花嫁さんと花婿さん

ユミグ

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21歳〜3月25日〜

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『早く!』
「ふふ」
『なん…必要か?』
「くすくす」
『そ…はぁ!?』

まだ起きる時間ではない頃から忙しなく聞こえてくるお声は、準備にと勤しんでいる花婿さんの音。
21歳を過ぎてそわそわとする日々を2人共、送っている。

今日は3月25日だ。

結界が解かれ、迎えに来て下さる日。

前日までは支度するのもままならなさそうだと思っていたけれど、このようにバタバタと支度している花婿さんのお声を聞いているとなんだか笑えてきて、ゆっくりと準備する事が出来ます。
今日は婚約者が訪問する予定だったけれど、入念に準備をしたいからと願い、なんとか断る事が出来ました。
今日この日は絶対に会わないでくれと言われてしまえば、なんとしてでも会わないように動きましたが、魔力が高い私達は竜人様とお会いする場に居合わせなければならないので、王城では婚約者と先にお会いする。その事には了承して下さったので、後は準備をするだけ。

『僕の花嫁』
「はい」
『使者として行く者とは別にエイヴラムという男が瞳の確認に向かう』
「かしこまりました」
『話しちゃ駄目だからね?黙って瞳を見せて?』
「かしこまりました」
『最初は僕とお話するの』
「くすくす、はい」
『それと………当たり前だろ?なに言ってんの?無理!』

くすくすと笑いながら聞いていると、やっとお昼になったので食事をしてから入念に準備をする。
夜会を開きはするけれど、竜人様の魔力に耐えられる者はわずかなので、私達のように魔力が高い者が集められた部屋を訪れてから竜人様の意見を伺う事になっている。
化粧を完璧に仕上げようと鏡台の前に座っている私の耳には朝から花婿さんのお声が続いている、制御が出来ず慌てている声音を聞きながら支度をして、完璧な佇まいを目指す。

『絶対に無理……、なんで…………もう我慢しただろ!』
「くすくす」
『僕の花嫁!』
「ふふ、はい」
『迎えに行ったら僕以外の話は聞かなくていい!』
「難しい提案です」
『………瞳の確認と承諾を貰うまで連れ帰れない』
「きっとすぐです」
『分かった…』

化粧を終え、今日の為に誂えたドレスを着ていく、装飾は何もいらないと言われたのでドレスだけ。

『なんでエイヴラムが先に話すんだよ!…………無理!』
「くすくす」
『せめて僕の傍だ!……………ああ、それでいい』

やっと話がついたのか落ち着いた声が届く。

『見るな!…………僕の花嫁だ!』

やっぱり落ち着かないらしい花婿さんとは対照的に落ち着きながら支度をして、姿見で何度も確認して粗がないか探す。

『お前は絶対に見るな。殺されたい?』
「私は先に王城へ向かいます」
『うん……エイヴラムに言ったんじゃない!』
「くすくす」

護衛の者に伝え王城まで転移すると、目の前に婚約者がいらっしゃったので、カーテシーをする。

「問題なさそうだな」

良かった…完璧かどうかなど自身で見ても判断がつかない、公爵子息のように洗礼された方に認めて頂いた装いなのだとやっと安堵する事ができた。

「ありがとうございます」
『誰』

ここで紹介する訳にもいきませんが、応えてしまいそうになりますね。

「所作も綺麗に出来ている」

完璧な所作を身に着けている方に合格を頂けたのなら花婿さんの前でもきっと…

「ありがとうございます」
『誰!?……分かってる!でももう待っただろ!?』

肘を差し出されたけれど…

「浮きますので」
「そうだったな」
『婚約者!?』

笑いそうになるのを堪えて部屋まで案内される、私以外の声は聞こえていないけれど、私の声は全て届いてしまう為、このように問われるけれど、あまり他者と会話をしない私が誰と話しているかなど容易く想像出来てしまうのでしょう。

