溶かさないから」
「はい」

紅茶の湯気の行方をしばらく眺めていたけれど、変わらない洞窟にほっと息をつき喉を潤す。
雪が降っている光景を、お腹が空いたと声がかけられるまで2人で眺めていた。





空のカップを渡して洞窟から出てしばらく歩いた後、王城に移動したそこにはやはり食事の用意がされていて、陛下と王妃様もご一緒に召し上がるようで既にいらっしゃるお姿を見てカーテシーをしている途中、手を引っ張られ席に案内されてしまった。

「座って?」
「かしこまりました」
「顔上げて、食べよ」
「「ありがとうございます」」

お2人より先に座ってしまったけれど、竜人様のお言葉を無視する事の方が間違っているだろう。
食べ始めた竜人様に倣い私も口に運ぶ。
あれだけ召し上がったのに同じ量を食べられる竜人様にまた、密かに驚いてしまう。

「僕たち、遊んでるから用があれば使者に伝えて」

使者は竜人様ご本人では?と思った瞬間、現れた緑の瞳に緑の髪の男性は魔力量が多く、きっと竜人様だろうと席を立とうとした私を制するので、上げた腰を下ろす私の目の前では陛下と王妃様が深々と挨拶しているのを見て、私が置かれている立場を理解した。

「殿下、騒がしくなりました」
「どうして?」
「花嫁を連れ帰ると私に言伝《ことづて》したからですよ」
「駄目なの?」
「はぁー……一度お戻り下さい」
「やだ」
「明日でも構いませんから」
「えー」
「殿下」
「はあい」

使者として降り立った竜人様は王家の方であらせられた。
私が連れられる事は決まっているご様子に戸惑いはありますが、場所が変わるだけの事と思えば心はすぐに落ち着く。

「引き継ぎますので状況の説明を」

陛下と王妃様に放たれた言葉に見向きもせず、私を席から立つようにエスコートされるとすぐに景色が変わる。
洞窟の前に立つ私は先程とは異なり、寒さが肌に刺さり、ヒールの足元があっという間に冷えていく。雪も暖かい訳ではなく、痛いと思えるほどの寒さがあるのだと知った。

「ごめんね」

ふわっと暖かい風と共に暖かさが体に巻き付く。
先程もこんな風に気遣って下さっていたから寒さなどなかったのだと、改めて気付かされた。

「ありがとうございます」
「うん、待ってね」
「はい」

どうやら作った洞窟の横に新たな洞窟を作るらしく、雪を魔法で積み上げていくけれど、今度は数倍もある大きさの洞窟は屈まなくても入れそうだ。そういえばベッドを2つ置かれると仰っていましたね。

「入ろ」
「はい」

中に入るとベッドが2つ並んで置いてある。他に座れそうな空間もない為、きっとベッドに座るのだろう。

「あ!洋服忘れちゃった!僕のでいい?」
「お気遣いありがとうございます」
「出てるから着替えてー」
「…」

私はもう眠るのでしょうか?もしかしたら竜人様と睡眠時間は異なるのかもしれない。

「申し訳ございません。1人では着替えられません」
「どうして?」
「背中の紐を解くには、どなたかの手を借りなければならないのです」
「うーん、どうぞ」
「っ」
「出てるー」
「はい」

どうぞという声と共にドレスが落ちてきた。そういう魔法も存在するんですね。背中の紐が解け、ドレスが脱げていく。
私も習得出来たら誰のことも、煩わせなくとも済みそうだと思いながら、ベッドに横になるなら洗浄魔法もしておかなければとドレスと自身にかける。
私も背が高いので、竜人様の服も少し折るだけで着れそうだ。このようなズボンもシャツも着るのは初めてだけど、随分と楽だと感じた。
眠るだろうけれど手袋は着けていようと、そのままに。
ドレスを空間魔法で仕舞い、鏡を出し、支度を整え終えたと声をかけると入って来た竜人様の手には小さな雪玉が2つ。

「雪の人形作ってみた!どうかな?」
「人形なのですか?」
「ほら、丸が2つ上下に分かれてるのは体と顔にしたの」
「さようでございますか」
「ベッドに置いておこう」
「はい」
「横になってお話しよ?」
「かしこまりました」

ベッドに横になり上を見上げていると、くふくふとした笑い声が聞こえてきた。

「こうやって体を横にするの」
「さようでございましたか」

竜人様を真似て体を横にしてみると合格なようで満足なお顔をされている。

「キラキラな髪の毛も好きだけど、紫の瞳も好き」
「お褒め頂きありがとうございます。竜人様のお色味も素敵です」
「ふふ、ありがと」

眠る前のお話なのかとも思ったが、お菓子がまだ出てきていない。だからこれはまだ、遊びなのかと推測する。

「僕の花嫁さんは雪が好き」

いつの間にか花嫁になっていたのですね。

「はい」
「他にもたくさんの好きが知りたいけど、明日帰らなくちゃならないんだ」
「はい」
「すぐに戻って来るからここで待ってて欲しいな?」
「かしこまりました」
「そうだ!お菓子で顔を作ってあげようよ!」