『絶対婚約者だ!…………なに?だから?』

ああ、駄目ですね。
嬉しくて顔が綻んでしまう。

部屋の前まで辿り着いたので足を床について既に待っている方がいらっしゃるかもと、カーテシーをして開くのを待つ。

「入りなさい」
「「はい」」
『っっ~、まだ結界は解けないの!?』

ソファの後ろで待つようで私と婚約者も並んで立っている。

『無理矢理…!離せよ!……分かってる!』

『なんで僕が最初に見れないの!?』

『僕の花嫁だ!』

このようなお声でも煩くは聞こえないけれど、周りに伝わってしまわないかと勘ぐってしまう。

「今日は綺麗だな」
「ありがとうございます、公爵子息も美しい装いです」
『話しちゃ駄目!』

とても難しい提案です。
続々と集まってくる方達に挨拶をする度に、

『話しちゃ駄目だって言ってるのが分からない?』

分かってはおりますが、今ここで挨拶をしない訳にもいきません。

『僕の花嫁なのに!』

こんなに焦る花婿さんは初めてで、また1つ知れたと嬉しくなります。

『早く…早く…』

あと少し。

あと少しです。

『はや…………そうだな』

どなたかが落ち着かせるように声をかけたのかもしれません、聞こえてきてしまう時の鋭いお声になりました。

「国王陛下、王妃様がご到着致しました」

一斉に顔を下げ、お2人の足音だけが響く室内には緊張が走る。

『僕の花嫁』

早く。

「顔を上げなさい」

あと少し。

『解かれる』

もうすぐ。

『会える』

お会い出来る。

『迎えに行く、使者でなく君だけを迎えに降りる』

陛下が座るように指示をした時に雄叫びが聞こえた、国中に広がる竜人様方のお声が。



「「「グオオオオオオッッ!!!」」」



来てくれた。

私に会いに。

早く、

早く、

竜人様が降り立つ合図が聞こえ皆、立ち上がったまま固まる。

早く。

『頭を下げていて、僕が最初に見たいんだ』

私だけがカーテシーをする。
今までで1番美しく見えるように足を引き、腰を落としてドレスを摘む指先、垂れている髪まで意識して床を見ると、ぶわっとどなたかの魔力が室内に広がった。
室内に居た全員が動き、頭を垂れ、服の擦れる音を聞いていると、見ていた床の景色が生い茂る緑に変わり、転移されたのだと気付く。

「俺が使者、誰が代表だ」

花婿さんではないお声。

「私でございます」

陛下が応え。

「はな……あー…その、女性以外は顔を上げろ」

ああ、迎えに来て下さったのだ。

本当に。

来てくれた。

「他の者は耐えられないからお前達5人だけで勤めろ」
「「「「「かしこまりました」」」」」

私を含め6名が選ばれたのだ。
室内には女性も居たけれど、返答の声に女性は混じっていない、私だけが省かれたのは。

「交換の前にこちらにいらっしゃる竜王陛下の花嫁を連れ帰る。確認がしたいが、お前達に問題は?」

もう少しお話を聞きたかったです。
陛下だとは伺っておりません。

「ございません」

国王陛下が答えた後に足音が2つ聞こえ私の前で立ち止まる。

息が上手く出来ない。

早く、早く、

「顔を…」

花婿さんのお声が耳元でなく上から聞こえてきた。

二重には聞こえません。

やっと…やっと…

「………」
「はぁ…陛下」
「黙っていろエイヴラム」

ああ、こちらの方がエイヴラム様なのですね。瞳の確認をされる方。

「顔を……」
「分かりました、1度後ろを向いておきますから」

目線の先にあるエイヴラム様の足が動き、私を見ないようにと配慮をして下さった。

「顔をあげて?」

いつも聞こえるお声だ。

鋭さなどなく、柔らかで包まれているようなお声にゆっくりと顔を上げる。

「僕の花嫁さん」

見上げた先には鋭い目元にやっぱり青色、けれど私の瞳に映る青よりも美しく輝きがある。
栗色の髪は撫でつけられているけれど、くるくるとしているのか、ぴょこぴょこ跳ねているような髪型はお声通りだと思った。
けれど、ふくふくほっぺはなく、スラリとした体型に、卵型のお顔。

「僕の花嫁」

私の花婿さん。

私の花婿さんが目の前にいらっしゃる。

「陛下」
「……」

ふくふくほっぺはやはりありました。
ぷくっと膨れる頬に花婿さんを感じて口元が緩んでしまう。

「っっ~!」
「はぁ…陛下」
「……変えて?」

瞳をパチパチとしたけれど果たして変わっているのでしょうか、もし出会った事でなくなってしまったら連れ帰っては頂けないのでしょうか。

「一瞬だ」
「分かっておりますよ」

エイヴラム様が振り向き、私の瞳を確認する。

「確かに」

ああ、良かった…消えていないのですね。

本当に帰れる、花婿さんの元へ。

「連れ帰る…ああ、ちょうだい?」

私に手を差し出されるので交換リストを取り出しお渡しすると、花婿さんがエイヴラム様に渡す。

「せっかくですから向かっては?」

エイヴラム様が花婿さんに提案しているけれど、何処かへと寄るのでしょうか?

「そうだった…行こう」

私を見つめる左目は紫色になっていて、同じように魂を縛る陣がある。

迎えに来て下さった。

花婿さんの元へ帰れる。

やっと、

やっと、

私の居場所に帰れるのですね。
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