ガバッと起き上がる竜人様と共に起き上がり、ベッドの上へ座る私達の間に置かれた雪玉に、空間魔法から取り出したチョコレートを2つ、魔法でつけていくと、確かに人形に見える気がします。

「口はなにがいい?」

様々なお菓子が取り出され、中から選んで欲しいと言われるけれど…口になりそうな形はなさそうでしばらく吟味していた。
一体どれなら口になるのでしょう?
嗜みなどは一通り学んではいますが、雪玉の口を選ぶなんて事は習っていないので、とても悩んでいまいます。
何度も雪玉の人形を見ては、お菓子を1つずつ見ていく。



「こちらを」
「ふふ、可愛いよ。絶対」

ジェリービーンズの赤を取った私の手から、未だ手袋を着けて下さっている手で掴んで雪玉にくっつけるともう人形にしか見えません。

「可愛いね」
「動きそうです」
「ふふっ、それならもう少し大きくないと無理かな」
「でしたらこのままがこちらの方は素敵です」
「ふはっ!ん-!可愛いのは僕の花嫁さんだった」
「ありがとうございます」
「僕の真似して」
「かしこまりました」

お腹をベッドにつけて肘を立て手を顎にやる体勢をされたので、真似ようと動くけれどなかなか上手くいかない。
ようやく同じ体勢になると、私と雪の人形との目線が同じになっている事に気付く。

「よく見えるね」
「はい」

今にも動きそうな雪の人形とずっと目が合っている気がする。挨拶をしたら挨拶をして頂けそうだと錯覚してしまうほど、生き生きしているように見える。

これはきっと、

「好きです」

私の好き。

「人形も花嫁さんが好きだって」
「ありがとうございます」
「ふふ、次は僕の事を好きになって欲しいな?」
「努力致します」
「僕は美味しい瞳も、美味しい口も、真っ白な体もないから、うーん…どこを好きになって貰えるかなぁ?」
「分かりかねます」
「僕と一緒にいたら寂しくさせないよ!」

はたして今の私は寂しいのでしょうか?

昔の感情などは思い出せますが、今の気持ちはよく分からない。
寂しいと思っているのか、それとも楽しいと思っているのか…1人でいすぎて感情を捨ててしまった気がする。ああ、婚約者もそうだ。
私たちに感情はなく、命令のまま動く。
それはきっと……雪の人形よりも意思がないだろう。

雪を……雪を見れたらいいと思ってしまう。

これから先も雪が見てみたいとわがままな心が生まれているのに気付く。
洞窟の中から落ちていく雪を、起き上がり眺めてみると消えているモノがあると思った。

「足跡が…」

足跡はきっともうないのでしょう。

「うん」
「足跡は4つがいいと思いました」
「8つでもいいと思わない?」
「………想像がつきませんが、増えていく足跡は綺麗な気がします」
「2つは寂しい?」
「そう…そうかもしれません」
「僕は寂しくないよ」
「さようでございますか」
「だって今は2つでも4つになるって信じてるから」

そのお言葉に雪から目を離し、竜人様のお顔を見ると、楽しそうに頬を染めてニコニコとしているお姿はなんだか、とても…

「「「グオオオオオオオッッ!」」」

新たな使者の方でしょうか?と思いながら、咆哮が聞こえ、咄嗟に見上げた私の腕を掴んだ竜人様を見ると、先程の表情は消えていて、とても悲しげな表情をされている。

「僕は争いが嫌いなの」
「はい」
「争わないで」
「かしこまりました」
「行こう」
「はい」

洞窟から出ると私の体は竜人様の意のままに動く。宙にどんどんと浮かんでいき、3名の竜体のお姿が見えカーテシーをしようと体を動かしたけれど、ドレスではない事を思い出し、男性の挨拶をしようとしたが、竜人様に止められた。
そのまま立っていると目の前の方々が人の形になり、私に攻撃魔法を放つのですが…争いというのは防御も含まれているのか分からず立ち止まってしまう私とは違い、攻撃を竜人様が弾いて下さったので、防御は大丈夫だと判断してしまおう。もしかしたら後で間違いを聞けば答えて下さるかもしれませんから。

「どうして私たちではないのですか!?」
「僕の花嫁じゃないって昔から言ってるよ?」
「ですが!そのような人間を相手になさらなくともいいではございませんか!」
「攻撃しないで。僕が争い嫌いなの知ってるでしょ?」
「っっ~~、私たちの中から選んで下さいませ!」
「友達になってくれたと思ってたけど違うの?」
「私はお慕いしておりましたわ!ずっと!」

3名の竜人様は皆女性で、こちらの竜人様と結ばれたいと願っているご様子。やはり常識が異なるようで、このように自由に近付けるのかと思うと、少しだけ…羨ましくなりました。
私も竜人として生まれていたらこのように気安く話しかけられる方も居たのでしょうか…。
目の前で繰り広げられる口論は眩しく…嫉妬を、してしまいました。
友達だと仰った竜人様を羨み、仲良く私に攻撃を仕掛けるお三方の関係性にも嫉妬してしまう。

「もうやめて」
「っっ、この!人間が!」

一瞬にして女性方が竜体となり、私に魔法を放ち、炎を吐き出される。防御はするけれど、限りがあるだろう。
とても敵わない力の差だ。

「やめて!どうして喜んでくれないの!?」

「「「グガアアアアアアッッ!!!」」」

弱まるのではなく、激しくなっていく攻撃を竜人様も弾いて下さるけれど、どうしたらいいのかが分からない。
争いなどした事もなく、話せる許可も出ていない為、どうする事もできない。

「やめ………え?」

私だけに攻撃していたのに、お1人が竜人様へと攻撃魔法を放った。咄嗟に弾く魔法を竜人様の前に広げたけれど、魔法陣を破いてしまいそうだ。
竜人様は顔色が悪く、もしかしたら魔法を使い切ってしまったのかと愚考し、攻撃魔法を弾けないのならせめて軌道を変えて逸らしてみようと複数の魔法を放つと、なんとか当たらずに済んだけれど、今度は私の横腹目掛けて、お2人の魔法が飛んでくる。
弾いてみるけれど、やはり無理だ。
どうにか耐えて魔法を複数重ねてはいるが、力の差が圧倒的すぎて魔法陣を突き破られると思った瞬間、まだ顔色の悪い竜人様へと魔法が放たれるので残りの魔力、全てを使い、魔法を展開するけれど、陣の隙間に入り込んだ炎が竜人様に当たってしまわれるので、体で庇うと、威力通り腹に穴が開き、痛みが体中に駆け巡った。
このままではお守り出来ない。けれど…魔力も、使い、切っ、て、は………

「っっ、花嫁!な、なんで、ご、ごめ、僕が、」

「「「ガアアアアアアアアッッッ!!!」」」

「っっ~~!大丈夫だよ、一緒にいよう」

竜人様に抱きしめられながら急速に落ちていく。雲の上にいたような気がするけれど、すぐに地面に着いてしまいそうな程の早さにも気取られる。

ああ、意識がもう…なくなりそうです。
私は守れたのでしょうか。

「僕っ、僕っ、っっ、僕の花嫁さんはクローディアだけだからねっ?魂を、うん、魂を縛ろう…そうしたら死んでも寂しくないよ」

竜人様の魔力が広がり陣を作り上げていくのが目の端に映る。
魂を縛るのは禁忌の魔法だと…ああ、もう、目があかな…

「クローディア・ウィズダムの魂を     が縛る」

寒かった、らしい、体が、熱く、て、

「僕の名前を呼んで?       」

きこえ、な、くて、

「命令だ、呼べ」

「       」

「ふふ、これで大丈夫。死んでも一緒だよ」

「ああ、瞳に  あ   よか    」



ドンッッッッ!!!





*********************************





「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!……クローディア!?」

森の中?国に戻ってる?どうして、助かったの?それなら僕の花嫁は…

「またここですか」

後ろから声がかかるのは慣れ親しんだ音だった。僕が使者に選んだ彼がここにいるはずも、僕がここにいるはずもないのに…
ううん、そんな事よりも。

「エイヴラム!僕の花嫁さんはどこ!?」
「夢でも見ましたか?それとも決めたのなら」
「バランレニア国は!?もう閉じた!?」
「…どこです?」
「え?」
「どこか悪くされましたか?」

エイヴラムに使者を任せたはず、だって僕は花嫁さんに好きになってもらいたいから一緒にいたくてワガママを言ったんだ。

「うそ…」

バッと後ろを振り返ると泉が広がっている。
ここは僕のお気に入りの場所。
だけど…400年前に枯れてしまったの、に、

「今何年?」
「14003年です」
「は……はは…」

僕が行ったのは14550年だ、花嫁と出会ったのはその年。

戻ってる。

なんでか分からないけど、戻ったんだ。

「「「第三王子様」」」

後ろから声が聞こえた。
僕の花嫁さんを殺した声たちだ…争いが嫌いだと言ったから、攻撃は1度もしていない僕の花嫁を…

「またこんなところでサボっているのですか?」
「王位継承権は本当に放棄するのですか?王子様でしたらとても素晴らしい王になりますのに」
「私を花嫁にして下さいませんか?」
「まぁ…!抜け駆けは駄目よ!」

違う。

僕が殺したんだ。

こんなのを放置していた僕のせい。

争いが嫌いなんて…

馬鹿馬鹿しい。

争わなければこいつらに奪われる。

あれが本当の出来事なら…あるなら…ある…絶対にあったはずだ。



ああ、そういう…
兄上様たちが言っていた言葉はこういう事か。
守らなければ、戦わなければ奪われてしまうと。
そんな単純な話なのに…こんな事になるまで気付けなかったな。

花嫁を二度と危険な目に合わすものか。

今度は僕の全てをかけて排除する。

「「「王子様~?」」」

排除して、手に入れる。

「黙れよ」

花嫁さんを今度こそ。

「「「え?」」」
「次、僕に声をかけてみろ。殺す」
「「「っっ」」」

待っててね。

絶対に僕が守ってあげるから。

雪の人形を見せたらまた雪を好きになってくれるかな?

僕を………

僕のことも好きになってくれたらいいな。

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